骨董屋の主人

藤野 朔夜

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 梓と会話が出来る様になった。
 大きな進歩が出来て、俺は少し浮かれている。
 けれど、入金は忘れずにしなければ。
 今の時代のATMは便利だな。そう思いながら、梓に渡されていた紙を見ながら打ち込む。
 クレジットカードが有れば、便利だったのだろうが。
 生憎と面倒で作っていない。
 まぁ、通販とかするならば、ポイントが入るとかどうとかで、有ったら便利だろうとは思うのだけれど。俺は通販をしないから、ポイントどうこうは関係無い。
 それに今はチャージして使えるカードも有るから。そちらの方が俺は便利だと思う。
 入っているだけしか、使わない。その方が、俺の性に合っている。
 それにしても、俺は会話の糸口を見付けられず、ずっとあきらめるしかないとか。ずいぶんと弱気だったな。
 梓に話しかけてもらえて、やっと会話が出来るとか。
 ヘタレとか言われても仕方ない。
「あれ、勇君、なんが機嫌良いね」
 事務所に戻ったら、章が居た。他にも何人か居るけど。
 わざわざ俺へと声をかける暇は無いらしい。秀さんなんかはパソコンを見ながら、携帯で会話してる。いつものことか。
「そう見えるか?」
 章にそう言われて、まぁニヤケ面では無いだろうが、口元を手で覆う。
 そんなにわかりやすい表情をしていただろうか。
「うん。なんか良いこと有った?」
 有ったと言えば有ったな。隠す様なことでもないか。
「あぁ。俺には良いことが、な」
「なんだ?東雲梓とやっと会話でも出来たのか?」
 秀さん!いつの間に。
 そういえば、梓は誰と居るところを見たのだろうか。
 章は大学に行っているし、休日も一緒に居ることは無いから除外。
 事務所の仕事で、共に行動することの多いのは、秀さんだ。
 もしかして、秀さんか?秀さんは母の従弟にあたるから、雰囲気は似ているかもしれない。
 平日だろうと、いつだろうと、よく出かけてはいるから。
 ちなみに秀さんの恋人は、事務所の事務員扱いで、今一緒に居る。
「糸口が無い!会話が出来ない!とか嘆いていたのに、毎週金曜には行っていたもんな。今日も行ったんだろ?なら、東雲梓についてしか、勇が上機嫌になる理由が無いよな」
 秀さんの恋人は、さかき祐也ゆうやさんという。俺に色々とアドバイスをくれたのは、この人だけれど。
 こう的確に当てられてしまうと、俺がどれだけヘタレだったのか再認識してしまう。
「勇君に恋人が出来たってこと?」
「章、それは早計だ。単に会話が出来ただけかもしれないぞ」
 ニヤニヤ笑ってる秀さんは、本当に仕事の時とは違う。
 仕事じゃ厳しいのに。他人の色恋に、こんなにも面白がる様な人だったか?
「まぁ、今までの勇の感じだと、会話出来ただけでも喜びそうだからな」
 祐也さんまで、ひどい言い草だ。
 それだけ俺がヘタレてたってことか?
「ヘタレてたってのは、否定出来ないんで、どんなこと言われても仕方ないと思いますけど。ちゃんと告白しましたよ。で、ちゃんと付き合えました」
 だから、もうこの話は良いだろうと俺は思う。
「おお、いきなりの会話でよくそこまで行ったなぁ」
「東雲さん?ってどんな人?」
「なんか放っといたら倒れてそうな、危なっかしい感じがする奴。勇と章と同じ年だぞ」
「うーん。俺が見た感じは、昔の秀以上に自分の殻に閉じこもってるって感じかな」
 章と秀さんと祐也さんがなんだかんだと言っているが。俺はそれにはもう入らないことにした。
「秀さん以上に、殻に閉じこもってる人なんだ。最初の会話で勇君頑張ったんだね」
「俺のアドバイス、役に立ったたか?」
 ええ、ええ。祐也さんのアドバイス、うまく役立ちましたとも。
 俺は面倒な会話はあまりしたく無い。
 あれ、これは俺も殻に閉じこもってる方か?
 梓との会話以外が面倒だとか。俺かなりひどい奴だけど。本当にそうとしか思えないんだから、仕方ない。
「ありがとうございます」
 とりあえず、礼はするべきだろう。
 祐也さんに話聞いて無きゃ、俺はうまく出来たとは思えないから。
 会話能力が無い俺が、梓の言葉に返事をしっかり出来たのは、本当に祐也さんのおかげだと思う。
 というか、秀さんからのアドバイスの方が、役に立ってた気がするが。まぁ、あの話は秀さん本人が祐也さんに知られたくないって言ってたから、ここでは言わない方が良いだろう。
 秀さん本人が、祐也さんに言うべきことだし。
 俺が言うことじゃ無いよな。うん。
「ところで、さっきパソコン見てましたけど、何か有りました?」
 会話は変えよう。俺の話はもう良いだろう。
 報告が必要なのかどうかも怪しい話だし。
「あぁ、正兄にちょっと連絡取ってただけだから。問題は無い。金曜以外も、時間が出来たら骨董屋、行って良いぞ」
 秀さんに話を振ったら、特に問題は無かったらしい。
 というか正さん、連絡取れるのか。俺も今度電話してみようかな。
 一年しか一緒に居なかったけれど。あの人に助けられていたことは多い。
「ありがとうございます。それ、お願いしようと思ってました」
 事務所の運営は、秀さんとその上のお兄さんなんだけど。仕事を俺に回して来るのは秀さんだから。
 俺は仕事を気にせず、骨董屋に行けることが嬉しい。
「だろうな」
 素直に顔に出し過ぎたのか、苦笑した秀さん。
 でも秀さんも祐也さんと付き合い出してから、休みを取ることが多くなったらしいし。それまで一切休み無くて良いくらいの勢いだった、とは章に聞いて知っている。
「秀?俺と居る時間は、ちゃんと確保してくれよー?」
 祐也さんが、書類の整理しながら、秀さんに声をかけている。
 それに秀さんは「当たり前だ」とか答えてるけど。
 事務所で普通にイチャ付くの、止めてくれないかなぁ。俺は早くも梓に会いたくなるから。
 俺の家族と考えたら、この事務所の人たちだけれど。
 その人たちは、俺の相手が男とかどうとか、本当に気にしない。
 だって、この事務所の人たち、男同士普通だし。あれ?え、待て?考えてみたら、そういうカップルしか居なく無いか?
 ま、まぁ良いや。だからこそ、絶対に反対されないんだとも言えるし。
 問題は、梓の両親だ。
 どうしたら、良いだろうか?
 ここの人たちで、両親とかに反対されて困った人たちは……居ないか。
 秀さんたち兄弟は、家族から離れてこの事務所を作った人たちだし。家族のことなんて、居ないも同然扱いだろうし。
 章と秋人あきひとさんは、そもそも施設で育ったらしいし。
 あ?待てよ?
 じゅんさんは?ここのとこ、事務所には居ないけど。というか、あの人は有名人だから、そうそう連絡も取れそうにないけど。
 純さんは、この事務所の一員になっても、両親との連絡を続けていた人だ。
 高校から、太一さんと一緒だったらしいけど。太一さんは秀さんの従弟だから、家族は無い者と考えてそうだけれど。純さんは違うだろう。
 あぁ、この事務所ややこしいな。俺もその一員だけど。
 ややこしい一員に入ってるけど。
 そもそも、俺の家族がややこしいんだ。
 この事務所は、中条家の人たちで作られた。正さんとか、秀さんが中条家。そんで従弟の太一さんが分家の柚木家。
 俺の村越家も、中条家の分家だったらしいんだけど、母が父と出会って家を出たから、分家から外されていた。
 章とか秋人さんとか純さんは、梓の様に突然に力を持った人だ。
 で、まぁ中条の人たちに保護されて、ここに居る。
 中条はあと一人、立名たちなさん。柚木家ももう一人ひじりさんが居る。
 それからあと二人事務所の人員には居るんだけど。この二人は人間じゃないから、これ以上ややこしくしたく無いから置いとこう。
 今俺が考えてるの、何だったけ?あぁ、梓の両親のことだ。
 それが今、俺が一番に考えなきゃいけないことだ。
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