骨董屋の主人

藤野 朔夜

文字の大きさ
上 下
4 / 18

しおりを挟む
「あの……」
 おずおずと、僕は彼に近付いた。
 これから先、彼を見れなくなっても、僕はもう良いんだと、決めたんだ。だから。
「その茶器なら、頭金を支払っていただいて、その後に納金出来る時に払ってもらえれば、持って帰っても良いですよ」
 というか、頭金だけで踏み倒されても良いくらいの勢いだ。
 彼を見てると、胸が痛む。
 あの時の笑顔が、頭をかすめるから。僕には向けられない笑顔なんだろうな。
「あ、あぁ。すまない。毎週見に来ていて、迷惑だっただろうか?」
 彼の顔は見れない。
 でも、視線は僕に有るんだと、強い視線を感じるから。だからわかる。
「め、迷惑、とかじゃ……店もこんなだし。別にお客さんが居るわけでもないし……。ただ、誰かにその茶器を重ねているなら、手元に有った方が、良いんじゃないかって思ったから」
 接客の仕方なんてわからないから、いつもの口調が出てしまった。
 緊張してるんだ。初めて会話するんだから、仕方ない。
「たしかに、重ねている人は居るけれど。この茶器はここに有るから、だからこの雰囲気なんだろうなと、思っていたんだ。俺の部屋に有ったんじゃ、この茶器の雰囲気が壊れる」
 この骨董屋も含めてって言われるのは嬉しいんだけど。
 やっぱり、あの人を重ねてるんだろうな。
 それが俺には辛いんだ。
 でも、どうしよう。ここを含めて、なんて言われたら。持って帰ってって、もう言えない。
「この間、街で見た。綺麗な人だったから……。その後に、この茶器を見て、あなたがいつも見てたから、その人に重ねてるのかなって思って」
 うわー、言わなくて良いことまで、僕言っちゃってない?
 彼から戸惑った雰囲気が伝わって来る。
「いや、この間?いつかは知らないが、それは無いな。母は亡くなってる人だから」
 は?え?
「母?」
 あの人じゃ、無いの?
「あ、いや。……早くに母を亡くしたから。コレの様に、凛とした人だったな、と思って。火事だったから遺品は残らなかったんだ。だから余計にコレを見て、母を思い出していた」
 驚いた僕は、彼を見上げていた。
 彼が少しだけ照れた様子なのは、きっとマザコンだと思われたとか、思ったからだろうか。
 でもそうか。
 あの人じゃ、なかったんだ。
 ホッとしてる僕。本当に、現金だなぁ。
「この茶器を買い取ることは出来るんだが。このまま店に飾っておいてもらうことは、可能だろうか?」
 か、買い取れる?!
 たしかに、骨董品の中じゃ安いんだろうけど。二十三万だから。
 でも、僕と同じ年くらいの彼。そんなにお金を持ってるって、どんな仕事しているんだろうか。
「か、買い取ってもらえれば、たしかにここに置いといても、売れた商品として扱うから、他には売らないけど」
 というか、売ることもしない僕だから、そんな心配はいらないんだけどさ。
 彼はこの茶器を見に、また来てくれるということだろうか。
 僕の失言、無かったことにしてくれてる?それならあいがたいけど。どう見たって、男の人と一緒に居たのを、勘違いする様な考えなんて。そういう恋愛をする人じゃないと、そんな勘違いしないと思うから。
「母の遺産と父の遺産。それから高校出てから働いているから。使わなくて貯まっているんだ。こういう風に使う場が有るのは、助かる」
 お母さん亡くなったとは言ってたけど、お父さんも?
 それなら高校出たら働くよね。でも住むところとかで、お金使ったりしないの?
 貯まってくだけ、ってすごいよなぁ。僕は両親に貰ってる分で生活してるけど、ほぼ残らない。
 未だに親頼りって、どうなんだろう。まぁ、一応この骨董屋の主人扱いにはなってるけど。
「いきなり現金を持って来ても、困るか?」
 あ、カード払いとかじゃないのか。
 カードを持っていてくれたら、便利なんだけれど。クレジットカードを持つことを嫌がる人もいるから、それについて僕は言えない。
「えと、この口座に振り込んでくれたら」
 父の口座だ。こういう取引には、父の口座を使うから。
「わかった。東雲さんで、間違いないんだな」
「うん。あ、でもそれは父の口座。僕は東雲梓と言います」
 なんで僕自己紹介してるんだろう?
 少しでも、彼と繋がりたいから?
 無理だろうのに。
「あぁ、俺は村越勇だ。振込確認の時に、名前は必要なのに言わなくてすまない」
 村越さんかぁ。
「え、いや。あの、大丈夫です。えええと、その茶器。そのままそこには置けなくて、上の棚とかに移したいんだけど、どの辺りが良いとか、あり……ますか?」
 いまさら敬語とか持って来ても遅いだろ。と自分で自分に突っ込む。
 僕は取引を最近本当にしないから、村越さんが入金したら、あぁ彼だとわかるから、大丈夫なんだけど。そんなこと、彼は知るわけも無いし。
 でも、名前を知れたのは嬉しい。
 ちょっと挙動不審になったかもしれないけど、まぁ良いや。
 この茶器をこのままここに置いておけないのは、たしかだし。
 彼の視線がふと、店内を動いた。
「あの棚に置いてもらうのは?」
 僕がいつも居るレジ台の後ろの棚。あの棚は、取引が有ると使うんだけど。
 今は使われて無くて、僕の本の置き場になってしまっている。
 埃が積もれば、見栄えが良くないから、ちゃんと掃除はしているけれど。
 お客さんは来ないけど、日々の掃除は忘れていない。突然来たら、僕はきっとあたふたするだろうし、綺麗にしてなきゃお客さんはすぐに帰るだろう。それに両親にも怒られる。慌てて一気に掃除するより、日々こまめに掃除していた方が楽だし。
「大丈夫ですけど。……どの段にします?」
 僕の本しか置いて無いから、がら空きの棚だ。どこにでも置ける。
 彼の置きたい場所に置いてもらって、全く構わないんだ。
 今後取引予定も無いし。
「あなたの本が置いて有るすぐ上にでも。気付いていた?俺あなたにも会いに来ていたんだ。俺が誰かと歩いているのを見て、嫉妬してくれたのだとするなら、脈が有ると、そう思っても良いですか?」
「え……」
 間抜けにも、僕は彼を見上げてポカーンとしてしまう。
 なんて、言ったの?
「この茶器を売るから、もう来るなと言われているのだと思った。でもあなたは、ここに置いておいても良いと言ってくれた。人間は欲深い。俺はそう言われたら、あなたに会いに来る理由に、この茶器を使おうと思うくらいには、あなたに会いたいんだ」
 すごく優しい眼差しで彼は、いつの間にか僕を見ていた。
「え、あの……僕、は……」
 言葉が何も出て来ない。
 彼は僕のこと、何も知らないはずで。なのに、こんな僕に会いに来てくれていたとか。
 僕の頭の処理能力が、停止している。
「あなたにこれから、俺のことを知ってもらいたい。これからは、こうして会話してくれるだろうか?俺はあなたの名前を最初から知っていた。年齢も、同じ二十歳だと、知っている」
 な、んで、知っているんだろう。
 僕は彼のこと、何一つ知らない。名前だって、さっき知ったばかりだ。
 同じ年だったんだ。
「この骨董屋に、古くから妖が居ることを、あなたは知っているはずだ」
 ハッとする。彼は、見えるのだろうか。僕が気にして、他人と関わらないでいる理由である、モノが。同じ様に、見えている?
「見えるんだ」
「それが仕事だからな」
 仕事?そういう仕事が有るの?
 僕の世界は本当に小さいから。だから知らないことだらけなんだろうな。
「妖が気にしていた。霊が見えるあなたのこと。最初はそれが理由だった。途中から、変わったけどな」
 知っていたんだ。僕の秘密。
 でもそれが、彼の仕事に繋がるから、僕のことを見てくれていたんだ。
 だったら僕は、何も気にしないで、彼の傍に居ても良いのだろうか。
「僕が、一緒に居ても、良いの?」
 とても小さな声だったのに。
「あなたが嫌でなければ一緒に居たいと、俺は願う」
 と彼は答えてくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あの日、北京の街角で4 大連デイズ

ゆまは なお
BL
『あの日、北京の街角で』続編。 先に『あの日、北京の街角で』をご覧くださいm(__)m https://www.alphapolis.co.jp/novel/28475021/523219176 大連で始まる孝弘と祐樹の駐在員生活。 2人のラブラブな日常をお楽しみください。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

ハヤトロク

白崎ぼたん
BL
中条隼人、高校二年生。 ぽっちゃりで天然パーマな外見を、クラスの人気者一ノ瀬にからかわれ、孤立してしまっている。 「ようし、今年の俺は悪役令息だ!」 しかし隼人は持ち前の前向きさと、あふれ出る創作力で日々を乗り切っていた。自分を主役にして小説を書くと、気もちが明るくなり、いじめも跳ね返せる気がする。――だから友達がいなくても大丈夫、と。 そんなある日、隼人は同学年の龍堂太一にピンチを救われる。龍堂は、一ノ瀬達ですら一目置く、一匹狼と噂の生徒だ。 「すごい、かっこいいなあ……」 隼人は、龍堂と友達になりたいと思い、彼に近づくが……!? クーデレ一匹狼×マイペースいじめられっこの青春BL!

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

鬼に成る者

なぁ恋
BL
赤鬼と青鬼、 二人は生まれ落ちたその時からずっと共に居た。 青鬼は無念のうちに死ぬ。 赤鬼に残酷な願いを遺し、来世で再び出逢う約束をして、 数千年、赤鬼は青鬼を待ち続け、再会を果たす。 そこから始まる二人を取り巻く優しくも残酷な鬼退治の物語―――― 基本がBLです。 はじめは精神的なあれやこれです。 鬼退治故の残酷な描写があります。 Eエブリスタにて、2008/11/10から始まり2015/3/11完結した作品です。 加筆したり、直したりしながらの投稿になります。

白鬼

藤田 秋
キャラ文芸
 ホームレスになった少女、千真(ちさな)が野宿場所に選んだのは、とある寂れた神社。しかし、夜の神社には既に危険な先客が居座っていた。化け物に襲われた千真の前に現れたのは、神職の衣装を身に纏った白き鬼だった――。  普通の人間、普通じゃない人間、半分妖怪、生粋の妖怪、神様はみんなお友達?  田舎町の端っこで繰り広げられる、巫女さんと神主さんの(頭の)ユルいグダグダな魑魅魍魎ライフ、開幕!  草食系どころか最早キャベツ野郎×鈍感なアホの子。  少年は正体を隠し、少女を守る。そして、少女は当然のように正体に気付かない。  二人の主人公が織り成す、王道を走りたかったけど横道に逸れるなんちゃってあやかし奇譚。  コメディとシリアスの温度差にご注意を。  他サイト様でも掲載中です。

処理中です...