中条秀くんの日常

藤野 朔夜

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大学一回生になりました

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  斉藤俊行が、学校に来ていない。
  秀が気付いたということは、祐也も気付いているはずである。
  必須科目は、学科の違う敏行も、同じように受けている。教室内で出会えば、挨拶をし合うし、ともに授業も受ける。
  けれど、ここ三日ほど、敏行を見ていない。こんないきなりサボりとか、さすがにしないだろう。
  秀がキョロキョロと教室内を見渡したので、祐也もわかったのだろう。
「敏、ここんとこ、来てないな」
  祐也の言葉に、コクリと秀は頷いた。
  祐也の向こう側に、敏行が座って、講義を受けることも何度かあったのに。その姿は、今はない。
「敏も一人暮らしだからな。慣れない独り暮らしで、風邪ひいたとかか?連絡できないほど辛いとか?」
  心配になるな、と祐也は言いながら、講義で使った物を片付けて行く。
  秀も片付けながら、嫌な予感が心を占めているのに、気付かないふりはできなかった。
「敏行の家、行くか?」
  秀が祐也に問いかける。この嫌な感じは、杞憂であってくれたら良いと思いながら。
  こんな早い段階で、俺の心の準備とかまだできてない段階で、知られるのは怖いけれど。それでも、敏行を放ってはおけない。
  本当に、この嫌な感じが当たりだとしたら、敏行は大変な目に有っているはずなのだから。
「あれ、秀はこの後時間平気なの?」
  いつもなら、すぐに帰る秀だ。
  それが、敏行の家に行くかと言い出した。
「俺の用事は後からでも何とでもする」
  秀はそう言い切った。
  敏行のことを考えると、嫌な感じが襲う。これはもう本格的に、そういうのに憑りつかれたか何かだろう。
  正にメールを打つ。今日は帰るのが遅くなる、と。家への連絡はこれで良い。どうせ依頼が来た分は、自分には回らないように長兄に操作されている。
  自分がやっているのは、ただの怪しい場所潰しだから、本当に後からどうとでもなる、だろう。多分。
  今の優先事項は、敏行だ。自分のことが知られるだの、そんなのは、後回しで良い。
「敏の家、一駅電車乗るけど」
  祐也はそう言って、駅への道を歩き出す。
  どうやら、祐也はすでに敏行の家に行ったことがあるようだ。
  それなら、自分の持つ情報網を使わなくて済む。少しだけ、知られるのが先送りされただけなのだが。
「秀?大丈夫?」
  電車に乗って、固い顔をしている秀を祐也は覗き込む。
  何かを考えている様で、話しかけるのはためらったが、あまりにも固い顔の秀に、祐也は心配になった。
「大丈夫だ」
  静かに、秀は答える。
  この電車は、大丈夫。変なモノが湧いている様子もない。
  すでに、秀は陰陽師モードだ。敏行の家の周りから、何かを探れないかと、探索機能が動いている。
  だか、祐也に心配をかけすぎるのは、良くない。
  だから、秀は固かった表情を少しだけ、いつもの祐也とともにいる時のように戻すように努力した。
「敏の状態見てから、必要な物があれば後から買いに行けば良いよな」
  そう言った祐也に、秀は頷く。
  まずい。何かこの辺りは、非常にまずい。
  なんでこの状態になっているこの辺りが、自分の情報網に入って来なかったのか、秀は疑問を感じた。
  もしかしたら、ここ最近の邪気の多さはここから……。誰かが起こした訳でもなさそうに思う。
「このアパートの四階」
  祐也は秀を案内して行く。けれど、秀には祐也に案内されずとも、敏行の部屋がわかってしまった。
  ピンポーン
  チャイムが鳴る。
  普通に敏行は出て来た。
  でも、その部屋の中。ナニカが、いる。
「祐也に秀。ごめん、心配かけたか」
  敏行は、至って普通に見える。
「お前、何だよ。いきなりサボりか?」
  祐也は敏行に向かって言うが、敏行は違うと首を振る。
「家を出るとすぐに記憶無くなって、気付いたらまた家なんだ。ここずっと試してるけど」
  打つ手がない、と敏行は言う。
  なるほどな、と秀は思った。とり込んで、邪気の住処にしたか、と。
「はぁ?」
  祐也は何を言っているんだ、と言う声を出す。
「だから、せっかく来てくれたけど、家に上げるのも二人がどうなるかわかんねぇから……」
「最近、妙な場所に行ったとかなかったか?」
  敏行の言葉を、途中で秀が遮った。
  ここで、敏行が家に上げないと言ってしまえば、秀も祐也も敏行から隔離される存在になってしまう。それは避けるべきことだから。
「妙な場所?いや……あ、墓のある道は通った」
  敏行は、無口な秀からの問いかけに、一瞬びっくりするものの、言葉を反芻して、考えて答える。
「はかぁ?」
  祐也がまた素っ頓狂な声を上げているが、そこはあえて秀はスルーした。
「何か声を聞いたか、見たか?」
「声は聞いてないけど、なんか星みたいに見えたのはあった」
  秀が考え込む。
  祐也はだんだん敏行がどうゆう状態なのか、理解してきた。
「寺行こう、寺」
  そう言い出すが、
「ダメなんだって、俺すぐにこの家に戻るから。寺までが行けない」
  と敏行に返されている。
「俺が、……俺が、何とかしてやる」
  一瞬だけ、秀は言葉を途切れさせたが、なんとか言い切った。
「は?いや、秀?」
  さすがに、祐也も敏行も驚いて秀を見ている。
「俺の家系はこういうのを扱う家系だ。だから、俺が何とかしてやる。寺と言っても、あの寺じゃ、当てにできる奴がいない。だからこうして、霊が彷徨い出るんだ」
  ロクな供養もできない寺だ。あの寺は。だから、二度と墓の前を通るなとも言いたいが。
  隠していたことを、簡単に知られたことへの不安の方が、今は大きい。
「玄関に、いてくれ」
  敏行を脇に押しやり、秀は部屋へと入って行く。
  部屋に入って行く秀が、一瞬だけ祐也を見た。その時の秀が、祐也には泣いているように見えた。
  部屋の中は、邪気の溜り場だった。吐き気を覚えるほどの、強い邪気。よくこんな中で、敏行は平気だったな、と秀は思う。
  部屋を見渡す。すぐに、正体が見て取れた。これは……。
「オン、シュリ、マリ、ママリ、マリ、シュリ、ソワカ」
  あまり得意な方面ではないが、秀は静かに印を結んで真言を唱える。
  サワリと流れた風が、部屋の中を正常化して行った。
「姿を見せてもらえませんか。これでは話しづらい」
  秀は、部屋の一角へ視線を向けて声をかける。
「あなたを無理矢理消しに来たわけじゃない。ただ、ここへ来た訳を、教えて欲しい」
  秀は静かに声をかけ続ける。
「術者さま……我は現世(うつしよ)ではもう生きていないモノ。けれど、何故か突然目が覚めました。我は現世に、心を奪われた。ただ、邪念によって、我は何もわからなくなってしまった」
  鈴やかな声の主は着物を着た、女性。
「藤姫、俺があなたにできることは、冥府へと送り届けることだけです。あなたはもう一度、輪廻の輪に還れます」
「我はもう、邪念に心を支配されたくはない。現世で、狂気へと成り果てる前に、そなたに出逢えて良かった」
  静かな秀が示した掌、秀に藤姫と呼ばれた人物は、その掌に己の手を乗せ、光の中へと消えて行った。
「秀?」
  静かに、玄関から祐也の声がした。
  秀は、祐也と敏行の方へと戻ってくる。静かに靴を履きながら、秀は口を開いた。
「もう、何も、起きない」
  そう言って、一人でその場を出て行ってしまう。
「ちょ、秀……!」
  慌てた祐也が呼び止める声も聞かず、廊下へと出て。
  秀は、これを知られたくなかった?あぁいうのって、出るのは大体夜だよな。夜の用事って、こういうの?
  祐也は理解した途端、秀を追って、敏行の部屋を後にする。
「敏、明日から学校来い、そんで、秀とは普通に会話しろよ」
  言い置くだけは忘れない。敏行の返答を待たず、裕也は秀を追いかけた。
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