中条秀くんの日常

藤野 朔夜

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大学一回生になりました

始まり

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  入学式というのは、とても退屈だ。
  あくびを噛み殺しながら、榊祐也は思う。
  大学生とは、不思議な時期だと思う。
  高校までのような、学校の中に無理矢理詰め込まれるという感じはない。学生の自主性に任せられた、自由な学校生活ができるのだ。
  自由だからと、遊びほうけたら、留年するのだけど。
  開放的ではある。
  が、やはり入学式は退屈である。
  社会性を学ぶ為~~とかなんとか、学長とかいう人が話しをしているが、祐也はほとんど聞いていなかった。
  学生が集められた場所は、広い講堂。
  学席順とかは関係なくて、学部学科だけでまとめられて座っていた。
  高校から同じ大学に進学した友人はいない。顔見知り程度ならいた気もするが。どうやら学部が違うらしく、姿は見ていなかった。
  同じ学部学科に、祐也は知り合いが一人もいない、ということになる。
  顔見知り程度の相手では、学校が同じでも話をする、一緒に遊ぶなどにはならないだろう。
  友人を、早く見付けるべきだろうと思う。
  でないとせっかくの大学生活が、楽しいものではなくなってしまうのではないか、とすら思った。
  祐也はそっと、横に座っている生徒を見てみる。
  これから先、一緒の授業が多くなるであろう生徒を。
「……っ」
  咄嗟に息を飲み込んで、言葉を消す。
  背筋をピシッと伸ばし、話しを聞く体制は、とても綺麗だ。そして、なによりも、その凛とした横顔が、綺麗だった。目が離せなくなるほどに。
  学長とやらの話しはもはや、どこか遠くの声である。
  スーツを着ている。同じ男だとわかるのに、祐也は、その男に見惚れてしまっていた。
  ふと、視線に気付いてか、男が祐也を見た。
  なんだ?としかめられた眉が、ぶしつけに見ていた祐也の視線に入る。
  しまった、と思うが、もう遅い。嫌な思いをさせてしまっていたら、今後話しかけても、話しをしてくれるかわらないではないか。
  なんでもない、というように、祐也は曖昧に笑って、前を向いた。隣の男も、前に向き直ったようだ。
  もはや、もう反対の隣の生徒を気に掛ける気は、祐也にはなくなっていた。
  よもや、こんなとろで、男に一目惚れするなど、誰が思うだろうか。話しかけたら、返してくれるかわからないが、それでも、話しかけなければ。と祐也は決意した。
  早く入学式なんていう面倒なものは、終わってしまえ。そして、名前だけでも、せめて、彼の名前だけでも知りたい。
  が、願いもむなしく……入学式が終わって流れた人込みに、隣に座っていた彼を見失ってしまったのだった。


  入学式翌日は、オリエンテーションとして、学部で説明を受けて、さらに学科でも説明を受ける。
  そんなに説明が必要なのかと、中条秀は思う。
  入学式も面倒だったが、こちらも面倒である。
  が、まだ大学の単位など、必須科目なんかもわかっていないのだから、説明があるのは仕方ないことだろう。
  その後に、自分たちで受ける授業を考えて、時間割を決めなければならない。
  学生の自由というのは、その分自分たちが、自分に厳しくしなければならないということなのだ。
  甘くみていたら、単位が足りないとか、単位を落としたとかになりかねない。
  そんなことには絶対になりたくないので、必須科目、一回生が受けるべき授業は、しっかりと組み込んだ時間割を作ろう、と配られた書類の束を見ながら秀は思う。
  話しをする相手はいない。
  同じ高校からこの大学へ入った人間もちらほら見たが、自分と少しも関わっていながった人たちだったので、話しかける気は起きなかった。それに、向こうもわざわざ自分になど話しかけずとも、すでに仲間グループができているようだった。
  高校まで特に親しい人間を作って来なかった秀である。今更誰かに話しかけて、仲良くなる人を作ろうと動くこともしなかった。
  うーん。正兄に言われた時は、友人を作る気も起きたけど……いざ、となると声をかけるタイミングとか全くわからん。
  これまで弊害が……などと考えてみる。
  と、視線を感じた。
  あれ、こんなことが、入学式の最中にもあったぞ、と思いながらそちらを見ると、入学式の時と同じ人間が自分を見ていた。
  彼は、秀が顔を上げて見返したことで、秀が自分に気付いたことがわかったのだろう。
  人好きのする笑顔を見せながら、秀に近付いてきた。
「隣、座って良い?」
  すでに、学部の説明は受け、後は学科のみである。
  同じ教室にいるという事は、学部も学科も同じということになる。
「かまわないが」
  元々誰も座っていない席だ。誰かが座る予定もない。
「あ、俺榊祐也って言うんだ。この大学入った友人いなくてさ」
  ごく自然に話しかけられる。
  なるほど、一人の奴を狙って、席に座れば簡単に会話はできるのか、と秀は思う。
  高校までのように、決められた席なんてないのだ。自分は窓側の後ろの方に座っていたが、教室内を見てみれば、一人でいる人間も少なくない。
  お前は?と問うように見てくる彼に、自分の自己紹介を待っているのだと知らされる。
「俺は、中条秀だ」
  名乗ってしまえば終わってしまうな、などと思っていたのだが。
「秀って呼んで良い?俺のことも祐也でいいから。秀は、友達一緒の大学にいないの?」
  どうやら、会話は続くらしい。
  別段名前呼びだの苗字呼びなど気にもしないので、唐突に名前で呼ばれても特に嫌悪感はなかった。
「知り合いはいるが、親しくはない」
  自分はとことん、他人との会話に向いていないと思う。
「へぇ、じゃあ、秀も俺も、お互いが大学に入って初めての友達だな」
  なんて笑っている彼は、秀の冷たい印象を与えてしまう言葉を気にしていないようだ。
  こんな人間は初めてだと、秀は思う。
  いつも、自分の冷たい物言いに、周りは離れて行くのに、彼は秀のことを、友人と言ってのけたのだ。
  驚いて、彼を見てしまう。
「え?友達とか、嫌だった?入学式の時、じっと見てたこと怒ってる?」
  そんなわけはない。
  確かに、入学式の時は、なんだ?と思いはしたが、別に見られることが嫌だったわけではないのだ。
  単に、こんな少ししか話しをしていないのに、友達と認定されたことに驚いたのだ。
「否、そうじゃなくて……」
  どう説明したら良いのかわからない。
  今まで、会話は事務的なものしかしてこなかった。
  同年代の友人……仲間でない、外の世界の友人を持ったことのない秀には、どうしたら良いのかわからなくなってしまった。
「あー、良かった。ぶしつけに見ちゃったから、嫌われてるかと思った。入学式の後、声かけようと思ったら、もういないからさぁ」
  あの後、声をかけようとしてくれていたのか、と秀は思う。
  実は入学式の人の多さに辟易して、気分も悪くなってしまっていたので、終わった瞬間席を立って、外へと出てしまっていた。
  彼は、誤解したまま、自分のことを気にかけてくれていたのだろう。わざわざ、声をかけてきたことからもわかる。
「今まで、そんな奴いなかった……」
  呟いた秀に、祐也は「え?」と声を上げる。
  秀はそんな裕也に、なんでもないと首を振る。
  丁度。学科の説明をする事務の人が教室へ入って来たことで、二人は一端会話をそこで終わらせた。
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