中条秀くんの日常

藤野 朔夜

文字の大きさ
上 下
1 / 78

プロローグ

しおりを挟む
「秀、大学に行く気はありませんか?」
  高校生最後の夏を前に、一番上の兄に言われた。
  自分の生まれ育った家から出て、この長兄に付いてきたのは、まだ去年の頃。
  俺は大学へ行く気はなくて、自分たちが持って産まれた力を使っての仕事を、一手に引き受けても良いと思っていた。
「正兄?」
  霊安寺からの依頼と寄付金。自分たちに直接来る依頼。
  それだけで、全員が生活していくには、やはり依頼遂行者が、しっかりいるのが必要だと思ってたから。
  特に、大学で学びたいこともないし。
  だったら、自分の情報収集能力を生かした、情報屋としての仕事も増やせば、もっと楽に皆が生活できていくんじゃないかとも思った。
「私はね、秀。君にはもっと色々な世界を見て欲しいと思っているんだ。あれが学びたい、とかないのかもしれない。けれど、大学で何か秀にとって良い出逢いがあるんじゃないかと、思っているんだよ」
  優しいけれど、威厳のある兄。
  俺は、いつも遠くからしか見ていなかった。
  中条家の総帥になる人物として、兄はいたから。
  反対に、俺は、家族の中でも異端だと、隔離されていた。
  霊安寺に、預けられて……母や父よりも、住職を慕っていた。優しくて、厳しくて。でも、子供らしくいて良いんだと、悪戯なんかを教えてくれたのも住職だった。
  兄のことは、尊敬している。
  早くから、自分の力を見極めて、それこそ総帥にふさわしくあるために、厳しく育てられたはずなのに。
  優しい眼差しは、かわらず俺を見てくれていた。
「でも、俺が大学へ行くのは……」
  既に、すぐ上の兄はアメリカ留学をしている。
  従兄も、大学生だ。
  家が貧しい訳じゃない。どっちかというと、裕福である。
  どこからこんなにお金が入ってくるか、よくはわからないんだけれど。
  多分、俺が大学へ行っても、問題はないんだろう。だから、兄は提案しているのだ。
  俺は、高校生活でも、友人を作らなかった。否、作れなかった。
  自分の力を知られるのが、怖かったから。
  そして、何よりも、人間が恐かった。
  ここにいる、仲間は大丈夫だ。大事な仲間、友人だと思っている。
  でも……人の、人間の体温が恐いだなんて、そんなこと言えやしない。
  兄は、俺に友人を作って欲しいと思っているんだろうけれど。軽いけど、人間不信ともとれる俺のこの、人間への恐怖心、人間の体温への恐怖心を伝えてはいないんだから、仕方ないのかもしれない。
  小さなころから、接点が無さすぎたんだ。尊敬してるし、大事な兄だけど、俺のこんな弱さを見せたくなかった。知られたくなかった。知られて失望されるのが、何よりも怖い。
「可能性、ですよ秀。駄目だ、と思ったら、退学しても良いんです。気楽に考えてください」
  優しい兄の言葉。
  俺に逃げ道も与えてくれる言葉。
  首を、横には振れなかった。


  俺は結局、人間の何が恐いのか考える為に、人間というものを知る為に、心理学科を選んで受験した。
  高校の教師が、もっと良い大学があると、勧めてくれた大学は、とてもじゃないが、家から通えなかったから辞退した。
  今までの高校生活、勉学はまじめにしてきたから、俺の選んだ大学の推薦がもらえてしまった。
  簡単なテストと、面接だけ。論文なんかは必要なし。
  テストは、こんなんで良いのか?っていうくらい簡単すぎて。こんなんじゃ誰も落ちないだろう、とか考えながら受けた。
  面接は、ある程度予想通りの質問で、優等生回答して終わり。
  推薦がもらえたくらいだから、内申点も問題ない。
  まぁ、つまり、見事に合格してしまったので。
  大学生……か。
  ちょっと前までは考えてなかったから、どんな風にすごそうだとか、そんなこと何もなくて。
  こんなんで大丈夫なのか、とも思ったんだけど。
  合格を知らせた時に、兄は嬉しそうに笑ってくれたから。兄が言うように、楽しめたらそれで良いかな、なんて思って。
  確かに、俺の世界は狭いから、広げられる可能性があるならば、経験して、広げていくのも大切かな、とか。
  俺の世界は兄たちと、仲間だけの世界だから。友人もいる世界っていうのが、作れたら良いのかななんて。
  俺の中の人間不信的なものは、きっと無くなりはしない気もしたけれど。
  兄の言う、可能性、信じてみようと、思った。


  明日は大学の入学式。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

生意気な少年は男の遊び道具にされる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...