心霊現象相談事務所

藤野 朔夜

文字の大きさ
上 下
30 / 49
過ぎ去る、秋

第一章 ②

しおりを挟む
「太一?」
  純は太一の部屋に入って、その主を呼ぶ。
  静かな歌声が、部屋に響いていた。
  悲しいメロディーは、今の太一の心を表しているのか。
  純は、呼びかけることを止めて、ただ太一の隣に座った。
「なぁ、純。俺は何ができるんだろうな」
  ふいに、歌うのを止めた太一が、純の膝に頭を乗せて寝ころんだ。
  純に向けて問いかけながら、その問いの答えを欲してはいない様子。
「太一は、今まで通りでいてください」
  純の願いは、それだけだ。
  明るい太一に、皆がホッとしている。太一もそれをわかっているのか、明るく振る舞う。
  そっと、純が太一の明るめの茶髪を梳いた。
「ん。考えても、答えが出ない時は、俺は歌って忘れるんだ。でも、今回のは、忘れれない」
  秋人がいないという事実が、大きくのしかかっているのだろう。
  頷きながらも、太一のいつもの朗らかさは、どこにもない。
「章の声、戻ったな」
  他の方へと、話しを移動させる太一。章が、久しぶりに笑って「ただいま」と帰って来た。
  純も、帰った後、章と会話をしていたのを太一は見ている。
「勇君が、頑張ってくれたみたいですね」
  静かに、純は答えた。
「俺は、なーんもしてやれなかった」
  太一は、純の腰に手を回して、顔を腹に埋めるようにしてしまう。
  膝枕をしていることも、こうして太一が抱きついてくることも、嫌ではないのだけれど。どうしても、この空気にそぐわない欲望が、純の心に巡ってしまう。
「太一」
  頭を撫でながら、太一を呼ぶ。キスくらいは、許されるだろうか。
「んー?」
  小さくうなって、自分を見上げる太一を覆うように、純の長い髪が流れた。
「んん?!」
  塞がれた唇に驚いてか、太一が何事かを言おうとするのを、さらに深く口付けて奪ってしまう。
  不謹慎だと、怒られても仕方ないのだけれど。
  今は太一の温もりを離したくないから。
  純はそんな風に思いながら。
  もし、いなくなったのが、太一だったら、俺も章君みたいに、なってたかもしれない、と。
  それこそ、不謹慎な考えだ。でも、太一がここにいることを、確認したい。
  髪を引っ張られて、仕方なく、すぐに唇は、離したけれど。
「はっ、お、まえ、な……」
  息を乱して、少しだけ顔の赤い太一。
「ごめん。つい」
「つい、じゃねーよ」
  欲望は、燻り続けているのだけど。さすがに怒られるか。
「太一がここにいるって、確認したかった」
  膝枕の体勢から、起き上がろうとする太一を押し止めて、純は言葉にする。
「……」
  言葉を失くしたように、自分を見つめる太一。
「わかってるんだよ。不謹慎だって。でも、ね」
「ね、じゃない」
  ふいと、そっぽを向かれてしまう。
  あー、あの太一の意思の強い目が、自分を見ていない。そのことに、純は少し焦れる。
「太一」
  静かに呼んでみるけれど、太一の目は純を見ない。
「太一」
「あー、もう!」
  再度読んだら、どこか怒ったような太一が、押し止める手を振り払って、起き上がり、純を押し倒してきた。
  床にそのまま座っていたから、純の長い髪は、床に綺麗に広がった。
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ」
  そう言った太一は、そのまま純の上に、倒れるように抱きついてくる。
  これは、……どうしようか。されるがままでいる純は、逡巡する。
「ね、太一。キスだけなら、許してくれる?」
  この体勢じゃ、それだけで終わらせられるか自分でもわからないけれど。
  純はそう言って、胸元に顔をうずめている、太一の顔を上げさせる。
「お前がそんだけで、終わる訳ねーじゃん」
  そう言った太一からキスされて、バレてるか、と純は思う。
「不謹慎とか、そんなんどうでも良い。俺だって、お前がここにいるって、確認したい」
  かすめて行くだけのキスの後、太一から言われた一言に、純はもう考えるのを止めた。
「お、い、このっ……」
  そのまま純は太一の上着の裾から、手をしのばせる。
  多分、このままか、と言いたかったんだろうけど。不自然に途切れた言葉。
「ベッドまで行ってらんない。太一を床に押し倒すと、太一痛いって文句言うでしょ」
  だから、このまま、と。
「おま、え。こういう、とき、っだけ、かって、すぎ……」
  普段は、太一が振り回す方だけれど。こうなってしまうと優位なのは純の方で。
  吐息の合間に太一に文句を言われるが、その文句を純は無視した。
「だって、少しくらい勝手な行動しないと、太一こういうこと、させてくれないじゃない」
  なんて。
  腕に力が無くなったのだろう、自分の上に倒れてくる太一を、器用に片手で支えて。片手は勝手に太一の素肌の上を動き回る。
「はっ、も、勝手に、しろ」
  すでに純の手は、勝手に動いているけど。
  太一からそう言われたから、純は本当にもう、勝手に動くことにした。
  不自然な体勢どうこうは、この際どうとでもなるもので。
  自分の上で乱れて行く太一を見る、というのも新鮮だな。なんてことを考えていると知ったら、本当に太一に怒られそうだ。
「ん、はっ、純……」
  名を呼ばれて、太一を見上げる。
「ん……やぱ、この、体勢ヤだ」
  そう言われて、あぁ、と思い至る。
「俺はいい眺めなんだけど」
「ば、かやろ」
  力の入ってない手で叩かれても痛くはないが。嫌だと言い出したなら、これ以上させてくれなくなる可能性も大きいので。
「我が儘」
  なんて言いながら、純は太一を抱き上げて場所を移動した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

新訳 美女と野獣 〜獣人と少年の物語〜

若目
BL
いまはすっかり財政難となった商家マルシャン家は父シャルル、長兄ジャンティー、長女アヴァール、次女リュゼの4人家族。 妹たちが経済状況を顧みずに贅沢三昧するなか、一家はジャンティーの頑張りによってなんとか暮らしていた。 ある日、父が商用で出かける際に、何か欲しいものはないかと聞かれて、ジャンティーは一輪の薔薇をねだる。 しかし、帰る途中で父は道に迷ってしまう。 父があてもなく歩いていると、偶然、美しく奇妙な古城に辿り着く。 父はそこで、庭に薔薇の木で作られた生垣を見つけた。 ジャンティーとの約束を思い出した父が薔薇を一輪摘むと、彼の前に怒り狂った様子の野獣が現れ、「親切にしてやったのに、厚かましくも薔薇まで盗むとは」と吠えかかる。 野獣は父に死をもって償うように迫るが、薔薇が土産であったことを知ると、代わりに子どもを差し出すように要求してきて… そこから、ジャンティーの運命が大きく変わり出す。 童話の「美女と野獣」パロのBLです

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

あなたが好きでした

オゾン層
BL
 私はあなたが好きでした。  ずっとずっと前から、あなたのことをお慕いしておりました。  これからもずっと、このままだと、その時の私は信じて止まなかったのです。

紹介なんてされたくありません!

mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。 けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。 断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

良縁全部ブチ壊してくる鬼武者vs俺

青野イワシ
BL
《あらすじ》昔々ある寒村に暮らす百姓の長治郎は、成り行きで鬼を助けてしまう。その後鬼と友人関係になったはずだったが、どうも鬼はそう思っていなかったらしい。 鬼は長治郎が得るであろう良縁に繋がる“赤い糸”が結ばれるのを全力で邪魔し、長治郎を“娶る”と言い出した。 長治郎は無事祝言をあげることが出来るのか!? という感じのガチムチ鬼武者終着系人外×ノンケ百姓の話です

処理中です...