上 下
3 / 10

しおりを挟む
  乾いた大地は、貪欲に水を吸収する。
  ひび割れて、潤いを無くした砂に、水は生を与える。
  それでも、恵みの雨は降り続く事は無く、いつしか止んでしまう。
  そしてまた、大地は乾き、生命は枯れる。
  僕の心には水が無かった。
  だから正反対の『彼』に出会った時、『彼』の心の雨に気付いた。
  不思議とその雨は、僕の心にまで、雨を運んでくれたから。
  顔見知りの彼らは口々におかしな現象だ、と言った。
  僕が他人をかまっている事が。
  自分でもおかしな事だと思う。
  今までも取り巻きは何人かいたし、サークル内で孤立した事も無かったけれど。特別仲が良い友人というのは、出来た事が無かった。
  僕自身が、ある一定距離以上入り込もうとする人間を、排除し続けてきたから。
  だから、おかしな現象なんだ。


  僕、あずま啓司けいしという人間は、おおよそ協調性に欠ける人間だ。
  他人という者を、考えることをしない。
  他人と共に生きるという事が、わずらわしく、面倒くさい。
  学校という集団社会の中でよく生きて来られたな、と思ったりもするし、よく言われもする。
  通知表なんかにも、協調性が無いと書かれるのはいつもの事だった。
  別に見せる親もいなかったから、気にも止めてなかったけれど。
  いや、親はいますよ。いなかったら、僕という存在は今ここにいない。
  まぁ、残念ながら、僕をこの世に産み落としてくれた母親は、他界してしまったけれど。
  父親はいるのだ。
  子育てを放棄してしまった父親が。
  だからといって、何かを感じた訳でもなかったんだけど。
  思い出してみれば小学校の途中までは、普通に近所の子と遊び、笑い合っていた記憶が有る。
  その頃は、母が生きていたのだけれど。
  そう、今のこの他人排除の協調性皆無な性格は、子育て放棄の父親と二人だけになった頃からのものだ。
  同情と、好奇の視線がわずらわしくて。一番最初に排除したのは、親戚の人たちと近所の親たち。
  そして、仲の良かった友人たち。子どもって生き者は、親の話しから相手を見る様になるから。
  こうして考えてみると、別に父親が悪い訳でもないように思う。現にこうして大学まで行かせてもらっているから。どう接して良いのか、解らなくなった、というのが正しいのかもしれない。それまでも、仕事重視の考えの人だったから。幼い頃から父親は書斎にいて、顔を会わせる事が少なかったと記憶している。
  母の葬儀の日、父はこんな顔をしていたんだな。とか場違いな事を考えていた気がする。
  母の突然の死の理由を、僕は今でも思い出せない。
  病気ではなかった。
  母の死んだ日の事が、僕は思い出せないでいる。
  父は忘れたままで良い、と言ったから。そこまで考えないようにしているのかもしれない。
  考えてみれば、この排他主義の性格は、母の死の所為なのかも……と考えてしまう。
  親戚さえ排除したのは、父がそうしたからだった。
  おかげで僕の家は、年中静かだった。
  来客も無ければ、父子おやこの会話さえも無い。
  家を出たのは、大学に入ってからだった。
  家を出る為に、その為だけに、わざわざ遠い大学を選んだのだ。
  母の死を、知らない人たちの中で過ごしたいと思ったんだ。
  僕の知らない所で、僕の思出せない母の死の真相について、訳知り顔で噂する人たちに、嫌気がさしていたから。
  父も僕が家を出るのを機に、それまで住んでいた家を売って、他の場所に引っ越す事を決めていた。
「どうせなら、あの日に引っ越せば良かったね」
  引っ越しの日、そう言った僕。父は一瞬泣きそうな顔をして、
「母さんとの、思い出の場所だからな」
  そう言った。父は父で、この場所に愛着が有ったんだと知った。
  僕と父の引っ越しは、知らせる相手もいなかったから、荷物の整理くらいだった。
  元々父は出不精で、友人の少ない人だったから。
  それは、その頃には僕も同じになっていた。
  他人がどう思っているかは別として、僕には友人と呼べる相手がいなかった。
  だから冷たいとか、言われるんだろうな。
  けれど何年も他人を排除し続けた僕には、そんなに簡単に他人を僕の中に入らせる事が出来ないでいた。
  他人との接し方が解らず、相手を怒らせては戸惑い、また自分の殻に閉じこもる。
「啓ちゃんってさ、信じられる人間一人もいないよね」
  いつだったか、どういう時だったかさえ忘れたが、唐突に教室で隣の席の人間に言われた。
  僕は何も答えなかった。
  実際には父親の事は信用していた。けれどその事を言うのは、どこか幼稚な気がしたんだろう。
  そいつは僕が反論も何もしないのを見て取って、友人と別の話しを始めていた。


  僕の心は、あの日から、乾いたままで成長した。
  あの日から、総てを放棄して、ただ単に生きていた。
  何も、いらなかったのだ。
  でも、乾いた大地は水を欲して、潤いを求めて、心だけが彷徨っていた。
  だから『彼』が現れた時、不思議に色々と言葉が出て来た。
  当たり障りのない言葉で、表面だけの会話をしていれば良いならと、引き受けたサークルの勧誘の日。
  いつもの様に、それまでに来ていた新入生と、僕は当たり障りなく会話をしていた。
  確保したい人数に到達したと、『彼』が連れて来られるまでは。
  心が、雨を降らせ続けていた『彼』。
  素直な心は、僕とは正反対で。
  だからこそ、惹かれたのだろう。
  だからこそ、かまいたくなったのだろう。
  表に出せない涙の代わりに、心で泣いていた『彼』の涙を、出来たら止めてあげたい、と。
  静かに泣く『彼』に、愛おしさを感じた。
  他人にこれほどまでに、執着する僕の心は初めてだ。
  けれど戸惑いは、一切無かった。
  これで良いんだと、何故か納得している僕がいた。


  乾いた大地は、貪欲なまでに水を吸収する。
  雨を降らせ続けている『彼』と、乾ききっている自分が、丁度良いバランスになるまでには、長い時を必要とするかもしれない。
  自分と同じように、『彼』も僕を必要だと思ってくれることを、願っている――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

遠回りな恋

すいかちゃん
BL
幼馴染みの賢吾に失恋した純哉。それからというもの、適当な男と遊ぶ日々を過ごすようになる。そんな純哉の事が気になる賢吾は…。

23時のプール 2

貴船きよの
BL
あらすじ 『23時のプール』の続編。 高級マンションの最上階にあるプールでの、恋人同士になった市守和哉と蓮見涼介の甘い時間。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

理香は俺のカノジョじゃねえ

中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。

生意気な少年は男の遊び道具にされる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...