稜蘭高校 ドタバタ日記

藤野 朔夜

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流れゆく風

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「闇はすべて滅ぶべきよ!」
  復活したらしい小さな精霊の声が、恭とラミュエールの会話を阻んだ。
「それは恐い考えだ。小さき精霊」
  今まで言葉を挟まず静観していただけだった青海が、静かに言葉を紡いだ。
「何故?!闇は良いものではないのよ?進化したヴァンピーアは、ここでいなくなるべき存在よ!」
  反論されたからか、今度は青海に食って掛かる小さな精霊。
「この男がここで死ぬがどうかは別として。闇がすべて滅ぶべきものという考えには、俺も賛成できないな」
  恭も、静かに言葉を紡いだ。
「こらこらこらこら……」
  多分恭に反論したかっただろうラミュエールの言葉は、
「どうしてですの?闇は滅ぶべきものよ。すべてが。負の感情は光を犯し、破壊する。そういうものは、無くすものではなくて?」
  という玲奈の言葉に邪魔されてしまった。
「この世界の秩序は、光と闇から出来ている。光があり、そして闇がある。そしてまた、闇があるからこそ、光がある。では、闇が無くなれば?それは無だ。何もない。世界さえも」
  恭の言葉は静かだ。
「共存という考えです。昔はそういった考えの元、人間と魔物・妖怪は存在して来ました。お互いになくてはならない存在なのだと、知っていたのです。人間はいつからか、闇の存在を否定し始めました。闇を侵略し、すべてが自分たちの世界だと、錯覚したのです。けれど、それは恐い考えなのですよ。闇が無ければ、光は感知出来ません。恭が言うように、無の世界です。何もない」
  青海はゆっくりと、静かに小さな精霊に声をかける。
  長くこの人間の世界で、人間と共に人間と海を守りながら生きて来た、守龍の青海。
  同じように、長く人間の世界で人間に紛れて生きて来た、ヴァンパイアのラミュエール。
  どちらが長く生きているかは、人間たちにはわからない。
  けれど、どちらも共存の仕方をわかっている。
  そして闇だけが悪いとも、闇を侵略した人間が悪いとも、思っていない。光だけがあるべきだ、とも……。
「俺はまだ死ぬ時じゃない。俺たちには死期がわかるからね。何故なら寿命のあるヴァンパイアだからさ。あいつは生きろと言った。だから俺は生きている。寿命が来るまで……。心配するな。仲間を増やす気なんてないから。俺が愛した人間は、百年以上昔に死んだ。あいつ以外を……否、今はそんなことどうでも良いね。……進化したバンパイア。つまり、俺は光の中でも生きられるバンパイアってことを、差しているんだろう?たしかに俺は、光と闇を中和したヴァンパイアだから、そこは否定しないさ。俺がここで教師をしていることなんて、気にすることでもなんでもないことなんだよ」
  進化したというのかどうかは、謎だけどね。ラミュエールは自嘲気味に笑うと、その場を後にする為に踵を返そうとした。
「ラミュエール!探してたんですよ」
  少し遠くから、ラミュエールに声がかかる。
  一目で光の存在とわかる、強い力を持った霊能力者だった。黒髪は短く、校舎内からゆっくり歩み寄って来ている。ラミュエールが踵を返し、どこかへと行ってしまうことがわかり、慌てて声をかけてきたらしい青年。
「……君は新入生の入学式でのあいさつ文の指導を、していたんじゃなかったっけ?」
  歩み寄って来た青年を見たラミュエールの雰囲気は、さきほどと打って変わっている。その為、今場に流れていた静かな空気が一変した。
「終わりましたよ。彼はとても優秀ですからね」
  やんわりと笑う黒髪の青年と共に、藤圭吾の姿も見える。教員室から、一緒に出て来たのだろう。
「圭吾」
  呟いた恭に、圭吾はニカッと笑う。
「恭とあおがいるのが見えたからさ」
  だから教師と一緒に外に出て来た、と。
  彼の明るさは、場の空気を一気に明るくするものだ。
「えーと、君は藤君の同室の泉君で良かったかな?」
  初めて出会う黒髪教師は、恭のことを知っているようだった。
「はい。泉恭史郎です」
  しっかりと名乗る恭に、黒髪教師は笑みで答えた。
「それから、美南さんに川口さんで合ってるかな?」
  二人の女子生徒にも、確認をとる。
  少女二人は驚きつつ、頷くことで答えた。
「君は、何で知ってるんだい?」
  拗ねたようなラミュエールの口調。どこかで見張られていたことを、わかっているような……。
  今までのラミュエールの雰囲気がガラリと変わったことに、呆気に取られている生徒たちを放っておいて、
瑠伊るい
  黒髪教師は誰かを呼んだ。
  それは、恭が青海を呼ぶと時に似ていると、圭吾は思う。
  一拍して現れたのは、肩で切り揃えられた綺麗な黒髪と、時代錯誤な着物を着た、日本人形のような少女。
「今までどこにいたっ?!」
  あまり声を荒げないような雰囲気だったラミュエールが、少女に怒鳴る。
「あなたの服のポケットに」
  簡潔に、ラミュエールの上着のポケットを指差しながら答えたのは、日本人形の少女。
「っっ!!」
  声が出せないのは、怒っているからなのか、気付かなかった自分に驚いているからなのか。
  そんなラミュエールに笑顔で、
「君はよく突拍子もないことをしでかすからね。瑠伊なら、君に気付かれずにいられる、良い見張りだろう?」
  黒髪教師はのんびりと言う。
  ラミュエールの怒気など、一切気にしていない。
「どういうことです?」
  問うたのは恭。
  からくりが気になっただけのようだが。
「瑠伊はね、変幻自在なんだよ。私の式だから、祓おうとしないでくださいね。瑠伊が出来る一番小さな変化が、そこにいる精霊よりも小さいんですよ。だから、ポケットに忍び込めていました。小さければそれだけ、気付かれにくい」
  やんわりと、恭に説明する黒髪教師。
「何で、見張りが必要?!」
  食って掛かってくるラミュエールを、意に介した風もなく、黒髪教師は笑っている。
  ラミュエールの、余裕な笑みはどこかへ行ってしまっている。
「それは理事会に言ってくれるかな。私は雇われ者だから、理事に文句を言える立場じゃなくてね」
  からかい調の黒髪教師は、小さな精霊に目を向ける。
「君の心配はよくわかっているつもりだよ。でも、ここにいる泉君と龍神の言葉を、少し考えてみてはくれないかな?……それでも、ヴァンパイアが忌み嫌われるのは、共食いを思わせてしまうからだろうね。人間に良く似た人間外の生物が、人間を糧にする。それ故なんでしょうけれど。コレは私が見張るから、それで譲歩してくれないかな?」
  諭すように言う黒髪教師。
  かなり強い力の霊能力者だとわかる為に、小さな精霊はしぶしぶながら頷いた。
「わかりました。でも、そのヴァンピーアが、今後どう動くかは、わたくしも逐一見張らせていただきます。わたくしの主はエクソシストですから。ヴァンピーアを見逃すなんて、本当はしてはいけないことだもの」
  黒髪教師によって、少し頭が冷えたのか。小さな精霊はそう言うと、主人ともう一人の少女を連れて、その場を去って行った。
  あまり長く関わりたくないという、思いの表れなのだろう。
「相容れないというのは、どうしようもないですよね」
  一人のんびりと、黒髪教師は言う。
「コレって何?」
  仏頂面なのは、ラミュエールだ。
「今更過ぎて、一瞬何のことかと思いましたよ」
  相変わらずな黒髪教師は、クスクスと笑っている。
「何で見張りが君なのかな?!」
  とりあえず見張りの件は仕方なし、としたのか。ラミュエールは見張りを引き受けた、黒髪教師を睨んだ。
  が、やはり意に介されることなく、ニッコリと笑顔を返されている。
「同時期に赴任して来たからではないですかね?それに私なら、多くの式がいますから。気を付けるのは、瑠伊だけではいけませんよ。いつも私が傍にいるのだと、思っていて下さい」
  嫌がられることをわかっていての嫌味だ。
  嫌味はきっちりと、ラミュエールに利いたようだ。
「うれしくないなぁ。どうせなら、美人が傍にいてくれるほうが良いなぁ」
「だから私が付いているだろう?」
  うなるようなラミュエールに、間髪入れずに答えたのは瑠伊だ。嫌味とか、そんなことは考えてはいなかったのだろう。
  純粋に。そう純粋に、ラミュエールに答えたのだ。
「くっくっく……。駄目だ、恭、俺めっちゃ……くっは……」
  笑いをこらえられなくなったのは、圭吾だった。
  恭の場合は、このアクの強い教師二人に初めて会ったということもあり、唖然呆然と立ち尽くしていたのだ。
  だが圭吾は、入学式の準備で、教員室に呼ばれた時から、彼ら二人を知っている。実を言えば、だから恭に「一緒に来るか?」と聞いたのだ。面白いことは、この二人のことだ。
  黒髪教師は、ニコニコと笑い続けている。瑠伊は、何故圭吾が大笑いしているのかわからずに、きょとんとしているが。
  普段から、この二人の言い合いはよく有る出来事だ。どっちが負けるとか、そいうのは気にしていないようだった。
  今回はラミュエールが言い負かされているが。逆に黒髪教師が言葉を繋げられなくなることもある。
  はっきり言えるのは、この二人が意外と仲が良いということだろう。
  仲が良くなければこの二人の間で、茫然と立ち尽くしたり、大笑いしたりなんて、とてもじゃないが出来はしないだろう。
  仲が悪ければ、この二人のけんかが始まった時に、全員退避しなければ、今誰も生きてはいない。それほどに力を持った二人である。言葉で応酬しているだけであることが、救いである。
「だから君は嫌なんだ」
  そんなことを言いながら、実力行使には出ないラミュエール。
「そうですか?私は結構ラミュエールは好きですよ」
  力を使ってはこないことをわかっているように、黒髪教師は余裕綽々で笑っている。
  ラミュエールは心の中で、叫んでいた。
「妙な精霊に因縁つけられるは、瑠伊には見張られてるは……。生徒に大笑いされるは。本当、長兄って嫌だねぇ。勝てないけんかはするもんじゃないな」
  と。
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