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歯車は廻り出す
⑤
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朝、やっと在校生が起き出して、活動を始めた時間。そんなに早い訳ではない。まだ春休みなのだから。
あくびをしながらのんびりと廊下を歩くのは、友人の所にでも行く為だろうか。手には本を持っているから、借りた物を返しに行くのか、貸して欲しいと頼まれたのか。
のんびりとした空気が、寮全体を包んでいる。
そんな中。
バンッ
一室のドアが、思いっきり音を立てて開いた。
出て来たのは、この春この高校の生徒になったばかりの、女子新入生二人。
「あなたの我が儘には付いていけませんわ」
一人が相手に向かって言い切れば、相手も黙っていない。
「それはこっちの言い分っ!最初からやり直しね」
二人の少女は言い合いながら部屋を出て、一人は鍵を閉め、もう片方はさっさと廊下を歩き出している。
双方とも我が強く、相手を立てるとか一歩引くとか、そういう性分ではなかったらしい。
廊下にさほど響く声ではなかったから、在校生たちは気にした風もなく、朝の日課など行っている。在校生たちは、自分の力を磨くことを優先しているのだ。
この特殊学校では、よく有ることなのだ。相手とけんかして、部屋を出るというのは。
寮監の元に行った二人は、部屋を出ることを告げる。
「二日で相方変えを申し出たのは、あんたたちが初めてだよ。新しい相方は、雑魚寝組みから探すんだね。今の部屋は早い者勝ちだよ。どっちかが先に入る。それで良いかい?」
三十代半ば頃の寮監は、二人を見て呆れたようにそう言った。
二人は同時に頷いて、了承を示す。そんな所では、息が合うらしい。
とりあえず、荷物はそのまま置いておける。また、相方が両方とも決まってなければ、雑魚寝ではなく今の部屋を使っていられる。
ただし、片方が相方を見付けてしまえば、荷物を持ち出して雑魚寝組みに入ることになるのだけれど。
相方変えでもめるのは、しょっちゅうだ。高校生の女子ともなれば、なかなかに陰湿なことも起こったりする。それがないだけ、まだこの二人は良いのかもしれないと、寮監はため息をつく。
二人から、鍵をとりあえずで受け取った寮監は、静かに彼女たちに言う。
「夜になったら、または相方が決まったら取りにおいで。一人が相方を決めた時点で、もう一人を呼びだすから、荷物を取りに来るんだよ」
たった二日でけんか別れした二人を、寮監は武道館へと見送った。
今日中にどちらかの相方が決まれば、荷物の片付けなど、面倒なことが待っている。
二人は、そのまま部屋を使って良いと言われるとは思っておらず、一応簡単に持ち出せるように部屋を片付けていた。
雑魚寝組みは仮入校が許されてからは、体育館と武道館にいることが出来る。正式に相方と二人で登録しているわけではないから、結界を一人では抜けられないが。
武道館では、まだ相方の決まっていない女子生徒が、五・六人のグループで談笑していた。やたらと騒々しく思うのは、女子故だろうか。
おしゃべりに花を咲かせているが、そのおしゃべりの中で、相方を決めようとしているのだ。
美南玲奈はエスパーである。超能力者という分類になるのだが。寮の部屋の相方は、霊能力者を探さねばならない。
「早く部屋に入りたいからって、早まり過ぎましたわ。ゆっくりでも時間をかけて、同室者を選ぶべきでしたわね」
柔らかい口調と、長い黒髪。お嬢様と言われても頷けるたたずまい。
今朝までの同室者は、すでにグループに紛れたのか、姿を探すことは出来なかった。見かけたとしても、声はかけなかっただろうが。
男子たちの体育館と違い、武道館は畳が敷いてある。それだけでもマシに思えるのだが、
「雑魚寝なんてする気、起きませんわ」
玲奈はそう一人ごちる。
早まり過ぎたとしても、部屋が取れたことは彼女にとって収穫だった。けれど、今朝までの相方が、玲奈より先に相方を決めてしまえばおしまいだ。
春の柔らかい日差しを受けて、彼女の腰まで伸びている緩やかなカーブを描いた黒髪が煌めく。少女特有の白く透き通った肌と、整った容姿を黒く豊かな髪が一層際立たせる。
「そもそも、他人に干渉されることが、好きではありませんもの。そうね……静かで可愛い子を探しましょう」
どうせ一緒に過ごさなければならないのなら、可愛い子と一緒の方が良いに決まっている。
そして静かで、自分のすることに口出しをしないような子、であればなお良い。
玲奈は自分本位なことを考えながら、武道館の中を端から順に眺めて行く。
姦しいというよりは、騒々しい彼女たちを一人一人見て、玲奈は小さく嘆息した。
「皆他人に関心を持ち過ぎですわ。あーだこーだ、聞いて回って、どうするというのかしら。たしかに気になることは、否定しませんわよ?でも、そうね……。同室になる方以外に素性を話しても、仕方ないと思うのよ。今はまだ……」
学校が始まれば、嫌だろうと何だろうと、同級生の力はわかることになると思うのだ。特に超能力者は、同じクラスなのだから。
形の良い口を動かして、独り言を呟いた玲奈は、ゆっくりとその場を動き出した。
少女たちの喧騒から離れ、一人ポツンと武道館の壁際に座っている少女を見付けたのだ。
玲奈の目眼鏡にかなうような可愛らしい子が。
「でもそれで、たった二日で失敗したのよね」
綺麗だったから、初日に声をかけて、同室になった。
けれど、口やかましい彼女とは、ついさっきけんか別れしたのだ。
だから今度の玲奈は、彼女にしては慎重に行動した。
今朝までの相方よりは、先に相方を見付けようと、心の中で思ってはいても。
相方を何度も変えるのは、面倒以外の何者でもないのだから。
「あなたは、どこかのグループには、お入りにならないの?」
玲奈は彼女に、静かに声をかけてみた。
彼女はぼんやりと武道館の中を眺めていたようで、声をかけられたことに驚いたのか、弾かれたように玲奈を見上げた。
玲奈を見返した彼女の瞳は、綺麗なブルーだった。
「あ、あの……」
驚かせないように、注意を払って静かに声をかけたつもりだった玲奈。
驚いて、瞬きを繰り返している彼女は、言葉をつまらせている。
「あら、突然ごめんなさいね。おどかすつもりではなかったのよ。ただお一人でいらしたから。私も一人なの。今お話し良いかしら?」
やんわりと、玲奈にしてはやんわりと、彼女にお伺いをたてる。
玲奈は青い瞳は見慣れていた。父の友人や知人に多くいるから。それにここは特殊学校だ。海外からの生徒も少数ではあるが、いるということを玲奈は知っていた。特殊能力者は、日本人だけではない。当たり前だが。
しかし他の人たちにしてみたら、それが当たり前にはならないらしい。自分から声をかけて、どんどんグループに入って行かなければ、留学生には声がかけづらいらしいというのが、観察していた玲奈にはわかった。だから彼女は、一人でいたのだろう。
日本の学校故に、過半数以上日本人だ。その辺の排他主義は、日本人特有と言えるかもしれない。珍しいものには目を向ける。けれど、必要以上に近くには寄らない。向こうから来る分には、好奇心を満たす為に質問攻めにする。
なんとなく、玲奈はそれが嫌いだった。
「え、ええ……」
小さく頷く少女に、玲奈は柔らかく微笑んだ。相手の警戒心が解けるようにと。
「私は美南玲奈。レイで良いわ。アメリカ人の友人は、皆そう呼ぶの。その方が発音がしやすいからみたい。どうかしら?」
「レイナ……レイ……」
玲奈の名前を繰り返した彼女は、
「レイ。はい。その方が呼びやすいです。私はリラ・川口・リュードリヒといいます。日系のドイツ人で、アメリカ育ちなんです。日本は初めてで、戸惑ってしまって……」
アメリカ人の友人がいると言ったことが、功を奏したのか彼女は玲奈に笑顔を向けた。
驚きと不安と警戒は、玲奈の笑顔で払拭されたようだった。
遠巻きに見てくるだけで、声をかけて来ない人たち。近くに行けば、妙に詮索される。
玲奈はそういう人間ではないと、リラは認識したのだ。
「リラね。私たち仲良くやれそうな気がするのだけれど……ただの直感だけれどね。どう思うかしら?」
フワリと笑んでくれたリラに、玲奈はそう声をかけた。
あくびをしながらのんびりと廊下を歩くのは、友人の所にでも行く為だろうか。手には本を持っているから、借りた物を返しに行くのか、貸して欲しいと頼まれたのか。
のんびりとした空気が、寮全体を包んでいる。
そんな中。
バンッ
一室のドアが、思いっきり音を立てて開いた。
出て来たのは、この春この高校の生徒になったばかりの、女子新入生二人。
「あなたの我が儘には付いていけませんわ」
一人が相手に向かって言い切れば、相手も黙っていない。
「それはこっちの言い分っ!最初からやり直しね」
二人の少女は言い合いながら部屋を出て、一人は鍵を閉め、もう片方はさっさと廊下を歩き出している。
双方とも我が強く、相手を立てるとか一歩引くとか、そういう性分ではなかったらしい。
廊下にさほど響く声ではなかったから、在校生たちは気にした風もなく、朝の日課など行っている。在校生たちは、自分の力を磨くことを優先しているのだ。
この特殊学校では、よく有ることなのだ。相手とけんかして、部屋を出るというのは。
寮監の元に行った二人は、部屋を出ることを告げる。
「二日で相方変えを申し出たのは、あんたたちが初めてだよ。新しい相方は、雑魚寝組みから探すんだね。今の部屋は早い者勝ちだよ。どっちかが先に入る。それで良いかい?」
三十代半ば頃の寮監は、二人を見て呆れたようにそう言った。
二人は同時に頷いて、了承を示す。そんな所では、息が合うらしい。
とりあえず、荷物はそのまま置いておける。また、相方が両方とも決まってなければ、雑魚寝ではなく今の部屋を使っていられる。
ただし、片方が相方を見付けてしまえば、荷物を持ち出して雑魚寝組みに入ることになるのだけれど。
相方変えでもめるのは、しょっちゅうだ。高校生の女子ともなれば、なかなかに陰湿なことも起こったりする。それがないだけ、まだこの二人は良いのかもしれないと、寮監はため息をつく。
二人から、鍵をとりあえずで受け取った寮監は、静かに彼女たちに言う。
「夜になったら、または相方が決まったら取りにおいで。一人が相方を決めた時点で、もう一人を呼びだすから、荷物を取りに来るんだよ」
たった二日でけんか別れした二人を、寮監は武道館へと見送った。
今日中にどちらかの相方が決まれば、荷物の片付けなど、面倒なことが待っている。
二人は、そのまま部屋を使って良いと言われるとは思っておらず、一応簡単に持ち出せるように部屋を片付けていた。
雑魚寝組みは仮入校が許されてからは、体育館と武道館にいることが出来る。正式に相方と二人で登録しているわけではないから、結界を一人では抜けられないが。
武道館では、まだ相方の決まっていない女子生徒が、五・六人のグループで談笑していた。やたらと騒々しく思うのは、女子故だろうか。
おしゃべりに花を咲かせているが、そのおしゃべりの中で、相方を決めようとしているのだ。
美南玲奈はエスパーである。超能力者という分類になるのだが。寮の部屋の相方は、霊能力者を探さねばならない。
「早く部屋に入りたいからって、早まり過ぎましたわ。ゆっくりでも時間をかけて、同室者を選ぶべきでしたわね」
柔らかい口調と、長い黒髪。お嬢様と言われても頷けるたたずまい。
今朝までの同室者は、すでにグループに紛れたのか、姿を探すことは出来なかった。見かけたとしても、声はかけなかっただろうが。
男子たちの体育館と違い、武道館は畳が敷いてある。それだけでもマシに思えるのだが、
「雑魚寝なんてする気、起きませんわ」
玲奈はそう一人ごちる。
早まり過ぎたとしても、部屋が取れたことは彼女にとって収穫だった。けれど、今朝までの相方が、玲奈より先に相方を決めてしまえばおしまいだ。
春の柔らかい日差しを受けて、彼女の腰まで伸びている緩やかなカーブを描いた黒髪が煌めく。少女特有の白く透き通った肌と、整った容姿を黒く豊かな髪が一層際立たせる。
「そもそも、他人に干渉されることが、好きではありませんもの。そうね……静かで可愛い子を探しましょう」
どうせ一緒に過ごさなければならないのなら、可愛い子と一緒の方が良いに決まっている。
そして静かで、自分のすることに口出しをしないような子、であればなお良い。
玲奈は自分本位なことを考えながら、武道館の中を端から順に眺めて行く。
姦しいというよりは、騒々しい彼女たちを一人一人見て、玲奈は小さく嘆息した。
「皆他人に関心を持ち過ぎですわ。あーだこーだ、聞いて回って、どうするというのかしら。たしかに気になることは、否定しませんわよ?でも、そうね……。同室になる方以外に素性を話しても、仕方ないと思うのよ。今はまだ……」
学校が始まれば、嫌だろうと何だろうと、同級生の力はわかることになると思うのだ。特に超能力者は、同じクラスなのだから。
形の良い口を動かして、独り言を呟いた玲奈は、ゆっくりとその場を動き出した。
少女たちの喧騒から離れ、一人ポツンと武道館の壁際に座っている少女を見付けたのだ。
玲奈の目眼鏡にかなうような可愛らしい子が。
「でもそれで、たった二日で失敗したのよね」
綺麗だったから、初日に声をかけて、同室になった。
けれど、口やかましい彼女とは、ついさっきけんか別れしたのだ。
だから今度の玲奈は、彼女にしては慎重に行動した。
今朝までの相方よりは、先に相方を見付けようと、心の中で思ってはいても。
相方を何度も変えるのは、面倒以外の何者でもないのだから。
「あなたは、どこかのグループには、お入りにならないの?」
玲奈は彼女に、静かに声をかけてみた。
彼女はぼんやりと武道館の中を眺めていたようで、声をかけられたことに驚いたのか、弾かれたように玲奈を見上げた。
玲奈を見返した彼女の瞳は、綺麗なブルーだった。
「あ、あの……」
驚かせないように、注意を払って静かに声をかけたつもりだった玲奈。
驚いて、瞬きを繰り返している彼女は、言葉をつまらせている。
「あら、突然ごめんなさいね。おどかすつもりではなかったのよ。ただお一人でいらしたから。私も一人なの。今お話し良いかしら?」
やんわりと、玲奈にしてはやんわりと、彼女にお伺いをたてる。
玲奈は青い瞳は見慣れていた。父の友人や知人に多くいるから。それにここは特殊学校だ。海外からの生徒も少数ではあるが、いるということを玲奈は知っていた。特殊能力者は、日本人だけではない。当たり前だが。
しかし他の人たちにしてみたら、それが当たり前にはならないらしい。自分から声をかけて、どんどんグループに入って行かなければ、留学生には声がかけづらいらしいというのが、観察していた玲奈にはわかった。だから彼女は、一人でいたのだろう。
日本の学校故に、過半数以上日本人だ。その辺の排他主義は、日本人特有と言えるかもしれない。珍しいものには目を向ける。けれど、必要以上に近くには寄らない。向こうから来る分には、好奇心を満たす為に質問攻めにする。
なんとなく、玲奈はそれが嫌いだった。
「え、ええ……」
小さく頷く少女に、玲奈は柔らかく微笑んだ。相手の警戒心が解けるようにと。
「私は美南玲奈。レイで良いわ。アメリカ人の友人は、皆そう呼ぶの。その方が発音がしやすいからみたい。どうかしら?」
「レイナ……レイ……」
玲奈の名前を繰り返した彼女は、
「レイ。はい。その方が呼びやすいです。私はリラ・川口・リュードリヒといいます。日系のドイツ人で、アメリカ育ちなんです。日本は初めてで、戸惑ってしまって……」
アメリカ人の友人がいると言ったことが、功を奏したのか彼女は玲奈に笑顔を向けた。
驚きと不安と警戒は、玲奈の笑顔で払拭されたようだった。
遠巻きに見てくるだけで、声をかけて来ない人たち。近くに行けば、妙に詮索される。
玲奈はそういう人間ではないと、リラは認識したのだ。
「リラね。私たち仲良くやれそうな気がするのだけれど……ただの直感だけれどね。どう思うかしら?」
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