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 縁談相手だと紹介された男と残されたディアは、夫となる彼の様子を窺った。父親がいた間は父親にしか注意が向いていなかった為に、男のことは大ざっぱにしかとらえていなかったのだ。
 肩まである金髪は赤みが強く、陶器のような青い切れ長の目。賢そうな広い額。整った鼻梁にふっくらとした唇。
 顔を見るのに少し見上げることから、身長はディアより頭一つ分は高い。
 歳はディアより何歳か上で、二十代前半くらい。

 父親から名前すら教えてもらえなかったのは、父親が望むような貴族の出でも、ディアを修道院に入れて存在をけそうとした父親の要望に従うしかない家ならば、ディアと同じように名前を呼ばなかったのだろう。爵位を受け継ぐ長男以外で騎士をしていたとしても、伯爵以上の家なら貴族の称号を生まれながらに持っている為、父親の態度は非礼に当たる。

 貴族とはいえ、ディアには彼に見おぼえはない。元婚約者のパートナーとして出席した夜会で一度くらいは会っていてもおかしくはないだろうが、会ったことはない。
 騎士の家の出なら、辛うじて貴族と言えても、ディアが出席していた夜会にいなかったのも理解できる。ディアの父親はあれでも伯爵で、元婚約者も伯爵を名乗る家の出だ。同じ夜会に参加していた騎士たちの生家は伯爵以上だった。

 伯爵以下の家の出で、言いなりにできる貴族を探し出して押し付けたのだ、とディアは思った。
 本当は修道院に入れるにも寄付金が必要だが、持参金よりは安上がりで姻戚関係の柵もない。しかし、要望に従わせることのできる家なら、いらない娘を押し付けて持参金を支払う必要もない。
 そうして選ばれたのがこの男だったのだろう。

 父親の目に留まったのが、若い男性だったのは偶然でも良かった、とディアは思った。ディアを邪魔者扱いしていた父親のことだ。持参金が要らない貴族に嫁がせるなら、親子どころか祖父ほど離れた相手とも結婚させかねない。歳の離れすぎた相手でもないだけでも幸運だ。
 見おぼえがないので、妻殺しで有名な相手ではなさそうでも、外見からはわからない欠点を持っているかもしれない。

 ディアは不安を押し隠しながら、微笑みを浮かべた。

「カラルド・バートラムが長女・ディアです」
「お初にお目にかかります、レディ・ディア。私はノーマン・ブレストウィッチ。第二騎士団に所属している騎士です」

 男の名前を聞いて、ディアは安心した。良くない噂で聞いたことがある名前ではない。
 そして、推測通り騎士だった。
 ノーマンの所属する第二騎士団は王都の治安を守っている騎士団である。王都以外では領主が抱える私設騎士団か、その土地の住民たちの出資で作られた自警団がそれに該当する。
 初対面の挨拶をされるということは、求婚しているにもかかわらず、ノーマンはディアと面識がないということだ。

 だが、やはり父親に権力で押し付けられた縁談だった、と嬉しくない憶測も当たり、ディアは石を飲み込んだように胸が苦しくなった。
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