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涙が止まらない

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 手で拭っても拭っても、涙が止まらない。

 泣いちゃダメだ。
 泣いても何も解決しない。
 ミラー夫人を困らすだけだ。
 止まれ。
 止まるんだ。

 いくら念じても、涙は止まらない。
 泣いたって解決しないことはわかってる。
 わかりきっているのに涙が止まらない。

 お姉様のようにドレスを作ってもらいたいと言っても、お母様もお父様も取り合ってくれなかった。お姉様のお下がりがあるから充分だろう、と言われて怒鳴られるだけだった。

 食事だってそう。
 礼儀知らずで気に障る存在は大人の目に触れないように、屋敷の中では大人の世界と子どもの世界は分けられている。子ども部屋は子どもが起きてから寝るまで過ごす部屋で、食事も勉強も遊びもすべておこなう、子ども用のサロンのような場所だ。
 子どもは大人に必要なマナーや教養を身に付けて初めて、特別な日以外でも大人と一緒に食事をすることが許される。

 子ども部屋を出て婦人用サロンに入れるようになっても、お父様たちとは一緒に食べることは許されなかった。お姉様は子ども部屋で一緒に勉強しても、食事はお父様たちと一緒だったのに。

 お姉様ばかりが特別扱いされてズルい! ズルい! ズルい!

 何を言っても、わたしの我が儘は通らない。
 何度も素気無くされて、ベッドで泣いた。

 泣いて泣いて、わたしが何を言っても無駄なことを知った。
 泣いても、翌日、目の周りが痛くなるだけ。
 それからは涙なんか出なくなった。

 お父様やお母様でもないミラー夫人の前で泣くなんて恥ずかしい。
 事情を知らないミラー夫人の前で泣くなんて、困らせるだけだ。優しくしてくれた人を困らせちゃいけない。
 そう思うのに、涙が止まらない。

「・・・ごめんな、ざい。ごまらせて、ごめんなざい」

 困らせて、ごめんなさい。

 謝り慣れていて良かった。
 我が儘を言った時、いつも、こっぴどく怒られて謝らせられたからか、泣いていても口からするりと出た。

「ドレスに皺が寄ってしまうわよ」
「え?」

 ミラー夫人に優しく手を開かれてはじめて、涙を拭っていた手がいつの間にかスカートを握りしめていたのを知った。
 スカートを握りしめていたのは両手で。一つ一つミラー夫人は開いていく。
 開いた手の平を見たミラー夫人は言った。

「強く握りしめていたから、爪の跡がついてるわ。痛くなかった、アリス嬢?」
「・・・」

 優しい声に俯いたまま無言で頷く。

「無理に泣き止もうとしなくていいのよ。誰も貴女を怒ったりしないから、好きなだけ泣きなさい」

 背中にまわされる温かい手にわたしの涙腺は崩壊した。
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