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22話 王様の使いがやってきた
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お父様から、求婚の知らせを受けて、三日。
「急な来訪となり、申し訳ございません」
国王の遣いが我が家にいらっしゃっていた。
(本当に、私、サンスエッドの国の方から求婚されていたのね……)
遣いの青年、ケイン様がお辞儀をするのを見て、私は改めて、居住まいを正した。
「すでにご承知のこととは思いますが、正式にサンスエッド国から、ロスベルト家に縁談の申し出がありました」
「……ミリアには、確かに公に認められている婚約者はおりませんが、六年以上前から内内に親交を深めている相手がおりまして。そちらへの不義理はしたくないと、私は考えております」
お父様の返事に、ケイン様は苦い顔をしていた。
「……はい、存じ上げております。そのうえで、申し上げるのは心苦しいことでありますが……」
ケイン様は前置きをして、話し出す。
「我が国と、南国サンスエッドとの関係は微妙なところです。四十年前に戦争があって、今は和平を結んではいるものの、当時の戦争の結果に納得をしていない一部の権力者、彼らの中には過激な意見も目立っております」
優しげな柔らかな弧を描く眉を、八の字にして、ケイン様は実に申し訳なさそうに静かな声で言った。
「とにかく、刺激をしたくない。……そして、できるのなら、友好を深めたい」
「それは、つまり、要求に応えて私の娘を嫁に差し出したいというですね。私の娘を、生贄にすると」
「……そうなりますね」
お父様は表情を一切変えず、ハッキリとした言葉で言った。ケイン様は重々しく頷く。
「かのお方は、王族の血筋を持ったお方とは聞いておりますが、しかし、貴族一人の要求に応えなかっただけで、国交が危うくなるほどの関係なのですか?」
「……それは」
「──娘が見初められたことを『ちょうどよい』と判断されただけでは?」
「それは、私からは返答することができません」
ケイン様はそっと目を伏せ、明言を避けた。
「たまたま。親交のきっかけにちょうど良いから。……などと、そんな理由で私は、娘を差し出すわけにはいきません」
お父様は毅然とした態度で、王からの申し出を断る。
「……ミリア嬢が嫁がれましたら、肥沃な土を持った領地を進呈すると。お嬢様の婚姻の支度金は国で用意し、また、ロスベルト家にも支援金を……」
「我が領地は確かに、長年の不作により慎ましい生活を送っております。しかし、それで足元を見られるほど困窮はしれおりません」
「長兄クラウス卿はまだ未婚であらせられるとのことですが、王はミリア嬢が嫁がれる場合、兄君のクラウス卿に王女殿下とのご婚姻も検討されているということで……」
「……それで利があるのは、王族でしょう? かのサンスエッド国に嫁いだミリアの兄クラウスと、王女殿下が婚姻することで、王族がサンスエッドの縁者となります」
「……どうか、ご一考を……」
王の遣いとして来ているケイン様としては、そう言うしかないのだろう。ケイン様は終始、困った顔をされていた。
父に、国王の言葉は響かないことはわかっていたのだろう。
「それらの提案に、我々に利はありません。……我が国の考えは、わかりました。敬愛なる国王陛下には、我が娘を嫁に出すことはできない。どうか、かの国からの願いをどうしたら退けられるか、共に考えてはいただけないかと、そうお伝えください」
お父様はケイン様の目をじっと見つめて、訴えた。
絶対に、私を守って見せるのだという強い意志を示してくださっているお父様が、頼もしかった。
「承知いたしました。また、追って連絡いたします」
良い返事をもらうことができなかったケイン様は背中を丸くして帰られた。
……まだ、お若い方なのに、王の遣いに選ばれるなんて、優秀なお方でしょうに。嫌な役目を任されてかわいそうと思ってしまった。
◆
「……え? サンスエッド国に関する資料……借りられなかったの?」
ケイン様を見送って、自室に戻った私は王都にお使いへ行ってくれていたマチルダの報告を聞いて、愕然とする。
「はい。司書にしつこく問い合わせたのですが……王立図書館にも、サンスエッド国について記述されている本はほとんど存在していないそうです」
「そんな……」
「……島国ゆえ、独自な文化を形成し、他国の介入を嫌っている国だそうです。なので、どうしてもサンスエッドの国について、書くことが難しいようで……」
……だから余計に、国王陛下は私が見初められたのを好機と思っていらっしゃるのね……。
「数少ない本も、今は借りられてしまっているそうなのです」
「……そう、では、その本が返却されるのを待つしかないわね……」
なんてタイミングが悪いのかしら!
精霊役に選ばれたから、そこで運を使い果たしてしまったのかしら。
私はガッカリして、椅子にもたれかかる。
「お嬢様。代わりといってはなんですが……カミル様からお手紙をいただきましたよ!」
「まあ!」
「うふふ」
ガバッと起き上がった私にマチルダがくすくすと笑う。
だって、嬉しいんですもの! 本のことは残念だけど、カミルからの手紙はそれとは別!
「……カミル、心配しすぎてないかしら。ちょっと、過保護なところあるから……」
ぶつぶつ言いながら私は封を開ける。
カミルの癖のある字を眺め、そして書かれている文を読み込んだ。
『……ミリア。今回の件はマルク卿からも伺った。夜はしっかり眠れているだろうか?
突然のことで、不安なことも多いだろう。今すぐにでも会いに行きたい。俺が力になれることがあるのなら、何でも言って欲しい。
君が、誰かの花嫁になる姿を見たくはない。
……俺も、俺が君のために何かできないか、やれることを探してみる。俺ができることは、力を尽くしたい。どうかミリア、健やかで』
(カミル……)
手紙を胸に抱くと、微かにバラの香りがした。
ロートン侯爵家のバラ園のバラかしら。
……カミルはあそこに、いい思い出がない。私とカミルにとって、因縁というべきかもしれない場所。
あれからだいぶ時間は経ったけれど、私はまだ、「あの場所に行きたい」と彼に言うことはできなかった。
(でも、いつか。今度こそ……カミルと一緒に、あの素敵なバラを眺めたいわ……)
そのためにも、絶対に、サンスエッドの貴族と結婚するわけにはいかない!
「急な来訪となり、申し訳ございません」
国王の遣いが我が家にいらっしゃっていた。
(本当に、私、サンスエッドの国の方から求婚されていたのね……)
遣いの青年、ケイン様がお辞儀をするのを見て、私は改めて、居住まいを正した。
「すでにご承知のこととは思いますが、正式にサンスエッド国から、ロスベルト家に縁談の申し出がありました」
「……ミリアには、確かに公に認められている婚約者はおりませんが、六年以上前から内内に親交を深めている相手がおりまして。そちらへの不義理はしたくないと、私は考えております」
お父様の返事に、ケイン様は苦い顔をしていた。
「……はい、存じ上げております。そのうえで、申し上げるのは心苦しいことでありますが……」
ケイン様は前置きをして、話し出す。
「我が国と、南国サンスエッドとの関係は微妙なところです。四十年前に戦争があって、今は和平を結んではいるものの、当時の戦争の結果に納得をしていない一部の権力者、彼らの中には過激な意見も目立っております」
優しげな柔らかな弧を描く眉を、八の字にして、ケイン様は実に申し訳なさそうに静かな声で言った。
「とにかく、刺激をしたくない。……そして、できるのなら、友好を深めたい」
「それは、つまり、要求に応えて私の娘を嫁に差し出したいというですね。私の娘を、生贄にすると」
「……そうなりますね」
お父様は表情を一切変えず、ハッキリとした言葉で言った。ケイン様は重々しく頷く。
「かのお方は、王族の血筋を持ったお方とは聞いておりますが、しかし、貴族一人の要求に応えなかっただけで、国交が危うくなるほどの関係なのですか?」
「……それは」
「──娘が見初められたことを『ちょうどよい』と判断されただけでは?」
「それは、私からは返答することができません」
ケイン様はそっと目を伏せ、明言を避けた。
「たまたま。親交のきっかけにちょうど良いから。……などと、そんな理由で私は、娘を差し出すわけにはいきません」
お父様は毅然とした態度で、王からの申し出を断る。
「……ミリア嬢が嫁がれましたら、肥沃な土を持った領地を進呈すると。お嬢様の婚姻の支度金は国で用意し、また、ロスベルト家にも支援金を……」
「我が領地は確かに、長年の不作により慎ましい生活を送っております。しかし、それで足元を見られるほど困窮はしれおりません」
「長兄クラウス卿はまだ未婚であらせられるとのことですが、王はミリア嬢が嫁がれる場合、兄君のクラウス卿に王女殿下とのご婚姻も検討されているということで……」
「……それで利があるのは、王族でしょう? かのサンスエッド国に嫁いだミリアの兄クラウスと、王女殿下が婚姻することで、王族がサンスエッドの縁者となります」
「……どうか、ご一考を……」
王の遣いとして来ているケイン様としては、そう言うしかないのだろう。ケイン様は終始、困った顔をされていた。
父に、国王の言葉は響かないことはわかっていたのだろう。
「それらの提案に、我々に利はありません。……我が国の考えは、わかりました。敬愛なる国王陛下には、我が娘を嫁に出すことはできない。どうか、かの国からの願いをどうしたら退けられるか、共に考えてはいただけないかと、そうお伝えください」
お父様はケイン様の目をじっと見つめて、訴えた。
絶対に、私を守って見せるのだという強い意志を示してくださっているお父様が、頼もしかった。
「承知いたしました。また、追って連絡いたします」
良い返事をもらうことができなかったケイン様は背中を丸くして帰られた。
……まだ、お若い方なのに、王の遣いに選ばれるなんて、優秀なお方でしょうに。嫌な役目を任されてかわいそうと思ってしまった。
◆
「……え? サンスエッド国に関する資料……借りられなかったの?」
ケイン様を見送って、自室に戻った私は王都にお使いへ行ってくれていたマチルダの報告を聞いて、愕然とする。
「はい。司書にしつこく問い合わせたのですが……王立図書館にも、サンスエッド国について記述されている本はほとんど存在していないそうです」
「そんな……」
「……島国ゆえ、独自な文化を形成し、他国の介入を嫌っている国だそうです。なので、どうしてもサンスエッドの国について、書くことが難しいようで……」
……だから余計に、国王陛下は私が見初められたのを好機と思っていらっしゃるのね……。
「数少ない本も、今は借りられてしまっているそうなのです」
「……そう、では、その本が返却されるのを待つしかないわね……」
なんてタイミングが悪いのかしら!
精霊役に選ばれたから、そこで運を使い果たしてしまったのかしら。
私はガッカリして、椅子にもたれかかる。
「お嬢様。代わりといってはなんですが……カミル様からお手紙をいただきましたよ!」
「まあ!」
「うふふ」
ガバッと起き上がった私にマチルダがくすくすと笑う。
だって、嬉しいんですもの! 本のことは残念だけど、カミルからの手紙はそれとは別!
「……カミル、心配しすぎてないかしら。ちょっと、過保護なところあるから……」
ぶつぶつ言いながら私は封を開ける。
カミルの癖のある字を眺め、そして書かれている文を読み込んだ。
『……ミリア。今回の件はマルク卿からも伺った。夜はしっかり眠れているだろうか?
突然のことで、不安なことも多いだろう。今すぐにでも会いに行きたい。俺が力になれることがあるのなら、何でも言って欲しい。
君が、誰かの花嫁になる姿を見たくはない。
……俺も、俺が君のために何かできないか、やれることを探してみる。俺ができることは、力を尽くしたい。どうかミリア、健やかで』
(カミル……)
手紙を胸に抱くと、微かにバラの香りがした。
ロートン侯爵家のバラ園のバラかしら。
……カミルはあそこに、いい思い出がない。私とカミルにとって、因縁というべきかもしれない場所。
あれからだいぶ時間は経ったけれど、私はまだ、「あの場所に行きたい」と彼に言うことはできなかった。
(でも、いつか。今度こそ……カミルと一緒に、あの素敵なバラを眺めたいわ……)
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