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6話 カミル様の謝罪
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お父さまは、カミル様と、カミル様のお父上のロートン侯爵を我が家にお呼びした。
「本日は、お招きいただきありがとうございます。何度もしつこく文を送ってしまい、申し訳ありません」
ロートン侯爵が頭を垂れた。続いて、カミル様も深々と頭を下げる。
「いえ、とんでもない。お忙しいのに、ご足労いただいてしまい、こちらこそ申し訳ない」
「先日は愚息が大変失礼いたしました。大切なお嬢様に暴言を働き、挙げ句の果てにお屋敷に忍び込むなど……」
「いえいえ。その件についてはすでに謝罪をいただいております。暴言についても、婚約の解消を快諾していただいて、それで手打ち……と思っていたのですが」
お父様がちらりとカミル様を目に入れる。カミル様がビクッと肩を震わせるのが、傍目でもわかった。
「……重ね重ね、申し訳ございません。我が、ロートン家と致しましては、ぜひ、ロスベルト家との縁談を結びたい」
「それが、現御当主の願いということで、よろしいですかな?」
「はい。失礼を重ねている身であるのは、理解しておりますが……」
お父様は口髭を指で触りながら、「ふむ」と小さく唸った。
「お言葉ですが、確かに……我々の婚姻には互いに利がある。ですが、こちらとしてはその利を承知の上で、婚約の解消を申し出ました」
「はい……。ですが……」
ロートン侯爵はしゅんと身を小さくしてしまった。侯爵は、獅子のたてがみを思わせる立派なお髪をしていたけれど、なんだかそれもしおれて見える。
「お、おれ……。……私が、どうしても、ミリアお嬢様と、婚約したいのです」
カミル様が、挙手して発言した。横に座るロートン侯爵が目を剥く。
「わ、わたしのわがままなのです。父は、私のわがままをきいてくださいました……」
「そうかい。しかし、私は君のわがままを聞くわけにはいかない」
「……はい」
「カミル」
ロートン侯爵が、お父様の冷たい視線からカミル様を庇うように、カミル様の震える腕を掴んだ。
でも、カミル様はその手を振り払って、お父様と睨み合うように視線を交わした。
「ほ、本日は、この席に、お呼びいただきありがとうございます。ミリアお嬢様と、お話ししても、よいでしょうか」
「……!」
私は目を丸くした。お父様を伺い見ると、「ミリア」と小さく呼ばれたので、頷く。
お父様は長く目を伏せ、ゆっくりと瞳を開くと、カミル様を貫くように鋭い視線で見つめた。
「構いませんよ。ただし、暴言の類は許しません。もしも、そのような言葉を言われたら、この時をもって、ロートン家に関わりのある者一切のロスベルト領の来訪を禁じます」
「……承知いたしました。ご厚意、感謝いたします……」
ロートン侯爵が礼をして、カミル様は立ち上がった。立ち上がって、私の目の前までやってくる。
私も、席を立った方がいいのかしら、と悩んでいるうちにカミル様は私に跪いてしまった。
「か、かみるさまっ?!」
「ミリア・ロスベルト嬢。先日は、大変な失礼をしてしまい、申し訳ありませんでした。私の振る舞いのせいで、あなたの心を傷つけました。正式な謝罪の場を頂かず、不法に屋敷に侵入し、一方的な謝罪をぶつけてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
カミル様は淀みなく、ハッキリとした声で、私に謝罪を告げる。
でも、手が震えていた。
震える手を見ていると、あの日の彼の泣き顔を思い出す。こんなに、ちゃんとなんか全然喋れていなくて、嗚咽まじりに私に「ごめんなさい」と言った彼の顔と、声が頭に浮かぶ。
「……か、顔を、どうか、お顔をあげてください……」
「申し訳ありませんでした」
「……お父様」
カミル様は、促しても顔を上げてくれない。困った私がお父様を仰ぎ見ると、お父様は立ち上がり、彼の肩を叩いた。
「顔を上げなさい、カミルくん」
「……は、はい。ロスベルト伯爵」
お父様に言われて、ようやくカミル様は顔をあげて、立ち上がった。
「君が、伝えたかったのは謝罪だけで、よかったかね?」
「……はい」
カミル様がはっきりと頭を縦に振ったのを見ると、お父様は目を瞑り、何か考え事をしているのか口髭をじっくりと触った。
「では、今から、君にいくつか質問をさせてもらおう。いいかね?」
「は、はい」
お父様の言葉に、カミル様が姿勢を正す。緊張しているんだろう。肩が上がってしまっていた。
「君はどうして、ミリアに冷たい態度を取ってしまったんだい?」
お父様は、静かな声でカミル様に問う。
「そ、それは……」
「今こうして、婚約を結び直してほしいと、君はわざわざ懇願している。そうまでするのに、どうして、君は彼女にひどい態度をとってしまった?」
カミル様は俯いて、黙り込む。
ロートン侯爵は物言いたげな雰囲気だったけれど、グッと堪えてカミル様を見守っていた。
お父様は、真顔で何を思っていらっしゃるか、わからないけれど、目が怖かった。
「み、ミリアさまが……」
カミル様が、小さな声を絞り出す。
さっき、とても立派に私に謝罪を告げた声とは全然違う、頼りない、震えた声。
「ミリア、さまが、そ、その……」
私がどうしたの?
カミル様が一言発するごとに私の心臓は跳ねた。
「ミリアさまが、かわいらしい方だったから、緊張してしまいました……!!!」
「え?」
思わず、場にそぐわない間抜けな声が出た。
「本日は、お招きいただきありがとうございます。何度もしつこく文を送ってしまい、申し訳ありません」
ロートン侯爵が頭を垂れた。続いて、カミル様も深々と頭を下げる。
「いえ、とんでもない。お忙しいのに、ご足労いただいてしまい、こちらこそ申し訳ない」
「先日は愚息が大変失礼いたしました。大切なお嬢様に暴言を働き、挙げ句の果てにお屋敷に忍び込むなど……」
「いえいえ。その件についてはすでに謝罪をいただいております。暴言についても、婚約の解消を快諾していただいて、それで手打ち……と思っていたのですが」
お父様がちらりとカミル様を目に入れる。カミル様がビクッと肩を震わせるのが、傍目でもわかった。
「……重ね重ね、申し訳ございません。我が、ロートン家と致しましては、ぜひ、ロスベルト家との縁談を結びたい」
「それが、現御当主の願いということで、よろしいですかな?」
「はい。失礼を重ねている身であるのは、理解しておりますが……」
お父様は口髭を指で触りながら、「ふむ」と小さく唸った。
「お言葉ですが、確かに……我々の婚姻には互いに利がある。ですが、こちらとしてはその利を承知の上で、婚約の解消を申し出ました」
「はい……。ですが……」
ロートン侯爵はしゅんと身を小さくしてしまった。侯爵は、獅子のたてがみを思わせる立派なお髪をしていたけれど、なんだかそれもしおれて見える。
「お、おれ……。……私が、どうしても、ミリアお嬢様と、婚約したいのです」
カミル様が、挙手して発言した。横に座るロートン侯爵が目を剥く。
「わ、わたしのわがままなのです。父は、私のわがままをきいてくださいました……」
「そうかい。しかし、私は君のわがままを聞くわけにはいかない」
「……はい」
「カミル」
ロートン侯爵が、お父様の冷たい視線からカミル様を庇うように、カミル様の震える腕を掴んだ。
でも、カミル様はその手を振り払って、お父様と睨み合うように視線を交わした。
「ほ、本日は、この席に、お呼びいただきありがとうございます。ミリアお嬢様と、お話ししても、よいでしょうか」
「……!」
私は目を丸くした。お父様を伺い見ると、「ミリア」と小さく呼ばれたので、頷く。
お父様は長く目を伏せ、ゆっくりと瞳を開くと、カミル様を貫くように鋭い視線で見つめた。
「構いませんよ。ただし、暴言の類は許しません。もしも、そのような言葉を言われたら、この時をもって、ロートン家に関わりのある者一切のロスベルト領の来訪を禁じます」
「……承知いたしました。ご厚意、感謝いたします……」
ロートン侯爵が礼をして、カミル様は立ち上がった。立ち上がって、私の目の前までやってくる。
私も、席を立った方がいいのかしら、と悩んでいるうちにカミル様は私に跪いてしまった。
「か、かみるさまっ?!」
「ミリア・ロスベルト嬢。先日は、大変な失礼をしてしまい、申し訳ありませんでした。私の振る舞いのせいで、あなたの心を傷つけました。正式な謝罪の場を頂かず、不法に屋敷に侵入し、一方的な謝罪をぶつけてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
カミル様は淀みなく、ハッキリとした声で、私に謝罪を告げる。
でも、手が震えていた。
震える手を見ていると、あの日の彼の泣き顔を思い出す。こんなに、ちゃんとなんか全然喋れていなくて、嗚咽まじりに私に「ごめんなさい」と言った彼の顔と、声が頭に浮かぶ。
「……か、顔を、どうか、お顔をあげてください……」
「申し訳ありませんでした」
「……お父様」
カミル様は、促しても顔を上げてくれない。困った私がお父様を仰ぎ見ると、お父様は立ち上がり、彼の肩を叩いた。
「顔を上げなさい、カミルくん」
「……は、はい。ロスベルト伯爵」
お父様に言われて、ようやくカミル様は顔をあげて、立ち上がった。
「君が、伝えたかったのは謝罪だけで、よかったかね?」
「……はい」
カミル様がはっきりと頭を縦に振ったのを見ると、お父様は目を瞑り、何か考え事をしているのか口髭をじっくりと触った。
「では、今から、君にいくつか質問をさせてもらおう。いいかね?」
「は、はい」
お父様の言葉に、カミル様が姿勢を正す。緊張しているんだろう。肩が上がってしまっていた。
「君はどうして、ミリアに冷たい態度を取ってしまったんだい?」
お父様は、静かな声でカミル様に問う。
「そ、それは……」
「今こうして、婚約を結び直してほしいと、君はわざわざ懇願している。そうまでするのに、どうして、君は彼女にひどい態度をとってしまった?」
カミル様は俯いて、黙り込む。
ロートン侯爵は物言いたげな雰囲気だったけれど、グッと堪えてカミル様を見守っていた。
お父様は、真顔で何を思っていらっしゃるか、わからないけれど、目が怖かった。
「み、ミリアさまが……」
カミル様が、小さな声を絞り出す。
さっき、とても立派に私に謝罪を告げた声とは全然違う、頼りない、震えた声。
「ミリア、さまが、そ、その……」
私がどうしたの?
カミル様が一言発するごとに私の心臓は跳ねた。
「ミリアさまが、かわいらしい方だったから、緊張してしまいました……!!!」
「え?」
思わず、場にそぐわない間抜けな声が出た。
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