上 下
20 / 33

20話 聖女エミリーの限界①

しおりを挟む



 ──かくして、『聖女エミリー誘拐作戦』いや、『聖女エミリー保護作戦』は決行された。

「基本的には輸送護衛の時には行き帰り共に馬車を伴っているんですけど、外国からこられた方を送った後、一人で帰国することがあるんです! 狙うならその時かと!」
「そうだな、なるべく穏便に混乱のないように行いたい。聖女一人のところを攫っていくのが理想だな」

 きっと、エミリーはわたしの姿を見れば話を聞いてくれると思う。というのも、国王陛下が追放されたわたしを探しているのならば、きっとエミリーにも捜索を指示しているだろうからだ。
 なんたって、外は魔物の世界。自由に探索をできるのは聖女エミリーしかいない。

 魔王さまには外国のお客様を送った帰りなら一人です、とは言ったが、わたしを探しに単独で行動しているエミリーに遭遇できる可能性も高いのでは踏んでいた。

 そして、我々は日がなエミリーを誘拐するチャンスを狙って、北の関所へと続く街道付近に張り込んでいたのだが。


「あのピンク髪のフワフワなのが聖女か?」
「はい! 今日は……団体さん連れていますね」

「帰りもお客さん連れてきてますね……」
「行きよりも人数が増えているな」

「今日は馬車が多いな」
「そうですね、商人たちの護衛だと思います」

「……馬車が増えたな」
「あ、あれは郵便物を運ぶ馬車ですね、あの模様が目印なんです」
「聖女、遠目から見てもわかるくらいグッタリしているんだが」


 しかし、運悪くなかなかエミリーが一人になる機会には恵まれなかった。
 国と国を行き来するのにもそれなりに日数がかかる。この調子ではエミリーお一人帰り道に遭遇するのに何ヶ月もかかるかもしれない。もしかしたら、わたしがいない分、護衛の仕事を詰めつめに詰められてて一人で気ままに帰るなんてスケジューリングがされていないのかもしれない。

 こんなんじゃ、エミリーにわたしの捜索指示が出されていても、捜索に行く余裕のないのではないか?

「……メリア。『聖女』というのに休みはないのか……?」
「エミリー、出ずっぱりですね……。きっと結界の張り直しとか、細々した仕事もあるだろうから……本当に大丈夫かな……。もう、大騒ぎになってもいいから連れ去りましょうか……」

 魔王さまは日に日にやつれていくエミリーにひどく同情的な目を浮かべていた。わたしも見るからに疲弊していくエミリーをただ見ているだけというのはとても辛い。

 わたしと魔王さまは『エミリー保護作戦』の計画の練り直しを余儀なくされようとしていた。もう、『誘拐』するしかない。誘拐する上で、なるべき穏便に済むやり方はないか。そういう方向性で詰めていくべきだとなってきていた。



 そんな折、予想だにしなかった展開が待っていたのだった。


 
「おーい! なあなあ、なんかまたヤバそうなやつ拾ってきたんだけど!!!」
「また!?」

 早朝、わたしと魔王さまが朝の日課の畑の手入れをしているところに、イージスが大きく手を振りながら帰ってきた。『また』である。イージスが人を拾ってきたのはわたしを入れてこれで三人目。拾いすぎだ。しかし、それは置いといて。

 驚くべきは、小脇に抱えられたその少女。

「……エミリー……!?」

 かつての同僚、わたしたちが躍起になって『誘拐』いや『保護』しようとしていた聖女エミリーがそこにいた。


「エミリー!」

 イージスに支えられてヨロヨロとしていたエミリーがわたしの声に反応して、顔をあげる。目が合うと、エミリーは薄い赤紫の瞳を「信じられない」とばかりに大きく見開いた。

「……メリア、さん……?」
「エミリー!」

 駆け出した私はエミリーにそのままの勢いで抱き着いた。エミリーもぎゅう、と抱き返してくれる。

「メリアさん!? ほんとうに、メリアさん!?」
「うん、わたし! エミリー! 久しぶり!」
「うっ、う……うえぇ……うえええん!」

 エミリーはわあっと声をあげて泣き出した。

「わ、わたし、私、もう、メリアさんにはあえないって、思っててぇ」
「うん」
「だって、私のせいで、メリアさん、追い出されちゃったし、私、それからっ、何も、何もできなくてぇ」
「うん」
「おしごと、忙しいし、メリアさんいないし、わた、私……私……」
「エミリー、頑張っていたのね」
「う、うう、ごめんなさい、私が、あの王子に、メリアさんのこと、言わなかったら」
「そんなことない。あの王子は最初から私のことは聖女と思っていなかったんだから。遅かれ早かれ、追い出されていたわよ」

 ぐずぐずとエミリーは鼻をすする。

「私、違うんです。メリアさんは、本当は『聖女』じゃないのに、一緒にお仕事してくれて、嬉しいし、助かってるって、そういう風に、言ったのにぃ……」

 エミリーはまたわあっ! と堰を切ったように泣き出した。

 そんなことは、最初からわかっている。エミリーは私を悪い風に言う子じゃない。あの王子が歪んだ捉え方をして伝えてきただけだと、そんなことは分かりきっていた。

 わたしはただただ、エミリーの細い体をギュっと抱きしめた。


 ◆


「なんかさあ、一人で草原フラフラしててさあ」

 イージスが軽い調子で話す。

 明らかにやばい眼をしながら、エミリーは一人、草原を徘徊していたらしい。

 国王陛下に命じられて、休む間のなく。先日わたしたちが見かけた輸送護衛を終えてすぐに出立したそうだ。


 ──こんなの見つかるわけない、無理、帰りたい、帰りたくない、日没までには帰って、今度もまた輸送護衛にでかけて行かなくちゃいけない。無理、無理、無理。


 ブツブツ言いながら、よろめきつつも寄ってくる魔物を聖なる光を持って滅しながら徘徊している様はイージスいわく、『見物』だったそうだ。
 聞いているだけで、痛々しい。
 彼女を見かけたら後先のことなんて何も考えずに駆け寄ってしまえばよかった。後悔しかない。

 そして声をかけると相当警戒はされたけど、「メリア」と一言わたしの名前を出したらついてきてくれたという流れらしい。

 まさか、イージスが拾ってくる形で彼女に会えるとはさすがに想定していなかった。イージスに人間拾い癖がついていてよかった。『聖女』という認識で拾ってきたわけではなかったらしいイージスは、わたしの喜びようを見て「へー、よかったな」とあんまり興味なさそうに軽く言っていた。イージスにも一応、『エミリー保護作戦』の話はしていて彼女の容姿も伝えていたんだけど……まあ、ともかく、なんにしろ、これで『エミリー保護作戦』は穏便に達成されたのだった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

虐げられ聖女の力を奪われた令嬢はチート能力【錬成】で無自覚元気に逆襲する~婚約破棄されましたがパパや竜王陛下に溺愛されて幸せです~

てんてんどんどん
恋愛
『あなたは可愛いデイジアちゃんの為に生贄になるの。  貴方はいらないのよ。ソフィア』  少女ソフィアは母の手によって【セスナの炎】という呪術で身を焼かれた。  婚約した幼馴染は姉デイジアに奪われ、闇の魔術で聖女の力をも奪われたソフィア。  酷い火傷を負ったソフィアは神殿の小さな小屋に隔離されてしまう。  そんな中、竜人の王ルヴァイスがリザイア家の中から結婚相手を選ぶと訪れて――  誰もが聖女の力をもつ姉デイジアを選ぶと思っていたのに、竜王陛下に選ばれたのは 全身火傷のひどい跡があり、喋れることも出来ないソフィアだった。  竜王陛下に「愛してるよソフィア」と溺愛されて!?  これは聖女の力を奪われた少女のシンデレラストーリー  聖女の力を奪われても元気いっぱい世界のために頑張る少女と、その頑張りのせいで、存在意義をなくしどん底に落とされ無自覚に逆襲される姉と母の物語 ※よくある姉妹格差逆転もの ※虐げられてからのみんなに溺愛されて聖女より強い力を手に入れて私tueeeのよくあるテンプレ ※超ご都合主義深く考えたらきっと負け ※全部で11万文字 完結まで書けています

追放された令嬢は英雄となって帰還する

影茸
恋愛
代々聖女を輩出して来た家系、リースブルク家。 だがその1人娘であるラストは聖女と認められるだけの才能が無く、彼女は冤罪を被せられ、婚約者である王子にも婚約破棄されて国を追放されることになる。 ーーー そしてその時彼女はその国で唯一自分を助けようとしてくれた青年に恋をした。 そしてそれから数年後、最強と呼ばれる魔女に弟子入りして英雄と呼ばれるようになったラストは、恋心を胸に国へと帰還する…… ※この作品は最初のプロローグだけを現段階だけで短編として投稿する予定です!

婚約破棄から聖女~今さら戻れと言われても後の祭りです

青の雀
恋愛
第1話 婚約破棄された伯爵令嬢は、領地に帰り聖女の力を発揮する。聖女を嫁に欲しい破棄した侯爵、王家が縁談を申し込むも拒否される。地団太を踏むも後の祭りです。

【完結】捨てられた聖女は王子の愛鳥を無自覚な聖なる力で助けました〜ごはんを貰ったら聖なる力が覚醒。私を捨てた方は聖女の仕組みを知らないようで

よどら文鳥
恋愛
 ルリナは物心からついたころから公爵邸の庭、主にゴミ捨て場で生活させられていた。  ルリナを産んだと同時に公爵夫人は息絶えてしまったため、公爵は別の女と再婚した。  再婚相手との間に産まれたシャインを公爵令嬢の長女にしたかったがため、公爵はルリナのことが邪魔で追放させたかったのだ。  そのために姑息な手段を使ってルリナをハメていた。  だが、ルリナには聖女としての力が眠っている可能性があった。  その可能性のためにかろうじて生かしていたが、十四歳になっても聖女の力を確認できず。  ついに公爵家から追放させる最終段階に入った。  それは交流会でルリナが大恥をかいて貴族界からもルリナは貴族として人としてダメ人間だと思わせること。  公爵の思惑通りに進んだかのように見えたが、ルリナは交流会の途中で庭にある森の中へ逃げてから自体が変わる。  気絶していた白文鳥を発見。  ルリナが白文鳥を心配していたところにニルワーム第三王子がやってきて……。

婚約破棄をしてくれた王太子殿下、ありがとうございました

hikari
恋愛
オイフィア王国の王太子グラニオン4世に婚約破棄された公爵令嬢アーデルヘイトは王国の聖女の任務も解かれる。 家に戻るも、父であり、オルウェン公爵家当主のカリオンに勘当され家から追い出される。行き場の無い中、豪商に助けられ、聖女として平民の生活を送る。 ざまぁ要素あり。

【完】聖女じゃないと言われたので、大好きな人と一緒に旅に出ます!

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 ミレニア王国にある名もなき村の貧しい少女のミリアは酒浸りの両親の代わりに家族や妹の世話を懸命にしていたが、その妹や周囲の子ども達からは蔑まれていた。  ミリアが八歳になり聖女の素質があるかどうかの儀式を受けると聖女見習いに選ばれた。娼館へ売り払おうとする母親から逃れマルクト神殿で聖女見習いとして修業することになり、更に聖女見習いから聖女候補者として王都の大神殿へと推薦された。しかし、王都の大神殿の聖女候補者は貴族令嬢ばかりで、平民のミリアは虐げられることに。  その頃、大神殿へ行商人見習いとしてやってきたテオと知り合い、見習いの新人同士励まし合い仲良くなっていく。  十五歳になるとミリアは次期聖女に選ばれヘンリー王太子と婚約することになった。しかし、ヘンリー王太子は平民のミリアを気に入らず婚約破棄をする機会を伺っていた。  そして、十八歳を迎えたミリアは王太子に婚約破棄と国外追放の命を受けて、全ての柵から解放される。 「これで私は自由だ。今度こそゆっくり眠って美味しいもの食べよう」  テオとずっと一緒にいろんな国に行ってみたいね。  21.11.7~8、ホットランキング・小説・恋愛部門で一位となりました! 皆様のおかげです。ありがとうございました。  ※「小説家になろう」さまにも掲載しております。  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

処理中です...