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14話 人類の叡智、万歳!

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 ディグレスさんが屋敷に戻ってきたその翌日。

 目つきは悪いけど笑うと意外にかわいいディグレスさんは、魔王さまを敬愛しているようだった。
 一応従僕らしいイージスがあんな態度なだけに、本来そうであるべきなんだけど、ディグレスさんの恭しさが新鮮に感じてしまう。

「ディグレスさんの眼鏡って、ホンモノなんですか?」
「可笑しなことを聞きますね。眼鏡とは常に、ホンモノであるべきでしょう」
「いやあ……魔族も目が悪くなったりするんだな、と」
「そうですね、本来であれば必要のないものです。我々の文化では生まれ得なかったものですね」

 クイ、とディグレスさんは人差し指で眼鏡をあげる。

「私の魔族としての異能は過去未来現在を覗ける千里眼。しかし、魔力を失った私の視力は凄まじく常人以下。この叡智無くしては私は何も見えないのです」
「ええっ、そうなんですか?」

 サラッと言ってたけど、『千里眼』……。過去未来現在を覗ける、ってすごいな。イージスの凄まじい身体能力もシンプルにすごいけど、『千里眼』なんて、反則的すぎる。……コレは確かに、人間は魔族を脅威に感じてもしょうがない。

 ディグレスさんは、魔力のおかげでものすごい目が良い特異体質だったけど、魔力がなくなったから目が悪くなってしまった、ということか。

 ……もしかして、目つきが悪いのは、目が悪いから……?

「この、眼鏡というのは素晴らしい。コレがなくては私は自分の身の回りのことすらままならぬことでしょう。しかし、コレさえあれば、私の失われた視力を補うことができるのです。この世にこれ以上に素晴らしい発明が、あるでしょうか?」

 金色の眼を輝かせて、ディグレスさんはうっとりと語る。

「……まさに人類の叡智! 素晴らしい!」

 ディグレスさんは天を仰ぎながら、バッと両手を広げた。
 見た目のクールさに反して、わりとディグレスさんはオーバーリアクションの人らしい。

 一緒に働く人が楽しい人でよかったなあ、と私はホッとする。最初、目が怖かったけど……真面目だし、優しそうだし、楽しいし、良い人でよかった。

「ディグレスさんは、あの壁の中……あの国に滞在されていたんですよね? 何度も行かれているとか……」
「ええ、学ぶべきことが多くて」
「あの、今度また行かれるときに、お願いしたいことがあるんです。わたしは国外追放されてしまったんですが、あの国には病気の両親を置いてきていて……治療費や生活費の仕送りをしたいんです」
「それは……なんというべきでしょう。ええ、もちろん構いませんよ」
「ありがとうございます!」

 快諾してくれたディグレスさんにお礼を言う。眼鏡の向こう側でディグレスさんはニコリと笑った。

「メリアさんは聖女としてお勤めのところ、ニセモノと糾弾を受けて国外に放り出されてしまったとか……」
「そうなんです。それで、草原でイージスと出会って、魔王さまのところに連れてきていただいて……」
「そうだったのですね。あなたとご縁が結べたことを、何に感謝すべきでしょうか……。ひとまず、イージスに礼でも言っておきましょうか」
「そんな、わたし、全然みなさんのために働けていなくて」

 唯一オーダーされているのは魔王さまのモーニングコールのみ。他は好きなように自由気ままに日々を送ってしまっている。なんとなく、毎日掃除したり、魔王さまにお茶を淹れたりはしているけれど、細々なことをやっているだけだ。

「いえいえ、あなたがここにいる。それだけで我々には大変喜ばしいことなのです」
「……そ、そうだといいんですが……」

 やたらと大仰に言われて萎縮する。ディグレスさんが、オーバーな人だからかしら?

「ご両親のことも心配でしょう。そう日を置かないうちにあの国へ向かいます。ただ……魔王様と打ち合わせしたいこともありますので、少しお待ちいただいても?」
「はい! もちろんです、ありがとうございます!」

 ディグレスさんは良い人だ。ホッとわたしは胸を撫で下ろす。
 両親のことは本当に心配でならないけど、私が追放されてからも悪いようには……なっていないはず。頼んだわよ、パーシー、オルソン、リカルド。信じているからね。

「ところで、メリアさん。魔王さまにはどのようにお仕えしているので?」
「あっ、ううん。具体的にどんな仕事をしているかと聞かれると難しいんですが……。魔王さまからは毎日のモーニングコールをお願いされていまして……きっと、魔王さまは侍女としての働きを求められているのだろうと考えていますが……」
「……なるほど」

 ディグレスさんは眼鏡の縁をクイっとあげた。

「失礼ながら、メリアさんは仕事着などはお持ちではないのですか?」
「あ、はい。ええと、この服以外にも、お屋敷に置かれていたお洋服、お借りしてはいるんですけど、特に決まった仕事着は……」

 ちなみに、今着ているこの服は、聖女として勤めていた時の服である。厚手のこの服はとにかく着心地がよくて動きやすい。しかも、白い生地であるのに汚れても拭えばすぐに汚れが落ちるスグレモノである。魔物の返り血をいくら浴びても大丈夫なのだ。

 イージスが保証した衣食住の『衣』だが、正直、わたしはあまりこの『衣』は重要視していなかった。適度に清潔が保てる程度に洗い換えの服が数着あればいい、というのがわたしの『衣』に対する感覚だった。

 だから、基本的には追放されたその日に来ていた国支給の聖女服を着て、洗っているときは屋敷に置いてあった適当な服を着ていた。それで特に不満も支障もなかった。キャンプを含む外仕事の多い聖女の仕事着は、着心地がよく、丈夫な材質でできていた。この服を着ていても、魔王さまもイージスも特にツッコむことはなかったし。

「装いというのは、大事ですよ。私も、人間の街に赴くときには外見には気を遣っております。衣服もまた、人類の叡智のひとつですね」
「は、はい」

 心なしか、ディグレスさんの語気に気合いが入っていた。距離も、さっき話していたときよりも一歩二歩、三歩くらい近い気が。

「ご迷惑でなければ、コーディネイトのご提案をさせていただいても?」
「……はあ……」

 圧に押されてちょっと戸惑ってしまったけど、わたしはひとまず頷いた。
 すると、ディグレスさんはぱあっと顔を輝かせる。

(……ディグレスさん、そういうの好きなのかな……)

 お願い事をしている身であるし、仕事に適した服装を見繕ってもらうのであればありがたい提案ではある。

「では、私の衣装部屋へご案内いたします。ああ、もちろん、お洋服は女性用のものを提案させていただきますので」

 ディグレスさんのウキウキとした背中についていく。……ディグレスさんの衣装部屋なのに、女性ものの服も置いてあるんだ? とちょっと引っかかったけど、あれほど眼鏡を人間の叡智を賛美していた人だから、人間の文化の蒐集として男女問わずいろんな服を集めていてもおかしくはないかもしれない。

「さあ、ここですよ。どうぞ、中にお入りください」

 ディグレスさんに促されて部屋の中に入る。おそらく、虫除けのために置いているハーブの香りがした。中にはたくさんの衣装がズラリと並び、部屋の奥に姿見も置かれていた。

「メリアさんにおすすめしたい服は……コレですね」
「これは……」

 たくさんの衣装のうちから、ディグレスさんが選びだした一着。黒いワンピースに、フリルエプロン、おまけに真っ白なキャップ。どこかで見覚えのあるそれは。

「侍女の、お仕着せ?」
「これを着れば、魔王様の満足度アップも間違いなしです!」
「ええっ?」

 満足度アップ!? ディグレスさんは戸惑うわたしを衣装部屋に閉じ込めて、部屋を出て行ってしまった。
 もしかしてもなく、「着替えなさい」ということだろう。

 ……まあ、別に変な服でもないからいいか。魔王さまが、侍女的な役割を求めている……なら、着ていてもおかしくない服だし。

 黒いワンピースに肩周りにフリルがついた清潔感のある白いエプロンを身につける。髪の毛を一つにまとめて、キャップもつけた。どこからどう見ても、立派なメイドさんだ。

 タイミングを図ったかのように、ドアがノックされる。開けると、ディグレスさんがうんうんと頷いて手を叩いた。

「マーベラス。完璧です」
「……別に、ただのお仕着せですよ?」
「だから良いのです。メイドの仕事着……このシンプルさが破壊力を生み出すのです」
「はあ……」

 よくわからないけど……でも、仕事着だけあって、この服も動きやすくて良い感じだ。聖女の服を洗っているときは、屋敷の中にいる時はこの服を着ていてもいいかもしれない。
 自分の着こなしを確認しようと、くるり、と軽く回るとスカートがふわりと舞った。

「……その仕草、ぜひ魔王様の前でも披露してさしあげてください」
「は、はあ……」

 ……意味もなく、くるりと回るって結構ハードル高くない?

 とりあえず、脱いだ服は自分の部屋に置いて……。ディグレスさんのおすすめで、わたしは今日一日このお仕着せで過ごすことになった。

 ちなみに、魔王さまの反応は。

「………………」

 静止、および長い長い沈黙。だった。



 …………ハズしたかな……。
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