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6話 わたしは何をしましょうか
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「……ん……」
寝返りを打つ。ギシ、と木が軋む音がした。
イージスの言う通り、『衣食住』の住は与えられた。追放初日、むしろ追放後即のスピード感で屋内でゆっくり寝られる環境を得られたことはかなり上々だろう。さすがにあの野原でぽつんと寝るのは遠慮したかった。
次の『食』もきっと問題なくありつける。なにしろ、すでにいい匂いがしている!
イージスはああ言っていたんだし、わたしだけご飯抜きということはないだろう! と期待している。これでわたしだけ食べるものがなかったら、泣く。けど、そうだったら……しょうがないからそうしたら野草摘んだり、魔物のお肉をいただこうかな……。
勝手にご飯抜きパターンを想像して悲しくなっていると、ぐうとお腹が鳴った。
よし、とりあえず、このいい匂いのところまで行ってみよう。
「おっ、おはよう。ちゃんと寝れたみたいだな」
「うん、ありがとう。部屋がいっぱいあって助かったわ」
廊下の突き当たりのドアを開ければ、大きくて長いテーブルが並んだ部屋。その奥のカウンターごしにイージスがニカっと笑って声をかけてきた。
向こう側が厨房になっているらしい。人がいないせいで寂しい雰囲気だが、ここは食堂だったのだろう。かつてはこの部屋で魔族たちがわんさかしながら食事を楽しんでいたのかしら。
「……イージスがご飯作り担当なの?」
「まあ、そんなとこ」
イージスに促されて、たくさん置いてある椅子の一つに座る。ことりと目の前にホカホカと湯気を立てるワンプレートが置かれた。スクランブルエッグに、ソーセージ、焼き飯とポテト。立派な朝食に感動していると、スープまで運ばれて来た。
「わ、わたし、これ食べていいの?」
「おう、そのために作ったんだから食えよ」
「まだわたし、働いてないのに!?」
「メシ食わなきゃはじまんねーだろ」
イージスがむしろ不思議そうに眉を顰めた。私のお腹も再びぐうと鳴る。
「ありがとう! いただきます!」
両手を合わせ、スプーンを手に取る。おいしい、温かい。おいしい、嬉しい。
王宮の食事は豪華だし美味しかったけど、冷めていることも多かった。給仕係のせいではない、聖女の仕事が忙しくて用意してもらったのにわたしがちゃんとその時間に食べられないことが多かったからだ。温め直します、新しく作り直しますとは言ってもらっていたけど食材も時間ももったいないからそのまま食べさせてもらっていた。さらには申し訳ないことに、食べる時間がない時もあった。
護衛任務中は片手間に食べられる食事を取ることがほとんどだったし、こうしてゆっくり腰を据えて温かいご飯を食べられることが、この上なく嬉しい。
夢中になって食べていると、あっという間にお皿を空にしてしまった。
「わりぃ、足りなかったか?」
「ううん! とってもおいしかった! ありがとう!」
「ならよかった」
イージスはきっと、料理が上手だ。昨日の魔物の肉を焼いた時も手際が良かった。今日のご飯も特別凝った料理ではなかったけど、味がすごい良かった。
「ねえねえ、魔王さまは朝ごはんはお召しにならないの?」
「なんだその言い方。お嬢様かよ」
「勤め先の偉い人なんだから謙るわよ、わたしは」
イージスはわたしの話し方を失笑したわりに、勤め人としてのわたしの主張は興味なさげに「ふーん」と鼻を鳴らした。
「ロイドは寝てんじゃねえかなあ。昨日はオレが起こしちゃったみてえだから」
へえ、昨日は寝足りなかった、ということかしら? 涼しげな雰囲気の美形、って感じだったけれど、寝汚いのかなあ。なんだか意外。
「ロイド……魔王様は寝てるか起きてるかなんだよ」
「なにそれ」
「アイツ、寝てる時はずうっと寝てるんだよ、起きてる時はずっと起きてるし。でも、昨日は珍しくオレの声で普通に起きてたから変なんだよ」
イージスはおかしいなあと首を捻る。
「今は寝ているのかな? わたし、起こしに行った方がいいかしら」
「あー、やめといた方がいい。アイツ、寝起きめちゃくちゃ悪いから」
「……そうなの?」
昨日会いに行った時も寝起きだったけれど、そんなに機嫌が悪そうには見えなかった。
「昨日が珍しかったんだよ。なんか血色よかったしな。いつも死人みたいな肌色してんのに」
「ふぅん……?」
そうなんだ。確かに、肌は色白だったけど。
わたしはイージスと並んでお皿を洗った。イージスはご飯作りが仕事なのかと聞いたら、そうではないらしい。好きでやっているんだとか。お金をとってもいい仕事ぶりなのに。イージスのご飯は本当においしい。
一応魔王とは従属の関係だけど、雇用関係ではない、らしい。
ここで生活している分には、お金も必要なものじゃないしね。人間と金銭の感覚が違うのは当然なんだろう。
魔王さまとイージスは屋敷の近くに畑を構えて農作物を作り、そして魔物を狩って生活しているらしい。すっごい自給自足だ。……うんうん、畑仕事も魔物狩りも、わたし活躍できそう!
そうやって意気込んでいたらイージスには笑われた。「やっぱアンタ、おもしれーな!」と。
……何をもって面白いと言われたんだろう。わからない。
寝返りを打つ。ギシ、と木が軋む音がした。
イージスの言う通り、『衣食住』の住は与えられた。追放初日、むしろ追放後即のスピード感で屋内でゆっくり寝られる環境を得られたことはかなり上々だろう。さすがにあの野原でぽつんと寝るのは遠慮したかった。
次の『食』もきっと問題なくありつける。なにしろ、すでにいい匂いがしている!
イージスはああ言っていたんだし、わたしだけご飯抜きということはないだろう! と期待している。これでわたしだけ食べるものがなかったら、泣く。けど、そうだったら……しょうがないからそうしたら野草摘んだり、魔物のお肉をいただこうかな……。
勝手にご飯抜きパターンを想像して悲しくなっていると、ぐうとお腹が鳴った。
よし、とりあえず、このいい匂いのところまで行ってみよう。
「おっ、おはよう。ちゃんと寝れたみたいだな」
「うん、ありがとう。部屋がいっぱいあって助かったわ」
廊下の突き当たりのドアを開ければ、大きくて長いテーブルが並んだ部屋。その奥のカウンターごしにイージスがニカっと笑って声をかけてきた。
向こう側が厨房になっているらしい。人がいないせいで寂しい雰囲気だが、ここは食堂だったのだろう。かつてはこの部屋で魔族たちがわんさかしながら食事を楽しんでいたのかしら。
「……イージスがご飯作り担当なの?」
「まあ、そんなとこ」
イージスに促されて、たくさん置いてある椅子の一つに座る。ことりと目の前にホカホカと湯気を立てるワンプレートが置かれた。スクランブルエッグに、ソーセージ、焼き飯とポテト。立派な朝食に感動していると、スープまで運ばれて来た。
「わ、わたし、これ食べていいの?」
「おう、そのために作ったんだから食えよ」
「まだわたし、働いてないのに!?」
「メシ食わなきゃはじまんねーだろ」
イージスがむしろ不思議そうに眉を顰めた。私のお腹も再びぐうと鳴る。
「ありがとう! いただきます!」
両手を合わせ、スプーンを手に取る。おいしい、温かい。おいしい、嬉しい。
王宮の食事は豪華だし美味しかったけど、冷めていることも多かった。給仕係のせいではない、聖女の仕事が忙しくて用意してもらったのにわたしがちゃんとその時間に食べられないことが多かったからだ。温め直します、新しく作り直しますとは言ってもらっていたけど食材も時間ももったいないからそのまま食べさせてもらっていた。さらには申し訳ないことに、食べる時間がない時もあった。
護衛任務中は片手間に食べられる食事を取ることがほとんどだったし、こうしてゆっくり腰を据えて温かいご飯を食べられることが、この上なく嬉しい。
夢中になって食べていると、あっという間にお皿を空にしてしまった。
「わりぃ、足りなかったか?」
「ううん! とってもおいしかった! ありがとう!」
「ならよかった」
イージスはきっと、料理が上手だ。昨日の魔物の肉を焼いた時も手際が良かった。今日のご飯も特別凝った料理ではなかったけど、味がすごい良かった。
「ねえねえ、魔王さまは朝ごはんはお召しにならないの?」
「なんだその言い方。お嬢様かよ」
「勤め先の偉い人なんだから謙るわよ、わたしは」
イージスはわたしの話し方を失笑したわりに、勤め人としてのわたしの主張は興味なさげに「ふーん」と鼻を鳴らした。
「ロイドは寝てんじゃねえかなあ。昨日はオレが起こしちゃったみてえだから」
へえ、昨日は寝足りなかった、ということかしら? 涼しげな雰囲気の美形、って感じだったけれど、寝汚いのかなあ。なんだか意外。
「ロイド……魔王様は寝てるか起きてるかなんだよ」
「なにそれ」
「アイツ、寝てる時はずうっと寝てるんだよ、起きてる時はずっと起きてるし。でも、昨日は珍しくオレの声で普通に起きてたから変なんだよ」
イージスはおかしいなあと首を捻る。
「今は寝ているのかな? わたし、起こしに行った方がいいかしら」
「あー、やめといた方がいい。アイツ、寝起きめちゃくちゃ悪いから」
「……そうなの?」
昨日会いに行った時も寝起きだったけれど、そんなに機嫌が悪そうには見えなかった。
「昨日が珍しかったんだよ。なんか血色よかったしな。いつも死人みたいな肌色してんのに」
「ふぅん……?」
そうなんだ。確かに、肌は色白だったけど。
わたしはイージスと並んでお皿を洗った。イージスはご飯作りが仕事なのかと聞いたら、そうではないらしい。好きでやっているんだとか。お金をとってもいい仕事ぶりなのに。イージスのご飯は本当においしい。
一応魔王とは従属の関係だけど、雇用関係ではない、らしい。
ここで生活している分には、お金も必要なものじゃないしね。人間と金銭の感覚が違うのは当然なんだろう。
魔王さまとイージスは屋敷の近くに畑を構えて農作物を作り、そして魔物を狩って生活しているらしい。すっごい自給自足だ。……うんうん、畑仕事も魔物狩りも、わたし活躍できそう!
そうやって意気込んでいたらイージスには笑われた。「やっぱアンタ、おもしれーな!」と。
……何をもって面白いと言われたんだろう。わからない。
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