上 下
4 / 33

4話 再就職のご相談

しおりを挟む
「人間ってさぁ、あの壁の中にいるんだろ。で、外にいるの見かける時は大体集団になって行動してる。アンタみたいに一人でほっつき回ってる人間なんて初めて見た。なんかアンタ、めちゃくちゃ面白そうじゃん!」
「面白がらないでよ、わたしだって好きで一人でほっつき歩いているわけじゃないんだから」
「コクガイツイホーってやつ?」

 そう、国外追放ってやつ。わたしは頷く。

「何人か見たことある。すぐ死んでたけど。アンタ、そういう風には見えないけど、極悪人?」
「……上司騙して働いてたっていちゃもんつけられたの」
「ハハ、そっか。大変だなあ」

 イージスは朗らかに笑う。あんま大変とは思われてなさそうだ。

「腹減ってたのか? こんなアングリーグリズリーぐっちゃぐちゃにして」
「……ご飯も食べなくちゃだけど。そうじゃなくて、普通の人間は魔物を狩るなんてことできないでしょう? だから、魔物の皮とか毛を剥いで他国で売ったらお金になるかしらって」
「あーなるほどな! なんだ、解体ヘッタクソだっただけかあ。そういう趣味なんかと思ったぜ」
「……そう」

 改めて言われるとちょっとグサッとくる。

「そうかー、金に困ってんのかあ」

 イージスはしみじみと呟き、うんうんと頷く。
 魔族にお金に困る気持ちが理解できるのだろうか? 魔族にも『お金』という概念は存在しているのか?
 
「なあ、メリア。金欲しいならウチ来ない?」
「行かない!」
「えー」

 いやこれ、絶対ダメなやつでしょ。世間知らずのわたしでもわかる。めちゃくちゃよくない方のナンパというやつでは? わたしはさらにイージスから距離をとった。

 わたしの反応にイージスはやっぱりつまらなさそうに、さきほどと同じように唇を尖らせた。

「ウチ、魔王がいるんだけどさあ。アンタ、なんかちょっと変だし。ウチんところで雇ってもらったらいんじゃねーの、って。衣食住に、金もあるよ」
「……え」

 ……お金が、ある。

 いや、でも、魔族だし……。そんな甘いことを言って、人間をどうにかこうにかしているかもしれないし……。

「アンタさあ、他国に素材売りに行くって言ってたけど、この国の国境にも門番とかいんじゃん? コクガイツイホーなんてなってんのに、他国なんて出ていけねえんじゃねーの?」
「……あ」

 そういえば、確かに。
 無理に暴力の力でゴリ押しはできるだろうけど……それをして国際問題に発展しても困る。善良な一般国民の皆さんにご迷惑をおかけするのはよくない。違法な傭兵グループたちがしているようにいい感じに門番の買収ができたらいいんだけど……。でも、まず、先立つものがないわけだし。

「……詰んでる……」

 あの王子、まさかここまで読んでいた? わたしにどう足掻いてもお金を稼げない絶望感を味合わせようと?
 門の外に放り出されて死にはしないけど、お金も稼げず一人で虚しく生きていく罰を与えようとしていたのか? あの男が? ……いや、そんな賢くないだろうな。たまたまか。

 ともかくとして、わたしは目の前が真っ暗になった。

「だからさあ、とりあえずウチ来てみなよ。なんかアンタいると元気出て来るし、なっ?」
「……元気が出てくるとかはよくわからないけど……」

 衣食住補償に、お給金。

 …………悪くない!

「わかった。その魔王っていうのに紹介してくれる?」
「おっ! やったー! ついてきて!」

 イージスはガバッと勢いよく立ち上がった。うわ、めちゃくちゃ……背が高い!!! というか、デカイ!!!

 そして。

「……足、速っ!!!」

 そばにいるとあんなにデカくて圧がハンパなかったイージスは、ピュッと走ってあっという間にちっちゃくしか見えなくなり、そのうち見失った。人間の速さじゃない。身体は大きくても、外見上に違いはなく見える魔族だが、やはり、身体の作りがなにかしら違うんだろう。

 そんなに速いとついていけないんですが!?

 とか思っていたら、イージスは「悪い悪い」と笑いながらこれまた爆速で戻ってきた。

「なんかすげー体の調子良くてさあ! つい思いっきり走っちゃった。オレ、足速いんだ」
「……うん、めちゃくちゃ速いね……」
「はー、気持ちよかったー。歩いてくかあ、そんな遠くないよ。多分」

 うん、それがいい。歩いていただこう。
 思い切り走ったイージスはなんだかご機嫌だった。

「目が覚めてから最高記録かもしんねー」
「ふうん、そうなんだ。よかったね」

 嬉しそうなイージスはわたしにこう言われるとますます顔を綻ばせて笑った。さっきは距離感近くて困ったけど、大型犬と思えばかわいくないこともないかもしれない。
 ……いや、それにしても、だいぶデカイが。

 イージスはすぐ再出発だ、と踵を返したけれど、わたしはそれを引き止めた。

「ごめん。ちょっと待ってて」
「ん? ソレ、持っていくのか?」

 ソレ、というのはわたしがグチャグチャにしてしまった熊型の魔物の肉片たちだ。このままにしておくのは忍びない。

「メリア、腹減ってる? 今、飯食えそうならオレがそれ料理してやるよ」
「えっ、ほんとに!?」
「いやあ、持ち歩くの、なんかイヤじゃん。それ」

 指さされて、わたしは「う……」となった。
 魔族の感性でも、嫌なんだ……。グチャグチャの肉片持って歩くの……。
 それはさておき、確かにお腹も空いてきたし、イージスの提案はありがたい。

 イージスは肩に背負っていたカバンから鉄鍋を取り出した。カバンの中に入るくらいだから、そんなに大きくはないけど丈夫そうで立派だ。手際良く彼は焚き火台も組み立ててしまった。

「メリア、火起こせるか? オレ、グチャグチャになった奴どうにかするから」
「う、うん」

 イージスはカバンから小さなナイフも取り出す。ずいぶんアウトドア慣れしている感じだ。……わたしもこれくらいの装備を持って国外追放されていれば……。
 イージスは器用にナイフを使って肉と皮を剥いでいく。

 ……解体の仕方、教えてもらおうかな……。

 ぼんやりそんなことを考えながら、わたしは焚き火台と向き合った。着火剤は、コロンとして真っ白なプニプニ。よくわからないけど、魔物の脂らしい。イージスは「よく燃えるし保ちがいい」と言っていた。

 火打ち石も預かったけど、王宮勤めの聖女だったわたしはこんなアイテム使ったことがない。ので、ズルをする。

「……うっわ!」

 指先に念じて、火の玉を一つ。それを着火剤にポンと投げると勢いよく火が噴いた。

 解体作業に集中していたイージスが目を丸くしてそれを見る。

「えっ? メリア、本当に人間?」
「ど、どういうこと?」
「だって、それ、魔力じゃん。そういう匂いはしてたけどさぁ」
「……一応、人間だけど……」

 そう言われると自信がなくなってきてしまう。
 聖女の力とは違う『力』。エミリーが聖女の力に目覚めるまでは、比較対象もいなかったから、わたしは自分の力を疑問に思うことはなかったけれど、彼女の聖なる力……って言えばいいのかな。光の球を出したり、魔物をジュッと消滅させたり、結界を張ったりとか、そういう力を見たら「あれ? わたし、なにか違う?」とは思っていた。

(……『魔力』って、魔族が持ってる力よね……?)

 そんなわたしの気持ちとは裏腹に、ごうごうと燃える火に炙られた魔物の肉はいい匂いを漂わせてきた。イージスはまたまたカバンから調味料の小瓶を取り出し、パッパとそれに振り掛ける。粗挽きの胡椒が嬉しい。さらにはチーズの塊が出てきたから驚きだ。ナイフでチーズを薄くスライスし、お肉に乗っけると、でろりと魅惑的にとろける。

「料理ってほどの料理じゃなかったなー。ま、いいだろ」
「うん、すごい! おいしそう! ありがとう!」

 イージスは皿に肉を乗っけると、笑顔と共に手渡してきてくれた。フォークも一緒についてる。すごい。カバンになんでも入っているみたいだ。

「……おいしい……!」

 焼き立てのお肉はとにかくジューシーだった。硬そうに見えた魔物のお肉だけど、イージスが筋の部分に刃を入れておいてくれていたらしく、ちゃんと噛み切れる。そして、口の中で噛みしめれば程よい弾力と肉汁がじゅわっと楽しめるのだ。赤身肉、最高。やっぱり粗挽きの胡椒は相性抜群だし、それにとろとろのチーズまで乗っているのだから、それで文句の出ようはずもない。

「ハハッ、うまそうに食うんだなあ」
「うん……魔物のお肉、初めて食べたけど、おいしい! 作ってくれてありがとう!」
「よかったよかった」

 王宮で出てきた食事もおいしかったけれど、聖女の仕事が忙しすぎてご飯の時間を楽しめないことも多かったから、こういう開放的な場所でのんびりと食事を楽しめるのもまた、おいしさを助長させていた。ただ、お肉を焼いただけ。けれど、本当にとってもおいしかった。

 イージスはたくさん焼いてくれて、わたしもたくさん食べた。


 ◆


 さて、食事と片付けもすませて、イージスの案内で魔王のいるところに再出発することになった。もちろん、イージスにはちゃんと歩いてもらってる。普通に歩いてても、歩幅が違うからわたしが小走り気味になってるけど。お腹いっぱい食べてしまったから腹ごなしの運動と思えばいいかもしれない。

 しばらく歩いて、草原の端っこに森が見えてきた。
 私が追い出されてきたあの国は平原のど真ん中にあって、平原の周りは森林地帯になってて、さらにそこは山脈でぐるりと囲まれてる、みたいな感じになっている。魔物が出るのもあって、この国は陸の孤島みたいになっている。

 北の関所までは平原が続いているから、そういえば森の中には行ったことがない。

 イージスは森の中に魔王の住処があると教えてくれた。ふーん。



 ……ところで、今更かもしれないけど。そういえば、魔王って。ていうか、魔族って。

 封印されていたんじゃ……?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹のように思っているからといって、それは彼女のことを優先する理由にはなりませんよね?

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルリアは、婚約者の行動に辟易としていた。 彼は実の妹がいるにも関わらず、他家のある令嬢を心の妹として、その人物のことばかりを優先していたのだ。 その異常な行動に、アルリアは彼との婚約を破棄することを決めた。 いつでも心の妹を優先する彼と婚約しても、家の利益にならないと考えたのだ。 それを伝えると、婚約者は怒り始めた。あくまでも妹のように思っているだけで、男女の関係ではないというのだ。 「妹のように思っているからといって、それは彼女のことを優先する理由にはなりませんよね?」 アルリアはそう言って、婚約者と別れた。 そしてその後、婚約者はその歪な関係の報いを受けることになった。彼と心の妹との間には、様々な思惑が隠れていたのだ。 ※登場人物の名前を途中から間違えていました。メレティアではなく、レメティアが正しい名前です。混乱させてしまい、誠に申し訳ありません。(2024/08/10) ※登場人物の名前を途中から間違えていました。モルダン子爵ではなく、ボルダン子爵が正しい名前です。混乱させてしまい、誠に申し訳ありません。(2024/08/14)

【完結】そんなに怖いなら近付かないで下さいませ! と口にした後、隣国の王子様に執着されまして

Rohdea
恋愛
────この自慢の髪が凶器のようで怖いですって!? それなら、近付かないで下さいませ!! 幼い頃から自分は王太子妃になるとばかり信じて生きてきた 凶器のような縦ロールが特徴の侯爵令嬢のミュゼット。 (別名ドリル令嬢) しかし、婚約者に選ばれたのは昔からライバル視していた別の令嬢! 悔しさにその令嬢に絡んでみるも空振りばかり…… 何故か自分と同じ様に王太子妃の座を狙うピンク頭の男爵令嬢といがみ合う毎日を経て分かった事は、 王太子殿下は婚約者を溺愛していて、自分の入る余地はどこにも無いという事だけだった。 そして、ピンク頭が何やら処分を受けて目の前から去った後、 自分に残ったのは、凶器と称されるこの縦ロール頭だけ。 そんな傷心のドリル令嬢、ミュゼットの前に現れたのはなんと…… 留学生の隣国の王子様!? でも、何故か構ってくるこの王子、どうも自国に“ゆるふわ頭”の婚約者がいる様子……? 今度はドリル令嬢 VS ゆるふわ令嬢の戦いが勃発──!? ※そんなに~シリーズ(勝手に命名)の3作目になります。 リクエストがありました、 『そんなに好きならもっと早く言って下さい! 今更、遅いです! と口にした後、婚約者から逃げてみまして』 に出てきて縦ロールを振り回していたドリル令嬢、ミュゼットの話です。 2022.3.3 タグ追加

宦官は永遠の愛を王に捧ぐ

トウ子
BL
戦神のごとき武でもって、愚王を斃し、新王として即位した楊鳳寿。そして鳳寿の幼馴染であり、優れた智略で鳳寿を助け、戦乱の世を共に駆け抜けた胡華英。 「愛していると告げたことが、そもそもの間違いだったのだろう。……けれど、それでも俺はもう、お前を手放せない」 二人の絆が、血と絶望と混沌の中で、固く固く結ばれるようになるまでの話。 ※Twitter企画『2020男子後宮BL』企画への参加作品です。「どこにも行くな」と言えなかった男と「私だけを見て」と言わなかった男。 ムーンライトノベルズ、エブリスタにも掲載。

殿下、あなたが借金のカタに売った女が本物の聖女みたいですよ?

星ふくろう
恋愛
 聖女認定の儀式をするから王宮に来いと招聘された、クルード女公爵ハーミア。  数人の聖女候補がいる中、次期皇帝のエミリオ皇太子と婚約している彼女。  周囲から最有力候補とみられていたらしい。  未亡人の自分でも役に立てるならば、とその命令を受けたのだった。  そして、聖女認定の日、登城した彼女を待っていたのは借金取りのザイール大公。  女癖の悪い、極悪なヤクザ貴族だ。  その一週間前、ポーカーで負けた殿下は婚約者を賭けの対象にしていて負けていた。  ハーミアは借金のカタにザイール大公に取り押さえられたのだ。  そして、放蕩息子のエミリオ皇太子はハーミアに宣言する。 「残念だよ、ハーミア。  そんな質草になった貴族令嬢なんて奴隷以下だ。  僕はこの可愛い女性、レベン公爵令嬢カーラと婚約するよ。  僕が選んだ女性だ、聖女になることは間違いないだろう。  君は‥‥‥お払い箱だ」  平然と婚約破棄をするエミリオ皇太子とその横でほくそ笑むカーラ。  聖女認定どころではなく、ハーミアは怒り大公とその場を後にする。  そして、聖女は選ばれなかった.  ハーミアはヤクザ大公から債権を回収し、魔王へとそれを売り飛ばす。  魔王とハーミアは共謀して帝国から債権回収をするのだった。

私が悪役令嬢? 喜んで!!

星野日菜
恋愛
つり目縦ロールのお嬢様、伊集院彩香に転生させられた私。 神様曰く、『悪女を高校三年間続ければ『私』が死んだことを無かったことにできる』らしい。 だったら悪女を演じてやろうではありませんか! 世界一の悪女はこの私よ! ……私ですわ!

愛しておりますわ、“婚約者”様[完]

ラララキヲ
恋愛
「リゼオン様、愛しておりますわ」 それはマリーナの口癖だった。  伯爵令嬢マリーナは婚約者である侯爵令息のリゼオンにいつも愛の言葉を伝える。  しかしリゼオンは伯爵家へと婿入りする事に最初から不満だった。だからマリーナなんかを愛していない。  リゼオンは学園で出会ったカレナ男爵令嬢と恋仲になり、自分に心酔しているマリーナを婚約破棄で脅してカレナを第2夫人として認めさせようと考えつく。  しかしその企みは婚約破棄をあっさりと受け入れたマリーナによって失敗に終わった。  焦ったリゼオンはマリーナに「俺を愛していると言っていただろう!?」と詰め寄るが…… ◇テンプレ婚約破棄モノ。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

私はモブ令嬢A?ポジなのに友人が毎回存在詐欺だと言ってくるのが誠に遺憾である。

白 牡丹
ファンタジー
ドキドキ、わくわく。 「この度当選した美少女系異世界転生者枠の初偉業は、印税の制定でした。」 身分は公爵令嬢(フラグ)、職業は冒険者での、副業が創作関連。 「———行きはよいよい、帰りはない」 例え社交界に出ずとも情報戦を制したくば、まず出版業界と夜のお姉さん達を押さえろ!! 不動の地位、尽きぬ財産。類まれなる、この顔面偏差値……だのに、原作は不明。 でも、深く考えてもどうしようもない。東洋ファンタジー×西洋ファンタジー両親から爆誕してしまったモブ公爵令嬢———『アトランティア・アールノヴァ』。 ある日前世の自分がテンプレトラ転をキメたが故に。この度めでたく当選した異世界ドキドキ転生者枠で、新たな人格が今の体にin。 それからと言うものの、色々気づいてしまう衝撃な事実……。 「今生の実家は監禁族? 所属したギルドもマフィア? ここは原作不明なファンタジー世界、その分前世のトラウマもあって「突然の死」は地雷です」 時には当事者、時には傍観者、またある時には巻き込まれ……地道に、そうやって上って行く大人の階段。 無駄にイケメンと遭遇するのに、運命の王子様が未だ現れない。 果たしてその様な世界で、アトランティアの運命は……?? ※兎に角、みんな愛が重い。この作品はまだ!恋愛してないけど、若いうちに武を磨き財を蓄え、近い将来的には(一応)恋愛ファンタジー物となる(はずです)※

聖女の従者は副業を始めました

オレンジペコ
BL
俺の名はジェイド。 ひと月前に聖女様の従者として採用されたんだけど、この聖女様、慈悲深いと評判なくせに妙にケチ臭い。 俺の給料少な過ぎないか?! 仕方がないので、俺はこっそり副業を始めることに。 本当に魔法薬師二級の資格取ってて良かった〜。 その後俺は森で大怪我をして倒れていた男を助けたんだけど、その男と同居することになって……。

処理中です...