翠碧色の虹

T.MONDEN

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第四十五幕:思い出は七色の虹へ

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小鳥の鳴き声で目覚める。以前は蝉の鳴き声だったけど、気が付くと蝉の声はかなり遠く、蝉の種類も異なるようだ。

時崎「意識しないというのは、ある意味怖いな」

窓を開けて、外の空気を頂く。もうすっかり見慣れた景色だけど、違うこともある。小鳥と蝉の声に混ざって秋の虫の鳴き声も聞こえてくる。季節が夏を片付けようとしているようで、少し切なくなるけど、秋は実りの季節だ。俺がここ、民宿風水で過ごしながら作り上げてきた事・・・秋には少し早いけど、実ってくれる事を願っている。窓を閉めて部屋を見る。

時崎「・・・俺も部屋を片付けないと」

七夏ちゃんへのアルバムを眺める。糊は乾いていて、ようやく完成だと言えそうだ。俺が大切な人の為に想いを込めたアルバム。七夏ちゃんの心に届いてくれる事を願い、鞄の中へ大切にしまうその手は、少し震えていた。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

時崎「おはようございます!」
凪咲「おはようございます、柚樹君。七夏なら、お庭に居ると思います」
時崎「ありがとうございます!」

七夏ちゃんを探していた訳ではないけど、凪咲さんの言葉は嬉しい。大切な人と少しでも一緒に居たい願いを叶えてくれるから。

七夏「あっ☆ 柚樹さん☆ おはようございます♪」
時崎「七夏ちゃん! おはよう!」

玄関先から七夏ちゃんが姿を見せる。

七夏「? お外にお出掛けですか?」
時崎「いや、七夏ちゃん、お庭に居るって聞いたから」
七夏「くすっ☆」
凪咲「七夏、ちょっといいかしら?」
七夏「はーい☆ 柚樹さん、もうすぐ朝食出来ますから、待っててくださいです☆」
時崎「ありがとう! 七夏ちゃんを待ってる!」
七夏「え!?」
時崎「一緒に朝食!」
七夏「あっ、はい☆」

居間で七夏ちゃんを待つ。テレビが点いていたので、なんとなく眺めているけど、よく考えたら七夏ちゃんの家では珍しい事かも知れない。

七夏「どうしたの?」
時崎「いや、テレビが点いてるのが珍しいなと思って」
七夏「えっと、お父さんが---」
時崎「え!?」
七夏「あっ!」

テレビに、見た事のある光景があった。

七夏「お母さぁーん!」
時崎「七夏ちゃん!?」

凪咲さんもテレビを見にきた。

テレビに映る「C11蒸気機関車」と、昨日の直弥さんの言葉で状況を理解できた。蒸気機関車イベントで活躍したC11蒸気機関車を、取材放送しているようだ。

七夏「あ、お父さん! 今、少しテレビに映りました☆」
凪咲「ナオ・・・」

テレビに少しだけど直弥さんが映った。俺もその様子を眺めながら、七夏ちゃん、凪咲さんと同じような嬉しく誇らしい気持ちになっていた。

凪咲「七夏、あまりテレビに近づき過ぎないようにね」
七夏「あ、はーい☆」

そう言えば、以前に七夏ちゃんがテレビの映像を見えにくそうにしている時があるという事を凪咲さんから聞いたけど、楽しそうな七夏ちゃんを見ていると、訊く必要は無いと思った。訊いても俺はどうする事も出来ないだろう。今は七夏ちゃんと一緒にテレビの映像を楽しむ事にする。テレビから取材者の声が聞こえる。

取材者「これから遠くの街まで旅立つ蒸気機関車の姿を見送ろうと、多くの人が集まっています! それでは運転士さんにお話しを伺ってみましょう! 凄い熱気です! え!? 今、手が離せなさそうで、後ろ? あ、後ろの客車の人にお話しを伺ってみます!」

テレビの取材者は直弥さんに話しを訊き始めた。

七夏「お父さん☆ 凄い☆ お話ししてます☆」
凪咲「まあ♪」

取材者「おはようございます!」
直弥「おはようございます!」
取材者「お話し、よろしいですか?」
直弥「はい!」
取材者「近くで見ると、とても大きくて迫力がある蒸気機関車ですね!」
直弥「これでも機関車としては小型なのですよ」
取材者「そうなのですね。こちらの客車は、随分と小型ですね」
直弥「これは車掌車と呼ばれており、この度の回送では、機関車と車掌車だけで出発なのです」
取材者「なるほど、2両だけなのですか?」
直弥「いえ、途中からもう1両、補機が加わります。蒸気機関車だけでは、勾配が厳しい区間がありますから」
取材者「そうなのですね」

大きな汽笛が鳴った。

取材者「いよいよ出発ですか?」
直弥「まだ少し点検と確認がありますけど、もうすぐです!」
取材者「楽しみにしてます! お忙しい中、ありがとうございます!」
直弥「はい! 凪咲、七夏、時崎君! 出発するよ!」

凪咲「まあっ♪」
七夏「お父さんっ☆」
時崎「!」

取材者「ええっと、今のは・・・」
直弥「あ、すみません! つい家族に・・・」
取材者「いえいえ! 良い言葉をありがとうございます! 以上、現場からの中継でした。この後、出発の場面もお伝えしますが、1度スタジオへ戻します」

七夏「お父さんっ☆ くすっ☆」
凪咲「♪」
時崎「俺、名前呼ばれた!?」
七夏「はいっ☆」

テレビを眺めながらの朝食は、別の意味で懐かしく思える。そういえば、七夏ちゃんはテレビを見ながら食事を頂いている所をあまり見た事がない。習慣の違いかな?

時崎「七夏ちゃんは、あまりテレビを見ないの?」
七夏「え!?」
時崎「テレビを見ながらの食事はしない派?」
七夏「あ、お食事の時は、あまりテレビを見ないです」
凪咲「私がお客様がいらっしゃる時は、テレビを見ながらのお食事を控えるように話してますので」
時崎「そうなの?」
七夏「えっと、見てる時もありますけど、手が止まってしまうから・・・」
時崎「それ、分かる!」
七夏「今日は、お父さんから、もしかしたらテレビに映るかもって聞いたから☆」
凪咲「ナオが、出掛ける前に録画予約をしていたみたいで」
時崎「なるほど。今の映像、録画されてるのですか?」
凪咲「ええ♪ ですから後でも見れると思いますけど」
七夏「同じ時間を一緒の方がいいかなって☆」
時崎「それ、分かる!」
七夏「くすっ☆ 柚樹さん、さっきと同じ事を話してます☆」
時崎「はは・・・さっきと言えば、車掌車を見て思い出したけど、七夏ちゃん、直弥さんから鉄道模型のお掃除とか頼まれてない?」
七夏「え!? どおして?」
時崎「この前、直弥さんのお部屋にお邪魔した時、分解されていた車掌車があったから」
七夏「そうなの? 私は頼まれてませんです」
時崎「そうなんだ。後で直弥さんの部屋にお邪魔してもいいかな?」
七夏「私も一緒、いいですか?」
時崎「もちろん!」

テレビから、「C11蒸気機関車」が出発する映像を見ながら朝食を頂く。

<<「七夏「お父さん、本当は運転士さんになりたかったみたい」>>

以前、七夏ちゃんが話していた事を思い出した。直弥さんは運転士になりたかったけど、今は車掌として充実していると話してくれた。願いや想いが全て叶えば良いのだけど、現実はそんなに上手くはゆかない。俺も七夏ちゃんに七色の虹を見せてあげたいと思ったけど・・・直弥さんは、蒸気機関車イベント限定だけど運転士として、凪咲さんとの夢を叶えた。俺も別の方法で大切な人・・・七夏ちゃんの願いを叶えてあげたい。
夢が遠く届かなくても、努力と工夫次第では夢に近い事を実現する事は出来ると思う。生きると言うのは、その為に色々と考える事なのかも知れない。

時崎「色々・・・か」
七夏「? どしたの? 柚樹さん?」
時崎「なんでもない」
七夏「くすっ☆」

色々な色を見せてくれる「ふたつの虹」よりも大切な人、七夏ちゃんは優しく微笑んでくれた。

朝食を済ませ、七夏ちゃんと直弥さんの部屋にお邪魔する。以前、机の上にあった分解されていた車掌車は、元どおりになっていた。

時崎「元に戻ってる・・・」
七夏「え!?」
時崎「この車掌車」
七夏「お父さんかな?」
時崎「恐らく、そうだろうね」
七夏「くすっ☆ 柚樹さんが、来てくれて、この世界も変わりました♪」
時崎「この世界!? ああ、踏切と信号機の事?」
七夏「はい☆」

七夏ちゃんは、俺が蒸気機関車イベントで買って来た「C11蒸気機関車」の鉄道模型を線路に乗せた。

七夏「柚樹さん☆」
時崎「あ、ああ!」

七夏ちゃんの想いは分かる! 俺は机の上にあった車掌車を、C11蒸気機関車の後ろに繋いだ。今朝のテレビの場面が再現される。

七夏「出発ですっ☆」
時崎「出発進行じゃない?」
七夏「はいっ☆ 柚樹さん☆」

七夏ちゃんと一緒に「小さな列車の旅」を楽しんだ。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

時崎「それじゃ、七夏ちゃん、俺は部屋を片付けるから」
七夏「はい☆」

自分の部屋に戻って片付けを行う。1ヶ月の間に変わってしまった部屋を、元どおりにして行く。雑誌や飛び出す本を持って帰るのは荷物になるけど、捨てるつもりはない。

七夏「柚樹さん!」

扉の向こうから七夏ちゃんの声がする。

時崎「七夏ちゃん?」
七夏「えっと、これを使ってください」
時崎「ありがとう! 丁度、取りにゆこうと思ってた」
七夏「よかった☆」

七夏ちゃんは、水を入れたタライと布巾を持って来てくれた。

七夏「それじゃ、また後でです☆」
時崎「ああ!」

片付けや掃除は、そんなに楽しくはないと思ってたけど、この部屋の掃除は感謝の気持ちが溢れてくる。目に付いた所は全て布巾で拭いてゆき、ちょっとした大掃除のようになってしまったけど、このくらいは行っておきたかった。

ひと通り片付けと掃除が終わって時計を見る。片付けを始めてから1時間近く経過していた。

時崎「よし、こんなところかな」

タライと布巾を持って、1階の洗面所に向かう。

凪咲「柚樹君、お掃除、お疲れさまです」
時崎「はい! タライと布巾、ありがとうございます!」
凪咲「いえいえ、ありがとうございます。本当は私が行わなければならないのに」
時崎「いえ! こちらこそ、お世話になりっぱなしでしたので、このくらいは行って当然だと思います」
七夏「あ、柚樹さん☆」
時崎「七夏ちゃん、さっきはありがとう!」
七夏「はい☆ お片付け、終わりました?」
時崎「ああ! 午後から、お出掛けだね!」
七夏「はい☆ えっと、今からお昼の準備です☆」
時崎「楽しみにしてる!」
七夏「くすっ☆ 少し、待っててくださいね☆」

七夏ちゃんは、凪咲さんのお手伝いを始めた。俺はここで行なっておくべき事が他になかったかを考える。この後、七夏ちゃんとお出掛けだから、写真機のお手入れと充電を行なっておこう。部屋に戻って写真機の電源を入れる。

時崎「やっぱり・・・」

電池の残量が少ない状態だった。昨日から色々とあった為、すっかり忘れていた。写真機と携帯端末を充電する。
マイパッドの電池は大丈夫だ。そのまま、以前に七夏ちゃんとお出掛けした場所の写真を眺める。七夏ちゃんお気に入りの場所、もう一度この場所へ出掛けるけど、あの時とは違う! あの時よりも七夏ちゃんの心を知っているつもりだ!

トントンと扉が鳴った。

七夏「柚樹さん☆」
時崎「七夏ちゃん!」

俺は扉を開ける。

七夏「? どうしたの?」
時崎「え!?」
七夏「扉に何かありました?」
時崎「扉・・・か」
七夏「え!?」

ここに来た時、これは扉ではなかった。俺も変わっている事に気付いた。七夏ちゃんの事を想っていると確信する。

時崎「確か、ここに来た時は『ドア』だったなと思って」
七夏「あっ!」
時崎「『ドアをノックする』から『扉が鳴る』になってて」
七夏「くすっ☆ 私、英語も頑張ってます☆」
時崎「ああ! 知ってる!」
七夏「ありがとうです☆」
時崎「あ、ごめん。お話しあるんだよね?」
七夏「はい☆ えっと、お昼は、お弁当を作ろうかなって☆」
時崎「お弁当!?」
七夏「お出掛け先で一緒に頂いて来たらってお母さんが話してくれて・・・どうかな?」
時崎「お弁当か! 嬉しいよ! ありがとう!」
七夏「良かった☆ じゃあ、頑張って作ります☆」
時崎「楽しみにしてるよ!」
七夏「くすっ☆」

七夏ちゃんはそっと扉を閉めてくれた。一緒にお弁当か・・・「あの時とは違う」を、より強く実感する。

そういえば、七夏ちゃんお気に入りの場所で過ごした後の事を考えてなかった。七夏ちゃんの事だから、俺が見たい場所を訊いてくるだろう。

時崎「俺の見たい場所・・・」

考えてるまでもない。七夏ちゃんの見たい場所だから。だけど、それだと話しが進まないから、二人が一緒に見たい場所という事になりそうだ。この街で他にそのような場所がないかをマイパッドの地図で眺めてみる。商店街、駅前、学校・・・は、どうだろうか? ある所に目を奪われた。

時崎「! バス停!!!」

俺が見たい場所! 七夏ちゃんと初めて出逢った場所! 俺はこのバス停がいいと思った。あとで七夏ちゃんにお願いしてみよう!

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

七夏「柚樹さん☆ お弁当、出来ました☆ 今からお出掛けの準備をしますね☆」
時崎「ああ!」
凪咲「柚樹君、七夏の事、よろしくお願いします♪」
時崎「はい! こちらこそ!」

凪咲さんは、お弁当と水筒を手渡してくれた。

時崎「ありがとうございます!」

七夏ちゃんを待つ間、マイパッドで再び以前に撮影した写真を眺める。あの時の七夏ちゃんの大きな帽子が印象に残っている。今日もあの時と同じように大きな帽子の姿を見せてくれるのだろうか? それとも、水族館の時のように大きくイメージを変えた姿なのだろうか? どちらにしても楽しみである事に間違いはない。

七夏「柚樹さん☆ お待たせです☆」
時崎「七夏ちゃん! じゃ、出掛けようか!」
七夏「はい☆ あ、お弁当!」
時崎「凪咲さんから受け取ってる! 水筒も!」
七夏「ありがとうです☆」
時崎「凪咲さん、今から出掛けてきます」
凪咲「いってらっしゃいませ!」
七夏「はい☆」

七夏ちゃんは、あの時と同じ格好をしてくれた。青いラインの入った白いワンピース姿で手には大きな帽子・・・それが、俺にはとても嬉しく思えた。

七夏ちゃんお勧めの場所へ再び向かう・・・。舗装されていない、轍のある道・・・以前よりも緑が鮮やかになっていた。日差しは高く、影は短いながらも、ふんわりとしたワンピースのゆらめきを、はっきりと地面に投影していた。俺は写真機の電源を入れて試しに訊いてみた。もう一度、あの時の七夏ちゃんを!

時崎「随分大きな帽子だね!」
七夏「はい☆ こうすれば体全体を守ってくれます☆」

時崎「なるほど!」

あの時と同じようにしゃがんでくれた七夏ちゃんを今度は逃さず撮影した。

七夏「ひゃっ☆」
時崎「あ、ごめん!」
七夏「えっと、み、見えてませんでした?」
時崎「え!?」
七夏「えっと、その・・・」
時崎「あ、大丈夫! 写ってないから!」
七夏「良かった☆」
時崎「でも、それだったら、どうしてしゃがんでくれたの?」
七夏「えっと、柚樹さんならいいかなって☆ でも、写真に残るのは恥ずかしいから」
時崎「・・・返事に困る・・・かな?」
七夏「ご、ごめんなさい!」
時崎「いや、俺は嬉しいけど」
七夏「くすっ☆」

なんか少し気まずい。話題を変えよう!

時崎「そ、そう言えば七夏ちゃん! 今日はセブンリーフ、身に付けてないんだ」
七夏「え!? えっと・・・付けて・・・ます・・・」
時崎「え!? そうなの? どこに付いてるんだろ!?」
七夏「えっと・・・内緒です☆」

七夏ちゃんは、少し恥ずかしそうにうつむき、そう答えた。

時崎「内緒か・・・」
七夏「あの・・・柚樹さん」
時崎「え!? ああ、ごめん!」

内緒と言われたので、ついそれを探してしまい、結果的に七夏ちゃんをじろじろと見つめてしまっていた。どこにセブンリーフがあるのか、結局分からなかった。

七夏「さっき、見えてたら気付いたかも・・・です」
時崎「え!? それって」
七夏「・・・・・」
時崎「ご、ごめんっ!」
七夏「くすっ☆ えっと、ここに四葉があって、こっちが三葉です☆」

七夏ちゃんは手で胸元と、お腹の少し下を押さえながら話してくれた。さすがに鈍い俺も見えないけど、セブンリーフが何なのかを理解できた。

なんと言うか、七夏ちゃんの考える事が分からない時があるけど、過去にもこのような出来事が無かった訳ではない。
水着の試着の時や、体温計で体温を計っている時に同じような事があった。学習していないのは俺の方かも知れない。七夏ちゃんは、下着を見られて恥ずかしいとは思わないのだろうか? そんな事を訊ける訳ないか。

七夏「柚樹さんっ☆」
時崎「あ、ああ!」

少し先を歩く七夏ちゃんに呼ばれる。いつも七夏ちゃんが気遣ってくれる。先を歩くのは七夏ちゃんだけど、実際は俺の側の少し後に居る感覚があるのは、七夏ちゃんの持つ見えない魅力のひとつなのだと思った。

草原の上にキラキラと光り輝く海。あの時の記憶と重なってくる。七夏ちゃんに初めてこの場所を案内してもらった時と同じ感覚だけど、このまま記憶を追いかけているだけでは、思い出に浸っているだけだ。今日、ここに来た事を新しい思い出となるように意識する。

七夏「到着です☆」
時崎「前も案内してもらったけど、綺麗な場所だね」
七夏「くすっ☆」
時崎「お弁当、ここに置いていいかな?」
七夏「はい☆ ありがとうです☆」

荷物から敷物を広げて、お弁当を置いた。広がる海と空を見渡すように眺める。もっと海が見える所まで歩くと、足元に街も広がってきてとてもいい眺めだ。七夏ちゃんも俺の隣に来てくれたけど、何も話しては来なかった。一緒に景色を眺めてくれている。ここで今、大きな虹が現れたら、どうなっていただろうか。

時崎「・・・・・」
七夏「・・・・・」
時崎「・・・・・」
七夏「・・・・・虹」
時崎「え!? まさか!?」
七夏「あ、えっと、前にここで虹のお話しをしました☆」

七夏ちゃんから虹のお話しをしてきた事に驚いたけど、冷静に考えれば自然な流れなのかも知れない。七夏ちゃんにも俺と同じように、この場所で以前の思い出があるのだから。

時崎「そ、そうだね」

七夏ちゃんにとっては苦手な虹。他の人と違う事を思い出させてしまう虹。翠碧色の虹。この虹にどのように触れて良いのか分からない。触れる事なんて出来ないのは分かっているし、俺には見る事さえ出来ないのも・・・だけど---

七夏「ここで分かった事も、たくさんあります」
時崎「分かった事?」
七夏「他の人と一緒じゃなかった事、一緒じゃないといじめられる事・・・」
時崎「七夏ちゃん・・・」
七夏「でも、助けてくれる人が居る事、一緒じゃなくてもいいって話してくれる人も居る事」

七夏ちゃんの「ふたつの虹」が綺麗な翠碧色に輝く。七夏ちゃんの本当の瞳の色は分からないけど、真っ直ぐに相手の心を捉えた時が本心であり、その時の色が本当の色なのかも知れない。

時崎「俺は、どんな色でもいいと思ってる。一緒に居て、同じように眺められるだけで嬉しい」

具体的な事は言わなくても、七夏ちゃんには伝わっているはずだ。

七夏「本当は、七色の虹も見てみたいなって思ってます。でも、その理由は、他の人と一緒じゃないからって思ってましたけど、今はそうじゃなくて---」
時崎「ああ! 分かってるよ」

<<七夏「虹が、柚樹さんの好きな虹・・・私も一緒に見えて、一緒に喜んであげれたらいいなって・・・」>>

以前に七夏ちゃんが話してくれた事。

七夏「くすっ☆ 」
時崎「また、一緒に見れるといいね!」
七夏「はい☆ 柚樹さん☆」
時崎「え!?」
七夏「お腹すきませんか?」
時崎「そういえば、もうお昼過ぎてるね!」
七夏「では、お昼にします?」
時崎「ああ! とても楽しみだよ!」
七夏「くすっ☆」

七夏ちゃんと一緒にお昼を頂く。綺麗な景色の中で頂くお昼は、とても贅沢に思える。七夏ちゃんの作ってくれたお弁当には、タコの形をしたウインナーのような物は入っていないけど、手堅く作られている。いつも頂いている民宿風水の味って言うのだろうか? 俺の好みの味付けが多くあって、箸が進んだ。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

時崎「ご馳走様でした!」
七夏「はい☆ 柚樹さん、沢山食べてくれて嬉しいです☆」
時崎「美味しかったから・・・でも、ちょっと食べ過ぎたかな」
七夏「大丈夫ですか?」
時崎「大丈夫! 少し横になれば---」
七夏「あ、だったら、ここに頭を乗せてください☆」

七夏ちゃんは、自分の膝を手のひらでトントンと叩いた。これって膝枕なのでは?

時崎「い、いいの?」
七夏「はい☆」

七夏ちゃんの厚意に感謝し、甘えさせてもらう事にした。

時崎「ありがとう。七夏ちゃん!」
七夏「くすっ☆」

七夏ちゃんの膝に頭を乗せる。太陽の光が眩しいと思ったら、七夏ちゃんは帽子を調整して俺の顔を影で覆ってくれた。七夏ちゃんの顔がはっきりと見えるようになる。ふたつの虹は綺麗な翠碧色だった。膝枕って心地良さそうだなとは思ってたけど、こんなにも幸せに満たされるのだと実感する。

七夏「ごめんなさい」
時崎「え!?」
七夏「お弁当、ちょっと作り過ぎちゃったから」
時崎「とっても美味しかったし、そのおかげでこうして膝枕してもらえたから嬉しいよ」
七夏「こういうのって、憧れの場面かな?」
時崎「憧れ?」
七夏「小説でも時々、膝枕の場面があって、いいなって思って☆」
時崎「そうなんだ」
七夏「柚樹さんのおかげで、いいなって思える事が沢山できました♪」

七夏ちゃんの言葉がとても嬉しい。七夏ちゃんが「いいな」と思える事を、俺はあとどのくらい出来るのだろうか?

時崎「・・・・・」

そよ風が心地よく、自然と目を閉じてしまう。お腹がいっぱいになった事もあってか、少し眠たくなってくる。

七夏「柚樹さん☆ 眠ってもいいですよ☆」

そんな俺の気持ちをすぐに読み取ってくれる七夏ちゃんに心から感謝する。

時崎「ありがとう・・・七夏ちゃん・・・」
七夏「くすっ☆」

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

時崎「・・・んん・・・七夏・・・ちゃん?」
七夏「あ☆ 起きました?」
時崎「あ、ああ。ありがとう」
七夏「くすっ☆」

七夏ちゃんの膝枕で少し眠ってしまったけど、今はとても心地が良い。起きて再び景色を眺める。七夏ちゃんは、海と街が良く見える場所へ歩いてゆく。


七夏「柚樹さん☆」
時崎「ん?」
七夏「さっきは、七色の虹だといいなって話しましたけど・・・」

七夏ちゃんはさっきの話の続きを始めた。

時崎「!?」
七夏「やっぱり、次に出逢えた時は・・・翠碧色の虹でもいいかな☆」
時崎「七夏ちゃん・・・」

七夏ちゃんは七色の虹を見てみたいと思っているし、翠碧色の虹でもいいと話してくれた。これの意味する事は・・・。

七夏「七夏は、虹が七色に見える事よりも、このままがいいなって☆」
時崎「・・・ああ!」
七夏「くすっ☆ とっても楽しみです☆」
時崎「え!?」
七夏「次に出逢える虹が、どんな色なのかなって☆」
時崎「そうだね!」

本当は叶えてあげたい・・・だけど、俺には・・・・・。俺も七夏ちゃんも答えは分かっている。だけど、分かってても楽しみに思う事が素敵な事であり、七夏ちゃんらしい考え方なのだと思う。

七夏「柚樹さんっ☆」

俺の気持ちを察したのか、七夏ちゃんは微笑んでくれる。

七夏「一緒です☆」
時崎「え!?」
七夏「翠碧色の虹、柚樹さんには分からなくて、七色の虹、私には分からないから一緒☆」
時崎「あ、ああ! 一緒だ!」

俺はそう答えるのがやっとだった・・・。七夏ちゃんは俺なんかよりもしっかりしている。こんな時こそ、優しく微笑んであげなければならないのに・・・。

七夏「柚樹さんは、これからも七夏の事、追いかけてくれるのかなぁ☆」
時崎「え!? あ、ああ! あの時、話したからね。七夏ちゃんの虹を追いかけたいって!」
七夏「くすっ☆」

そうだ! 俺はこれからも追いかけ続ける! さっき無理だと思った事・・・七夏ちゃんに七色の虹を見せてあげたいと願っている事・・・これがもし叶えば、この上無く嬉しいけど、その先はどうなるのだろうか? 目的を失うというのは、ある意味怖い。
無理だと分かっていても追いかけ続ける方が、一緒に居る事の喜びに繋がるのではないだろうか?
七夏ちゃんも俺もお互いの虹の色を見る事が無理だと分かっている。だけど、想い願い続ける事は無理な事ではない。

時崎「七夏ちゃん!」
七夏「はい☆」
時崎「今日、この場所に来れて良かったよ! ありがとう!」
七夏「くすっ☆ 七夏も柚樹さんと一緒です☆」
時崎「え!?」
七夏「一緒の事、考えてました☆」
時崎「そう! 良かった!」
七夏「柚樹さん☆ この後、どこか見たい所ってありますか?」

思ったとおり、七夏ちゃんは、俺の見たい場所が無いかを尋ねてきた。

時崎「七夏ちゃんは?」
七夏「私はこの場所に来れたから、今度は柚樹さんの見たいところがいいな☆」

俺の見たい場所・・・あの場所だ!

時崎「じゃ、バス停!」
七夏「え!?」
時崎「七夏ちゃんと初めて出逢った場所・・・バス停はどうかな?」
七夏「くすっ☆ 今からお片付けして参ります?」
時崎「ありがとう!」

七夏ちゃんと初めて出逢った場所・・・ただのバス停が特別な景色に見えてくる。俺はあの時と同じようにバス停の長椅子の端に腰掛ける。七夏ちゃんも同じように座ったけど、俺のすぐ隣ではなく端の方・・・長椅子の端と端に距離を置いて座る二人。この距離感、さっきは膝枕してくれた事を考えると今は少し不自然に思えるけど、世間的には自然な構図に見えるのだろうか。しばらくそのままの状態が続き、風に揺れる樹々の音が耳に届くようになる。七夏ちゃんはのんびりと過ごす事を好む女の子だけど、俺もそんな七夏ちゃんの気持ちがよく分かる。この街に来てから、俺自身も変わったと実感する。七夏ちゃんが椅子から離れ、時刻表を眺める。

七夏「バス、しばらく来ないです☆」

そう話す七夏ちゃんの表情は長い髪に隠れてよく見えない。だけど、俺には見えるかのように七夏ちゃんの表情が伝わってくる。見えないのに見えるって、そう言う事なのだ!

時崎「そうなんだ。ありがとう!」
七夏「くすっ☆ 柚樹さん、お話ししてくれました」
時崎「え!?」
七夏「バス停の椅子を借りる時は、バスがしばらく来ない事を知っていたら、いいかなって☆」
時崎「そんな事を話したような気がする」
七夏「くすっ☆」

七夏ちゃんは、こちらに振り返る。

虹! ふたつの虹が綺麗に変化しながら輝く!

あの時みたいな驚きはなかったけど、とても嬉しく思う気持ちはあの時より遥かに大きい。

時崎「なっ、七夏ちゃん!?」
七夏「♪」

今度は俺のすぐ隣に座ってきた七夏ちゃんを見て、この場所での思い出も変わったのだと実感した。俺はあの時の不思議に思っていた事を七夏ちゃんに訊くなら、今しかないと思った。

時崎「七夏ちゃん、訊いてもいいかな?」
七夏「はい☆」
時崎「あの時、どおして写真撮影の許可をくれたの?」
七夏「えっと・・・柚樹さん、好きなんだなって☆」
時崎「え!?」
七夏「写真☆」
時崎「あ、ああ! どおして分かったの?」
七夏「お休みしながら、とても大切に写真機を抱きしめてました☆」
時崎「そ、そう?」
七夏「自分が苦手な事でも、それが好きな人も居ます。楽しい事や、好きな事に一生懸命な人は、応援してあげたいなって思って☆」

・・・今さらながら、七夏ちゃんの言葉に驚いた。

七夏「あ、今のはお父さんが話してくれて・・・」
時崎「そ、そうなんだ。でも、七夏ちゃんもそう思ってくれたんだよね。ありがとう!」
七夏「それに・・・くすっ☆」
時崎「?」
七夏「あの時の柚樹さん、とても一生懸命に、お願いしてくれました☆」
時崎「うっ・・・ごめん」
七夏「はい☆ でも、黙って写真を撮られる事もありましたから、そう言う人と、柚樹さんは同じじゃないです☆」
時崎「それってやっぱり?」
七夏「・・・・・」
時崎「・・・・・」

七夏ちゃんは自分の瞳の色が変わる事を分からない。けど他の人には分かるから、珍しがって無断で写真撮影をする人がいる事を考えると、写真が苦手になるのは自然な流れになるだろう。でも、七夏ちゃんだって負けてはいない。自分の目の特徴から相手の反応や心を読み取っていたのだ・・・自分では分からない特徴でも、他の人の反応で感覚出来る事はある。俺は七夏ちゃんの瞳と心にどのように映って、どのような影響を与える事が出来たのだろう。俺の望む事は七夏ちゃんが喜んでくれる事、特別な事ではなく普通の事のように接する事だ。だけど、俺が一生懸命お願いした事だけで写真撮影の許可をくれた事に不思議な思いがまだ残る。七夏ちゃんは、一生懸命お願いすれば誰にでも撮影許可してくれるようには思えなかったから。七夏ちゃんの事を大切に想っている心が、これ以上この事に踏み込むのを抑えようとしている。

時崎「初めて出逢った時は、そう思ったよ」
七夏「柚樹さん?」
時崎「ああ! でも、俺は不思議な出来事を大切に想いたくて・・・その時からなのかも知れないな」
七夏「やっぱり、柚樹さんは少し変わってます☆」
時崎「七夏ちゃんだけでなく、天美さんや高月さんと出逢った時も不思議な感覚だったよ。天美さんには警戒されたけど」
七夏「くすっ☆」

あまりこの話を続けるのは良くない気がした。七夏ちゃんの事を想って、この話題を切り上げる。

時崎「とにかく、七夏ちゃんとこの場所で出逢えた事に感謝かな」
七夏「私も、柚樹さんに声を掛ける事が出来て良かったです☆」

そうだった。最初に声を掛けてくれたのは七夏ちゃんの方だ。

時崎「どおして? 声を掛けてくれたの?」
七夏「えっと、ご旅行のお客様には親切になさいって、お母さんに言われてます☆」
時崎「なるほど、さすが民宿の女将さんの娘さんだね」
七夏「くすっ☆ ずっと前にも同じような事があって、その時は声を掛けられなかった事を思い出したからかな?」
時崎「そうだったの? いずれにしても感謝だよ」
七夏「私、幼い頃はあまり自分から話しかける事が出来なかったの。お母さんが、女将さんになりたければ、色々な人とお話しをして、人の心を理解出来る力を養いなさいって」
時崎「凪咲さんらしいね」
七夏「私、お母さんみたいになりたいなって☆」
時崎「なれると思う! ・・・って言うか、もうなってるよ!」
七夏「くすっ☆ そうだといいな☆」
時崎「ああ!」
七夏「お母さんの言う事を聞いてて、良かったなって思ってます☆」

お母さんの言う事・・・か。確かに、凪咲さんのようなお母さんが居てこその七夏ちゃんだと思う。

時崎「俺もお母さん孝行するよ!」
七夏「はい☆ あ、柚樹さん!」
時崎「え!?」
七夏「急ですけど、カレーとシチューどっちが好きですか?」
時崎「どっちも好きだよ! ・・・って、ごめん。どうして?」
七夏「えっと、今日のお夕食、七夏も頑張る事になってます☆」
時崎「それは楽しみだ! 七夏ちゃんの好きな方でいいよ!」
七夏「えっと、シチューでいいかな?」
時崎「もちろんいいよ!」
七夏「ありがとうです☆」
時崎「お買い物あるなら、付き合うよ」
七夏「はい☆」
時崎「ありがとう!」
七夏「!? どしたの?」

俺は、バス停と椅子にお礼をする。

時崎「この場所にも感謝かな?」
七夏「くすっ☆」
時崎「じゃ、一緒にお買い物へ!」
七夏「はいっ☆」

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

七夏ちゃんとお買い物を済ませる。さっきまで青かった空は、ほのかに夕焼け色になってきていた。

時崎「シチューの素、買ってなかったの?」
七夏「えっと、お家にビーフシチューの素はありますので、それにしようかなって思ってたのですけど、ホワイトシチューもいいかなって☆ 柚樹さんはどっちがいいですか?」

七夏ちゃんが再び尋ねてくる。これは迷う事はない。

時崎「ホワイトシチューがいい!」
七夏「くすっ☆ ありがとです☆」

七夏ちゃんの「ありがとう」には、色々な意味が含まれている気がした。

民宿風水に戻った時、携帯端末に連絡が入った。

七夏「ただいまー☆ どしたの? 柚樹さん?」
時崎「七夏ちゃん! アルバム! 完成したって!」
七夏「わぁ☆」
時崎「俺、今から取りにゆくから!」
七夏「はいっ☆」
凪咲「おかえり、七夏、柚樹君」
時崎「ただいま、なんですけど、行ってきます!」
凪咲「え!?」
七夏「くすっ☆ 柚樹さんは、お出掛けみたいです☆」
凪咲「そうなの? いってらっしゃいませ!」
時崎「はいっ!」
七夏「柚樹さん、ありがとうです☆ お荷物、ここに置いててください☆」
時崎「ありがとう!」

俺は写真屋さんへと急いだ。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

写真屋さんでアルバムと現像した写真を受け取る。

店員「ありがとうございます!」
時崎「こちらこそ、大変お世話になりました。色々、無理なお願いをしてすみません」

早速アルバムを確認する。思っていた以上の仕上がりになっている。七夏ちゃんをはじめ、天美さんと高月さんにも感謝する。

時崎「綺麗に仕上がってます! ありがとうございます!」
店員「いえいえ! 時崎様、またいらしてくれると嬉しいです!」
時崎「はい! あと、プリントもお願いしていいですか?」
店員「はい! いつもありがとうございます!」

今日まで撮影した七夏ちゃんの写真と、アルバムにもある俺のお気に入りの写真もプリント依頼をした。印刷が終わるまでの間、少し店員さんとお話しをする。店員さんは、俺がこの街を発つ事を何となく分かっていたのだと思う。

店員「お待たせいたしました」
時崎「ありがとうございます」

プリントされた写真を受け取る。

時崎「それでは、これで失礼します!」
店員「時崎様!」
時崎「はい!?」
店員「これを、差し上げます」
時崎「これは、写真立て?」

店員さんは、写真立てをくれた。以前、俺が七夏ちゃんに買ってあげたセブンリーフの写真立てだ。

時崎「いいのですか?」
店員「はい! ぜひどうぞ!」
時崎「あ、ありがとうございます!」

俺は店員に深くお礼をして民宿風水、いや、七夏ちゃんの家へと急いだ。

時崎「た、ただいま!」

アルバム三冊を抱えて走ると、結構身体が暑くなって、少し息も苦しい。

凪咲「おかえりなさい、柚樹君、大丈夫?」
時崎「は、はい! 大丈夫です! 七夏ちゃんは?」
凪咲「今はお風呂かしら? 今日も暑かったですから」
時崎「そうですね」
凪咲「柚樹君も汗を流してください」
時崎「え? でも、今は七夏ちゃんが・・・」
凪咲「七夏が露天の準備もしてくれてますので」
時崎「露天の湯か! そうだった!」

昨日、露天がいいなって話してた。

凪咲「柚樹君、きっと走ってくるから、帰ってきたら露天の湯に案内してあげてって七夏が話してたわ♪」
時崎「七夏ちゃん・・・」

七夏ちゃんの心遣いが本当に嬉しい。確かに少し走ってきたので、すぐにお風呂に浸かりたい。

時崎「ありがとうございます!」
凪咲「はい♪」

民宿風水には露天風呂がある。この露天風呂は混浴となっている。屋内の温泉とは別の通路になっているようだが、その理由は時間帯に関係なく、露天の湯だけは常に誰でも利用できるようにと言う事らしい。早速、露天の湯の方へと足を運ぶ事にした。しかし、露天の湯には、なんと先客が居た・・・七夏ちゃんだ。俺は、かなり動揺したが、七夏ちゃん自身は少し驚いた程度だった。

七夏「??? 柚樹さん???」
時崎「な、七夏ちゃん! そ、その、誰も居ないと思ったから・・・ごめん!」
七夏「ここは混浴ですから、謝ることはないです☆ 柚樹さん、お体冷えちゃいますから・・・どうぞ♪」
時崎「あ、ありがとう・・・七夏ちゃん」
七夏「はい☆」

お風呂のお湯で体を洗い流して、お湯に浸かる。七夏ちゃんも、バスタオル姿で、湯船に浸かっている。長い髪は頭上のタオルで束ねられている為、随分と印象が違って見えた。ふと、疑問に思った事を訊いてみる。

時崎「七夏ちゃん、屋内のお風呂に居ると思ってたんだけど・・・」
七夏「えっと、露天の準備をしてたら、こっちに入りたくなって・・・それで・・・」
時崎「そうなんだ・・・俺が、ここに入ってくる可能性は、考えなかった?」
七夏「その時は、その時で・・・まあ、柚樹さんなら、いいかなって思ってました☆」

七夏ちゃん・・・嬉しいんだけど、それはとても意味深だ・・・。しかし、今までの七夏ちゃんの行動を考えると、七夏ちゃん自身はそれ程深く考えていないのかも知れない。とりあえず、今は七夏ちゃんと、のんびり過ごそう・・・と意識はするが、のんびり所ではない。バスタオル姿の七夏ちゃんにドキドキしてしまう・・・。七夏ちゃんの頬は赤いが、顔は涼しそうだ・・・恥ずかしくは無いのだろうか・・・。

七夏「・・・・・」
時崎「・・・・・」
七夏「・・・・・」
時崎「・・・・・」

しばらく二人、露天で七夏ちゃんはのんびり、俺はドキドキ過ごす。お湯が揺れる音、風で木々が揺れる音、虫の声も聞こえてくる。七夏ちゃんと一緒だからだろうか・・・お湯が結構熱く思える。七夏ちゃんは、俺より先に湯船に浸かっていたけど、大丈夫だろうか? 俺が居る事でお風呂からあがりにくいって事も考えられる。七夏ちゃんの方を見ると、さっきより顔が赤くなっている。七夏ちゃんと目が合った。

七夏「柚樹さん・・・」
時崎「え!?」
七夏「お湯、熱くないですか!?」
時崎「俺は大丈夫。七夏ちゃんは?」
七夏「はい。大丈夫です☆」
時崎「顔、結構赤いよ。七夏ちゃん」
七夏「柚樹さんも・・・です☆」
時崎「そ、そう?」
七夏「ちょっと、体が熱くなってきましたので、涼みますね☆」
時崎「え!?」

そう言うと、七夏ちゃんは風呂から上がり、湯船の縁に座った。膝から下だけ湯船に浸かり、足湯のような格好だ。そして手で軽く首元を扇いでいる。全身バスタオル姿の七夏ちゃんを見てしまい、さらに動揺してしまう。

七夏「柚樹さん・・・大丈夫ですか?」
時崎「え!?」
七夏「のぼせないように、気をつけてくださいね♪」

お湯も結構熱いが、それよりも、バスタオル姿の七夏ちゃんでのぼせてしまいそうだ。七夏ちゃんを見上げる格好になっている今のこの状況では、どう考えても七夏ちゃんの方がレベルが上だ。俺も負けじと訊いてみる。

時崎「七夏ちゃん!」
七夏「はい!?」
時崎「その・・・は、恥ずかしくないの?」
七夏「え!?」
時崎「ば、バスタオル姿で・・・」

訊いてしまった。

七夏「あ・・・これ、お湯着です☆」
時崎「おゆぎ!?」

七夏ちゃんは、そう言うと、扇いでいた手を胸元へ持ってきて、バスタオルを軽く掴む。

七夏「えっと、お風呂で着る水着・・・になるのかな?」
時崎「み、水着!?」
七夏「はい☆」

七夏ちゃんは、そう言うと、立ち上がり、その場でゆっくりと1回転して、お湯着全体を見せてくれた。バスタオル姿だと思ったら、バスタオル風の水着だという。今はそんな温泉用のアイテムもあるのか!?

時崎「つ、つまり、バスタオル風の水着って事!?」
七夏「はい☆ そうなります♪ だから、大丈夫です☆」

七夏ちゃんは、湯船の縁に座りなおして話す。大丈夫・・・つまり、水着だから恥ずかしくないという事なのだろうか!?

時崎「お湯着・・・そんなのがあるんだね。知らなかったよ」
七夏「くすっ☆ これ、お母さんが作ってくれました♪」
時崎「凪咲さんが!?」
七夏「はい☆ 私が露天の湯でも恥ずかしくないように・・・って☆」
時崎「なるほどねー。って事は、民宿風水のオリジナル商品!?」
七夏「おりじなる・・・」
時崎「特製商品って事!」
七夏「そうなるのかな?」
時崎「混浴の露天の湯を利用したいけど、ちょっと恥ずかしいって人には、いいかも知れないね!」
七夏「そうですね♪ 男の人用も有りますので♪」
時崎「あ、あるんだ・・・」
七夏「はい☆ 柚樹さんも使ってみます?」
時崎「そ、そうだな・・・七夏ちゃんと混浴できるならっ!」
七夏「えっ!?」

俺は、なんとか七夏ちゃんと同じレベルになるように仕掛けてみる。七夏ちゃんは目を逸らしつつ、再びお湯に浸かった。目線の高さが同じになり、これは効果があったと思いたいっ!

七夏「・・・・・」
時崎「・・・・・」
七夏「・・・・・」
時崎「・・・・・」

俺は、七夏ちゃんの次の言葉を待つ。七夏ちゃんがまた一緒に混浴してくれるかどうかという答えを・・・。

七夏「婚約・・・・・」
時崎「え!? こ、婚約!?」
七夏「混浴・・・・・ですよね?」
時崎「え・・・あ、ああ。混浴!!!」
七夏「私、婚約って聞こえたから・・・その・・・」
時崎「ごめんっ!! 紛らわしくて!!」
七夏「い、いえ・・・私の方こそ、聞き間違えちゃって、すみません・・・」
時崎「た、確かに混浴と婚約は似てるなぁ・・・」
七夏「・・・・・」
時崎「・・・・・」
七夏「・・・・・」
時崎「・・・・・」

き、気まずい。七夏ちゃんは、お湯に深く浸かり、目を逸らしたままだ。でも、これは俺にとっては嬉しい気まずさだ。七夏ちゃんとの、こんな混浴が、今後もできればいいなと思っている。七夏ちゃんも、そう思ってくれると嬉しいのだが---

七夏「や、やっぱり今度は、いつものお風呂にしておきますっ!」
時崎「そ、そう・・・・・」

流石の七夏ちゃんも、今回は恥ずかしくなったようだ。何か複雑な気持ちではあるが、七夏ちゃんと同じレベルに追いつけたような安心感もある。

七夏「いつものお風呂なら、お湯着を使わなくても、いいですから☆」
時崎「ぶっ!」
七夏「くすっ☆ 柚樹さん! 大丈夫ですか!?」
時崎「ちょっと咽ただけ・・・参りました・・・」
七夏「くすっ♪」

やはり、七夏ちゃんの方が一枚上手のようだ・・・。ここは七夏ちゃんのお家だから、色々と七夏ちゃんの方が優位なんだと、無理矢理思い込む。

時崎「七夏ちゃん!」
七夏「はい☆」
時崎「その・・・お湯着姿、可愛かったよ!」
七夏「あっ・・・えっと・・・ありがと・・・です☆」

また七夏ちゃんと混浴できるかどうかは、俺次第という事か・・・。でも、そういう機会があるといいなと思った。

七夏「そ、それじゃあ、七夏は先にあがります☆ 柚樹さんは、ごゆっくりどうぞです☆」
時崎「あ、ああ!」

つい、七夏ちゃんを見送り・・・目を逸らしてしまう。まだ少し落ち着かなかったけど、目を閉じて湯に深く浸かると、心地良く、自然といつもの時間に変化してゆく。だけど、もう少し七夏ちゃんと一緒に居たかったという残心もあって複雑だった。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

七夏「あ、柚樹さん☆」

お風呂をあがると、いつものように七夏ちゃんが声を掛けてくれ、冷茶を持って来てくれた。七夏ちゃんとお風呂が一緒になった事、凪咲さんは知っているのだろうか?

七夏「? どしたの?」

七夏ちゃんはいつもどおりに見えたから、俺もいつものように合わせるけど、まだ心は落ち着いてくれてはいない。

時崎「ありがとう!」
七夏「くすっ☆ お夕食、もう少し待っててくださいです☆」
時崎「ああ。七夏ちゃん!」
七夏「はい☆」
時崎「後で時間あるかな? アルバムの事で」
七夏「えっと、写真、追加するのかな?」
時崎「さすが! アルバムの予備の場所に追加する写真を一緒に選んでほしい」
七夏「くすっ☆ 私も楽しみです☆」
時崎「凪咲さんにはその後で、七夏ちゃんと一緒に渡したいんだけど、それでいいかな?」
七夏「はい☆ 柚樹さんと一緒がいいです☆」
時崎「ありがとう! じゃ、部屋で準備しておくよ」
七夏「はい☆」

夕飯のホワイトシチューは、じっくり味わいたいけど、まだ少し熱い。シチューの香りを楽しみ、スプーンで冷ましながら頂くと、熱いさの中から美味しさが広がってきて、七夏ちゃんが頑張って作ってくれた事が伝わってくる。

七夏「少し熱かったかな?」
時崎「とても美味しいよ!」
七夏「良かった☆」
時崎「七夏ちゃんも一緒に!」
七夏「はい☆ あ、おかわり、たくさんありますから☆」
時崎「ありがとう!」

・・・美味しくて、2回もおかわりしてしまった。少しお腹が苦しい。お昼も食べ過ぎたのに学習してないなと思いながらも、七夏ちゃんの作ってくれるお料理はたくさん頂きたい。たくさん頂くと七夏ちゃんが喜んでくれる事も学習しているから。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

夕食後、七夏ちゃんと一緒にアルバムの写真を選ぶ。

七夏「えっと、いくつかアルバムに載ってる写真もあるみたい」
時崎「そうだね。 俺のお気に入りも印刷したから、重複しているのは選ばなくていいと思うよ」
七夏「はい☆」

選ばなかった写真も、七夏ちゃんは別のアルバムを買って大切にしたいと話してくれたので、全て預ける事にした。

七夏「柚樹さん☆ お気に入りの写真はどれかな?」
時崎「え!?」
七夏「お気に入りの写真、私が貰ってもいいのかなって」
時崎「もちろん、構わないよ! 俺はいつでも現像できるから」
七夏「ありがとです☆」
時崎「ああ! じゃ、凪咲さんへ渡しにゆこう!」
七夏「はいっ☆ あ、柚樹さん☆」
時崎「え!?」
七夏「預かった写真、お部屋に置いて来ますから、少し待っててくれますか?」
時崎「ああ!」

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

七夏「お待たせです☆」

七夏ちゃんと一緒に凪咲さんの所へ移動する。いよいよだ。凪咲さんも、きっと喜んでくれるはずだ。凪咲さんは居間で本を読んでいた。その様子は七夏ちゃんとよく似ているなと思った。

七夏「お母さんっ☆」
凪咲「あら? 七夏、柚樹君も一緒なの?」
時崎「凪咲さん!」
七夏「これ・・・」
時崎「七夏ちゃんのアルバムです!」
凪咲「まあ♪ 『ななついろひととき』」

アルバムのタイトル名は、七夏ちゃんと一緒にここ、民宿風水での楽しい一時を過ごさせてもらった事への感謝を込めて決めた。

凪咲さんはアルバムを眺めはじめる。

七夏「くすっ☆」

七夏ちゃんも凪咲さんの隣に座って一緒に眺めはじめた。俺はその様子を祈りに近いような感覚で眺めていた。

凪咲「・・・・・」
七夏「・・・・・」

長いようで短かった1ヶ月。七夏ちゃんの生活を中心にまとめたアルバム。俺は凪咲さんが取り戻したいと願っていた大切な事を、少しでも補えたのだろうか?

凪咲「・・・・・」

アルバムの時間を進めながら、凪咲さんの様子が険しい表情に変わってきたように思え、俺は少し焦った。何か問題でもあったのだろうか?

凪咲「・・・・・」
七夏「・・・・・」

凪咲さんは少し震えているように思えたけど、俺も同じように震えていた。もし、凪咲さんに辛い想いをさせたのなら、俺は取り返しの付かない事をしてしまった事になる。考えられる原因は思い付かない・・・なんなのだ!? その時---

凪咲「うぅ! ななつぅー!」
七夏「ひゃっ☆ お、お母さん!?」
時崎「!!!」

凪咲さんは、七夏ちゃんに抱きついて泣き始めた。七夏ちゃんは驚いた様子だったけど、すぐに凪咲さんをぎゅっと抱きしめた。まるで親子が逆転したかのような二人を見て、俺は理解した。凪咲さんの少し険しかった表情は、溢れ出る嬉しさの感情を堪えていたのだと。俺も凪咲さんと同じ気持ちになっていた。凪咲さんのお母さんになったような七夏ちゃんの姿を思い出として残したいと思ったけど、やめておく。これは、俺の目と脳に焼き付いたから、忘れる事は無い・・・いや、忘れる事なんて出来ないだろう。
七夏ちゃんに抱かれながら泣いている凪咲さんを、このまま見ているのは失礼だと思い、俺は和室の縁側へと移動する。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

夏でも夜になると涼しく、夜風が心地よい民宿風水・・・縁側に来ると、近くでは虫の声、遠くから波の音が聞こえてくる。俺はその場に座り、この一時を楽しむ事にした。空を見上げると、丸くて大きな月。今夜は月が明るく、その月の光を海が受け取り、優しくゆらめく光となって俺の所まで届いてくる。月の光が届く他の場所を見てみると、七夏ちゃんが、お水をあげていた朝顔の花は、すでにお休みしているようだ。

時崎「夏でも、夜は涼しいな」
七夏「あ、柚樹さん☆」
時崎「七夏ちゃん!」
七夏「ここに居たのですね☆」
時崎「ああ。今日は、月がとても明るいよ」
七夏「はい☆」

七夏ちゃんが、夜空を見上げる。月の光に照らされた七夏ちゃんの浴衣姿が、はっきりと浮かび上がる。見慣れたはずの民宿風水の浴衣・・・月の光の影響か、いつもと違う印象に思える。俺も七夏ちゃんと同じように月を眺めてみる。ん? よく見ると、月の外側に虹のような輪が見えるようだ。

時崎「あれは・・・月虹!?」
七夏「え?」
時崎「月の回りに、輪のような光が見えない?」
七夏「えっと・・・」

七夏ちゃんが、目を細めて月を眺めている・・・。俺は、七夏ちゃんも、月虹を見つけてほしいと願っていた。

七夏「あっ!」

月の外側にある虹の存在に気付けたのか、七夏ちゃんの表情は穏やかになった。俺の見ている月虹と、七夏ちゃんが見ている月虹は、同じではないのかも知れない。でも、二人が見てる虹が違うなんて、誰が言えるのだろうか?

七夏「柚樹さん☆」
時崎「え?」
七夏「~♪」

七夏ちゃんが、俺の隣に座ってきた。更に、少し俺の方に寄り添ってくる・・・。横座り(女の子座り)だから、自然と俺の方に寄り添ってくる形になるのは分かるが、少し動揺してしまう。浴衣を通して、七夏ちゃんの温もりがはっきりと伝わってくるにつれ、俺の動揺は、少しの範囲を超えかけそうになる。

時崎「な、七夏ちゃん!」
七夏「くすっ☆」

七夏ちゃんが、甘えてきてくれる事が、はっきりと伝わってきて嬉しい。その反面、七夏ちゃんは、仲良くなった人に対しては、誰にでもこんな風に甘えるのかな・・・という思いが込み上げてくる・・・。この思いは、不安・・・というよりも、一種の嫉妬じみた感情なのかも知れない。この先、七夏ちゃんの未来の事を考えると、これは、少し危険な事のような気がしてならない。俺は、遠まわしに訊いてみる。

時崎「な、七夏ちゃん」
七夏「はい☆」
時崎「その・・・」
七夏「???」
時崎「な、七夏ちゃんって、結構甘えん坊さんだったりする?」
七夏「はい☆ 私、甘えん坊さんです☆」
時崎「あ、開き直った!?」
七夏「くすっ☆」

・・・てっきり、恥ずかしがって、俺との距離をとってくれると思ったのだが、俺の予想に反して、七夏ちゃんは開き直ってしまった。ここまで、素直になられると、次の言葉に困る。

時崎「な、七夏ちゃん!」
七夏「はい☆」
時崎「そ、その・・・あんまり、誰に対しても甘えるのは・・・」
七夏「あっ、ごめんなさい!」

俺の心境を理解してくれたようで、七夏ちゃんは、ほんの少しだけ俺との距離をとってくれた。でも、七夏ちゃんの温もりは、まだはっきりと伝わってくるのが分かる。

時崎「いや、俺は、七夏ちゃんが甘えてくれて、とっても嬉しいよ」
七夏「・・・よかった」
時崎「ただ・・・七夏ちゃんくらいの年頃の女の子に、甘えられると・・・その・・・」
七夏「あっ、私、これでも相手の事は、見ているつもり・・・です☆」

俺の言葉から、七夏ちゃんは、その先の事を読み取ってくれたようで、安心する。今までも七夏ちゃんが、他人の事を第一に考え、行動してきたという事を沢山知っている。

時崎「それは、俺も知ってる・・・つもり」
七夏「くすっ☆ 私、優しく包んでくれる人・・・柚樹さんは、そういう人だと思ってます・・・だから・・・」

そう話すと七夏ちゃんは、さっきよりも、ぴったりと寄り添ってきた。それが、答えだという事くらい、俺でも分かる。とても嬉しいけど、俺の不安は拭えきっていない。七夏ちゃんは「優しく包んでくれる人」なら、誰にでも甘えてしまいそうだから・・・。

七夏「柚樹さんは、お父さんみたいで・・・」
時崎「え!?」

俺は、七夏ちゃんから出てきた「お父さん」という言葉に、戸惑いを覚える。七夏ちゃんが俺のことを「お父さん」のように認識していたとすると、甘えてくるのも納得できる。お父さんかぁ・・・俺の不安は、少し切ない気持ちへと変わりつつある中---

七夏「私、お父さんみたいに、優しく包んでくれる人が、いいなって♪」
時崎「七夏ちゃん!?」
七夏「だから、誰にでも・・・って、訳ではないです☆」
時崎「・・・・・」
七夏「柚樹さんと初めて会った時、私の目の事、訊いてきませんでした」
時崎「!!!!!」

体に電気が走った。今日、バス停で切り上げた話題を七夏ちゃんから話してくれた。七夏ちゃんは、優しく包んでくれるような人に好意的だという事は、なんとなく理解していた。そうか! この判断の源として、七夏ちゃんの瞳が大きく影響していたという事。初めて逢ったあの時、俺が七夏ちゃんの事を第一に考え、瞳の色が変わるのを訊かなかった事。七夏ちゃんは、しっかりと受け止めてくれていたようだ。

七夏「それで、柚樹さんは、私の事を考えてくれる人だって、思いました☆」
時崎「七夏ちゃん・・・」
七夏「だからあの時・・・柚樹さんの写真撮影のお願いを・・・」
時崎「え!?」

<<七夏「あの時の柚樹さん、とても一生懸命に、お願いしてくれました☆」>>

俺の写真撮影を許可してくれた七夏ちゃん。バス停で話してくれた「俺が一生懸命お願いした」だけで許可してくれた事に少し違和感を覚えていたけど、今の七夏ちゃんの言葉が本心なのだと思った。その言葉を聞いて、心が熱くなってくる。

時崎「ありがとう・・・七夏ちゃん!!」
七夏「私ね、いきなり目の事を聞いてきたり、褒めたりする人は、苦手・・・です」
時崎「え!? 褒められても?」
七夏「はい。だって、そういう人って、自分の事が一番だって、言っているように思えるから・・・」

自分の事が一番・・・誰だって基本的にはそうだろう。「自分さえ良ければいい」という考え方だ。だけど、七夏ちゃんの言う「自分の事が一番」は違う。「自分さえ良ければいい」という考えの人と一緒に居ても、辛くなるだけだという事。俺の思ったとおり七夏ちゃんは、相手の事も、自分の事と同じくらい大切にできる人かどうかを、自分の目の特徴を利用して判断していた・・・と、いう事になる。これは、七夏ちゃんだからこそできる判断の仕方だ。虹が七色に見えなくても、七夏ちゃんは、それ以上に大切な、でも、普通の人では気付きにくい「人としての優しい心」を持つ事が出来たという事なのだろう。

時崎「七夏ちゃん!」
七夏「はい☆」

俺は、さっきから気になっている事を、訊いてみようと思った。これは、単純に考えると、俺が「自分の事を一番に考えている」と、捉えられかねないが、敢えて、はっきりと分かる形で・・・。七夏ちゃんが、どう解釈するかは、分からないけど、確かめたいっ!!!

時崎「もし、俺と同じような人が現れたら・・・」
七夏「え!?」
時崎「七夏ちゃんは、その人にも甘えてしまうのかな?」
七夏「・・・・・」
時崎「・・・・・」

訊いてしまった・・・。七夏ちゃんは、無言のままだ。俺は、どうするべきなのか・・・。

七夏「柚樹さんっ☆」

しばらくしてから、七夏ちゃんが答えてくれた。

七夏「私、甘える人は、お父さん、お母さんと・・・後は、も、もう一人だけで、いいかなって、思ってます☆」
時崎「え!?」
七夏「そ、それ以上、たくさんの人に優しくされても、受け止め切れません・・・だから・・・」
凪咲「七夏、柚樹君!?」
七夏「あ、お母さんっ!」
時崎「凪咲さん!」
凪咲「二人とも、ここに居たのね♪」
七夏「・・・・・」
時崎「はい。とても月が明るくて」
凪咲「あら、ほんと、綺麗ね♪」

俺は、七夏ちゃんの言う「もう一人だけ」の人になれるかどうか、この先の事は分からない。だけど、そうなる未来がいいなと思う事自体は、構わないと思う。勿論、七夏ちゃんが、同じように思ってくれる必要があるのは、言うまでも無い・・・七夏ちゃんも幸せになってほしいから・・・。

凪咲「柚樹君♪」
時崎「は、はい!?」
凪咲「素敵なアルバム、ありがとうございます♪」
時崎「はい!」
凪咲「七夏も、ありがとう♪」
七夏「ひゃっ☆ お、お母さんっ!?」
凪咲「~♪」

七夏ちゃんが、俺に寄り添っているように、凪咲さんも七夏ちゃんに寄り添う。
二人から三人になっても、明るい月は、先程と同じように暖かい光を三人に分けてくれている。俺と凪咲さんの間で、少し恥ずかしそうな表情の七夏ちゃん・・・。ん? 俺の居る位置って、これは、やっぱり「お父さん」ということなのか!?

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

お休み前に、明日の事を考える。アルバムを見て凪咲さんがとても喜んでくれたように、今度は七夏ちゃんも喜んでもらいたい。俺のこの度の旅行の目的は、まだ終わっていない。凪咲さんが喜んでくれて、ようやく折り返し地点に来たところだ。

それにしても、今日は色々な事があったな。

時崎「色々・・・」

色としては見えない事も多かったけど、俺にとっては七色のような一日だったと思う。今日の事は七色の思い出になると確信する。

トントンと扉が鳴った。

七夏「柚樹さん☆」
時崎「七夏ちゃん!」

俺は扉を開ける。

時崎「どうぞ!」
七夏「ありがとです☆ アルバム、お母さんとっても喜んでくれました☆」
時崎「ああ! 俺も嬉しいよ!」
七夏「くすっ☆ 七夏もとっても嬉しいです☆」
時崎「あの時の七夏ちゃん、お母さんみたいに見えたよ」
七夏「え!? お母さん?」
時崎「今日、膝枕してもらった時も思ったんだけど、七夏ちゃんは、優しいお母さんになると思う!」
七夏「あ・・・ありがとです☆」
時崎「今日は色々あって疲れたでしょ?」
七夏「とっても楽しい1日でした☆」
時崎「ああ!」
七夏「柚樹さん☆ 明日、ここちゃーと笹夜先輩に電話してみよかなって思って」
時崎「え!? でも、天美さんも高月さんも、明日は用事があるって話してなかった?」
七夏「はい。でもなんとか柚樹さんをお見送りする時間が出来ないか、もう一度訊いてみようと思ったのですけど・・・柚樹さん、いいですか?」
時崎「ありがとう。七夏ちゃん。でも、二人が無理だったら、俺は構わないから」
七夏「はい。では、おやすみなさいです☆」
時崎「おやすみ! 七夏ちゃん!」

七夏ちゃんが、そっと扉を閉めてくれたあと、今の「おやすみ」が一旦は言い納めになるのかと思うと、少し切なくなった。でも、本来の予定ならもっと早かったはず、今日まで一緒に過ごせた事に改めて感謝しつつ、明日も楽しく過ごせように意識を切り替えた。

時崎「明日、この街を発つのか・・・」

本当なら「自分の住む街に帰る」という言い方になるのだろうけど、これはもう意識とは別に心が「この街を自分の帰る場所」のように思っているからなのかも知れない。俺は、いつかこの街に帰ってくるという決意を固め始めるのだった。

第四十五幕 完

----------

次回予告

最初から分かっていた事だ。出逢いの先に別れがあるという事は・・・

次回、翠碧色の虹、終幕

「虹が晴れる時」

別れは終りではない。お互いの心が惹かれあっていれば、再び自然と出逢えるはずだ!
虹が晴れても、この想いは残る! 見えないからこそ、より強く!
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