翠碧色の虹

T.MONDEN

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第四十三幕:たいせつななつの虹

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意識しなくても見える事、意識しなければ見えない事、そして、意識しても見えない事・・・これが問題となる。虹は滅多に出逢い自然現象のひとつだけど、俺がこの街に来るきっかけとなった虹、「ブロッケンの虹」は、滅多に出逢えない事はないのではという想いもあった。この街に「ブロッケンの虹がよく現れる場所がある」という事前情報があったからだけど、実際2日目で出逢えている。それよりも先に「ふたつの虹」、七夏ちゃんとの出逢いがあったから今がある。つまり、七夏ちゃんを意識していたから当初の目的を達成しても、この街に留まったという事だ。もし、この街に来た初日に「ブロッケンの虹」と出逢っていたら、どうなっていたのだろうか? いや、その後の行動が同じなら、バス停で七夏ちゃんと出逢っているはずだ。ここまでは振り返れば見えるけど、見えない事もある。七夏ちゃんが虹の事をどのように見て、どのように思っているかという事。七夏ちゃんは、俺の事を気遣って、本当の想いを話さない可能性があるし、俺も七夏ちゃんを大切に思っているから、虹の事について積極的に話そうとは思わなかった。このままだと、なかなか先へ進めない。

時崎「先へ進む?」

その必要ってあるのか? 先日見た夢、七夏ちゃんが七色の虹を見て喜ぶ夢、俺の願う夢。この夢を叶えてあげたいけど、具体的な解決方法がある訳でもない。大きな虹が現れても、この前のように七夏ちゃんに悲しい思いをさせてしまう可能性だってある。表面上では笑顔でも内心がそうだとは限らない。

七夏ちゃんは、虹を見て一緒に喜びたいと話してくれた。七夏ちゃんと一緒に喜べる虹・・・最も身近な虹---

時崎「ふたつの虹!!!」

七夏ちゃんに最も近く、いつも俺の側に居てくれる優しいふたつの虹。偶然現れる虹ではないから、このふたつの虹を七夏ちゃんと一緒に喜べる方法はないか!?
写真では残せないし、鏡でも七夏ちゃんには伝わっていない様子だったから、そう簡単な事ではないけど、七夏ちゃんへのアルバムで「ふたつの虹」を七夏ちゃんに伝える事が出来ないだろうか。俺と同じに見える「ふたつの虹」を七夏ちゃんと一緒に見たい!
試しに作った物はあるけど、それが七夏ちゃんに伝わるかどうかは分からない。七夏ちゃんにはまだ内緒にしている事だから。

辺りが急に明るくなった。太陽の光! 俺は太陽に背を向けて写真機を構える。

時崎「現れないか・・・」

今、俺は「ブロッケンの虹」がよく現れる場所に居る。昨日、七夏ちゃんと凪咲さんには朝早くに出掛ける事を話しているけど、場所までは話していない。だけど、七夏ちゃんも凪咲さんも、俺がこの場所に居る事に気付いているかも知れないな。
初めてこの場所に来た日から1ヶ月経過している。1ヶ月も・・・このままでは、1年もすぐに経過してしまいそうだけど、さすがにそれは無理だ。俺自身、自分の住む場所で積み残しが増えてきているから、この長い旅行も終わらせなければならない。

時崎「風水に戻ったら、この街を発つ日を七夏ちゃんと凪咲さんに話そう」

再び景色を眺める。霧は無く遠くまで見渡せるほど澄んでいるみたいだから、ブロッケンの虹が現れる可能性は低そうだ。だけど、俺はそれを分かっててここに来ている。前に見たブロッケンの虹が現れた場所を見て一礼する。

時崎「ありがとう。この場所が無かったら、大切な人との出逢いはなかったよ」

改めて、この場所の景色を撮影する。虹は見えなくても、とても充実した気分だった。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

民宿風水へ戻る途中、知っている人と出会った。

時崎「おはようございます! 直弥さん!」
直弥「あ、時崎君? おはようございます」
時崎「はい」
直弥「朝早くからお出かけだったのかい?」
時崎「はい。朝日と景色を撮影しようと思いまして。直弥さんも最近は朝早くからお仕事なのですね」
直弥「そうだね。色々と片付けが残ってて」
時崎「片付け・・・ですか? あ、すみません。お急ぎの所を」
直弥「いや、気にしなくていいよ」
時崎「いってらっしゃいませ!」
直弥「ありがとう!」

その場で直弥さんを見送る。

時崎「色々と片付け・・・か」

それは、俺にも言える事だ。この街で過ごした事が良い思い出になるように、そして、俺自身も後で悔いが残らないようにしなければ!

民宿風水の前で大切な人がお花に水をあげていた。まだ俺の事には気付いていない。その自然な様子を遠くから眺める。もっと近くで眺めたいけど、近づくと気付いて自然ではなくなってしまうかも知れない。写真機を構えて、望遠レンズのズーム機能使って寄ってみる。表情まで分かり、とても可愛くてそのまま写真も撮らせて貰った。だけど、少し申し訳ない気持ちが後味として残った。

七夏「あっ! 柚樹さん☆ お帰りなさいです☆」
時崎「ただいま! 七夏ちゃん!」
七夏「くすっ☆ あっ!」
時崎「どうしたの?」
七夏「えっと、おはようございます☆ も、一緒にです☆」
時崎「ああ、おはよう! 七夏ちゃん!」
七夏「はい☆」

やはり、俺に気付いた七夏ちゃんは、先程とは違う印象で素直に嬉しいけど、俺の知らない七夏ちゃんの表情も大切だと思う。

時崎「七夏ちゃん! 写真いいかな?」
七夏「え!? はい☆」
時崎「ありがとう!」

七夏ちゃんは写真撮影を意識してか、その場から動かず、じっとしてくれている。

七夏「・・・・・柚樹さん?」
時崎「あ、ごめん。既に撮影させて貰ったから」
七夏「そうなの?」

俺は写真機の液晶画面を七夏ちゃんに見せた。

時崎「これ、いいかな?」
七夏「はい☆」
時崎「ありがとう! やっぱり、さっきのもお願いしていいかな?」
七夏「くすっ☆」

七夏ちゃんは、さっきと同じ機会をくれた。感謝しつつ、大切に撮影する。

時崎「ありがとう!」
七夏「はい☆ 柚樹さん、朝食出来てます☆」
時崎「七夏ちゃんも一緒に!」
七夏「はい☆ ありがとです☆」

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

七夏ちゃんと一緒に頂く朝食・・・いつもの日常のように思えたけど、これもあとどのくらいなのだろうか? 楽しそうな七夏ちゃんを見ていると、この街を発つ日を話す事を躊躇ってしまう。

七夏「? どうしたの? 柚樹さん?」
時崎「え!? あ、ごめん。考え事」
七夏「くすっ☆」

七夏ちゃんは、それ以上の事を訊いてこない。これは、これから先も変わらないのかも知れない・・・いや、もっと七夏ちゃんと仲良くなれば、気軽に訊いてきてくれるのかも知れないな。

時崎「この玉子焼き、七夏ちゃんが作ってくれたんだよね!」
七夏「はい☆ どおして分かったの?」
時崎「俺の好きな味付けになってるから!」
七夏「くすっ☆ ありがとです☆」
時崎「こちらこそ!」

七夏ちゃんは俺の事をよく知ってくれていて、俺もそんな七夏ちゃんの心を、少しは分かっているつもりだけど、分からない事も多くある・・・それらは、分からないままになってしまうのだろうか?

七夏「柚樹さんは、この後もアルバム作りですか?」
時崎「ああ、何か手伝える事があれば話して!」
七夏「ありがとです☆ えっと今日、午後からお時間ありますか?」
時崎「大丈夫!」
七夏「ここちゃーと、笹夜先輩に連絡しようかなって思って☆」
時崎「え!?」

七夏ちゃんと海へお出掛けする話しがあったから、その事だと思ってた。

七夏「えっと、大丈夫かな?」
時崎「あ、ああ! もちろん!」
七夏「アルバムのお手伝いのお願いです☆」
時崎「ありがとう! 助かるよ!」
七夏「はい☆」

朝食を済ませ、七夏ちゃんは宿題、俺はアルバム作り・・・これもいつもの事だけど、凪咲さんへのアルバムは、ほぼまとまっている。後は七夏ちゃん、天美さん、高月さんからメッセージや意見を貰えば完成するだろう。この後に撮影した写真は、追加出来る場所を用意してあるから、なんとかなるはず。
もうひとつ、七夏ちゃんへのアルバム作りがある。今まで、考えてきた事をまとめあげながら作業を進める。「飛び出す絵本」のように変化のあるアルバムを作っていると、机の上は自然と材料が広がってゆく。

扉から音がした。

七夏「柚樹さん☆ 居ますか?」
時崎「七夏ちゃん! ちょ、ちょっと待って!」

俺は机の上に広がっていた材料を端に寄せて、七夏ちゃんへのアルバムを目に付かない所へしまう。

時崎「七夏ちゃん、お待たせ! どうぞ!」
七夏「はい☆ お邪魔します☆」
時崎「分からない所あった?」
七夏「え!?」
時崎「宿題」
七夏「えっと、宿題はあと少しで今日の分は終わります。少し休憩です☆」
時崎「お疲れさま!」
七夏「今日の午後から、ここちゃーと笹夜先輩が来てくれる事になりました☆」
時崎「ありがとう! 2人とも大丈夫みたいで良かったよ!」
七夏「はい☆ あ、ここちゃーは、少し遅れるかもって話してました」
時崎「了解! それまでに、準備・・・と言うか、部屋を片付けておくよ」
七夏「くすっ☆ 私も、それまでに宿題を済ませておきます☆」
時崎「ああ」
七夏「では、失礼いたします☆」

七夏ちゃんが部屋を出てから気付いたけど、今朝よりも言葉遣いが丁寧寄りになっていた。俺の良く知っている普段の七夏ちゃんの言葉遣いだけど何かあったのかな? もう一度、少しくだけた七夏ちゃんの可愛く元気な言葉を聞きたいと思ってしまう。
アルバム作りを再開しながら、部屋の片付けも行う。

マイパッドで、凪咲さんへのアルバムのデータを開き、眺めてゆくと---

時崎「高月さん・・・」

マイパッドに高月さんが映った時、あの時の出来事が蘇ってくる。高月さんと自然にお話し出来るように心を引き締める。七夏ちゃんと高月さんは、いつもどおりにお話しが出来ているみたいだから、俺だけの問題なのか、或いは高月さんがどのように思ってくれているかだ。

マイパッド内の高月さんの写真を、順番に眺めてしまう。写真でも充分に伝わってくる魅力的な少女だと思うけど、高月さん本人の事をある程度知っているから、仕草や声まで蘇ってくる。こんな魅力的な高月さんから好意を抱いて貰えるなんて未だに信じられない。だから、自然にお話しと言うよりも、高月さんの心を大切に考えなければならない。
思う事は沢山あるけど、手も動かさなければ・・・俺は再び、七夏ちゃんへのアルバム作りを再開した。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

凪咲さんへアルバムの事を伝えようと思い、部屋を片付けて一階へ降りる。

凪咲「まあ! もうすぐ完成なの?」
時崎「はい。今日、みんなでまとめて、写真屋さんへ製本依頼を行う予定です!」
凪咲「ありがとうございます! 楽しみにしています!」
時崎「かなり遅くなってしまって、すみません」
凪咲「いいのよ。それだけ沢山の思い出が出来たのではないかしら?」
時崎「はい!」

俺は凪咲さんに、この街を発つ予定日を告げた。

凪咲「・・・そう・・・柚樹君が居なくなると、寂しくなるわね」
時崎「ありがとうございます」
凪咲「七夏には話したのかしら?」
時崎「これから話すつもりです」
凪咲「そう・・・」

凪咲さんは、それ以上何も訊いてはこなかった。このあたりは七夏ちゃんも受け継いでいるのだろうなと思ってしまう。

時崎「凪咲さん」
凪咲「はい」
時崎「七夏ちゃんの事ですけど、結局、七色の虹を七夏ちゃんに見せてあげる事は出来ないと思います」
凪咲「柚樹君、前にも話したと思うけど---」
時崎「分かってます! 見た人の数だけ虹の色はあるって事ですよね?」
凪咲「ええ。柚樹君には、柚樹君の虹色があって、七夏には七夏の虹色がある・・・それだけの事」
時崎「あの時、凪咲さんは話してくれましたよね? 七夏ちゃんが、七色の虹に触れたいと望むのなら、母として応援したい・・・と」
凪咲「触れる事が出来るのなら・・・ね」
時崎「っ!!!」
凪咲「柚樹君は、虹に触れる事が出来るのかしら?」
時崎「・・・・・」
凪咲「始めから分かっていた事なの」
時崎「だったら、何故あの時、俺に協力してほしいって?」
凪咲「出来ない事だと分かっていても、努力する事で得られる事は沢山あるの。もしかしたら、出来る可能性だってあるのよ」
時崎「・・・・・」
凪咲「私が協力してほしいとお願いしたから、柚樹君は七夏の為に沢山の思い出を作ってくれたのではないかしら?」

確かに凪咲さんの言葉がなければ、民宿風水にお世話になりっぱなしという後ろめたさが強くなる。だけど、七夏ちゃんの為だと思えば、ここに居る理由・・・いや、ここに居れるはっきりとした理由となる。それで凪咲さんは・・・。

時崎「・・・すみません、何も知らずに・・・」
凪咲「私は、柚樹君に感謝してるわ♪」
時崎「ありがとうございます」

そのまま居間で少し頭を冷やす。凪咲さんが冷茶を持ってきてくれた。現実と夢、現実は思っているよりも厳しい事が多い。七夏ちゃんに七色の虹を見せてあげたい・・・言うだけなら簡単だ。それが出来ないと分かっているのなら、無責任な事を七夏ちゃんに話していた事になってしまう。

時崎「七夏ちゃんに、謝るべきなのだろうか?」
??「ごめんください♪」
時崎「!」

この声は、高月さんだ。思っているよりも早く来てくれたようだ。

凪咲「いらっしゃいませ♪ 高月さん、どうぞこちらへ♪」
笹夜「お邪魔いたします♪」

ど、どおしよう・・・なんて考えている場合ではないっ! とにかく、俺も挨拶に向かう。

時崎「い、いらっしゃい! 高月さん!」
笹夜「まあ♪ 時崎さん♪ 少しご無沙汰いたしております♪」
時崎「え!? あ、ああ。こちらへどうぞ!」
笹夜「はい♪ ありがとうございます♪」

俺は、高月さんを居間へ案内した。

時崎「ど、どうぞ!」
笹夜「はい♪」
時崎「高月さん?」
笹夜「時崎さん、お先にどうぞ♪」

高月さんは俺が先に座るのを待ってくれている。案内しているのは俺なんだけど、高月さんの性格からするとそうなってしまうのかな。

時崎「あ、ありがとう」
笹夜「はい♪」
時崎「って、高月さん!?」
笹夜「~♪」

高月さんは、俺のすぐ隣に座ってきた。向かい合わせに座ると思っていたのだけど、これはどういう事だ? ま、まあいいか。高月さんの行動に驚かされたのは今回だけではないから今更って事にしておく。ん? 高月さんの胸元が光ったようだけど、これは花火大会の時に買ってあげた「ムーンストーンのペンダント」だ。淡く優しい光は高月さんによく似合っている。

凪咲「高月さん、どうぞ♪」
笹夜「ありがとうございます♪」
凪咲「お昼は頂いたのかしら?」
笹夜「軽く頂いてまいりました♪」
凪咲「軽くでしたら、一緒にお昼いかがかしら?」
笹夜「まあ♪ よろしいのですか?」
凪咲「はい♪ では、準備いたしますね♪」
笹夜「ありがとうございます♪」
七夏「お母さん、お客様? って、笹夜先輩!?」
笹夜「七夏ちゃん、こんにちは♪」
七夏「こ、こんにちはです☆ 午後から来られると思ってました☆」
笹夜「時崎さんに会えると思うとつい・・・」
時崎「え!?」
七夏「え!?」
時崎「た、高月さんっ!?」
笹夜「~♪」
七夏「さ、笹夜先輩っ!」

高月さんは、俺の方に少し寄り添ってくる振りをする。高月さんって、こんな性格の人だったかな・・・やっぱり、色々と分からなくなってきた。

笹夜「ごめんなさい♪」
七夏「くすっ☆ もうっ☆ 私、お昼の準備をいたします☆」
時崎「七夏ちゃん、俺も手伝うよ!」
七夏「えっと、柚樹さんは、笹夜先輩のおもてなしをよろしくです☆」
時崎「え!?」
笹夜「ありがとう♪ 七夏ちゃん♪」

この二人、俺の知らない間にどのような事があったのだろうか? まあ、七夏ちゃんと高月さんの関係で、俺の知っている事なんて然程無いから、このような会話も俺が知らないだけなのだと思う事にする。

時崎「ふぅ・・・」
笹夜「時崎さん、お疲れですか?」
時崎「いや、それ程疲れている訳ではないけど・・・」
笹夜「けど・・・なにかしら?」

俺は思った。高月さんなら、俺が思っている疑問に的確に答えてくれるはずだ。

時崎「俺、七夏ちゃんに無責任な事を話してたのかなって」
笹夜「無責任な事?」
時崎「七夏ちゃんに、七色の虹を見せてあげたいって」
笹夜「あっ・・・」
時崎「そんな事、出来るはずないのにって」
笹夜「時崎さんは、七夏ちゃんに七色の虹を見せてあげたいって願われてますか?」
時崎「え!? ああ。もちろん」
笹夜「私も、そう願ってます♪」
時崎「!!!」
笹夜「願っているのだとしたら、その事自体を否定される理由は無いと思います」
時崎「!?」
笹夜「自分の願っている事が言葉になってしまった・・・それって、とても素敵な事だと私は思いますけど、時崎さんは、それでも無責任な言葉だったと思われますか?」
時崎「・・・高月さん・・・」

・・・やっぱり、高月さんは、高月さんだった。少し、戸惑ったけど、今の言葉は俺の知っている高月さんらしい素敵な言葉だと思う。

笹夜「どうかしら?」
時崎「さすが、高月さんらしい素敵な考え方だと思う! ありがとう!」
笹夜「まあ♪ ありがとうございます♪」
時崎「アルバムの事もよろしくお願いします♪」
笹夜「はい♪ 今は、アルバム、どのようになってますか?」
時崎「あ、ちょっと待ってて、マイパッド持って来るから!」
笹夜「時崎さん!」
時崎「え!?」
笹夜「私だけ先に見るよりも、あとで、みんなと一緒の方がいいと思います♪」
時崎「そう?」
笹夜「私が訊きたいのは、アルバムの進み具合です」
時崎「あ、そういう事か。アルバムは今日、高月さんと天美さんからコメントを貰って全体の調整を行えば完成かなって思ってる」
笹夜「まあ♪ 良かった♪ あの時、時崎さんがあと一週間くらいって話されてましたから、少し心配で・・・」
七夏「ひゃっ!」
時崎「な、七夏ちゃん!」
七夏「ご、ごめんなさいっ! お料理こぼしちゃって・・・」
時崎「大丈夫!? 火傷してない?」
七夏「は、はい☆ お料理は熱くないですので」
時崎「良かった! ここは、俺に任せて!」
七夏「は、はい! 私、着替えてきます!」
時崎「凪咲さん!」
凪咲「あら、すみません!」
時崎「この布巾、借ります!」
凪咲「ありがとうございます」
時崎「・・・よし、こんな所か・・・高月さん、ごめんね」
笹夜「いえ・・・時崎さん、すみません・・・。私、何も出来ませんでした」

これは恐らく違うと思う。高月さんは、敢えて何もしなかっただけだ。ここが高月さんの家だったら、間違いなく高月さんが先に動き、俺は何も出来ないままだったと思う。慣れている人が素早く対応しており、人手が足りている場合は、他の人は何もしない方が邪魔にならずに済む。

時崎「高月さんは、敢えて動かなかったんだと思えたけど?」
笹夜「え!?」
時崎「違うかな?」
笹夜「どうかしら♪ でも私、時崎さんのそういう所が---」
時崎「た、高月さんっ!」
笹夜「止められてしまいました♪」
時崎「あー・・・なんか疲れる」
七夏「柚樹さん、ごめんなさい!」
時崎「七夏ちゃん、大丈夫?」
七夏「はい。笹夜先輩もすみません」
笹夜「七夏ちゃん、私こそ何も出来なくて、すみません」
七夏「いえ、笹夜先輩はお客様ですから☆」
笹夜「ありがとう♪ 七夏ちゃん♪」
凪咲「七夏、大丈夫?」
七夏「お母さん、大丈夫です。ごめんなさい」
凪咲「いいのよ。七夏もここに座って。お料理は私が持ってきますから」
七夏「はい」
時崎「・・・・・」
七夏「!? どうしたの? 柚樹さん?」
時崎「いや、七夏ちゃん、着替えるって話してたけど、さっきと同じ格好だから」
七夏「くすっ☆ 着替えてます☆」
時崎「そ、そうだよね。同じ民宿風水の浴衣だからか」
七夏「違う普段着に着替えた方が良かったかな?」
時崎「俺としては、まだ見た事の無い七夏ちゃんの私服姿が見れたら嬉しいけど」
七夏「えっと・・・・・か、考えておきます・・・・・」
笹夜「時崎さん♪」
時崎「高月さん! とても素敵だと思うよ!」
笹夜「私の衣装は・・・まあ♪」
時崎「先手を打たせてもらったよ。あと、ペンダントも良く似合ってる!」
笹夜「まあ♪ 嬉しいです♪」
七夏「くすっ☆」

七夏ちゃん、高月さんと一緒に昼食を頂く。これは初めての事かも知れない。

笹夜「七夏ちゃん、『コイアイ』は読まれたかしら?」
七夏「えっと、まだ途中までです☆」

ふたりは小説のお話しに花が咲いたようだ。こうなると残念ながら俺の入る隙は無さそうだから、このままなんとなくふたりの会話を聞いている。内容はよく分からないけど、楽しそうな二人の声そのものが聞いてて心地よかった。

笹夜「ごちそうさまでした♪」
七夏「ごちそうさまです☆」
時崎「ごちそうさま!」
??「こんちわー!」

今日2回目の聞いた事のある声・・・天美さんだ。

七夏「あ、ここちゃー☆ いらっしゃいです☆」
凪咲「いらっしゃいませ! 心桜さん♪」
心桜「お邪魔しまーすっと!」
時崎「あ、天美さん! こんにちは!」
心桜「おっ! お兄さん・・・と、笹夜先輩!?」
笹夜「こんにちは♪ 心桜さん♪」
心桜「こんにちわ! 笹夜先輩、お早いお付きですねぇ~」
笹夜「ええ♪」

何か、少し嫌な予感がした。

心桜「ま、まさか! お昼を1回分節約されようと!?」
笹夜「お昼はここに来る前に軽く頂いてきましたけど、せっかくですから♪」
心桜「なななんと! あたしもそうしとけばよかった~って、ちょっと用事あったから仕方がないけど」
七夏「ここちゃー☆ まだ果物とアイスがあります☆」
心桜「え!? ホント?」
笹夜「心桜さん・・・」
七夏「笹夜先輩☆ 果物はメロンでいいですか?」
笹夜「まあ♪ メロン♪」
時崎「高月さん・・・」
笹夜「あっ! す、すみません・・・」

高月さんがまた「早く会いたかったから」とか話すことは無かったから、嫌な予感は的中しなかったけど、違う方向で・・・まあいいか。あ、勿論高月さんの想いは、とても嬉しいと訂正しておく。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

心桜「よし、んじゃ、本日のメインと参りますか!」
時崎「あ、じゃ俺、マイパッド持ってくるよ!」
心桜「ここで、確認するの?」
時崎「今、ちょっと部屋が散らかってるから」
心桜「了解っ!」

部屋はざっと片付けていたけど、天美さんや高月さんにも「七夏ちゃんへのアルバム」の事は秘密にしておく方がいいかなと思った。天美さんも高月さんも方向性は違うけど妙に鋭い所があるから、この二人が俺の部屋に居ると、七夏ちゃんへのアルバムの事を知られてしまう可能性が高い。マイパットと付箋と筆記用具を持って、1階の居間へと急ぐ。

時崎「お待たせ! この前と同じ要領でお願いするよ」
心桜「どれどれ~おぉっ! 笹夜先輩!」
笹夜「何かしら?」
心桜「これ見て! 笹夜先輩!」
笹夜「まあ♪ 時崎さん♪」
時崎「え!? って、うわっ!」
七夏「笹夜先輩☆ 素敵です☆」
時崎「これは・・・その・・・」

高月さんの事を考えながら、アルバムを眺めていた状態・・・高月さんを表示した状態でマイパッドの時は止まっていたようだ。前にもこんな事があって、その時は七夏ちゃんだったな・・・反省。

心桜「その・・・何?」
時崎「た、高月さんが先に来ると思ってたから、最初にコメント貰おうかなって・・・ごめん」
心桜「あははっ! 素直で正直が一番だよ!」
笹夜「理由はどうであれ、私は嬉しいです♪」
心桜「だってさ! 良かったね! お兄さん!」
時崎「はは・・・」
心桜「もし、笹夜先輩がお兄さんの事をお気にじゃなかったら、今ので引かれると思うよ!」
笹夜「確かに、今ので惹かれました♪」
心桜「さ、笹夜先輩!?」
笹夜「何かしら?」
心桜「ひ、引かれるの意味が・・・よし! ここはこう・・・と!」

天美さんは付箋に何かを書き上げ、それを七夏ちゃんが読み上げる。

七夏「えっと、笹夜先輩は惹かれて、お兄さんは引かれました?」
時崎「いや、決してそんな事は、俺『も』で、お願いするよ」
笹夜「~♪」

三人は、マイパッド内のアルバムを眺めながら、思い出も楽しんでいるようで、時々、高月さんが軌道修正をしてくれている。

七夏「あっ☆ 笹夜先輩のピアノ演奏☆」
心桜「この場面もう一度、聴きたいなぁ」
笹夜「時崎さんが、録画してくださってます♪」
心桜「そうなんだ。お兄さん!」
時崎「天美さん、どうしたの?」
心桜「このアルバムって、動画は埋め込めないの?」
時崎「動画?」
心桜「せっかくデジタルのアルバムなんだから、写真の一部が動画みたいに動き出したら楽しくないかなって」
時崎「なるほど、ライブフォトっていう種類かな?」
心桜「そうそう! それそれ!」
時崎「これは、製本にも対応させる為のデジタルアルバムだから、動画を埋め込むのは無理なんじゃないかな」
心桜「そうなんだ」
時崎「あ、でも方法はあるかも!?」
心桜「?」
時崎「ちょっと、マイパット貸してくれる?」
心桜「どぞー」

俺は、試しに高月さんの即興演奏を録画した動画のアドレスをコード化し、そのコード画像を写真の隅に配置した。

時崎「これで、どうかな?」
心桜「これって、商品とかに良くある値段を読み取ったりするヤツみたいだけど?」
時崎「そう。これを、マイパッドのカメラで読み込ませると・・・って、マイパッドがひとつしかないから、今は確認できないけど」
笹夜「私の携帯端末でも大丈夫かしら?」
時崎「保存先が同じなら大丈夫だと思う」
笹夜「はい。保存先は変えてませんので・・・えっと・・・」

高月さんは、マイパッドに映し出されているコード画像に携帯端末をかざす。

笹夜「まあ♪」

あの時のピアノ演奏が、高月さんの携帯端末から蘇る。

心桜「おおっ! さすがお兄さん! 凄い!」
時崎「天美さんのアイディアのおかげだよ!」
七夏「映像も見れるアルバム、きっとお母さんも喜んでくれます!」
時崎「よし! じゃ、他にも映像として残っている思い出をコード化してゆくよ」
心桜「うんうん!」

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

動画は大きな保存容量を必要とする為、そんなに多くは撮っていなかったから、残っている動画はとりあえずコード化してゆく。

心桜「・・・って、これを映像化しますか?」
時崎「容量を必要とする関係で、あまり映像は撮ってないから、これは貴重な映像だよ?」

コメツキ虫にタックルをお見舞いされた天美さんの映像。今思うと凄く懐かしく可笑しい。

笹夜「まあ♪ どんな映像なのかしら♪」
七夏「えっと・・・」
心桜「さ、笹夜先輩!」

高月さんは、先ほどと同じように携帯端末をコード画像にかざしたけど、その映像は送っていないから見れないはず。

笹夜「あら? 映像が見つからないと表示されます」
心桜「いや~見つからなくて残念です!」
七夏「ここちゃー・・・もう!」
時崎「あ、俺の携帯端末を使えばいいのか!」
心桜「お、お兄さん、いいってばっ!」
時崎「いやいや、このコードが正しく読めるかの確認は必要でしょ!?」
心桜「うっ!」
時崎「おっ! これこれ!」
笹夜「まあ! 心桜さん!?」
心桜「コイツ、まだ生きてんのかな?」
時崎「どうだろうね」
心桜「あたしと再会するまで生き続けるんだぞー!」
時崎「はは・・・天美さんらしいね」
笹夜「楽しいアルバムになりました♪」
心桜「そう言えば、つっちゃーさ」
七夏「どしたの? ここちゃー?」
心桜「つっちゃー沢山映ってるけど、その浴衣が多いよね」
七夏「え!? 普段はこの浴衣ですから☆」
心桜「唯一、違う浴衣は、花火大会の時だけだよね」
七夏「そうだったかな?」
心桜「せっかくなんだから、別の浴衣も撮ってもらったら?」
七夏「え!?」
心桜「去年、着てたやつあるでしょ?」
時崎「七夏ちゃん、他の浴衣もあるの?」
七夏「はい☆」
心桜「じゃ、早速着替えてきなよ!」
七夏「え!? でも・・・」
笹夜「私も、七夏ちゃんの他の浴衣姿、見てみたいかしら?」
時崎「七夏ちゃん、お願いしてもいいかな?」
七夏「柚樹さんのお願いなら・・・ちょっと待っててください☆」
心桜「待ってるよ~」

天美さんが居てくれると、思いもよらない色々な事が起こるけど、これが天美さんの魅力なのだと思う。

時崎「ありがとう。天美さん、高月さん」
心桜「つっちゃーの魅力を引き出すのが、今日のあたしの役目だからね!」
笹夜「七夏ちゃんのアルバムですから、色々な七夏ちゃんを思い出として残せれば素敵だと思います♪」

七夏「お待たせです☆」
心桜「おおっ! つっちゃー! それそれ!」
笹夜「まあ♪ 七夏ちゃん、素敵です♪」
七夏「ありがとです☆ 柚樹さん♪」
時崎「とっても良く似合ってるよ! 髪も結ったんだね!」
七夏「はい☆ 急いでましたから、後ろで軽く結っただけですけど」
時崎「普段の七夏ちゃんのイメージも残ってて良いと思う!」
七夏「良かった☆」
心桜「ささ、つっちゃーこっちに来てこんな感じて座って!」
七夏「こう・・・かな?」
心桜「お兄さん! こっちからどうぞ!」
時崎「あ、ありがとう」

縁側に座る七夏ちゃんを横から撮影した。下駄は無く素足だけど、藍色基調の浴衣から見える素足がとても印象的に思えた。

心桜「どう? お兄さん?」
時崎「撮影はできたけど、どおして、この視点なの?」
心桜「アルバム見てると、横姿のつっちゃーがあまり居ないかなって思ったから」
時崎「なるほど」

天美さんは、七夏ちゃんもアルバムもよく見てくれている。

心桜「昼間だと、あまりぱっとしないね~」
時崎「そう?」
心桜「ま、あたしの記憶では、この浴衣のつっちゃーは夜に見ていたからね・・・写真は残ってないから、余計に記憶してるんだ」

写真に残っていない・・・軽く話す天美さんの何気ない一言が、俺にはとてもずっしりと重たく思えた。天美さんの記憶の中にある七夏ちゃんを、なんとか再現できないだろうか?

時崎「夜・・・か。よし!」
心桜「おっ! お兄さん何か閃いた!?」
時崎「ああ! ちょっと待ってて!」

俺は、今撮影した浴衣姿の七夏ちゃんの写真をマイパッドに転送し、画像加工ソフトで編集を行った。

時崎「こんな感じにしてみたけど、どうかな?」


心桜「どれどれ? おおっ!」
笹夜「まあ♪ 素敵です♪」
七夏「え!? わぁ☆」
心桜「イメージは良いのだけど、合成した感が凄くあるね~」
時崎「あ、やっぱり・・・ダメかな?」
笹夜「七夏ちゃんは、どのようにしてこの場所に来られたのかしら?」
時崎「え!?」
心桜「さすが笹夜先輩! それなんですよ! 池に大きな岩があるけど、どうやってここに、つっちゃーが来れたのか、その理由が分からないと合成感が取れない」
時崎「なるほど・・・いいなと思った背景なんだけど」
心桜「背景は悪くない」
笹夜「花火も綺麗です♪」
七夏「えっと、岩の奥に飛び石があって、そこからこの場所へ辿り着きました☆」
時崎&心桜&笹夜「・・・・・」
七夏「ど、どうかな?」
時崎「七夏ちゃん、凄い!」
心桜「つっちゃー、それ採用!」
笹夜「七夏ちゃん、参りました♪」
時崎「七夏ちゃん、よく思い付いたね! ありがとう!」
七夏「くすっ☆ せっかく柚樹さんが綺麗に合わせてくれたから、頑張って考えました☆」
心桜「つっちゃーには、時々驚かされるよ! んじゃ、これはそういう事で!」
時崎「了解! もう少し、自然な状態になるように調整してみるよ!」
心桜「うんうん!」

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

時崎「これで、いいかな?」
心桜「お兄さん、お疲れ! 終わった?」
時崎「ああ! みんなのおかげで、良いアルバムになったと思う! ありがとう!」
心桜「いえいえ! 良かったね☆ つっちゃー!」
七夏「・・・・・」
笹夜「七夏ちゃん?」
七夏「アルバム、完成しちゃったら、柚樹さん・・・」
時崎「七夏ちゃん・・・」

高月さんが話していた「七夏ちゃんが以前から時々落としていた影」・・・今まで見えなかったその影が、今、はっきりと俺には見えた。

七夏「柚樹さん・・・いつ・・・ですか?」

七夏ちゃんにこの街を発つ日を告げるなら、今しかないだろう。

時崎「あと、3日くらい・・・かな?」
七夏「3日・・・」
笹夜「七夏ちゃん・・・」
心桜「つっちゃー! まだ3日もあるっ! しんみりするなら、その時にしなよ!」
七夏「え!?」
心桜「お兄さんが、今の今まで話さなかったの、なんでかつっちゃーなら分かるよね!?」
笹夜「心桜さん・・・」
七夏「は、はい☆ 私・・・ごめんなさいです☆」
時崎「天美さん、七夏ちゃん・・・ありがとう!」
心桜「ま、お兄さんの見送りは、つっちゃーに任せるよ!」
笹夜「心桜さん? 時崎さんのお見送りはされないのかしら?」
心桜「まあ、あたしも色々とあるからね! 笹夜先輩は?」
笹夜「私も、3日後・・・その日は少し難しいかしら? すみません」
時崎「天美さん、高月さん、無理しなくていいよ! ありがとう!」
七夏「私、柚樹さんをお見送りしますから☆」
時崎「ありがとう、七夏ちゃん!」
心桜「はは、つっちゃーは、ここの女将さんなんだから、自然とお見送りだね!」
七夏「くすっ☆」
時崎「それじゃ、写真屋さんへ製本依頼に出掛けるよ」
心桜「今から?」
時崎「製本には日数が掛かるから、早い方が良いんだ」
心桜「んじゃ、あたし達も商店街へ出掛けよう!」
笹夜「ええ♪」
七夏「えっと・・・」
心桜「つっちゃーは、そのままで!」
七夏「え!? 私だけ浴衣なの?」
心桜「ま、普段から浴衣でも出歩いてるでしょ!? お兄さんも早い方がいいって話してるよ!」
七夏「そ、そうだけど・・・」
心桜「お兄さんっ!」
時崎「な、七夏ちゃんさえよければ、もうしばらくその格好で居てくれると嬉しいかな」
七夏「ゆ、柚樹さんがそう言ってくれるなら・・・」
心桜「んじゃ、早速お出掛けとまいりますか!」
笹夜「ええ♪」

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

3人と写真屋さんへ出かける。写真屋さんの前で、天美さんと高月さんは待ってくれると話して、写真屋さんへ入っているのは俺と七夏ちゃんだけだ。その理由は、以前にも似たような事があったから分かる・・・小さなお店に用も無いのに大勢で押し寄せるのは・・・という事だろう。七夏ちゃんには、もし、製本アルバムの仕上がりが間に合わなかった時に、代理で取りに来てもらう為、一緒に来てもらっている。

俺は、店員さんにマイパッドのアルバムデータを製本依頼する。

時崎「お時間は、3日くらい必要でしたよね?」
店員「はい」

以前に製本の事を聞いていたから、今日依頼して、ギリギリ間に合うかどうかという所か。もし間に合わなかったら、七夏ちゃんにお願いするか、民宿風水へ郵送で届けてもらう手続きをしなければならない。できれば、直接手渡しが良いのだけど。

時崎「同じアルバムを3部注文させて頂きたいのですが、それでも大丈夫でしょうか?」
店員「いつもありがとうございます。3部でしたら、大丈夫です」
時崎「急な申し出ですみません」
店員「いえ。時崎様は、よく当店をご利用くださっておりますので、お急ぎでお手配させて頂きます!」
時崎「本当ですか!? 助かります!」
店員「少々お待ちくださいませ」

製本アルバムが速く仕上がってくれると助かる。出来れば俺と七夏ちゃんで一緒に凪咲さんに渡したいから。

店員「お待たせいたしました。今からすぐに手配させて頂きますので、明後日の夕方頃には完成できる事をお約束いたします!」
時崎「ありがとうございます! 明後日の夜なら大丈夫という事でしょうか?」
店員「はい! 完成しましたら、すぐに連絡させて頂きます!」
時崎「ありがとうございます!」
七夏「柚樹さん☆ 間に合うみたいで良かったです☆」
時崎「ああ! あと、追加で現像依頼もよろしいですか?」
店員「はい! ありがとうございます。こちらも、製本アルバムと同じ時にお渡しでよろしいでしょうか?」
時崎「はい! お願いいたします!」
七夏「柚樹さん、3部って?」
時崎「天美さんと高月さんの分だよ、後で渡してくれるかな?」
七夏「はいっ☆」
時崎「一応、それまでは2人には内緒で」
七夏「くすっ☆ はい☆」

店員に御礼をして、写真屋さんを出る。

心桜「お兄さん、どうだった?」
時崎「明後日の夜には受け取れるみたいだよ!」
笹夜「まあ! 話されていたよりも速くて良かったです♪」
心桜「間に合って良かったね! つっちゃー!」
七夏「はいっ☆」
心桜「でもさ、今からもし撮影したら、その分はどうなるの?」
時崎「デジタルアルバムには追加できるけど、製本アルバムには無理かな?」
心桜「そりゃ、そうだよね・・・」
時崎「でも、製本アルバムにはその事も想定して、後から写真を追加できる予備のページを設けてあるから!」
心桜「なるほど! そんな話しがあったね!」
時崎「まあ、写真の現像は間に合わないけど、プリントなら当日でもすぐに出来るから」
心桜「ん? どういう事?」
時崎「写真屋さんにあるプリンターで直接印刷すること。現像よりも耐久性は劣るけど、丁寧に扱えば長持ちするから、その点は心配してないよ」
笹夜「そうね♪」
七夏「私、大切にします☆」
心桜「うんうん! んじゃ、この後どうする?」
七夏「私は、浴衣だから、家に戻ろうかな?」
心桜「え!? つっちゃー、もう帰っちゃうの?」
七夏「えっと、ちょっと、喉が渇いたかな?」
笹夜「では、少し休憩にいたしましょう♪」
七夏「はい☆」

こうやって、みんなで喫茶店に来れるのも、これが最後かも知れないな。そう考えると、頼んだコーヒーの苦味が、さっきよりも強くなったように思えた。

笹夜「七夏ちゃん、『コイアイ』読み終わったら、これもお勧めかしら?」
七夏「あ、その小説、私も良さそうだなって思ってました☆」

七夏ちゃんと、高月さんは、今朝話していた小説の話題を再び楽しみ始めた。その様子を見ていた天美さんが俺に小声で訊いてきた。

心桜「お兄さんさ、いつ出発するの?」
時崎「え!? 3日後だけど?」
心桜「それは、さっき聞いたよ。3日後の何時頃かなって」
時崎「あ、そういう事か。なるべく長くこの街に居るつもりだから、夜に出発しようと思ってるよ。どおして?」
心桜「時間によっては、もしかしたら、お兄さんを見送れるかも知れないから」
時崎「ありがとう。天美さん。無理しなくていいよ」

七夏ちゃんと目が合った。

七夏「あっ・・・」

不思議な「ふたつの虹」は、翠碧色から大きく変化する。初めて見た時のように・・・それは、どんな色だとしても、俺にとってこの夏に出逢えた大切な虹である事に変わりはないと思うのだった。

第四十三幕 完

----------

次回予告

虹色よりも大切な色に気付けた時、新しい色が見えてくるのだと思う。

次回、翠碧色の虹、第四十四幕

「虹よりも七色の虹」

虹色の先にある色とは、どんな色なのだろうか?
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