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第四十幕:響き広がる虹
しおりを挟む何が起こったのだろう? まだ手足が震えている。
高月さんからの突然の---いや、突然に思えたのは俺だけなのかも知れない。高月さんが話したかった事って、この事だったのか!? まだ、聞き間違のように思えてならない。
今までの出来事が全て真っ白になりかける中、なんとか今日泊まる宿に辿り着き、ベッドに寝っ転がっている。写真屋さんには寄っていない。掛け布団の上で横になっていると、少し冷静さが返ってきた。そうなると、余計に分からない事が出てくる。今日一日、高月さんと一緒に過ごして、今までと大きな違いは・・・俺がこの街にあと一週間くらいしか居ない事を告げた時、
<<時崎「いや、まだはっきりとした事は・・・だけど、引き延ばせてもあと一週間くらいかなと」>>
<<笹夜「え!? そ、そう・・・」>>
この時に、少し様子が変わった事。あと、写真屋さんへは俺一人で行くと話した時以降だ。他に何かあるか? 今日一日だけでなく、今までの事も含めて考える。
「髪に虹を映す少女」
それが、高月さんの第一印象だった。だけど、高月さんは自分の髪はあまり好きではないらしい。その理由は七夏ちゃんの瞳と共通点がある。七夏ちゃんが割と髪を結ったりして変化があるのに対して、高月さんはいつもストレートで変化が無いのは、この辺りに理由があるのかも知れない。髪型を変え、その話題を誘発する事を防止しているのかと考えると繋がってくる。
「手の力が強い事」
以前、高月さんが本屋さんでナンパされ、手を掴まれた時、相手を手の力だけで撃退していた。過去に高月さんと手が触れてしまった時に、もの凄く拒絶するかのように手を引っ込められた事があったけど、手にコンプレックスがあるとすれば納得ができる。手の力が強いのはピアノ奏者だからだと今なら分かる。百貨店での即興演奏の後、高月さんが俺に手を差し出してきた事があった。あれは、それまでの拒絶の償いだったのかも知れない。
「花火大会の時」
大きな花火の音に驚いた高月さんが俺の腕に掴まってきた事があった。これは、反射だろうけど、それよりも前に俺の傍らに寄ってきていた。これは今回の出来事と繋がりがあるのだろうか。
高月さんとの思い出を振り返ってみて、高月さんが俺に好意を抱いてくれていると思われる要素はある。これらを踏まえて今日一日の出来事を考えると---
<<笹夜「昨日、大きな虹が架かってました」>>
時崎「あっ!」
<<笹夜「見えませんか?」>>
高月さんが、好きではない自分の髪の話題をしてまで、俺に見せてくれた虹。それは、自分の事よりも相手の気持ちを優先している心の表れではないのか?
・・・俺は、そんな高月さんの気持ちに気付かず、七夏ちゃんの事を相談してしまっていた。高月さんはどんな気持ちで、俺の質問に答えてくれていたのか、考えるまでもない。
時崎「・・・・・・・・・・」
高月笹夜さん。とても上品で、優しく、しっかり者。こんなにも魅力的な人から、想いを寄せられるなんて、本当なら舞い上がってしまうはずなのに、手足が震えてそうなりきれない自分が居る。
時崎「・・・・・そうか・・・・・」
その理由は、もう分かっているはずだ!
時崎「俺・・・七夏ちゃんの事が・・・」
大切な存在と、好きかどうかは別だ。俺は七夏ちゃんの事を大切に想っている。もちろん、天美さんや高月さんに対しても、それは変わらない。高月さんを目の前にしておきながら、七夏ちゃんの事を話していた事がその理由だと思う。
俺は、高月さんの想いに応える事は出来ないし、その資格もないだろう・・・。こういう事の決断は、早いほうがいい。高月さんに俺の気持ちを伝えなければならない。大切な人を傷付ける事になると思うと、また体が震え始めた。俺は、その震えを落ち着かせようと、布団の中に潜り込んだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
目覚まし時計の音で目覚める。いつもと違う朝に少し戸惑うが、今日も色々と行わなければならない。昨日の事を考えると、まだ気分も落ち着かない。俺は大切な人を傷付ける事になってしまう。だけど、時間経過で解決できる問題ではない。
時崎「あっ!」
よく考えると、高月さんの連絡先を訊いていなかった。七夏ちゃんなら知っていると思うけど、今、訊ける状態ではないだろう・・・どうすればいい? 七夏ちゃんではなく、凪咲さんなら知っているかもしれない。
民宿風水へ戻る前に、昨日寄れなかった写真屋さんへ向かう。
店員「いらっしゃいませ! あ、写真、出来ております!」
時崎「遅くなってしまって、すみません」
店員「いえ」
以前に現像依頼していた写真を受け取り、それ以降に撮影した写真から、特に俺のお気に入りを現像依頼する。
時崎「追加で、現像を、お願いします」
店員「いつもありがとうございます!」
写真屋さんを後にして、民宿風水へ向かう。七夏ちゃんに、どんな顔をして会えばいいのだろう。そんな事を考えると、足が重くなる。民宿風水の看板の前で、少し足を止める。七夏ちゃんを探していた時に、この看板を見た時の事を思い出した。今はこの先に七夏ちゃんが居る。俺は、足を進める。
民宿風水の扉をそっと開ける。
凪咲「柚樹君!?」
時崎「な、凪咲さん!」
凪咲「おかえりなさいませ」
時崎「え!? あ、ただいま」
凪咲さんは、今までどおり優しく微笑んでくれた。ここでのいつもの日常が戻ってくるかのように思えたけど、それはまだだと思う。
凪咲「一晩、ゆっくりと考えられたかしら?」
時崎「え!? はい・・・色々と・・・あ、これ! ありがとうございました」
俺は、宿泊代のおつりを凪咲さんへ渡した。
凪咲「はい。確かに♪」
時崎「色々とすみません」
凪咲さんに高月さんの連絡先を訊くべきか・・・いや、まずは七夏ちゃんの事が先だな。
時崎「七夏ちゃんは、お部屋ですか?」
凪咲「七夏は、まだ心桜さんの家に居ます」
時崎「え!?」
凪咲「昨日は、心桜さんの家で泊まる事になって・・・」
時崎「そうなのですか?」
凪咲「二人とも似てるわね」
時崎「・・・・・」
凪咲「昨日、心桜さんから電話があって---」
----- 昨日の回想 -----
凪咲「お電話ありがとうございます。民宿風水です」
心桜「あ、凪咲さん、天美です」
凪咲「あら、心桜さん、こんにちは」
心桜「こんにちは。今、つっちゃーと一緒なんですけど、今日は家に帰りたくないって話してて」
凪咲「あら、そうなの?」
心桜「はい」
七夏「うぅ・・・笹夜先輩が・・・笹夜先輩が・・・」
凪咲「!? 七夏、傍に居るのかしら?」
心桜「居るには、居るんですけど、今ちょっと、取り乱してて・・・」
凪咲「まあ・・・ご迷惑をお掛けしてすみません」
心桜「あ、いえいえ! 全然迷惑なんて思ってませんから!」
凪咲「ありがとう。心桜さん」
心桜「ですから、今日はあたしの家でつっちゃー泊まりますけど、いいですか?」
凪咲「はい。七夏の事、よろしくお願いします」
心桜「はい! では、失礼します」
-----------------
時崎「!!! 七夏ちゃん、『笹夜先輩が』って!?」
凪咲「ええ。電話の奥から七夏の声が聞こえてきて、取り乱してたみたいだけど、高月さんと何かあったのかしら?」
どういう事だ? 高月さんは昨日、殆ど俺と一緒に居て、七夏ちゃんとは会っていないはずだ。七夏ちゃんが高月さんの事で取り乱すような事・・・
時崎「ま、まさかっ!」
凪咲「ゆ、柚樹君!?」
時崎「す、すみません。ちょっと部屋に戻って考えさせてくださいっ!」
凪咲「え!? はい」
ここ、民宿風水での自分の部屋に駆け込んだ。少ししか走っていないのに息が荒れている。なんだ、これは? 少し、落ち着け!
七夏ちゃんが、昨日、帰りたくないと話していた理由・・・高月さんと何かあった事だけは間違い無さそうだ。何かなんてもう分かっている。高月さんが俺へ想いを告げた事を、七夏ちゃんに話した・・・これしかないだろう。だけど、なんでわざわざそのような事をしたのだろうか? 高月さんは自分の想いをより確実にする為に七夏ちゃんを・・・いや、それはない! 高月さんは、そんな事をする人ではない。きっと他に理由があるはずだ。理由、理由・・・考えてはみるけど、納得できる理由が見つからない。
時崎「高月さん・・・」
俺は、高月さんが七夏ちゃんの事を想う心優しい少女である事を知っている。これだけは間違いないと信じている。高月さんと会って話しを訊く必要がある。そして、俺の想いを伝える必要も。凪咲さんに、高月さんの連絡先を訊いてみる。
時崎「凪咲さん!」
・・・あれ? 凪咲さんが居ない。庭に居るのだろうか? その時、玄関の扉が開く。
時崎「凪咲さ・・・って、たっ、高月さん!?」
笹夜「え!? あ、こんにちは」
時崎「こ、こんにちは」
驚いて、変な声で挨拶してしまった。何の前触れもなく突然現れた高月さんに、どう対応したらよいのか分からない。
笹夜「突然、すみません」
時崎「あ、いや・・・た、高月さんに話したい事があって・・・」
笹夜「・・・・・」
玄関先からもう一人、今度は凪咲さんだ。
凪咲「あら? 高月さん? いらっしゃいませ」
笹夜「こんにちは」
凪咲「七夏はまだ帰ってなくて・・・昨日、心桜さんの家に泊まったの」
笹夜「はい。知ってます」
時崎「!!!」
やっぱり、昨日、七夏ちゃんと高月さんが連絡を取っていたのは間違い無さそうだ。
凪咲「という事は、柚樹君にご用なのかしら?」
笹夜「え!? えっと、心桜さんに呼ばれて・・・」
時崎「!?」
高月さんは、天美さんに呼ばれて、風水に来たという事か。という事は・・・まずいっ! 急がなければっ!
時崎「た、高月さんっ!」
笹夜「は、はい!?」
時崎「き、昨日の事なんだけど・・・」
笹夜「・・・・・」
凪咲さんは、昨日の俺と高月さんの出来事を知らない。ここで話してしまっていいのか!? 凪咲さんと目が合う。すると、凪咲さんは、何かを察したかのように軽く頷いて、台所へと移動してくれた。
時崎「・・・・・」
笹夜「・・・・・」
今、ここで俺の想いを告げると高月さんを傷付ける事になってしまうと思うと、なかなか切り出せない。急がねばならないのに急げない・・・どうすればいいんだ? 大切な人の大切なお友達を傷付けてしまうなんて、俺は望んでなんかいない・・・けど---
玄関の扉が勢いよく開く。
時崎「あ、天美さん」
心桜「・・・どうも!」
天美さんは、もの凄く表情が険しい。初対面時に警戒された時以上であり、その鋭い眼差しは、俺ではなく高月さんを差していた。
時崎「な、七夏ちゃんは?」
心桜「つっちゃーなら、あたしん家に居る・・・なんでか分かる?」
時崎「え!?」
心桜「笹夜先輩! ちょっと話あるんですけど・・・」
笹夜「・・・ええ」
心桜「凪咲さーん!」
凪咲「あら? 心桜さん!?」
心桜「ちょっと、空いてる部屋借ります!」
凪咲「え!? は、はい」
心桜「んじゃ、笹夜先輩!」
笹夜「・・・・・」
心桜「お兄さんも、後で話しあるから!」
時崎「あ、ああ」
天美さんはそう話すと、高月さんを連れて2階の空き部屋に入って行く。天美さんが高月さんに話す事の予想は付く・・・けど、それ以上に自分の想いを高月さんに言えなかった事が情けない。
凪咲「柚樹君」
時崎「少し、居間へどうぞ」
凪咲「すみません。ありがとうございます」
頭では分かっていても、いざその場になると、なかなか思うように言葉が出てこない。相手を傷付けたくないなんて綺麗事なのかも知れないな。だって、そうやって先延ばしにすると、より多くの人を巻き込むのだから。天美さんと高月さんの話しが終わったら、俺の気持ちを高月さんに伝えよう・・・今度こそ。俺は拳に力を入れて決意した。
----- 2階の空き部屋 -----
心桜「笹夜先輩、どういう事ですか?」
笹夜「昨日、電話で話したとおりです」
心桜「なんで、そうなるの! 笹夜先輩! つっちゃーとお兄さんの事、応援するって話したよね?」
笹夜「今でも応援してます」
心桜「じゃなんで!? お兄さんにっ!」
笹夜「二人を応援する事と、私の想いを時崎さんに伝える事は別ではないかしら?」
心桜「そんな! 別じゃないっ! 笹夜先輩の行動でつっちゃー泣かせたんだよ!」
笹夜「なぜ、七夏ちゃんは泣いたのかしら?」
心桜「そ、それはその・・・」
笹夜「七夏ちゃんと時崎さん、お二人はまだ正式にお付き合いしているとは聞いてません」
心桜「そうだけどさっ!」
笹夜「私の想いを時崎さんに伝えた事で、二人の心が離れるのなら、遅かれ早かれ、長くは続かない」
心桜「・・・二人を引き裂く事が目的なんですか?」
笹夜「いいえ。二人の想いが本物なら、私の想いを時崎さんに伝える事で、より引き合う事になると思います」
心桜「っ! まさか! 笹夜先輩・・・それで・・・」
笹夜「・・・どうかしら?」
心桜「ぜったい・・・」
笹夜「え!?」
心桜「ぜったい、こじれると思ったから・・・」
笹夜「三角関係になっても結局は、どちらかが両思いになって決着が付きます。決着が付くまでは、辛い想いをする事もありますから、その期間は短い方がいいと思わないかしら?」
心桜「・・・・・」
笹夜「私、七夏ちゃんと時崎さん、それぞれの想いを知った上で、私の想いを告げました。これは、二人を応援する事にならないかしら?」
心桜「じゃ、全部知った上でって事?」
笹夜「ええ。私の時崎さんへの想いは本当の事・・・それを、七夏ちゃんに隠す事なんて出来ません。隠しても七夏ちゃんは、いずれ気付くと思います」
心桜「・・・・・」
笹夜「私が時崎さんへの想いを黙ってて、七夏ちゃんに気付かれる事の方が後々、大変な事にならないかしら?」
心桜「・・・・・」
笹夜「私は七夏ちゃんに、私の本当の気持ちを知っておいてほしかったの」
心桜「知っておいてほしいって、笹夜先輩はそれでいいんですか?」
笹夜「お互いに心から惹かれ合わないと、長くは持ちませんから・・・」
心桜「惹かれあってるかなんて、そんなの、すぐに分かる訳ないよ!」
笹夜「すぐには分からないですけど、今なら時崎さんのお気持ちが分かります」
心桜「え!?」
笹夜「私の想いは、時崎さんには届かない・・・」
心桜「そ、そんなっ!」
笹夜「この後、私は、時崎さんへの想いを断たれると思います」
心桜「なんで・・・なんで・・・うぅ・・・」
笹夜「心桜さん、あなたは、どちらの味方なのかしら?」
心桜「・・・どっちも・・・どっちもだよ! うぅ・・・」
笹夜「ありがとう・・・優しい子ね♪」
-----------------
高月さんが、居間に姿を見せた。その後に先ほどとは様子ががらりと変わって、しょんぼりしたような天美さんを連れて。
時崎「た、高月さん!」
笹夜「はい!?」
さっきの二の舞になってしまう。はやく言うんだ! はやくっ!
時崎「き、昨日の事なんだけど・・・」
笹夜「・・・・・」
高月さんは、真っ直ぐ俺を見つめてきている。この想いにしっかりと応えなければ!
時崎「その・・・ごめん」
笹夜「・・・・・はい♪」
心桜「うわぁ~ん!!!」
時崎「!?」
突然、天美さんが大声で泣き始めた。すぐに高月さんは、天美さんをかばうように抱きしめる。以前に七夏ちゃんがそうしてた時の事と重なる。俺は、状況が分からず何も出来ないままだ。
凪咲「心桜さん!? どうしたの?」
凪咲さんが、天美さんの泣き声を聞いて居間に着たけど、その様子を見て、俺の方を見て、再び台所へと戻って行く。俺は何も出来ないままだけど、凪咲さんは事情を読み取った上で、何もしなかった。何もしていない事に変わりは無いけど、その差は大きい。
俺は1人の少女を傷付け、1人の少女を泣かせた。いや、泣かせたのは二人・・・最低だ。
大切に想い、大切に考えれば考えるほど、望んだ結果から遠ざかるのは何故だ!?
傷を癒し合うかのような二人を見ていられなく、俺は自分の部屋に駆け込んでしまった。
二人の事が気になって仕方がない・・・自分から逃げ出しておきながら、どれだけ都合が良いのだ!?
時崎「七夏ちゃん・・・」
さらに、七夏ちゃんの事も気になっていて、どうしたら良い!? どうすれば・・・。いつもの日常が遠く霞んでいる。離れかけて、ようやく気付くようでは遅い。だけど、普段の出来事、あたり前のような事って、それが続いている間は、大切な事なのだと気付くのが難しい。
<<凪咲「少し、距離を置いてみると、色々と見えてくると思うわ」>>
凪咲さんの言葉は、もっと広義的な意味だったのかも知れない。
高月さんの想いによって気付かされた七夏ちゃんへの想い・・・。
時崎「ま、まさかっ!」
高月さんは、俺と七夏ちゃんとの昨日あった出来事を全て知っていたのかも知れない。全て知った上で、俺に会いに来て・・・そして・・・俺が断る事も分かっていたという事なのか!?
・・・何の為に!?
・・・何を今更・・・七夏ちゃんの為だ!!!
だけど、今、七夏ちゃんに俺の想いを伝えるのは無理だ。七夏ちゃんと普段どうりの状態になって、その上で、七夏ちゃんの本当の想いを知ってからでなければ・・・。
<<七夏「お互いに相手の心が通じ合っている事が分からないと、この先も上手くゆかないと思ってます☆」>>
あの時、七夏ちゃんにはぐらかされたけど、七夏ちゃんは二人の告白を断っている。俺が一方的に想いを伝えても、上手く行くかどうか分からない。もし、上手く行かなかったら、ここでの生活が一変してしまうだろう。凪咲さんとの約束、アルバム作りを完成させてから、そして、七夏ちゃんへの想いが届かなくても、その後にお互いに影響が無い日・・・つまり、俺がこの街を発つ日に想いを伝えるべきだと思う。
色々考え過ぎた反動だろうか・・・しばらく放心状態が続く。
時を刻む音に混ざって、微かに聞こえる会話。その内容までは分からない。
----------
心桜「笹夜先輩・・・ごめん。もう大丈夫!」
笹夜「・・・良かった・・・」
心桜「あたし、つっちゃー迎えにゆく」
笹夜「私も一緒に・・・」
心桜「笹夜先輩、今日はつっちゃーと会わない方がいいと思います」
笹夜「でも、七夏ちゃんに会ってお話ししないと」
心桜「あたしから話しておきますから! つっちゃーなら絶対分かってくれる!」
笹夜「・・・はい。すみません、心桜さん」
心桜「凪咲さーん!」
凪咲「はい」
心桜「あたし、つっちゃー迎えに、家に戻ります!」
凪咲「ありがとう。心桜さん」
心桜「いえ、帰りたがらないつっちゃー置いて、飛び出してきたから、こんどは連れて来ます!」
凪咲「色々すみません」
心桜「いえいえ!」
凪咲「七夏の事、よろしくお願いします」
心桜「はい!」
凪咲「高月さん」
笹夜「はい!?」
凪咲「いつでもいらしてくださいね。七夏も喜びますから♪」
笹夜「・・・・・はい」
----------
しばらくして、トントンと階段を登ってくる音。それが誰なのかは分かっていたけど、俺は何故かぼーっとしていた。
トントンと扉が鳴る音に、意識を呼び戻された。
凪咲「柚樹君、いいかしら?」
時崎「な、凪咲さん! は、はい!」
慌てて扉を開ける。
凪咲「ごめんなさい」
時崎「い、いえ! 高月さんと天美さんは?」
凪咲「二人とも帰られました」
時崎「そう・・・ですか・・・」
高月さんを駅まで送りたかった気持ちが一瞬頭をよぎったけど、今の俺にその資格は無い。高月さんと今後も今までどうり、お話しが出来るのだろうか。
凪咲「色々、あったみたいね」
時崎「凪咲さん、俺、どうしたらいいか分からなくて・・・」
凪咲「皆んなが幸せになる事って、難しいのよ」
時崎「・・・・・」
凪咲「幸せって、誰かが譲ってくれた上で成り立つ事も多いから、その人への感謝の気持ちを忘れなければいいと思うの」
時崎「もう少し、考えてみます」
凪咲「ええ。柚樹君!」
時崎「はい!?」
凪咲「高月さんから伝言。『これからも、よろしくお願いします』って」
時崎「高月さん・・・」
凪咲「心桜さんから伝言。『明日からはいつものお兄さんに戻る事! つっちゃーの事、よろしくたのむよ! それと、あたしの事も!』って♪」
時崎「なっ、凪咲さん!?」
突然、天美さんのような勢いのある身振りと一緒に一気に話した凪咲さんを見て、驚きと可笑しさに襲われた。
凪咲「伝わったかしら?」
時崎「ククッ!」
なんか分からないけど、笑ってしまった・・・。
凪咲「あら!?」
時崎「すみません。凪咲さん、今のは天美さんの真似ですか?」
凪咲「天美さんだけでなく、高月さんもかしら?」
時崎「高月さん!? そっちは気付かなかったです」
凪咲「それは、少し残念かしら?」
時崎「え!?」
凪咲「高月さん、とてもお上品ですから♪」
そう言われると、高月さんと凪咲さんは仕草や話し方が似ていると思う。
時崎「はい。天美さんとは違って、凪咲さんの高月さんからの伝言は、真似ではなく、凪咲さんそのものだと思いました。凪咲さんと高月さん、お二人は似ていますから」
凪咲「まあ♪ 高月さんみたいな人に似てるなんて言われると嬉しいわ! そうそう、心桜さんがこの後、七夏を連れて帰ってくるからって」
時崎「え!?」
凪咲「それで、柚樹君にお願いがあって」
時崎「はい! なんでもします!」
凪咲「そんなに身構えなくてもいいの。ただ・・・」
時崎「ただ?」
凪咲「七夏が帰ってきたら『お帰りなさい』って声をかけてあげてくれるかしら?」
時崎「はい! もちろん! そのつもりです!」
凪咲「ありがとうございます。あと、ひとつ、私からの伝言。『これからも、七夏の事、よろしくお願いいたします』」
時崎「え!?」
凪咲「それでは、失礼いたします」
凪咲さんは、そう話して部屋を出てゆく。
---再び時を刻む音。俺は多くの人に支えられている事を実感する。今、支えてあげなければならないのは---
時崎「七夏ちゃん!」
机の上に置いてあった「C11機関車」の鉄道模型と七夏ちゃんからのメモ。そのメモに返事を書く。今日、写真屋さんで受け取った写真の中から、俺のお気に入りの写真をいくつか添えて・・・
時崎「七夏ちゃん、ごめん。ちょっとだけ、失礼します」
俺は七夏ちゃんのお部屋の扉を軽く鳴らして、一呼吸してから、扉を開けた。七夏ちゃんの机の上にメモと写真を置いて部屋を出て、そのまま「C11機関車」の鉄道模型を直弥さんの所へ持って行く。少しずつ「いつもの出来事」を取り戻せてゆけると信じながら。
時崎「いや! 取り戻さなければっ!」
直弥さんの部屋の扉を軽く鳴らし、「C11機関車」を机の上に置く・・・。
時崎「ここで七夏ちゃんと一緒に・・・」
以前の想い出を取り戻すかのように「C11機関車」を線路の上に乗せる。七夏ちゃんから教えてもらった「ヘラ」のような物を使って・・・。
時崎「・・・・・」
こんな事を行なっていて・・・と、思いかけてその思いを消した。
時崎「こんな事のはずがないっ!」
ひとつひとつ、ここでの出来事その全てが大切な事だ。今、俺に出来る事はないだろうか?
時崎「確か・・・」
以前、七夏ちゃんは、機関車の後ろに客車と車掌車を繋いでいた。客車は線路の上に置いてあったけど車掌車が見つからない。机の上をよく見てみると、分解された車掌車があった。さっきも目に留まったはずだけど、車掌車だとは思わなかっただけだ。
時崎「これは、どういう事だ!?」
故障でもしたのだろうか!? バラバラになったままの車掌車を見ると切なくなる。
時崎「!?」
車掌車の側に小さな照明部品が置いてあった。それをよく見ると・・・。なるほど、車掌車に灯りを装備しようとしている事が分かった。七夏ちゃんが途中まで作業を行ったのだろうか?
もし、途中で分からないままだとしたら、俺は力になってあげたい。七夏ちゃんと、お話しが出来るようになったら、訊いてみようと思う。
車掌車の無い編成は少し物哀しく思えたので、列車を走らせる事はなく、そのまま、直弥さんの部屋を後にした。
凪咲さんは七夏ちゃんが帰ってきたら「お帰りなさい」と声をかけてほしいと話していた。自分の部屋に居てはその機会を逃しかねないから、居間で七夏ちゃんの帰りを待つ事にした。
凪咲「あら? 柚樹君!?」
時崎「凪咲さん。七夏ちゃん、もうすぐ帰ってくる気がして・・・」
凪咲さんは黙って微笑んでくれた。
凪咲「柚樹君、どうぞ!」
時崎「ありがとうございます!」
凪咲さんから頂いた冷茶を一気に飲み、気合いを入れた!
しばらく、目を閉じて、心を落ち着かせる---
??「ごめんください!」
天美さん!?
時崎「七夏ちゃんっ!」
俺は慌てながらも玄関へと急ぐ。
七夏「あっ!」
時崎「七夏ちゃん! お帰り!」
七夏「た、ただいま・・・です・・・」
凪咲「お帰り。七夏」
心桜「んじゃ! 確かに心桜速達で届けたからねっ!」
凪咲「ありがとう、心桜さん」
心桜「では、凪咲さん、失礼します! つっちゃー! またねっ! お兄さんも!」
時崎「あ、ああ」
話す事は決まっていた。だけと、決まっていた事を話すと、その次の言葉に詰まってしまう。
時崎「な、七夏ちゃん」
七夏「えっと、ごめんなさい」
時崎「っ!」
七夏「お部屋に戻って、宿題・・・ありますから・・・」
時崎「あ、ああ・・・」
七夏「失礼します」
七夏ちゃんは軽くお辞儀をして、そのまま自分の部屋へと入ってゆく・・・。上手くゆかないものだ。
凪咲「柚樹君」
時崎「はい」
凪咲「焦らなくても大丈夫」
時崎「え!?」
凪咲「七夏は、のんびりさんだから、もう少し、待ってもらえるかしら?」
時崎「・・・はい」
凪咲さんの言葉に救われる。だけど、俺は違うと思う。七夏ちゃんは、のんびりさんではない。のんびりと過ごす事が好きなだけだ。
凪咲さんなりの心遣いに流されるままではなく、俺自身が七夏ちゃんにしっかりと焦点を合わせなければ、七夏ちゃんの笑顔を撮るのではなく、心を撮らなければ・・・だから、例え七夏ちゃんが泣いたとしても、それが七夏ちゃんの本当の心なら・・・俺はシャッターを切らなければならない。
自分の部屋に戻り、なんとかならないか考える。凪咲さんは「もう少し待ってほしい」と話していたけど、今日中に七夏ちゃんとお話しができるようになっておきたい。
<<凪咲「でも、距離が離れ過ぎたり、時間が掛かり過ぎても、上手くゆかないのよ」>>
離れ過ぎてしまった場合、その心を取り戻す時間的な余裕は、そんなに残されていない。
七夏ちゃんとお話しができるような「きっかけ」はないものか・・・。
時崎「!? これは!!!」
鞄の中を漁っていると「水族館のチケット」が目に留まった。以前、蒸気機関車イベントで貰ったものだ。浅はかとは思いながらも、試してみる価値はある。今は他に思い付かない。俺は、七夏ちゃんの部屋の前に急ぐ。
トントンと扉を鳴らす・・・けど、返事がない。
時崎「な、七夏ちゃん!」
・・・やっぱり、返事がない。でも俺は続ける!
時崎「七夏ちゃん! 水族館の招待券があるんだ!」
・・・しばらく待ってみる・・・けど、返事は返ってこなかった・・・ダメなのか!?
七夏ちゃんの事をもっとよく考える。七夏ちゃんが、どうすれば喜んでくれるのか、どうすれば・・・七夏ちゃんがとっても喜んでいた時の事を考える・・・。
時崎「!!!」
・・・俺は、次の言葉に想いを全て託す事にした。
時崎「七夏ちゃん! 水族館、七夏ちゃんと一緒がいいっ!」
・・・しかし、返事は無かった・・・。まだ早過ぎたのか・・・でも俺は諦めない! 水族館がダメなら、他に七夏ちゃんが喜びそうな事を考えるまでだ!
自分の部屋に戻ろうとした時、背後から微かに扉の開く音がした。
時崎「っ!?」
扉の奥の、七夏ちゃんと目が合う。
時崎「七夏ちゃんっ!!!」
七夏「ひゃっ☆」
七夏ちゃんは驚いて扉を閉めてしまった・・・何をやっているんだ! 俺っ!
時崎「ご、ごめん! 七夏ちゃん!」
再び、そっと扉が開いた。
七夏「一緒・・・」
時崎「え!?」
七夏「水族館・・・七夏と一緒がいいって本当?」
時崎「あっ! ああ。七夏ちゃんと一緒がいいっ!」
しどろもどろになりながらも、俺の想いを七夏ちゃんに伝えると、七夏ちゃんの表情は少し優しくなったような気がした。
七夏「ありがとう・・・です☆」
時崎「良かった・・・」
七夏「ゆ、柚樹さんっ!!!」
俺はその場で膝から崩れ落ちた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
今、七夏ちゃんの部屋に招かれている。
七夏「柚樹さん、お返事、ありがとうです☆」
時崎「返事?」
七夏ちゃんは、メモ書きを見せてくれた。今朝、俺が七夏ちゃんから貰ったメモだ。
七夏「おたよりって、自分の気持ちが上手く言えない時に頼るからそう言うのかなぁ?」
時崎「そう・・・かも知れないな」
七夏「柚樹さんのお返事を読んで、私の気持ちも、柚樹さんの気持ちも同じなのかなって」
時崎「そんなに深い意味は無いよ」
七夏「くすっ☆」
七夏「昔ね、お母さんと一緒に見た虹は、七色だったような気がして・・・でも、はっきりと覚えてなくて・・・」
時崎「え!?」
七夏「虹が、柚樹さんの好きな虹・・・私も一緒に見えて、一緒に喜んであげれたらいいなって・・・。でも、そうじゃなくて、私と一緒に見た虹・・・柚樹さんとても辛そうで・・・このまま一緒に居ると、嫌いになっちゃうんじゃないかって・・・」
時崎「嫌いになんかならないよ!」
七夏「え!?」
時崎「だって俺は・・・・・」
七夏「・・・・・」
時崎「好きだから・・・」
七夏「えっ!?」
時崎「虹が好きだから、七夏ちゃんと出逢えたんだ!」
七夏「あっ・・・」
時崎「だから、七夏ちゃんと出逢えて、虹の事・・・もっと好きになった! これからもずっと好きだ!」
七夏「うぅ・・・」
時崎「な、七夏ちゃん!?」
また泣かせてしまった・・・なんでこうなるっ!
七夏「ありがとう・・・です・・・よかった・・・」
時崎「!!!」
七夏ちゃんからの言葉を聞いた時、俺はまだまだ、七夏ちゃんの心が分かっていないんだなと思ってしまった。だけど、ふたつの虹が大きく響き、広がりを見せ始めた事を実感するのだった。
第四十幕 完
----------
次回予告
いつもの日常、いつもの出来事。幸せとは振り返ってみなければ気付けないのだろうか?
次回、翠碧色の虹、第四十一幕
「しあわせななつの虹」
今、この一時が「しあわせ」なのだと意識すれば、それが幸せなのだと思う!
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