13 / 19
ようこそこの世界へ
【12】だからぼくは———side ラナイフマジン
しおりを挟む
本当は、イーヒャのことはクロー様の事件で会う前から知っていた。
更に言うとしたら、クロー様に見つかるように庭にイーヒャを飛ばさせるようお願いしていたのも私だ。
私が考えられる案ではあれが最善だった。
どうやって父様にイーヒャを知らせるか、それが私にとっての問題だった。
そして、それが思いの外トントン拍子に上手くいったこの策に、安堵のため息をつくばかりだった。
私が産まれたのは八年前の秋だった。
あの頃の家はとても暖炉のような暖かさがあって、いつも朗らかに楽しそうに笑っているミレーニャ母様と、何かと理由をつけては直ぐに家に帰って来て直ぐに部下に仕事場に連れて帰られるミアラハ父様がいて、それはそれはもう楽しい日々だった。
朝眩しい太陽の光をふんだんに浴びてたくさんご飯を食べて程々に勉強をして精霊さんと遊んで。
王族出身のミレーニャ母様は、小さい頃からの趣味だった家庭庭園を敷地内で始め、私はそのお手伝いをしていた。
ブリオングロード家と王家は建国当初から不思議な約束をしていた。
一世代ごとにブリオングロード家から「女子」を王族に嫁がせ、また王家から一人男女どちらかを娶ること。
つまり、ブリオングロード家は一世代に一人は女の子が必要なのだ。
そして父様の世代では父様の妹が王家へ嫁ぎ、ミレーニャ母様が父様の元に嫁いできた。
ブリオングロード家としての国内唯一の力の確立とその唯一をつなぎ止めておきたい王家の利害一致でこのような約束事がされたらしい。
幼い頃はそんなことは知らなくて、「ぼくひとりっこがいい。ずっと3人がいい。」とミレーニャ母様と父様にわがままばっかり言っていた。
だからミレーニャ母様が二人目を身篭ったと聞いた時は盛大に拗ねた。
そうしたら両親は私をとても甘やかしてくれて、毎日のようにご褒美と「お兄ちゃんになったら」のタラレバの話を子守唄のように聞かせてきた。
すると段々私も次に産まれてくる子が楽しみになった。
たまに家にくるイヤミな人も忘れて、自分がもしお兄ちゃんになったらその子にどんな事をしてあげようと沢山考えた。
四人になったら私が妹か弟かを乗せて乗馬ピクニックもいい!
髪の色は何色か。分かったら直ぐにお揃いの服や髪飾りを用意して。
そうだ、社交パーティでは生まれてくる子も連れていこう!
そんな妄想を使用人たちにも話して本当にブリオングロード家の中は暖かいものだった。
そんな日々に突如冬が訪れた。
ミレーニャ母様が産んだ子は、私たち家族の色を何も持たずに産まれた。
燻んだ灰色の髪にこちらを覗く深淵のようなおどろおどろしい漆黒の瞳、とは誰が言ったものか。
王家の先祖を探してもブリオンガロード家の先祖を探してもそのような色を持ったものはいなかった。
最初、私も父も使用人の皆も何も言わずに産まれた弟を見守っていた。
けれどその暗黙を打ち破るように世間はミレーニャ母様に後ろ指を指した。
時が経つにつれどんどん衰弱していくミレーニャ母様の傍らを片時も離れない父様の顔も、段々とやつれていっていた。
そしてとある吹雪の厳しい寒い冬の夜。
ぼくとぼくのおとうとの母様は亡くなった。
そこからは凍てつくような明けない夜が永遠と続いた。
亡くなったミレーニャ母様の次に世間が餌としたのは弟だった。
最初こそ父様もしらみ潰しに噂を潰していっていたが、疲れたのだろう、瞳に生気を感じられなくなってその行いもやめた。
次の争いが起こらないように、父様は別邸を作って弟をそこにやった。
特別綺麗に今まで住んでいた家そっくりに作った別邸に最初は弟も大変喜んでいた。
決定的な打撃になったのは、弟に魔力があったことだった。
ブリオングロード家は精霊と話ができる代わりに全ての魔力を失う。
精霊が視えるだけの人は精霊術と魔法を同時に使えるらしいが、ブリオングロード家は術とはまた別次元のものを扱う。
魔力と精霊は相性が悪く、生まれた時からブリオングロード家の者は全く魔法を行使出来なかった。
だから本来、弟も使えないはずなのだ。
弟は精霊が視えた。
けれどそれ以上に、魔力が多すぎた。
弟が三歳くらいの頃、私が精霊と水で遊んでいると、それに興味を持ったのか自分もしたいとこちらに走ってきたことがある。
その瞬間、霧散していった精霊に、私も弟も呆然としてしまった。
この子は、精霊に嫌われている。
そのことを必要以上にしつこく嬲ってきたのは次に父様の元に嫁いで来た伯爵令息だった。
ミレーニャ母様が生きていた頃からことある事に我が家に来るこの人は家の中をどんどん壊していった。
直ぐに父様は彼に別邸に行くように命じたが、そこには私の弟がいる。
彼が来るまでは変装なしによく通っていた別邸だったが、彼が来てからは精霊に頼んで髪色を変え身分も偽装した。
父様もやがておかしくなり始め、王家との条件の「女」を産むことを理由に誘われる夜の時のみ別邸に行っていた。
そして彼が孕んだことを知ると、途端にぱたりと足を運ぶことがなくなった。
女。妹さえ生まれれば彼から開放される。
そう思っていたのに、産まれたのは男だった。
産婆は産まれたのが男だと知ると、父に死産を報告した。
あの男との子が女で無ければこの子の存在意義が無くなるとでも考えたのだろう。
そんなことする父様じゃないのにな、と思いつつも使用人が見る父様への目は変わり果てていた。
私の大好きな父様は心優しい親バカな良い父親だ。
まだ私は信じたかった。
あの頃に戻りたい。戻らせたい。
けれど私には時間が無い。
この国では成人が十二歳。その為に九歳から学校へ入り、三年間通って成人すると大学へ行く。
その全てが全寮制だから、私はここにはあと一年しか居られない。
だから私は賭けに出た。
イーヒャがこの家に衝撃を与え、この家の形の何かを変えてくれるのではないかと。
あの子の産まれたての時に見た、イーヒャの後ろにいたあの精霊が、きっと何かの助けになるはずだと。
イーヒャ。
春生まれの可愛い子。
大好きな父様と大嫌いな母様との子。
君が私と父様と母様と……そしてリアルトラーを変えてくれることを、私は心から期待している。
ようこそこの世界へ、イーヒャ。
君はぼくの弟だ。
更に言うとしたら、クロー様に見つかるように庭にイーヒャを飛ばさせるようお願いしていたのも私だ。
私が考えられる案ではあれが最善だった。
どうやって父様にイーヒャを知らせるか、それが私にとっての問題だった。
そして、それが思いの外トントン拍子に上手くいったこの策に、安堵のため息をつくばかりだった。
私が産まれたのは八年前の秋だった。
あの頃の家はとても暖炉のような暖かさがあって、いつも朗らかに楽しそうに笑っているミレーニャ母様と、何かと理由をつけては直ぐに家に帰って来て直ぐに部下に仕事場に連れて帰られるミアラハ父様がいて、それはそれはもう楽しい日々だった。
朝眩しい太陽の光をふんだんに浴びてたくさんご飯を食べて程々に勉強をして精霊さんと遊んで。
王族出身のミレーニャ母様は、小さい頃からの趣味だった家庭庭園を敷地内で始め、私はそのお手伝いをしていた。
ブリオングロード家と王家は建国当初から不思議な約束をしていた。
一世代ごとにブリオングロード家から「女子」を王族に嫁がせ、また王家から一人男女どちらかを娶ること。
つまり、ブリオングロード家は一世代に一人は女の子が必要なのだ。
そして父様の世代では父様の妹が王家へ嫁ぎ、ミレーニャ母様が父様の元に嫁いできた。
ブリオングロード家としての国内唯一の力の確立とその唯一をつなぎ止めておきたい王家の利害一致でこのような約束事がされたらしい。
幼い頃はそんなことは知らなくて、「ぼくひとりっこがいい。ずっと3人がいい。」とミレーニャ母様と父様にわがままばっかり言っていた。
だからミレーニャ母様が二人目を身篭ったと聞いた時は盛大に拗ねた。
そうしたら両親は私をとても甘やかしてくれて、毎日のようにご褒美と「お兄ちゃんになったら」のタラレバの話を子守唄のように聞かせてきた。
すると段々私も次に産まれてくる子が楽しみになった。
たまに家にくるイヤミな人も忘れて、自分がもしお兄ちゃんになったらその子にどんな事をしてあげようと沢山考えた。
四人になったら私が妹か弟かを乗せて乗馬ピクニックもいい!
髪の色は何色か。分かったら直ぐにお揃いの服や髪飾りを用意して。
そうだ、社交パーティでは生まれてくる子も連れていこう!
そんな妄想を使用人たちにも話して本当にブリオングロード家の中は暖かいものだった。
そんな日々に突如冬が訪れた。
ミレーニャ母様が産んだ子は、私たち家族の色を何も持たずに産まれた。
燻んだ灰色の髪にこちらを覗く深淵のようなおどろおどろしい漆黒の瞳、とは誰が言ったものか。
王家の先祖を探してもブリオンガロード家の先祖を探してもそのような色を持ったものはいなかった。
最初、私も父も使用人の皆も何も言わずに産まれた弟を見守っていた。
けれどその暗黙を打ち破るように世間はミレーニャ母様に後ろ指を指した。
時が経つにつれどんどん衰弱していくミレーニャ母様の傍らを片時も離れない父様の顔も、段々とやつれていっていた。
そしてとある吹雪の厳しい寒い冬の夜。
ぼくとぼくのおとうとの母様は亡くなった。
そこからは凍てつくような明けない夜が永遠と続いた。
亡くなったミレーニャ母様の次に世間が餌としたのは弟だった。
最初こそ父様もしらみ潰しに噂を潰していっていたが、疲れたのだろう、瞳に生気を感じられなくなってその行いもやめた。
次の争いが起こらないように、父様は別邸を作って弟をそこにやった。
特別綺麗に今まで住んでいた家そっくりに作った別邸に最初は弟も大変喜んでいた。
決定的な打撃になったのは、弟に魔力があったことだった。
ブリオングロード家は精霊と話ができる代わりに全ての魔力を失う。
精霊が視えるだけの人は精霊術と魔法を同時に使えるらしいが、ブリオングロード家は術とはまた別次元のものを扱う。
魔力と精霊は相性が悪く、生まれた時からブリオングロード家の者は全く魔法を行使出来なかった。
だから本来、弟も使えないはずなのだ。
弟は精霊が視えた。
けれどそれ以上に、魔力が多すぎた。
弟が三歳くらいの頃、私が精霊と水で遊んでいると、それに興味を持ったのか自分もしたいとこちらに走ってきたことがある。
その瞬間、霧散していった精霊に、私も弟も呆然としてしまった。
この子は、精霊に嫌われている。
そのことを必要以上にしつこく嬲ってきたのは次に父様の元に嫁いで来た伯爵令息だった。
ミレーニャ母様が生きていた頃からことある事に我が家に来るこの人は家の中をどんどん壊していった。
直ぐに父様は彼に別邸に行くように命じたが、そこには私の弟がいる。
彼が来るまでは変装なしによく通っていた別邸だったが、彼が来てからは精霊に頼んで髪色を変え身分も偽装した。
父様もやがておかしくなり始め、王家との条件の「女」を産むことを理由に誘われる夜の時のみ別邸に行っていた。
そして彼が孕んだことを知ると、途端にぱたりと足を運ぶことがなくなった。
女。妹さえ生まれれば彼から開放される。
そう思っていたのに、産まれたのは男だった。
産婆は産まれたのが男だと知ると、父に死産を報告した。
あの男との子が女で無ければこの子の存在意義が無くなるとでも考えたのだろう。
そんなことする父様じゃないのにな、と思いつつも使用人が見る父様への目は変わり果てていた。
私の大好きな父様は心優しい親バカな良い父親だ。
まだ私は信じたかった。
あの頃に戻りたい。戻らせたい。
けれど私には時間が無い。
この国では成人が十二歳。その為に九歳から学校へ入り、三年間通って成人すると大学へ行く。
その全てが全寮制だから、私はここにはあと一年しか居られない。
だから私は賭けに出た。
イーヒャがこの家に衝撃を与え、この家の形の何かを変えてくれるのではないかと。
あの子の産まれたての時に見た、イーヒャの後ろにいたあの精霊が、きっと何かの助けになるはずだと。
イーヒャ。
春生まれの可愛い子。
大好きな父様と大嫌いな母様との子。
君が私と父様と母様と……そしてリアルトラーを変えてくれることを、私は心から期待している。
ようこそこの世界へ、イーヒャ。
君はぼくの弟だ。
1,001
お気に入りに追加
2,015
あなたにおすすめの小説
断罪フラグを回避したらヒロインの攻略対象者である自分の兄に監禁されました。
慎
BL
あるきっかけで前世の記憶を思い出し、ここが『王宮ラビンス ~冷酷王の熱い眼差しに晒されて』という乙女ゲームの中だと気付く。そのうえ自分がまさかのゲームの中の悪役で、しかも悪役は悪役でもゲームの序盤で死亡予定の超脇役。近いうちに腹違いの兄王に処刑されるという断罪フラグを回避するため兄王の目に入らないよう接触を避け、目立たないようにしてきたのに、断罪フラグを回避できたと思ったら兄王にまさかの監禁されました。
『オーディ… こうして兄を翻弄させるとは、一体どこでそんな技を覚えてきた?』
「ま、待って!待ってください兄上…ッ この鎖は何ですか!?」
ジャラリと音が鳴る足元。どうしてですかね… なんで起きたら足首に鎖が繋いでるんでしょうかッ!?
『ああ、よく似合ってる… 愛しいオーディ…。もう二度と離さない』
すみません。もの凄く別の意味で身の危険を感じるんですが!蕩けるような熱を持った眼差しを向けてくる兄上。…ちょっと待ってください!今の僕、7歳!あなた10歳以上も離れてる兄ですよね…ッ!?しかも同性ですよね!?ショタ?ショタなんですかこの国の王様は!?僕の兄上は!??そもそも、あなたのお相手のヒロインは違うでしょう!?Σちょ、どこ触ってるんですか!?
ゲームの展開と誤差が出始め、やがて国に犯罪の合法化の案を検討し始めた兄王に…。さらにはゲームの裏設定!?なんですか、それ!?国の未来と自分の身の貞操を守るために隙を見て逃げ出した――。
買われた悪役令息は攻略対象に異常なくらい愛でられてます
瑳来
BL
元は純日本人の俺は不慮な事故にあい死んでしまった。そんな俺の第2の人生は死ぬ前に姉がやっていた乙女ゲームの悪役令息だった。悪役令息の役割を全うしていた俺はついに天罰がくらい捕らえられて人身売買のオークションに出品されていた。
そこで俺を落札したのは俺を破滅へと追い込んだ王家の第1王子でありゲームの攻略対象だった。
そんな落ちぶれた俺と俺を買った何考えてるかわかんない王子との生活がはじまった。
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成)
エロなし。騎士×妖精
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
いいねありがとうございます!励みになります。
人生二度目の悪役令息は、ヤンデレ義弟に執着されて逃げられない
佐倉海斗
BL
王国を敵に回し、悪役と罵られ、恥を知れと煽られても気にしなかった。死に際は貴族らしく散ってやるつもりだった。――それなのに、最後に義弟の泣き顔を見たのがいけなかったんだろう。まだ、生きてみたいと思ってしまった。
一度、死んだはずだった。
それなのに、四年前に戻っていた。
どうやら、やり直しの機会を与えられたらしい。しかも、二度目の人生を与えられたのは俺だけではないようだ。
※悪役令息(主人公)が受けになります。
※ヤンデレ執着義弟×元悪役義兄(主人公)です。
※主人公に好意を抱く登場人物は複数いますが、固定CPです。それ以外のCPは本編完結後のIFストーリーとして書くかもしれませんが、約束はできません。
攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました
白兪
BL
前世で妹がプレイしていた乙女ゲーム「君とユニバース」に転生してしまったアース。
攻略対象者ってことはイケメンだし将来も安泰じゃん!と喜ぶが、アースは人気最下位キャラ。あんまりパッとするところがないアースだが、気がついたら王太子の婚約者になっていた…。
なんとか友達に戻ろうとする主人公と離そうとしない激甘王太子の攻防はいかに!?
ゆっくり書き進めていこうと思います。拙い文章ですが最後まで読んでいただけると嬉しいです。
悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】
瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。
そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた!
……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。
ウィル様のおまけにて完結致しました。
長い間お付き合い頂きありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる