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ようこそこの世界へ

【12】だからぼくは———side ラナイフマジン

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 本当は、イーヒャのことはクロー様の事件で会う前から知っていた。
 更に言うとしたら、クロー様に見つかるように庭にイーヒャを飛ばさせるようお願いしていたのも私だ。
 私が考えられる案ではあれが最善だった。
 どうやって父様にイーヒャを知らせるか、それが私にとっての問題だった。

 そして、それが思いの外トントン拍子に上手くいったこの策に、安堵のため息をつくばかりだった。




 私が産まれたのは八年前の秋だった。

 あの頃の家はとても暖炉のような暖かさがあって、いつも朗らかに楽しそうに笑っているミレーニャ母様と、何かと理由をつけては直ぐに家に帰って来て直ぐに部下に仕事場に連れて帰られるミアラハ父様がいて、それはそれはもう楽しい日々だった。
 
 朝眩しい太陽の光をふんだんに浴びてたくさんご飯を食べて程々に勉強をして精霊さんと遊んで。

 王族出身のミレーニャ母様は、小さい頃からの趣味だった家庭庭園を敷地内で始め、私はそのお手伝いをしていた。

 ブリオングロード家と王家は建国当初から不思議な約束をしていた。

 一世代ごとにブリオングロード家から「女子」を王族に嫁がせ、また王家から一人男女どちらかを娶ること。
 
 つまり、ブリオングロード家は一世代に一人は女の子が必要なのだ。

 そして父様の世代では父様の妹が王家へ嫁ぎ、ミレーニャ母様が父様の元に嫁いできた。

 ブリオングロード家としての国内唯一の力の確立とその唯一をつなぎ止めておきたい王家の利害一致でこのような約束事がされたらしい。

 幼い頃はそんなことは知らなくて、「ぼくひとりっこがいい。ずっと3人がいい。」とミレーニャ母様と父様にわがままばっかり言っていた。

 だからミレーニャ母様が二人目を身篭ったと聞いた時は盛大に拗ねた。
 そうしたら両親は私をとても甘やかしてくれて、毎日のようにご褒美と「お兄ちゃんになったら」のタラレバの話を子守唄のように聞かせてきた。

 すると段々私も次に産まれてくる子が楽しみになった。
 たまに家にくるイヤミな人も忘れて、自分がもしお兄ちゃんになったらその子にどんな事をしてあげようと沢山考えた。

 四人になったら私が妹か弟かを乗せて乗馬ピクニックもいい!

 髪の色は何色か。分かったら直ぐにお揃いの服や髪飾りを用意して。
 そうだ、社交パーティでは生まれてくる子も連れていこう!

 そんな妄想を使用人たちにも話して本当にブリオングロード家の中は暖かいものだった。




 そんな日々に突如冬が訪れた。

 ミレーニャ母様が産んだ子は、私たち家族の色を何も持たずに産まれた。

 燻んだ灰色の髪にこちらを覗く深淵のようなおどろおどろしい漆黒の瞳、とは誰が言ったものか。

 王家の先祖を探してもブリオンガロード家の先祖を探してもそのような色を持ったものはいなかった。

 最初、私も父も使用人の皆も何も言わずに産まれた弟を見守っていた。
 けれどその暗黙を打ち破るように世間はミレーニャ母様に後ろ指を指した。

 時が経つにつれどんどん衰弱していくミレーニャ母様の傍らを片時も離れない父様の顔も、段々とやつれていっていた。

 そしてとある吹雪の厳しい寒い冬の夜。
 ぼくとぼくのおとうとの母様は亡くなった。

 そこからは凍てつくような明けない夜が永遠と続いた。

 亡くなったミレーニャ母様の次に世間が餌としたのは弟だった。
 最初こそ父様もしらみ潰しに噂を潰していっていたが、疲れたのだろう、瞳に生気を感じられなくなってその行いもやめた。

 次の争いが起こらないように、父様は別邸を作って弟をそこにやった。
 特別綺麗に今まで住んでいた家そっくりに作った別邸に最初は弟も大変喜んでいた。


 決定的な打撃になったのは、弟に魔力があったことだった。
 ブリオングロード家は精霊と話ができる代わりに全ての魔力を失う。
 精霊が視えるだけの人は精霊術と魔法を同時に使えるらしいが、ブリオングロード家は術とはまた別次元のものを扱う。
 魔力と精霊は相性が悪く、生まれた時からブリオングロード家の者は全く魔法を行使出来なかった。
 だから本来、弟も使えないはずなのだ。

 弟は精霊が視えた。
 けれどそれ以上に、魔力が多すぎた。

 弟が三歳くらいの頃、私が精霊と水で遊んでいると、それに興味を持ったのか自分もしたいとこちらに走ってきたことがある。
 その瞬間、霧散していった精霊に、私も弟も呆然としてしまった。

 この子は、精霊に嫌われている。


 そのことを必要以上にしつこくなぶってきたのは次に父様の元に嫁いで来た伯爵令息だった。
 ミレーニャ母様が生きていた頃からことある事に我が家に来るこの人は家の中をどんどん壊していった。

 直ぐに父様は彼に別邸に行くように命じたが、そこには私の弟がいる。
 彼が来るまでは変装なしによく通っていた別邸だったが、彼が来てからは精霊に頼んで髪色を変え身分も偽装した。

 父様もやがておかしくなり始め、王家との条件の「女」を産むことを理由に誘われる夜の時のみ別邸に行っていた。

 そして彼が孕んだことを知ると、途端にぱたりと足を運ぶことがなくなった。

 女。妹さえ生まれれば彼から開放される。

 そう思っていたのに、産まれたのは男だった。

 産婆は産まれたのが男だと知ると、父に死産を報告した。

 あの男との子が女で無ければこの子の存在意義が無くなるとでも考えたのだろう。

 そんなことする父様じゃないのにな、と思いつつも使用人が見る父様への目は変わり果てていた。
 私の大好きな父様は心優しい親バカな良い父親だ。
 まだ私は信じたかった。

 あの頃に戻りたい。戻らせたい。
 けれど私には時間が無い。

 この国では成人が十二歳。その為に九歳から学校へ入り、三年間通って成人すると大学へ行く。
 その全てが全寮制だから、私はここにはあと一年しか居られない。


 だから私は賭けに出た。

 イーヒャがこの家に衝撃を与え、この家の形の何かを変えてくれるのではないかと。
 あの子の産まれたての時に見た、イーヒャの後ろにいたあの精霊が、きっと何かの助けになるはずだと。

 イーヒャ。

 春生まれの可愛い子。

 大好きな父様と大嫌いな母様との子。

 君が私と父様と母様と……そしてリアルトラーを変えてくれることを、私は心から期待している。


 ようこそこの世界へ、イーヒャ。

 君はぼくの弟だ。
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