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ようこそこの世界へ

8.俺の名前

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『あかんぼうー?朝だよ~』
『まだねるの?まだねるの?』
『ぼくもうお腹ぺこぺこ』


 うぅーん、んん……

 頬をペちペちと叩かれる感触をわざと逃して、少し浮かび上がっていた意識をまた元に戻そうとする。
 昨晩は子供が起きていられる時間を優に越えていた。

 あそこまで起きていたのは初めてだが、そういえば昨日は2回もお昼寝してたな。
 けどまだ眠い事に変わりは無い、俺は寝る。


『寝ててもあんまり可愛くないね~』


 はあぁ!?可愛いですけど!?
 てかそこ普通は寝顔は可愛いな…キラッとかする場面じゃないのか!?
 どうしてこの精霊はいつもいつも俺を侮辱するんだ!
 逆張り!?逆張りなのか?
 俺が可愛すぎるがあまりに認めたくなさすぎて可愛くないとか言っちゃうツンデレちゃんなのか!?

 思いっきりツッコミをしていたらもう頭の中は綺麗スッキリ爽快で、複雑な気分になりながら瞼を開いた。


「あ、イーヒャ起きた?おはよう」


 …………朝初めて見る顔がクローとか、恵まれすぎてるぞ……

 前世のオタク仲間の人たちごめんなさい。
 裏攻略対象リークとか見てなかったからわからないけど、俺は今多分セカきみの主人公にいて欲しいポジションにいると思う。
 赤ん坊だけど。


「朝早くにごめんねぇ、イーヒャのお父さん、来ちゃった。」


 イーヒャのお父さん、来ちゃった。
 イーヒャのお父さん、来ちゃった……
 イーヒャのお父さん、来ちゃった…………

 クローの言葉が頭の中を永遠と木霊する。
 来ちゃったって、昨日の今日でブリオングロード侯爵卿が?来ちゃってるの?もう?

 俺ずーっと眠りこけてたんだけど大丈夫か!?


「とりあえず起きたら連れてきますってお話してあるから、お着替えして一緒に行こうか~」


 そういうとグィーが俺の寝室着を脱がし、ロンパースを着せてから昨日と同じように真っ白なフリルに埋めらせるようなワンピースを着せてくれた。
 着せ替え終わるとグィーが横抱きにしてくれ、それを確認したクローが部屋を出ようとした。

 これ、もう少し俺が大きかったら立派な姫抱っこになってたのかなとおもいつつ、王宮の廊下の絵画や壺なんかを鑑賞していた。
 しばらく運ばれていると、王宮の応接室のような部屋に案内され、クローがソファに座り、そのソファの後ろにグィーが立った。
 そして俺はグィーの手からクローの手へと渡り、お話する体制を整えることができたらしい。

 クローが部屋内にいる次女に命令を下し扉を開けさせると、そこには男の人が立っていた。

 俺の同じ髪の色に、瞳はラナイフマジンと同じ柘榴色。
 白色のシャツの上から髪と同じ色のダブルブレストを羽織り、胸元には家紋が掘られたバッジを身につけていた。
 シャツと同じ生地で作られたズボンには金色の刺繍が施されていて、青みがかった黒色の真皮靴と良く合っている。


「失礼します、殿下」
「御足労ご苦労様です。伯父上。どうぞ席に着いてください。」
「ありがとうございます。」


 男の人がクローの前のソファ席に座ると、その人と俺の目がカチリとあった。


「本当に、精霊に囲まれて……」


 それに気づいたクローは少し世間話を入れると直ぐに本題に移ってくれた。


「さて~、この子のことですけれど……」
「この度は殿下にご迷惑をおかけし大変申し訳ありません。」
「大丈夫ですよ、すーごくたのしかったし!」


 クローは柔らかそうな雰囲気を醸し出しつつ、限りなく圧迫感のある喋り方をしている。

 あ、少し手に力が入ってる。

 クローを見てみると、声だけでなく少し瞳まで燃えているようだった。


「それで、この子は伯父上の子ですか?」
「はい、その子は私の子に間違いはありません」


 瞳に申し訳なさと芯の強さを宿しながらクローと目を合わせた。
 俺の事を無視し続けていたとは信じられないくらいの瞳の強さに、クローも負けじと対応していた。

 美しく姿勢を保ち続けるその人に見とれるけれど、実際の俺の心情はそんなものではない。

 ではどうして俺に会いに来てくれなかったのか。
 何故俺の事を家族の誰もが認知していなかったのか。


「何故、この子がブリオングロード侯爵家三男になっていなかったのか、教えていただけますよね。」
「は。お恥ずかしい限りなのですが、産婆がこの子のことを報告する際、死産と言い残して言ったのです。」
「……その産婆に罪があるとして、何故死産したばかりの娶った人を見舞いのひとつもしないのです。その際にわかったことでしょう。」
「確かに私は、ミレーニャを看取った後、後妻を娶りました。ただ、あまり関係を築けていなく、見舞いには行っていませんでした。」


 呆気にとられた。意味がわからない。そんな事あっていいのか。
 娶り別館に入れ孕ませた後、何もしなかったのか。

 フツフツと怒りが湧くが、わかっている。
 ゲームがモデルにしたこの時代じゃ恋愛結婚なんて出来ないし後妻が蔑ろにされるなんて当たり前だった。
 そうだとしても、いざ目の当たりにすると腹が立ってしょうがない。


「はぁ……その件は家に帰って早々に片付け、僕宛てに報告してください。後、この子を認めるとなれば、こちらを出してください。今ここで記して頂き、僕が受理します。」


 クローが父となる人に差し出したのは、出生届の紙だ。

  クローはここまで用意していてくれたのか。

 用意周到な彼に今は出来なくとも頭を下げなければいけない。

 ブリオングロード侯爵卿———改め、俺の父様は、迷うことなくスラスラとペンを進めた。
 そこには父の欄に「ミアラハ・ブリオングロード」と書かれ、母の欄には「グリーアン・ブリオングロード」と記されていた。

 俺、父様だけじゃなくて、母様とも会ったことがないんだ。
 ほんの少しだけぽっかりと心に穴が空いた気がして、直ぐに寂しさを覚えた。

 すると、クローが手を優しく丸め込むように掴んでくれた。


「はい、こちらは僕が正式に受け取りました。グィーも確認してくれたよね」
「確かに」
「では、僕が条件として出していたことは終わりです。……でーすーがー、ちゃんと家族仲は修復してくださいね~?伯父上」
「はは、肝に銘じます」
「僕の嫁ぎ先がギスギスしてたらとてもじゃないけど嫌ですよ?」


 雰囲気がぐっと柔らかいものになり、一気に緊張感が解けた。
 俺もちゃんと戸籍が出来て安心したよ。
 ふしゅぅと鼻息を出すと、クローが笑って父様に俺を手渡した。
 まだ完全に信用出来ている訳ではない人の腕に渡ることは怖かったが、いざ抱っこされると優しく心遣いを感じられる腕に少しだけ緊張がほどけた。


「この子を預かって頂き、本当にありがとうございました。」
「いえ、またいつでも攫いに行きますから覚悟していてくださいね。」


 ドキリとした。
 もしかしてクロー、俺が寂しがってるの気づいたのか?

 昨日の夜が楽しすぎて、本当は帰りたくない。そんな気持ちを心の隅に抱えていた。


 あはは、お見通しやさんって怖いな!


「あはは、是非殿下も我が家へ。次会う時は婚約式ですね。」
「そうですね、またすぐに会えますね。」


 和やかな雑談を暫く続け、昨日の男子会の話をしっかり話しきったことで、今日の集まりはお開きとなることになった。


「ではまた、今度」
「はい、殿下もお元気で。」


 このお別れの空気、苦手だ。
 クローと目を合わせないように、父様の胸に顔を埋める。

 ふと、後頭部にキスをされた。



「またね、ネイファイーヒャ神聖なる夜・ブリオングロード」
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