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俺、子供を探す

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 あっという間に11月が終わった。
 仕事にも慣れ、もうすぐ初めての給料日がくる。人生初の給料日である。
 給料日までの日数を指折り数え、いい気分で帰宅する。

「おー、野口くんおかえり」

「ただいま中里くん」

 友達になってから、中里は俺をさん付けからくん付けで呼ぶようになった。些細な変化だけれど、初めての友達に浮かれている俺としてはなんだか距離が近くなったようでむず痒い気持ちになる。
 坂崎のように名前で呼んでもらうことも考えたけれど、なんとなくしっくりこなかったため今の呼び方に落ち着いた。
 その時、「呼び方をあーだこーだ言うとか女子かよ」と中里は爆笑していた。

「腹減ったー。今日の夕飯何?」

 ビクビクしていた最初の頃と違い、会話もスムーズにできるようになった。もちろん、それは中里相手くらいなものだけれど。

「おー。今日は……」

 中里が今日の夕飯のメニューを言おうとしたところで、突然誰かがドタドタドタっと階段を走り降りてくる音が聞こえた。

 一体なんだと俺と中里が驚いてダイニングの入り口に目を向けると、和樹の父である古沢和也が青い顔をして駆け込んできた。

「……和也さん、青い顔してどうしたんだ」

 古沢は泣きそうな顔で口を開く。

「和樹が……」

 俺は古沢が手に何かメモのようなものを持っていることに気付いて近づく。
 古沢は俺の視線に気づき、手に持っていたメモを差し出してきた。受け取った俺はそれを見て目を丸くする。そこには、おそらく和樹の字だろうでかい字で、とんでもないことが書かれていた。

 お父さんのうそつき! さがさないでください

 中里もメモを見て目を見開いている。

「……家出したってこと……?」



「和也さん、とりあえず何があったか教えてください」

 家の中には和樹がいないことを確認した後、すぐさま外へ飛び出そうとした古沢を宥め、まずは話を聞くことにした。

「……昨日の夜、和樹とその母親との面会の日だったんです」

 ソファに座った古沢はポツポツと話し出した。

 古沢は和樹の母親と離婚しているが、月に何度か和樹は母親と面会をしているとのことだった。平日であれば食事をし、休日であれば遊びに出かけたりしていたとのこと。
 和樹は母親に懐いており、母親に会える日を毎回楽しみにしていたそうだ。

「でも、昨日元妻が……再婚するって和樹に言ったらしくて」

 母親から別に家族ができることを聞いて和樹はショックを受けたらしい。
 昨日面会を終えて帰ってきた和樹は、古沢に「お母さんは俺のお母さんじゃなくなるの?」と聞いたそうだ。
 古沢はそこで初めて再婚のことを聞いて驚いたけれど、その時は他に家族ができても母親であることに変わらないから心配しなくても大丈夫だ、と伝えたとのこと。
 しかし、和樹は納得した様子がなく、少し塞ぎ込んでいたという。その時はまだちょっと複雑な気持ちを抱えているだけだと思っていたそうだ。

 ところが、今日仕事から帰ってきても様子が変わらないため、さすがにおかしいと思って和樹に他に何か言われたのかと聞いたところ、母親に今みたいには会えなくなると言われたとのことだった。
 寝耳に水で驚いた古沢に、「そんなことないよね? だって他に家族できても俺のお母さんだもんね?」と和樹は聞いてきたが、古沢は言葉に詰まってしまったそう。すると、和樹が絶望した顔で「やっぱり違うんじゃん! うそつき!」と言って泣き喚いたとのこと。その場はなんとか宥めたが機嫌は悪いままで、夜ご飯を食べさせて部屋に戻ったら、すぐに「もう寝る!」と言って寝室に引っ込んだという。

「拗ねて寝てるんだと思ってたんです。それで、俺は詳細をきちんと確認するためにベランダへ出て元妻に電話をしたんです」

 古沢はその時のことを思い出したのか、膝の上に置いていた手を組んでぎゅっと強く握る。

「そしたら、再婚相手の子供を妊娠しているって言われて。それは別にいいんです。それくらいは想定してました。けど、自分はこれから新しい家族を作るから、もうあまり和樹に会いたくないって言うんです。新しい家族に悪いからって」

 あまりに酷い内容に何も言えない。和樹は小学二年生で、まだまだ母親が恋しい年頃である。

「俺……腹が立ってしまって……和樹は君の息子だろう! 可愛くないのか! と怒ったんですが……もしかしたらその声が聞こえていたのかもしれません」

 古沢は、何かを堪えるように俯く。

「電話を切って、和樹の寝顔を見ようと思ったんです。そうしたら、ベッドにいなくて……おかしいと思って探したら、ベッド横のテーブルにこのメモがあったんです」

 両手で顔を覆った古沢は項垂れた。その手は震えている。

「和樹に何かあったら……もう夜は寒いのに……」

 しかも外は真っ暗である。治安が悪いわけではないけど、まだ小さい子供が一人で出歩いていて安全だとはいえない。

「和也さん……皆で探せばすぐ見つかる。分担して探しに行こう」

 中里が和也の肩を慰めるように叩く。

「……なんだ。どうしたんだこの空気は」

 ちょうど帰宅したらしい坂崎がリビングに顔を出した。

「豊さん……和樹が家出をして」

 中里が言うと、坂崎は目を見開いて驚く。

「家出ぇ? 外に出たのか。いつ出て行ったかわかるか」

「七時半には部屋に戻っていたので……いないのに気付いた八時までの三十分の間です」

 時計を確認すると今は八時半を過ぎたところだった。

「一時間ありゃけっこう動けるな……とりあえず和也くんは和樹がどこかで保護されてないか警察に確認。で、俺と中里くんと野口くんは手分けして探そう」

「え?俺も探しに行きます!」

 古沢が勢いよく立ち上がる。

「和樹が一人で帰ってくるかもしれねぇだろ。家で待っててやれ。見つけたら連絡するから。それに……今のあんたが外に出たら事故にでも遭いそうだ」

 坂崎は古沢の肩に手を置き、再びソファに座らせる。古沢は納得できないような顔をしながらも、頷いて大人しく座った。

「野口くん、とりあえず番号交換してくれ。そんでなんかあったら連絡してくれ。中里くんもな。んじゃ出るぞ」

 俺は飛んでくる指示に混乱しながらも頷く。番号を交換し家を出て、それぞれ別方向に駆け出した。

 いつも元気で、悩みなんかなさそうだった和樹が、家出をするまで追い込まれていたなんて。
 以前、和樹に対し子供は悩みがなくていいよな、と勝手に決め付けていた自分を恥じる。

 子供だろうと、大人だろうと関係ない。苦しい時は誰だって苦しい。自分だけが辛かったり大変だったりするわけではない。

 そこまで思考して頭を振る。今は反省する時じゃない。早く見つけてあげないと。12月に入ったばかりだけれど、夜はかなり冷え込んでいる。外に一時間も出ていたら、冷え切っていることだろう。

 一体どこへ向かったのか。一時間移動し続けているとしたら、捜索範囲はかなり広くなる。
 どこかの陰に隠れていないか、周囲を確認しながら走る。

 うろうろと走り回っていると、いつかの公園が目に入った。
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