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【番外編】1 幼い選択
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曰く、俺の父親は顔だけはよかったとのことだ。
物心ついた頃にはすでに父がいなかったからか、父親への恋しさが育つことはなかった。ただ、ちょっとした興味で母に聞いてみたらそう返ってきたのだ。
後から祖父母から聞き及んだ話からするとなかなかクズな父親だったようだが、母は俺に対して父を悪く言うことはなかった。
その男の血が俺に通っていることを考慮したのだろう。
ただ、なんとか褒めようとした結果、「顔だけ」という言葉が出てきてしまったのだから、やはり母にも思うところがあったのだと思う。
そんな顔だけはよかった父親と美人と言って差し支えない母親との間に生まれた俺も、顔がよかった。
一番古い記憶を掘り起こしてみても、周囲の誰もが俺の顔を褒めていた。こんな可愛い子見たことない、将来美形間違いなし、のような言葉は聞き飽きるくらい耳にした。
そんな言葉ばかり浴びせられていたから、俺は自分の顔がいいことは当然のこととして受け入れていて、褒められても謙遜することなどなかった。それは挨拶と同義だったのだ。
保育園ではませた女子たちから将来お嫁さんになってあげると言われ、そう言った女子の誰かに片思いをしていたらしい男子は泣いていた。
ただ、幼い頃はそれだけで済んでいたことも、成長するにつれてそれだけで済まなくなっていった。
小学校高学年にもなれば、女子たちは互いを牽制し合うようになった。俺は父と違って顔だけではなかったようで、勉強も運動も人並み以上にできたから一層モテた。
そしてそうやって女子にちやほやされることを俺は当たり前のように享受していた。ちやほやされることに慣れきっていた俺にとって、それはあまりに普通の日常だったのだ。
きっと、そういった俺の態度が鼻についたのだろう。
女子たちが俺をちやほやする一方で、俺への反感を覚える奴らが増えていった。
表立って何かをされることはなかった。ただ、ちょっとしたことで俺の足元を掬おうとするのだ。
たとえば、学校に紛れ込んだ野良猫がいて、俺が猫アレルギーだからと近寄らなかったら、俺は動物が嫌いな思いやりのない人間だと噂を立てられるとか。
少し不機嫌な日があれば、癇癪持ちのわがままな奴だと吹聴されるとか。
他方で、女子たちが味方なのかといえば少し違った。俺が特定の女子と少し親しげに話すだけで、その子を恋愛的な意味で特別に思っているのだと勘違いされる。なんであの子なのと責められる。
俺は、良くも悪くもその一挙手一投足を注目されていた。
注目されること自体が気になったかといえばそんなことはなかった。
なんせ物心ついた時から持て囃されてきたのだ。多少の鬱陶しさは感じつつも、それもありふれた日常だった。
そうも言っていられなくなったのは、自身の性的指向を認識してから。
俺も大概ませた子どもで、同年代の男子より精神的な成長が早かった。だから、小学校高学年頃には理解していたのだ。
自身の恋愛対象が男であると。
世間ではセクシャルマイノリティーへの理解が深まっている頃だった。多分、一般的な話題としてセクシャルマイノリティーへの理解を問えば、大抵の人は誰が誰を好きだろうとなんだろうと自由だと答えただろう。
でも、それは所詮一般論。
俺の周囲の誰しもが、自分ごととして考えてはいなかったんじゃないかと思う。特に、当時俺が住んでいたのは田舎だったからまだまだ古臭い考えが蔓延っていた。
新しい価値観が存在しているところまでは理解されても、自分たちとは違う都会の人々の文化であって自分たちは関係ないと、そう無意識に判断されるような土地だった。
実際どうだったのかまではわからない。俺は、当時周囲の人たちに自分の性的指向の話などしたことがないから。
けれど、そういう考えの土地だろうと判断した俺にとって、自身の一挙手一投足が監視されている状況はよろしくなかった。
こっそり恋愛を楽しむ、ということができないから。
もしバレたら、俺を疎ましく思っている奴らは喜び勇んで俺を貶めようとするだろう。そして女子は俺を庇ってはくれないだろう。彼女たちが俺を庇うのは、俺に選ばれる可能性があるからだ。その可能性がないのならば、俺を庇うどころか糾弾することだってありある。
気にしなければ良い、と言うのは簡単だが、田舎の閉鎖的なコミュニティで過ごしてきた俺にとっての世界は狭く、そこから排除されるかもしれないという恐怖を無視することなんてできなかった。
そしてそう思い至った時、俺には心から信用できる友人がいないことに気付いた。
どうすることもできないまま日々は過ぎていき、俺は一生誰かと心を通わせることなどできないのではないかと思い悩んだ。これから何十年、好きになることのない女に纏わり付かれ、好かれたいはずの男に疎まれる、そんな人生を歩むしかないのかと。
そんな時、クラスメイトのある男子が目に入った。
彼はいつも一人でいた。どこか暗くて覇気がなく、何をさせても人並み以下だった。
誰にも注目されることのない彼を見て、羨ましいと思った。
どうしようもなく、彼のようになりたかった。でも、それは無理なことなのだと落胆した。
けれどある時母の再婚が決まり、状況が変わった。
母は、勤めていた工場に視察に来た本社のエリートに見染められたらしい。どこかで聞いたようなひねりのないシンデレラストーリーだったが、この母ならそんなこともあるだろうと思うくらいには、母は美しかった。
再婚をきっかけに、俺と母は引っ越すことになった。
俺の中学進学に合わせて引っ越すと言われた時、俺は閃いた。
新しい土地でならば、彼のようになれるかもしれない。彼のようになれば俺は注目されず、自由に行動してもそれが話題に上ることはないのではないかと。
けれど、そのためにはこの顔が邪魔だった。
歳の割には小賢しくとも、それでも幼く浅はかだった俺は、前髪を伸ばして顔を隠すというあまりに稚拙な選択をしたのだった。
物心ついた頃にはすでに父がいなかったからか、父親への恋しさが育つことはなかった。ただ、ちょっとした興味で母に聞いてみたらそう返ってきたのだ。
後から祖父母から聞き及んだ話からするとなかなかクズな父親だったようだが、母は俺に対して父を悪く言うことはなかった。
その男の血が俺に通っていることを考慮したのだろう。
ただ、なんとか褒めようとした結果、「顔だけ」という言葉が出てきてしまったのだから、やはり母にも思うところがあったのだと思う。
そんな顔だけはよかった父親と美人と言って差し支えない母親との間に生まれた俺も、顔がよかった。
一番古い記憶を掘り起こしてみても、周囲の誰もが俺の顔を褒めていた。こんな可愛い子見たことない、将来美形間違いなし、のような言葉は聞き飽きるくらい耳にした。
そんな言葉ばかり浴びせられていたから、俺は自分の顔がいいことは当然のこととして受け入れていて、褒められても謙遜することなどなかった。それは挨拶と同義だったのだ。
保育園ではませた女子たちから将来お嫁さんになってあげると言われ、そう言った女子の誰かに片思いをしていたらしい男子は泣いていた。
ただ、幼い頃はそれだけで済んでいたことも、成長するにつれてそれだけで済まなくなっていった。
小学校高学年にもなれば、女子たちは互いを牽制し合うようになった。俺は父と違って顔だけではなかったようで、勉強も運動も人並み以上にできたから一層モテた。
そしてそうやって女子にちやほやされることを俺は当たり前のように享受していた。ちやほやされることに慣れきっていた俺にとって、それはあまりに普通の日常だったのだ。
きっと、そういった俺の態度が鼻についたのだろう。
女子たちが俺をちやほやする一方で、俺への反感を覚える奴らが増えていった。
表立って何かをされることはなかった。ただ、ちょっとしたことで俺の足元を掬おうとするのだ。
たとえば、学校に紛れ込んだ野良猫がいて、俺が猫アレルギーだからと近寄らなかったら、俺は動物が嫌いな思いやりのない人間だと噂を立てられるとか。
少し不機嫌な日があれば、癇癪持ちのわがままな奴だと吹聴されるとか。
他方で、女子たちが味方なのかといえば少し違った。俺が特定の女子と少し親しげに話すだけで、その子を恋愛的な意味で特別に思っているのだと勘違いされる。なんであの子なのと責められる。
俺は、良くも悪くもその一挙手一投足を注目されていた。
注目されること自体が気になったかといえばそんなことはなかった。
なんせ物心ついた時から持て囃されてきたのだ。多少の鬱陶しさは感じつつも、それもありふれた日常だった。
そうも言っていられなくなったのは、自身の性的指向を認識してから。
俺も大概ませた子どもで、同年代の男子より精神的な成長が早かった。だから、小学校高学年頃には理解していたのだ。
自身の恋愛対象が男であると。
世間ではセクシャルマイノリティーへの理解が深まっている頃だった。多分、一般的な話題としてセクシャルマイノリティーへの理解を問えば、大抵の人は誰が誰を好きだろうとなんだろうと自由だと答えただろう。
でも、それは所詮一般論。
俺の周囲の誰しもが、自分ごととして考えてはいなかったんじゃないかと思う。特に、当時俺が住んでいたのは田舎だったからまだまだ古臭い考えが蔓延っていた。
新しい価値観が存在しているところまでは理解されても、自分たちとは違う都会の人々の文化であって自分たちは関係ないと、そう無意識に判断されるような土地だった。
実際どうだったのかまではわからない。俺は、当時周囲の人たちに自分の性的指向の話などしたことがないから。
けれど、そういう考えの土地だろうと判断した俺にとって、自身の一挙手一投足が監視されている状況はよろしくなかった。
こっそり恋愛を楽しむ、ということができないから。
もしバレたら、俺を疎ましく思っている奴らは喜び勇んで俺を貶めようとするだろう。そして女子は俺を庇ってはくれないだろう。彼女たちが俺を庇うのは、俺に選ばれる可能性があるからだ。その可能性がないのならば、俺を庇うどころか糾弾することだってありある。
気にしなければ良い、と言うのは簡単だが、田舎の閉鎖的なコミュニティで過ごしてきた俺にとっての世界は狭く、そこから排除されるかもしれないという恐怖を無視することなんてできなかった。
そしてそう思い至った時、俺には心から信用できる友人がいないことに気付いた。
どうすることもできないまま日々は過ぎていき、俺は一生誰かと心を通わせることなどできないのではないかと思い悩んだ。これから何十年、好きになることのない女に纏わり付かれ、好かれたいはずの男に疎まれる、そんな人生を歩むしかないのかと。
そんな時、クラスメイトのある男子が目に入った。
彼はいつも一人でいた。どこか暗くて覇気がなく、何をさせても人並み以下だった。
誰にも注目されることのない彼を見て、羨ましいと思った。
どうしようもなく、彼のようになりたかった。でも、それは無理なことなのだと落胆した。
けれどある時母の再婚が決まり、状況が変わった。
母は、勤めていた工場に視察に来た本社のエリートに見染められたらしい。どこかで聞いたようなひねりのないシンデレラストーリーだったが、この母ならそんなこともあるだろうと思うくらいには、母は美しかった。
再婚をきっかけに、俺と母は引っ越すことになった。
俺の中学進学に合わせて引っ越すと言われた時、俺は閃いた。
新しい土地でならば、彼のようになれるかもしれない。彼のようになれば俺は注目されず、自由に行動してもそれが話題に上ることはないのではないかと。
けれど、そのためにはこの顔が邪魔だった。
歳の割には小賢しくとも、それでも幼く浅はかだった俺は、前髪を伸ばして顔を隠すというあまりに稚拙な選択をしたのだった。
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