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しおりを挟む今日はカトラリー王立学園の卒業式だ。貴族や優秀な平民が集うこの学園では、卒業式の後に成人として、最初の社交を行うという意味合いで、夜会が開催されるのが定例であった。
高位貴族と下位貴族とであれば、二度と顔を合わせないこともあるし、高位貴族と商会を経営する平民とであればまた取引で再会する。或いは、領地に帰ってしまうことで二度と同級生と顔を合わせることはない貴族もいる。王宮勤めで、ともに過ごすことになる者もいるだろう。
それぞれの人生の分岐点に、この卒業夜会は華やかな彩りを添える。
そうであるはずだった。
「カトラリー王国第一王子、アドルフ・カトラリーの名において、宣言する!
本日をもって、サミュエル・ディッシュウェア公爵令息との婚約を破棄する。そして、リリアン・シュガーポット男爵令嬢と婚約する!」
輝く黄金の髪に王家の色である紺碧の瞳の美しい王子は、会場に設えられている低い舞台の上で声を上げた。王族らしい威厳のある美しい声に、常であれば心が躍るところである。しかし、残念ながらそれを聞いたほとんどの者が心を凍り付かせていた。
この晴れやかな卒業夜会で、婚約破棄などという不穏な言葉を聞くとは誰しも想像していなかったことだろう。
その金髪の王子の隣には、小柄で可憐な令嬢が寄り添っていた。大きな胸をきゅうと王子の腕に押し付けるようにして縋りついている。ふわふわのピンクブロンドに小さな顔。大きな目は同色の長い睫毛で縁取られ、そこにはピンク色の瞳がきらきらと輝いている。少し怯えたように見えるその様子は庇護欲をそそるものだ。
舞台の下にいるのは、銀色の髪に青紫色の切れ長の瞳の美貌の青年だ。雪花石膏のような白い皮膚。鼻筋は通り、その下に配された薄い唇は赤く、艶めかしい。華奢で儚げな彼は、身動きできぬように屈強な騎士から腕を掴まれていた。
どうやら、なぜこのような状況になっているのか、把握できていない様子だ。
「いったい、どうして、わたしはこのような……」
「うるさい! 黙れ!」
銀髪の美青年は異議を唱えるようなそぶりを見せたが、彼を拘束している騎士が、大声でその言葉を遮った。
その騎士は、アドルフ第一王子の側近騎士であり、騎士団長の息子ブルーノ・デザートナイフ子爵令息だ。赤い短髪に赤い瞳の騎士は、その精悍な顔に厳しい表情を作っていた。
まるで、目の前の美青年を縊り殺したいと思っているかのように見えて、卒業夜会に出席している皆は、我が身のことでないと知りながらも身を震わせた。
なぜならば、『いったい、どうしてわたしはこのような』という言葉は、この場にいる皆に共有されるものであったからだ。
本当にいったい、どうしてこのようなことに……
それが皆の気持ちだった。
何人かの高位貴族の令息が、行われていることを止めるため前に出ようとしたが、金髪の王子の護衛騎士に拘束されてしまった。
これを止めようとすれば、何をされるかわからないと思わせる雰囲気が、作られてしまったため、他の者も身動きすることができなくなったのだ。
外へ知らせに行こうにも、金髪の王子の護衛騎士たちが扉の前に立っている。
現状を変えられる人物は、ここにはいない。
「それでは次に、断罪だっ! 婚約破棄をするに至ったお前の罪状を、明らかにするっ!」
金髪の王子は、憎しみを込めた眼差しを向け、銀髪の美青年を指さした。
それが合図だったのだろう。王子の後ろから、宰相子息であるベイジル・ティースプーン侯爵令息が一歩前に出た。青い髪に水色の瞳をした理知的な風貌の彼は、銀縁眼鏡を人差し指でくいっと上げると、手に持った書類を読み上げていく。
「あなたは、可憐なリリアン嬢に対して、嫌がらせを続けていましたね。まず、教科書を破損し、体操着を隠した。そして、中庭の噴水の中に突き落とした。
それだけで飽き足らなかったのか、階段から突き落とした。たまたま階段の下を通りかかったアドルフ殿下が受け止めることで大事には至りませんでしたが、これは、殺人事件になる可能性がありました。」
断罪とは何だろうと静かになっていた会場は、青髪の眼鏡令息が読み上げた内容を聞いて、ざわざわとし始めた。
嫌がらせ? 殺人事件?
「そんな……、わたしはそのようなことをした覚えはありません。そもそも……」
「黙れっ! 素直に罪を認めれば可愛げがあるものを!」
「リリアンっ、こわかったんですう」
「ああ、リリアン、可哀そうに」
「アドルフ様あ」
銀髪の美青年の言葉をさえぎっていちゃつく金髪の王子とピンクブロンドの令嬢を見て、卒業夜会の出席者はげんなりとした。二人の間にだけ、ピンク色のお花の幻影が見える。
ピンクブロンドの令嬢は、男爵の養子で、三年生になって転入してきた。彼女は、礼儀知らずともいえる天真爛漫さが可愛らしいということで、多くの貴族令息を虜にした。学園では、彼女のせいで婚約破棄に至った令息や、領地に蟄居になった令息もいるという噂は、絶えることがなかった。
そして、この王国の第一王子までもを篭絡した結果が、卒業夜会でのこの騒ぎである。
「どうしても罪を認めぬというのか!」
「あの……」
「あやまって、あやまってくれたらいいんですぅ」
「ああ、リリアンは可憐なだけでなく優しいのだな」
「アドルフ様あ、そんな、可憐だなんてぇ」
「こんなに優しいリリアンに嫌がらせをして、お前は何とも思わぬのか!」
「あの、嫌がらせなど……」
「黙れ! まだ言い訳をするのか!」
「アドルフ様あ、リリアン、こわいい」
「ああ、リリアン、もうすぐ終わるからな」
金髪の王子はピンクブロンドの令嬢の髪や額にちゅっちゅとキスをしながらいちゃついている。
この場にいる者は、何を見せられているのかと思った。
見せられている方は、たまらない。
いたたまれない。
本当に早く終わってほしい。穏便に。それが皆の気持ちである。
いや、それより、その場にいるほとんどが、『とにかく一度、発言を遮られている銀髪の美青年の話をちゃんと聞いてくれ!』と心の中で叫んでいた。
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