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23-1.運命に駒鳥は思いを馳せるの?

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 馬車の中で、アイリスは震えていた。俺はアイリスを抱き寄せて、頭を撫でる。
 アイリスは、涙は流していない。ただ、体を強張らせているのだ。
 これまでもリットンに怒鳴られて、こんな様子でいたのではないかと思うと、胸が痛い。

 家に到着して、ジーンの淹れてくれた花茶を口にしたところで、アイリスは息を吐き、涙を零し始めた。ただ黙って涙を零すアイリスは痛々しくて、見ているこちらも辛くなる。
 ようやく落ち着いてきた頃を見計らって、ファルが、アイリスに優しく話しかけた。

「少しは落ち着いたかい?」
「は……はい、取り乱して申し訳ありません」

 灰青色の瞳を泳がせながら、アイリスが答えた。

「アイリス、酷いことを言われたのによく耐えたね」

 俺はそう言って、アイリスの頭を撫でた。

「カーディスは、僕の言うことが気に入らないと、怒鳴ったり、壁や卓を叩いたりしていました。今日も……。
 シュライクに来てから、そうなっていって、どんどん酷くなっていって……。
 怖かった。毎日、怖かった」

 話しているうちに、アイリスの瞳に水の膜が張っていく。恐ろしかったことを、思い出したのだろう。

「そうか、殴られたことはある?」
「いえ、……直接の暴力を振るわれたことはありません」

 アイリスは絞り出すようにファルの問いに答えると、再び、静かに涙を零し始めた。俺は、アイリスの名前を呼び、背中をさすって、手を握った。アイリスが俺の手を強く握り返してくる。

「ごめんね、嫌なことを思い出させて。言葉や態度だけでも、彼がアイリス殿にしたことは、明らかな暴力だ。
 それを理由に、もう、二度と会わなくていいように、俺の方で手配しよう。アイリス殿が、安心して暮らせるようにするからね」

「僕っ……でもっ……、本当のことです。本当にっ……役に立たなくて……うぅ……」

 アイリスは嗚咽を漏らしながら、泣き続けた。

「彼の言ったことは、全く気にしなくて良い。あれは、アイリス殿を傷つけるための言葉で、本当のことではないからね
 ……お茶が冷めてしまったね。新しいのを淹れてもらおうか」

 ファルは、ジーンに新しいお茶を淹れるように指示した。

「アイリス殿。ロビンはね、俺とラプターで再会したその日に、アイリス殿を探してくれって言ったんだよ。ラプター国内にいるはずだからって。俺との愛を語るのも、そこそこにね」

 ファルは急に話題を変えて、美しい笑みを浮かべて話を始めた。
 それほど、愛を語るのが、少ないということは、なかったと思うのだけれど、ファルはそう思ったのか……

「ファル……それは……」

「サルビア兄さまが……?」

 泣いていたアイリスは、ファルの言葉に反応し、睫毛を瞬かせてから目を見開いた。

「ロビンは、俺の父にもアイリス殿を探すように依頼した。ラプターに来たばかりのロビンは、自分がそのときにできる、最善のことをしたと思う。
 ロビンが、アイリス殿を大切に思っていることが、強く感じられる態度だったよ。
 アイリス殿は、自分が、大切にされている存在だということを、自覚した方が良いと思うな」

「僕が、大切にされている存在だということを?」

「そう。その自覚ができれば、あの男の暴言は、アイリス殿の人生に必要のないものだと、わかってくるはずだからね」

 ファルはそう言ってから、ジーンの淹れてくれたお茶を口にした。
 俺はアイリスにお茶を飲むよう促し、俺も茶器に口をつけた。

「ああ、ジーンの淹れてくれたお茶は、いつも最高だね。アイリスの好きな花茶を選んでくれて、ありがとう」

 俺は、思わずそう漏らす。アイリスが降嫁するときに、ジーンの淹れた花茶を飲めなくなるのが残念だと言っていたのを、思い出す。あの時と同じ花茶だ。

「恐れ入ります」

そう言ってジーンは可愛らしく微笑んだ。本当によく気の付く、優秀な侍従だ。

「美味しい…僕の好きな花茶だ」

ほうと息を吐いて、アイリスがやっと微笑んだ。

「ほら、早速ジーンにも、大切にされているだろう?」

 ファルの言葉に、アイリスは花が咲くような笑顔を浮かべた。




 アイリスは、その夜、再会の日のように俺と寝台に入り、眠りにつくまでジーンに子守唄を歌って欲しいと強請って床についた。いろいろな人に大切にされているということを味わいたくなったらしい。
 おそらく、今のところは、それが良いことなのだろう。しかし、そんな行動をすることで確認しなくても、大切にされていると思えるようになるまでには、もう少し時間がかかりそうだ。


 『花の名の王子』は、生まれたときから、国のための褒賞として生きることが、唯一の役割だと教えられて育つ。しかし、嫁いだ後にどんな風に生きて行くのかということは、誰からも教えられない。優雅に美しく育てられるけれど、実生活に役立つことは知らないままだ。
 もともと平民で育った俺は、『花の名の王子』になったときには、自分の望む魔道具技師になれないことに絶望していた。そして、その役割から解放されることで救われた。
 生まれたときから『花の名の王子』だったアイリスには、嫁いでからの運命の転換によって、絶望が訪れたのだろう。それは、何をしたら良いのかがわからないという絶望だ。


 人生には、何が起こるかわからない。

 どんな運命の転換があるのか、わからないのだ。



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