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19-2.誰かを駒鳥は見つけることができたの?
しおりを挟む昼を過ぎた頃合いに、バルチャ街に向かう。寒い季節なので、俺は地味な服装の上から分厚い外套を着せられ、肌触りの良い落ち着いた色合いの襟巻を巻かれた。飾り結びをしたがるジーンを宥めて、なるべく一般的な結び方にしてもらう。耳飾りは目立たないように髪で隠し、帽子を被った。
ファルもエディもネイトも地味な服装にするが、背の高い3人が並んでいるととても目立つ。俺よりも目を引くのではないだろうか。
バルチャ街で馬車を止め、歩いて移動する。はぐれたときは、馬車止めに来れば、御者が待っていてくれる。馬車止めには、警察騎士団が常駐しているそうだ。
警察騎士団の詰所で、アルフがこちらを見てひらひらと手を振るのが見える。今日は、情報部部長のアルフが来ているので、緊張感があるらしい。普段の様子がわからないので何とも言えないが。
その側には、リットンの身元保証をした店主がいる宿屋、ラストがあった。想像していたよりも小さく見えるが、シュライクにある一夜の逢瀬のための宿屋としては、部屋数などは多い方であるという。
キャノメラナの歓楽街には、ファルに連れられて行ったことがある。シュライクより規模が大きく、道が広い。キャノメラナの歓楽街は、猥雑だけど、明るくて派手な印象だった。シュライクは薄暗く、活気がないように見える。
バルチャ街は、ヴァレイの王都に住んでいたときに、「行ってはいけない」とじいちゃんから言われていた娼館が並ぶ地域と雰囲気が似ている。余り規模も大きくない。いざとなれば、バルチャ街を出てしまえば、普通の商業地域だし、誰かに絡まれても、そこまで追いかけられはしないだろうとネイトは言っていたけれど。
しかし、俺一人で来るには勇気がいるかもしれない。ネイトは行きつけの店の話をエディにしていて慣れているようだ。
この辺りは、外から来た者は明るいうちに歩くものではないのかもしれない。しかし、働いている人たちは、準備を始めるために出歩く時刻なので、人を探すにはちょうど良い。俺はファルに隠れながら、周囲の様子をうかがっていた。寒いのに肌を露出した男女は、自分の店に行くところなのだろう。店の前を掃除する者や、食材や酒類を運ぶ者などが働く様子は、王都にいたころの魔道具店のあった街を俺に思い出せた。
狭い街を粗方一周して、宿屋ラストの前に再び差し掛かった。来た時よりも人出が増えてきている。
人が多く行き交っている道の向こう側を、大柄な男二人に挟まれるように歩いている……少年と言って良いような華奢な姿に既視感があって、立ち止まって目を凝らす。
金色の髪、姿勢の良い美しい優雅な歩き方。
『人目を引く』というのはこういうことか。
「アイリス……」
「ロビン?」
俺の呟きをファルが聞き返す。その声に答えて、俺は大きな声を上げていた。
「あれは、アイリスだよ。ファル。アイリスがいる」
道を曲がって、姿が見えなくなりそうだ。見失わないために、俺は走りだした。
「ロビン!」「ロビン様!」
ファルの、みんなの、俺を呼ぶ声が聞こえるけれど、俺はアイリスを追いかけて走った。
「アイリス! アイリス!」
俺の声が聞こえたのか、金髪の彼は振り返った。
灰青色の大きな瞳。以前より青白い、やせて小さくなった顔。だけど……、だけど、間違いない。
「アイリス!」
灰青色の瞳が一層大きく見開かれる。ぽかんと空いた赤い口。動きが止まったように見えた次の瞬間、懐かしい声が耳に流れ込んできた。
「……サルビア兄さま……?」
「アイリス! 無事だったのだね。ああ、良かった」
「サルビア兄さまも……サルビア兄さま!」
俺とアイリスはお互いに駆け寄り、強く抱き合った。抱きしめた身体が細く、小さい。
「アイリス、会えて良かった。ラプターに来てからどう過ごしていたの?元気でいたのかい?」
「サルビア兄さま、お会いできて嬉しいです。それが、ラプターの国境を越えたところで、身元保証人の証明書をお金と共に盗まれてしまって、途方に暮れました。なんとか、シュライクまでたどり着いて、カーディスがここで働き口を見つけてくれたのです。
サルビア兄さまはどうされていました?」
アイリスがぐすぐすと涙ぐみながら言葉を繋ぐ。可愛いアイリス。話し方も声も、そのままだ。
「俺は……」
「おい、久しぶりにあったのかもしんねえけど、いつまで話が続くんだよ。仕事に行かなきゃなんねえだろ」
俺たちの話は、アイリスの横にいた大男に阻まれた。俺はその男に、一応の詫びの言葉を言ってから、アイリスに尋ねた。
「仕事?」
「はい、今日だけのお仕事です。お客様へのお茶を出す、おもてなしのお手伝いをして欲しいと言われました。カーディスがお世話になっている方のお願いなので、お受けしたのです。」
「お茶を? どこでだい?」
「そちらの、ラストという宿屋さんです。裏口へ回ろうとしていたのですが」
ラストは逢瀬の宿だと聞いていたが、客のもてなしなどがあるのだろうか。俺の頭に疑問が広がる。
アイリスの隣にいた男が、俺の全身を舐めまわすように見てにやりと笑った。
「へえ、兄ちゃん、あんた、ずいぶん綺麗だねえ。どうだい、弟の手伝いをしねえか?
そしたら、仕事が早く終わってから、ゆっくりと話せるんじゃねえか?」
「すっげえ上玉だ」
一緒にいるもう一人の男の呟きが聞こえる。俺のことを、どう見ているのかがわかる。
「反対に、俺がそのおもてなしの人の代わりを手配しますから、弟を俺の家に、連れて帰らせてくれませんか?」
俺は、男の意図を確かめるために質問をした。今ここで、アイリスを連れて帰らせてくれるのが、一番、穏便にすむ方法なのだ。
「へっ。そういうわけにはいかねえなあ。アイリスちゃんがうちの仕事をするって、旦那から、約束の証書を、貰ってるからな」
「証書?証書があるのですか?」
「ああ、ちゃあんとな。アイリスちゃんがおもてなしするって書いてあるんだ。へへっ」
ただのおもてなしのために、証書があるというのか? おかしなことだ。
このままアイリスと別れたら、きっと二度と会えない。そう思った俺は、アイリスと一緒にラストに行くことにした。
「お仕事が終わったら、サルビア兄さまとゆっくりとお話しできますね。兄さまの家に行けるのが楽しみです」
アイリスは、無邪気に俺に話しかけてくる。リットンにどう言われて、この仕事を受けたのだろうか。俺の杞憂であれば良いのだが。
「兄ちゃん、連れはいねえのかい?」
にやにやとした笑いを浮かべたまま、男が聞いてくる。俺は周囲を見回してから口を開いた。
「弟を追って来たら、はぐれてしまったようですね。待ち合わせ場所へ、後で行くことにします」
男は、俺の返事を聞くと、「ああ、そうするといいな」と言いながら、嬉しそうな笑みを浮かべた。
そして、彼らは、俺たちを連れてラストの裏口へ向かった。
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