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13-2.どんな人たちに駒鳥は出逢ったの?

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「ロビン、顔を上げよ。わたしは、アリスター・ハーヴィー・ラプターズだ。国王でもあるが。
 ロビン、わたしのことは叔父様と呼ぶように」
「はい、叔父様…どうぞよろしくお引き立てくださいませ」

 こんなに不敬な感じで良いのだろうか。俺は誤魔化す必要性を感じて、精いっぱいの笑顔を満面に浮かべた。それは王子の微笑みではなく、心からの笑顔だ。
 陛下は少しだけ目を瞠ると、穏やかに微笑みながら俺の顔を見て、ファルに話しかけた。

「ファルコン、今、わたしはお前の気持ちがよく理解できたぞ」
「いや、叔父上、俺の気持ちの理解は不十分だと思いますよ」

 ファルは少し悪そうな笑顔で陛下にそう言うと、俺たちが作った贈り物を、直接、手渡した。
 ラプター連合王国の国王陛下に直接渡して、良いのだろうか……

「これは、俺たちが、俺とロビンが、今日のお披露目会に来てくださった方への贈り物として、準備したものです。叔父上、開けてみてくださいませんか」
「ほう、何かな」

 侍従に預けないで自分でリボンを解きだす陛下を見て、これで良いのかと頭を抱える。
 俺は、状況にどんどん置き去りにされて行く。

 ラプターの王族は、ヴァレイと全く異なるようだ。
 そして、ファルは陛下と、本当に親族なのだなと実感する。

「おお、鳥の魔道具か」
「ええ、胸のこの部分に魔力を流すと…」

 ファルが金色の大瑠璃に触れた。

 ピーリーリー……ピーリーリー

 右に翠玉、左に蒼玉の瞳を与えられた金色の鳥は、鳴き声を上げて、尾羽をふるふると上下に振る。
 応接室から人の声は消え、大瑠璃オオルリの澄んだ鳴声だけが響き渡った。
 うまく作動したことに、俺は安堵する。

「……美しいな」

 陛下が、感極まったように言葉を絞り出した。
 俺は自然に笑顔になる。そんな俺の手を握って、ファルが陛下に話をする。

「お褒めの言葉、ありがとうございます。
 これはロビンが作ったものです。そして、作るための材料と工房は俺が用意しました。
 俺とロビンは、2人でこのように美しいものを作りながら、共に生きて行こうと思っています。
 俺たちはまだ若輩者です。ですから、叔父上、そして皆さま、そんな俺たちをどうか見守ってください。お願いいたします」

 そう言いながら礼を取るファルに合わせて、俺も礼を取った。
 これは……、打ち合わせと違う。いや、陛下がここにいらっしゃることが。打ち合わせにないことであった。どんな展開になっても、順応しなければならない。

「なるほど、ファルコンはロビンのことを、愛でる対象ではなく、共に生きる伴侶として認めろと言っているのだな。
 よくわかった……。支援すると約束しよう」

「叔父上、ありがとうございます」「叔父様、ありがとうございます」

 陛下が面白いものを見るような顔をして俺を見ている。あれは、公爵が初めて会った時に俺に向けた顔とよく似ている。

「兄上、ロビンが作ったものでこのようなものがあるのですが…」

 公爵が、俺が作った白金の梟のもとへ陛下を連れて行ってくれた。ほっとする。後でお礼をしなければ。
 俺は緊張で、心臓が止まりそうだった。

 きっと、誰も信じてくれないと思うけれど。

 公爵から梟を見せられて、陛下は羨ましくなったらしい。俺に受注生産として、黄金の金糸雀(カナリア)をご注文くださった。音声登録もご希望なので、いずれ、王城に行かねばならない。

「早急に見積もりを取って、王城にお送りします」

 ファルが商人の顔になって注文を受け付けている。

「いや、見積もりは、ブラッフォード公爵家に送って、セドリックかオスカーからわたしに届けさせてくれ。わたしの私有財産で支払いをするから、王城の文官に手紙を開封されたくない」
「かしこまりました。王様」
「叔父上と言え」

 ファルとやり取りをしている陛下は可愛らしい。本当に私的な場にいる雰囲気だ。俺は、ヴァレイで国王のこういうところを見たことがない。チェスター殿下は、少しだけ、こんな感じだったかもしれないけれど。

 その後の晩餐会も、和やかに終わった。公爵邸の料理人は腕が良い。どれもとても美味しかった。
 ファルの親族は、気さくで素敵な人たちばかりだ。そういうふうに育てられる環境で、生きているのかもしれない。
 俺は、お披露目会の最中に、ほんの少し前まで暮らしていた王宮の王族のことを何度も思い出した。



 帰りの馬車の中で、俺は疲れた体をファルに預けた。
 陛下とファルのおかげで、俺は妖精の王子様ではなく、魔道具技師だと認められたと思う。商人のファルの伴侶として共に生きる魔道具技師として。

「ロビン、今日はありがとう、疲れただろう」

「うん、ものすごく疲れた。
 陛下がいらっしゃると思わなかったしね」



 疲れた理由はそれ以外にもある。お披露目会の後で、公爵が俺に教えてくれたことだ。

「アイリス様とリットン将軍の消息なのだが。2人はパロットの関所門を通過してラプターに入国していた。記録によると、シュライク在住のマーガレット・エイムズ伯爵夫人を、身元引受人としている」

 驚いたことに、アイリスの身元引受人となっていたマーガレット・エイムズは、チェスターの母親の妹にあたるそうだ。しかし、アイリスとリットンは、マーガレットのもとを訪れていないらしい。
 いつまでたっても2人が訪れないことを、マーガレットは心配をしていた。ヴァレイの王都がマグワイアに占領され、チェスター自身とも連絡が取れなくなってしまったため、伝手を持たないマーガレットは何もできずにいたという。
 公爵の部下が訪ねてきたことで、不安が少しは和らいだようだ。それまでは、本当に途方に暮れていたのだろう。

「ラプター国内に入ったことはわかっているから、こちらで手を回して捜索しようと考えている。見つかるという保証も……、ないのだけれどね」

 公爵は申し訳ないという風情で、俺にそう話した。

「探してくださるだけでも過分のことです。ありがとうございます」
「アイリス様は、ロビンの弟君だ。できるだけのことをするよ」

 公爵は、穏やかな笑顔でそう約束してくださった。

 アイリスは俺と違って『花の名の王子』として生きたことしかない。リットンが守ってくれると思っていたけれど、保証人のところにたどり着いていないというのでは不安しかない。

 可愛いアイリス、無事でいて欲しい。


「父はかなり広く情報網を持っているから、それを待つしかないだろうね」
「ファルは、きっと無事だとかの気休めは言わないね」
「そうだね。国を渡ることの危険性を俺はよく知っている。十七歳の時から商人として様々な国に行って、危険な経験をしたこともあるからね。命は無事だったけれど、商品を全部取られたこともある。護衛のネイトには何度も助けてもらったよ」

 ラプターは比較的治安の良い国だけれど、完全に安全な場所など世界中の何処にもない。

「だから、俺たちは、アイリス様とリットン将軍の無事を祈ろう」

「そうだね。ファル、ありがとう。俺にはファルがいて、守ってくれている。俺は幸せだね」

 俺がそう言うと、ファルは微笑んで、俺に口付けをした。


 ブラッフォード侯爵家でのお披露目会が終わったので、俺たちはキャノメラナに向かう。シュライクからキャノメラナまでは、ファルの優秀な馬車で丸一日かかる。早朝に出て、夜遅くに到着する。昼食は馬車の中で食べるし、御者は必ず複数用意する。最低限の休憩で移動するそうだ。ファルは、どちらにも本拠地といえる家があるからできることだと言って、笑った。通常だと、二日の行程だそうだ。


 もうすぐ、じいちゃんや、かあちゃんや、おじさんたちに会える。


 俺はそう思いながら、眠い目をこすって、馬車に乗り込んだ。


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