11 / 52
6-1.誰が駒鳥を襲ったの?
しおりを挟むラプター連合王国の関所門には、早朝だと言うのにかなり多くの人たちが集まって行列を作っていた。ヴァレイの王宮が陥落して政情が不安定になっているので、ラプターに移動する人も多いのだろう。
関所を越えた後、小さな森を抜けたところにあるパロットという街の宿屋に、ラプター連合王国で俺たちを受け入れてくれるという人物が待っているとエディは言う。パロットの宿屋の名前は聞いているので、そこへ向かえば良いとチェスターからは伝えられているそうだ。
ところで、俺たちがいつ到着するのかわからないのに、俺たちの身元引受人なる人物は、その宿屋に何日も滞在しているのだろうか。
関所門で、俺たちの順番が来た。関所門にはいくつか個室が備えられていて、そこで入国の審査をしているようだ。国境だけのことはあり、役人も警備をしている騎士も多く配置されている。
個室には机と椅子と、役人用らしい茶器だけが置いてある。簡素なつくりだ。俺は王都門のように、門番に証明書を見せるだけのような審査だと思っていた。当たり前のことだが、やはり独立国の出入国審査は厳しい。
エディが、チェスターの用意してくれた身分証と書類を見せる。ラプター連合王国にいる俺たちの身元引受人である『保証人』が、入国者の身分証明をしている書類だ。俺はまだ、書類の内容を確認していない。エディに後で聞いたら「無暗に出したらなくしそうだから、懐深くにしまっていた」と言っていた。
まるで子どもみたいで笑ってしまう。
しかし、エディが全て受け答えをすると言っていたので、問題ないと思っていた。
関守の役人が丁寧に1つずつ質問をし、書類に印をつけていく。
「あー、滞在先がどこかはわかっているのか?」
「この先のパロットで待ち合わせをしています」
「えーっと、保証人はあ」
たくさん人が並んでいたのにこんなにゆっくりと対応をしていていいのだろうか。
関守の役人たちがのんびりと書類と俺たちを調べている途中で騎士が入って来た。お尋ね者が混じっていないか各部屋を見回っているのだろうと、後でエディから聞いた。いかにも騎士らしい大柄な体と鋭い目を持つ男は、俺の方を見て少し驚いたような様子を見せた。
もしかしたら、誰かのお付きでヴァレイの王宮に来たことがあって、俺に見覚えがあるのではないか。
そんなことを想像してしまって、心臓の鼓動が速くなる。
騎士が関守の役人が持っている書類を確認した後、耳打ちをした。役人は目を見開いて書類を見直し、頷いている。目の前で内緒話をされると不安になる。書類に何か不備があったのだろうか。書類の中身を見ていないから、わからないのだけれど。
「失礼しました。そちらの……ロビン様、着けていらっしゃる耳飾りを拝見してよろしいでしょうか」
言葉遣いが丁寧になっている。どうしたのだろうか。
「はい、どうぞ」
俺が左耳を関守の役人に見せると、彼は少し目を見開いてから頷く動作をした。
「ありがとうございます。身元確認ができましたので入国を許可します。お時間を取らせました」
「え……」
「ありがとうございました。ほら、ロビン、ジーン行くぞ」
エディに促されて入管手続きを済ませ、無事入国を果たす。エディがいなかったら、何もできなかったのではないのだろうか。エディがいてくれて、本当に良かった。
状況が飲み込めない俺に、パロットに向かう森の小道を、馬を引いて歩きながらエディが説明をしてくれた。
「保証人のファルコン・レイ・ブラッフォード様……ファル様はロビン様と契約なさっていますので、その契約に関する確実な証明が必要だったのでしょう」
「え、ファルが保証人だったの?」
「そうですよ。当たり前ではありませんか」
「当たり前?」
「ええ」
エディが明らかに何を言っているのだという顔をしている。契約しているから当たり前かもしれないけれど、俺はファルがラプターの人だとは知らなかったのだ。そして、ファルに家名があったのか……それがブラッフォード家?
「ああファル様が豪商でいらっしゃるからサッ……ロビン様との契約を進められたのかと思っていましたが。ブラッフォード家の方だったのですね。なるほど。ははあ」
ジーンがうんうんと頷きながら、楽しそうな様子でしゃべっている。昨日の落ち込んだ様子が改善されて良かったけれど、これはこれで心配になる。ジーンの情緒は大丈夫だろうか。
しかし、ブラッフォード家といえば。
ラプター連合王国は立憲君主制の国だ。王族と貴族はいるが政治の実権があるわけではない。王族には公務はあるものの、政治は選挙で選ばれた議員で構成される議会で行われる。貴族も平民もそういう意味では一緒だ。
ヴァレイのような国では、王族と貴族が国を動かしている。そして、貴族は領地経営でその税収をもとに生活している。しかし、ラプターでは貴族だからという理由での経済的な優遇は、あまりない。領地がある貴族もいるが、どちらかといえば、何かしらの生業を営んでいることが多い。ヴァレイのような税制の優遇措置もない。平民より貧乏な貴族なんて、いくらでもいる国だ。
しかし、ブラッフォード家は他の貴族とは違う。
かの家は、現国王の弟が当主の公爵家だ。国王の子どもは、独身の王子ただ一人。ブラッフォード家当主は、第二位の王位継承権を持っている。長男は確か国会議員だったから、ファルは次男以下なのだろう。
そういうことであれば、ファルのあの優雅な物腰も上品な所作も、納得できる。事実上は俺より彼の方が、王子殿下に相応しい生まれ育ちだろう。そういえば、あの見事な黒髪も、ラプターの王族には多い色だ。
ラプターで新しく販路を広げて大きくなっていると噂に聞いたブラッフォード商会は、ファルのものだったのか。
大事なことだと思うのに、俺は何も知らなかった。それなのに、重要な契約をしてしまったことの軽率さに、自分で頭を抱える。今回の件は悪いことではないと思うけれど、これから市井で生きて行くのにこれでは駄目だ。
「ああ、わたしはこれからも殿下の侍従でいることができそうですね」
ジーンが元気になったのはファルの家柄のせいだろう。わかりやすい性質だ。しかし、俺はファルと仕事の契約をしただけだ。
「ジーン、殿下は禁止だ。
それでエディ、耳飾りを確認したのはどうしてなの?」
「ええ。その耳飾りについている翼の文様がおそらくファル様の正式な紋章なのでしょう。だから関守の役人が身元確認できましたと……
それと、あの騎士は、耳飾りに込められた魔力も確認していました。王族の魔力ということであれば、わかるのではないでしょうか」
ファルは、紋章で役人が確認できるぐらい偉い人だったのか。俺は平民だから、身分に大きな差があると感じる。俺の感覚はこの8日間ですっかり平民に戻ってしまった。
「ファルは雲の上の人だったのだな」
「何を言ってらっしゃるのですか。落ち着いたら、もう一度自覚をお持ちいただかねばなりませんね」
ジーンは本当に元気になったようだ。そうはいってもヴァレイ王家はおそらくなくなっているから俺は王子には戻らない。ヴァレイが国として存続しても、『花の名の王子』の制度など消えてなくなるだろう。それを理解しているだろうか。
「ラプターではヴァレイのように身分に厳しくはないですから、気にされることはありませんよ」
エディが、明るい声で励ましてくれる。
俺は、自分が平民に戻ったことをむしろ喜んでいるのだけれど、気にしているように見えたのだろうか。
37
お気に入りに追加
294
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
悪役のはずだった二人の十年間
海野璃音
BL
第三王子の誕生会に呼ばれた主人公。そこで自分が悪役モブであることに気づく。そして、目の前に居る第三王子がラスボス系な悪役である事も。
破滅はいやだと謙虚に生きる主人公とそんな主人公に執着する第三王子の十年間。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる