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4-1.何処に向かって駒鳥は行くの?

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 俺は、ファルから贈られた魔道具の工具用の鞄に自分の道具とともに入れる魔道具を作る材料を吟味しながら、マグワイア帝国との戦況が厳しくなっているというジーンの話を聞いていた。
 ヴァレイはリバーバンクの前線基地のあたりまで、既に攻め込まれていると。

 アイリスは無事なのだろうか。無事だともそうでないともどちらの連絡も入っていない。

 マグワイア帝国と親交の深いラプター連合王国に調停を求めてはどうかという議会の動きがあるのだが、国王がそれを承知しないのだそうだ。現在の状況で調停すれば、国境の引き方がマグワイア帝国に有利なものになるからだろう。
 そんなこと当たり前だ。少々不利な条件になったとしても、ヴァレイ王国とマグワイア帝国の戦力を考えれば、早めに調停をした方が良いはずだ。どう考えても。
 前回の戦いでリットンが戦果を挙げた有利な時期に、さっさと和平条約を結んでしまえば良かったのに、少しばかりの勝利で国王の欲が深くなったのだ。国境沿いの紛争地を、全てヴァレイのものにできると。

 敗色の強い今の戦況を見る限り、愚かとしか言いようがない。

 ヴァレイ国内は、ただ不景気になっているばかりではなく、国内生産の食料は流通状態が悪くなって値上がりしている。そして輸入に頼っていた香辛料や香料、お茶などの一部はほとんど手に入らなくなっているのだ。

 ジーンは花茶を淹れながら、「このお茶もいつまで手に入るか、わかりませんね」と呟いた。
 花茶は希少になっていて、今は保管してあるものを少しずつ飲んでいる。今後は手に入れられるのかどうか、わからない。俺の宮にはお金がないから、余計に難しくなるだろう。

 ファルと契約したから、逃亡の計画は一旦保留だ。じいちゃんたちの居場所は、ファルからチェスターに伝わっているだろう。
 俺はじいちゃんたちの安全のために、当面の間は、今まで通り宮で過ごす覚悟をし直すことにしたのだ。
 じいちゃんたちのことも、戦争のことも、俺は王宮の中で眺めているしかない。本来は、客観的に見ているばかりの立場ではないにもかかわらずだ。

 俺には、何もできない。


 マグワイア帝国との戦況は、ますます厳しくなっている。残り少ない花茶を飲みながら休憩していると、チェスター殿下がこの後すぐに宮を訪問するという先触れを、侍女が持ってきた。

「ずいぶん急だね。何事だろうか」

 俺は道具を片付けて、ジーンにチェスターの好きなお茶とお菓子の準備をさせる。

 チェスターは、ジーンの用意したお茶とお菓子を前に話を始めた。

「急に訪れて悪かったな。しかし、他の者から聞くよりも、私が伝えた方が良いと思ったのだ」

 チェスターが至極真面目な顔をして、俺に向かう。

「何のことですか?」
「激励のためにリットンに同道してリバーバンクの前線基地に行っていたアイリスのことだ」
「アイリス?まさか……」

 俺は、最悪の事態を想像した。多分、青ざめていたと思う。

「実は、リバーバンクでアイリスは、リットンとともに行方不明になっている。その、表向きにはだ」
「行方不明? 表向きとはどういうことです」

 チェスターはお茶を一口飲み込んでからため息をついた。

「本当のところは……アイリスはリットンとともに、ラプター連合王国に亡命した」
「亡命……?」

 俺は言葉を失った。
アイリスはともかく、リットンは将軍だ。将軍が前線から他国に亡命するなんて、通常では有り得ない。それほど戦況が悪いのだろうか。

「リットンは前回の戦いで勝利を上げた直後から、国防大臣とともに和平交渉をすべきと上申していたのだが、兄上は全く聞き入れなくてな……」

 リットンは、国境の小さな紛争のうちに一気に勝負をつけて、ヴァレイに有利な条約でも結んでしまえば戦いは終わるという国防大臣の案に従って、前回は勝利を上げた。しかし、その勝利に味を占めた国王は、リットンに続けと他の将校を煽って、更に占領地域を広げようと戦いを仕掛けた。もともと軍の地力は、マグワイアの方が勝っている。戦いが長引けば勝てる見込みがなくなると、軍関係者はわかっていたはずだとチェスターは言う。

 リットンは勝てる見込みのない戦いを進めるヴァレイ王国に、王家に、見切りをつけた。リットンがアイリスを前線基地に連れて行くという決断をした時点で、亡命の道筋はできていたのだ。

「それでだ。亡命したアイリスと仲が良かったサルビアには、宰相殿から聞き取りがあるかもしれぬから、覚悟しておいてくれ」
「覚悟と言われても……何も知らないのですけれど」
「それはわかっているのだが」

 チェスターがどんなに庇ってくれても宰相の聴き取りをなしにすることはできないだろう。

 その翌日、俺は宰相に呼び出されて詰問された。そう言っていい扱いを受けたのだ。

 そんなことをされたのは、王子になって初めてのことだった。
 しかし何を聞かれても、知らないことは知らないのでどうしようもない。もし知っていたのならば、俺が亡命したかった。
 実際にヴァレイにとって痛手なのは、アイリス自身と言うよりも、『元王族のアイリスを連れて行ったリットンの亡命』の方なのだ。例えば、俺がいなくなっても王家としては面子を潰されたとは思うかもしれないが、実質的な害はない。『花の名の王子』など、いっそ死んだことにしてしまえばいいのだ。王位継承権もないのだから。

「サルビア殿下には、宮をお移り願います。国王陛下からのご命令ですので、了承くださいますように」

 宰相からそう言い渡されて、宮を移ることが決定する。もっと警備を厳重にできる場所に移されるのだ。
だが、そういう手はずであったものの、行き先の宮が最近は使われていなかったため設備が整っていないという理由で、すぐには移動できないという。準備が完了するという三日後に移動することになった。

 なぜ、すぐに調整できないのか。何かおかしいと俺は思った。

 俺を拉致してきたときは、その日のうちに全部決まっていったのだ。
 この機会に侍女を減らすとも言っていたが、それもおそらく今回のことには関係ないだろう。王宮の財政は、どんどん厳しくなっていたから。
 それにしてもこんなに手際の悪いことは、これまでの王宮運営ではなかったように思う。


 ジーンに宮の移動と侍女が減ることを話したら、ぽろぽろと泣き出した。

「サルビア殿下はっ…何もされてないのに。酷過ぎますぅっ…うぅっ…」
「ジーン、泣かなくてもいいよ。俺は今回に限らず、王家にはいつもひどい目に遭わされているから。
 それでね、必要なものだけ運ぼうと思うから、できるだけ荷物を少なくして欲しい」
「えぐっ……、かしこまりました」

 警備が厳重になるのならば、王宮から逃げ出すことは難しいだろう。逃げる計画を保留にした途端、今度は自分の身の危機で逃げたくなるなんて。


 ……しかし、俺の人生は相変わらず予想通りには進んでいかないのであった。


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