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54.どんな魔獣が王都に来ても驚かないことにします

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 楽団の奏でる音楽を聞きながら、僕たちは星祭の式典が行われる演台に立った。国王陛下夫妻の右隣にはヘンドリック殿下とイルゼ様が、左隣にはラインハルト様と僕が並ぶ 
 その後ろには、ロルバッハ魔法騎士団長とアイヒベルガー騎士団長、ファーレンハイト魔術師団長が控えるように並んでいらっしゃる。各副団長は、別の場所で指揮にあたっておられるはずだ。

 星祭の開催にあたって、国王陛下が初代国王陛下の生誕を寿ぐとともに星祭を祝うお言葉を述べられる。
 今年は、王都近辺での魔獣の凶暴化についても、王国を上げて対処していくというお言葉もあった。王族も安全なところで見ているわけではないということを皆に知らしめるために、ヘンドリック殿下が指揮を行い、直接討伐に出向くのはラインハルト殿下ということもお話しされる。
 王族が前線に立ってこそ、戦いに向かう者の気持ちは鼓舞されるものだ。

 会場を見渡すと、騎士と魔法騎士、魔術師が配置されているのが見える。通常より人数が多いだけでなく、不測の事態が起きたときに市民を守れるように配置されている。今年は、防護壁を作るのに長けた魔術師が多く投入されているはずだ。

 そして、アンネリーゼ殿下とヘレーネ殿下、妹君たちはデビュタント前であるため演台には登場しない。王宮の式典が見える部屋にいらっしゃる。これも、警備を円滑に行うためである。
 端的に言えば、足手まといになられては困るという理由による。

 星祭を市民の参加なしで行うことも検討されたのだが、もし王都を魔獣が襲うのであれば、各自が家にいる方が避難させるのが大変である。効率よく市民を避難させて、守ることができるようにと考えられて、各団の人員配置は配慮されている。

 当然、僕は戦力に入っている。王族を守ることが優先される立場であるけれども。

 国王陛下のお言葉が終われば、星祭の演目が始まる。最初は、魔法騎士団による魔法と組手による演舞だ。その後は、騎士団の模擬試合、魔術師団の魔法演技の披露へと続く。
 訓練の成果を華やかに見せている各団の精鋭たちの様子に、市民は歓声を上げ、拍手を送る。
 演技の途中で、国王陛下や演台の上にいる各団長に情報がもたらされている。状況に変わりがなくても、報告はされる。今のところ、変わったことがある気配はないようだ。
 
 いつものように星祭の日を過ごすことができるかもしれない。

 このまま何もなければ……

 最後の演目である音楽隊の演奏が始まり、皆にそのような気持ちが出てくる。そんなときだった。

「ラファエル、市街地に残っている人たちの避難が完了したから、心の準備をしておくようにね」

 隣にいらっしゃるラインハルト様が、如何にも婚約者に愛を語るような笑顔を浮かべて、僕の耳元にそう囁かれた。

「かしこまりました。ラインハルト様」

 僕もラインハルト様の耳元に唇を寄せて、応えを返す。皆からはさぞや仲睦まじく見えることだろう。
 魔獣は、王都郊外の森や街道の魔素が濃くなったところで発生している。それらが、王都の城壁を乗り越えて、或いは、門を破って侵入しようとしているという伝達があったのだ。
 今のところは、城壁を守るために配置された騎士と魔法騎士、魔術師によって、侵入は防がれているようだが。
 しかし、魔法学校に飛来したワイバーンのように空を飛ぶ魔獣がやってくれば、防衛線は破られるかもしれない。演台は高くなっているので、城壁の天辺が見える。あれを飛び越えて来る何かがいれば、よく見えることだろう。

「ラファエル、準備はいいかい?」
「ラインハルト殿下、お任せくださいませ」

 僕は楽団が奏でる星祭を祝う音楽を聞きながら、静かに戦闘に向けた意識を練り上げていく。

 楽団の演奏が終わると同時に、観客に魔獣が王都の城壁の近くまで迫っていることと、各騎士団の防御は今のところ成功しているが、避難の必要があることが告げられる。

「落ち着いてください。市民の皆さんのことは必ず守ります。近くにいる騎士の指示に従って、速やかに避難をしてください」

 アイヒベルガー騎士団長が、落ち着いた声で市民に指示を出していらっしゃる。

 騎士団が中心となって行われた避難行動は大した混乱もなく、速やかに行われた。王宮近くにある音楽堂、図書館等の頑丈な建物に分散して避難し、騎士と防御壁を張ることができる魔術師が各所に配置されている。
 魔法騎士は、魔獣を討伐する態勢に入っている。

 国王陛下と王妃殿下とイルゼ様は、王宮内に移動された。ヘンドリック殿下は指揮を執るために演台に残り、ラインハルト様と僕は魔獣を迎え撃つ準備をする。
 近くに控えていた、ディートフリート様とマルティン様も演台に来られた。ラインハルト様とともに戦い、お守りするためだ。

「このまま、城壁の向こうで魔獣を食い止めることができれば良いのだが」

 ヘンドリック殿下のお言葉に皆が頷く。
 僕もそう思ってはいるものの、ここが『ヒカミコ』の世界であるならばそうはいかないだろう。そして、シモンが魔獣を押し返して市民の安全が守られるなら、それでいいのかもしれない。
 しかし、これまでの調査を鑑みると、ことはそれほど単純ではないと思われる。

 おそらくそれは、本当のことではないからだ。

「空から魔獣が飛来するぞ! 総員、態勢を整えよ!」

 空の向こうからワイバーンが飛来してきたのを確認したロルバッハ魔法騎士団長が、風魔法に声を乗せて指示を出した。
 王都の森の近く、ここからは遠い場所になる。城壁の向こうで、おそらく魔法騎士や魔術師に落とされているのだろうワイバーンが見える。もし、あの攻撃をすり抜けてくれば、餌を求めて人の気配がするこちらへ向かってくると思われる。

 しかし、そのワイバーンの後ろに、ひと際大きな竜の姿が見えた。

 あれは、ワイバーンではない。
 あれは……

「リンドヴルム……?」
「どうして、あんな辺境にしかいない竜が」
「人里で見かけたなどというのも、聞いたことがないぞ」

 リンドヴルムは、辺境に住む毒竜だ。

 人間のいる場所に降りてくることはほとんどない。ましてや、王都で見ることがあるなどと、誰も思わないだろう。

 皆、現れるはずのない魔獣を見て、焦燥感を抱いている。
 どうして、王都にこんな魔獣が現れるのかと。


 もう、どんな魔獣が王都に現れても驚いてはいけないのだろう。王都郊外の森に砂漠の蛇がいたのだから。

 城壁でリンドヴルムを食い止めることができればいいのだけれど、どうだろうか。


 僕はそう思いながら、長剣を鞘から抜いた。




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