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50.門扉や尖塔ぐらい壊さないと物足りないでしょう

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「ひうっ……」
「ふえっ……」

 ビュッセル侯爵令息の魔法の威圧を浴びて、子爵令息とヨラ男爵令息が変な声を出している。ビュッセル侯爵令息の魔法は、二人にだけ威圧が掛かるように絶妙に調整されていて、素晴らしい。

「どうなんだ。質問に答えろ」

「おっ俺たちは、泣いているシモンが可哀想だと思って……」
「俺たちの友だちは皆ラッ……ヒムメル侯爵令息が虐めてると思っています。そっそれに、虐めの証拠なんか残ってませんよ
「がっ学年一位の賢い人なんだから、証拠なんか残さないでしょう?」

 ビュッセル侯爵令息の言葉に怯えながらも、ディール子爵令息とヨラ男爵令息は、僕が虐めをしていると主張する。そして、虐めているという証拠がなくても詰って良いと思っているのは、理解できない。
 その様子は、以前バーデン伯爵令息が僕に突っかかって来た時の姿に重なる。
 二人は、ビュッセル侯爵令息の魔力に当てられて、あの時のバーデン伯爵令息と同じように、青い顔をして目を泳がせながら唇を震わせている。

「どうしてこのような場所で騒いでいるのですか?」

 ようやく、この騒ぎを聞きつけた先生方がやってきた。副学長とウーリヒ先生である。これまでは、作法の先生が来てくださっていたのだが、シモンの担当は全面的にウーリヒ先生になったのかもしれない。ウーリヒ先生はシモンを特別に目をかけて指導していたようであるし、ご自身で希望されたのかもしれない。

 目を潤ませて壁に縋っていたシモンは、ここまで一言も発していなかったのだけれど、ウーリヒ先生がこの場に現れた途端に、声を上げた。

「二人はっ! ラインハルト様から愛されているせいで虐められている僕のことを思って、言ってくれたんだ!」
「は?」「え?」「……正気?」「ああ……」

 シモンの叫び……もう叫びで良いだろう。とにかくそれを聞いた周囲の生徒たちから、変な声が漏れる。

 シモンは何を言っているのだ。

 少人数の前ならともかく、これだけ生徒が集まっているところであのような発言をしてしまうと、王族の婚約者として見逃すことはできない。シモンの発言は、本人がいない場で王家の人間であるラインハルト様が「不貞を行っている」と語ったに等しいのだから。

 これでは、ラインハルト様が僕を断罪する前に、僕がシモンを断罪しなければならなくなってしまう。

 事が大きくなる前に先生方に任せた方が良いだろうと判断した僕は、副学長に目を向けた。
 ぽかんと口を開けた副学長は、僕と目を合わせると、はっと気づいたように唇を引き締めて頷き、しかるべき指導を自分の生徒に行おうと口を開けた。

 しかし……

「シモンさん! 可哀想にっ……。
 虐められているという噂は、本当だったのですね!」

 ウーリヒ先生がシモンに同調するようなことを話し出すと、空気がぐらりと揺れるような感覚がした。誰も声を出さずに、ウーリヒ先生を見つめている。
 そして、シモンは笑顔を浮かべ、ヴァネルハー辺境伯令息は眉を顰めている。副学長は目を泳がせた後、首を左右に振った。

「ヒムメル侯爵令息、貴方はこんな場所でシモンを虐めるなどと……」
「ウーリヒ先生、僕がレヒナー男爵令息を虐めているという事実はありません。それは、ただの風評です」

 ウーリヒ先生は、僕がシモンを虐めているという印象を生徒たちに植え付けたいのだろう。ウーリヒ先生が殊更大きな声で言い募る内容を、僕は王子の伴侶教育で得た発声で否定する。悪役令息といえど、冤罪で断罪されるのは気に入らない。

「でも!」
「ウーリヒ先生。この場においてのヒムメル侯爵令息は、ディール子爵令息とヨラ男爵令息から証拠もないのに虐めの謝罪を求められていた、いわば被害者ですよ。馬車止めに向かっている途中で通行の邪魔をされて、冤罪を吹っ掛けられたのですから。証拠がないことは、ディール子爵令息もヨラ男爵令息も認めています」

 ビュッセル侯爵令息が、副学長とウーリヒ先生にここまでの状況を説明し、副学長が周囲の生徒にその内容に誤りがないかを確認した。それをもって副学長は、おおよそのことを把握できたと言って場を収めようとなさった。

「でも! 殿下の愛がシモンに移ったから嫉妬していると聞いてます! だいたい、ヒムメル侯爵令息は、シモンに近づいてはいけないのではなかったのですか!」
「ウーリヒ先生、黙りたまえ」

 ビュッセル侯爵令息の説明と周囲への確認で、副学長が納得されたにも関わらず、ウーリヒ先生はまるで蒸し返すかのように僕が悪いと訴える。副学長がウーリヒ先生の肩を揺さぶって黙らせているが、ウーリヒ先生の目は、親の仇のように僕を睨みつけている。

 教師の立場でこんなことを言うとは。これも、物語の強制力なのだろうか。

 それにしても、同じことを言うにしても、声を抑えることもできるだろうに。この先生は、こんな雰囲気の人であったのか。ディール子爵令息やヨラ男爵令息も、叫ぶように話していた。やはり、シモンの話し方が伝染するのかもしれない。

「ウーリヒ先生は、風評をもとに僕に冤罪を着せようとなさっているように思えます。そのうえ不敬にも、ラインハルト殿下のお気持ちを勝手に代弁されています。
 そしてウーリヒ先生、接近禁止命令は、僕にではなくレヒナー男爵令息に出されておりますのでお間違えの無いようにお願いいたします。
 副学長、こんなに人目のある場所でこのような発言をされたのでは、看過するわけに参りません。
 ヒムメル侯爵家と王家にこのことは伝えることになりますので、よろしくお願いいたします」

 僕はそう言って、副学長に礼をした。王家とヒムメル侯爵家から抗議が届くのは必至であろう。

「ああ、承知したよ。ヒムメル侯爵令息……」

 副学長はがっくりした様子でそう答えると、周囲にいる生徒に解散するよう指示をした。

「高位貴族として抗議するのは当然だよ」「ヒムメル侯爵令息の冷静な対応さすがだな」「ウーリヒ先生どうしたのかしら」「副学長は可哀想かもね」

 皆がざわざわと話している。きっと僕の高圧的な態度を、謗っているのだろう。もちろん、僕の身分を考えれば当然のことをしただけなのである。しかし皆には、僕が悪役令息であるという印象が、しっかりと刻まれたはずだ。

 よし、この調子だ。

 これぐらいのことをしなければ、悪役令息としては物足りないだろう。教科書を破くなんて、幼稚で馬鹿馬鹿しい。物を壊すのであれば、少なくとも門扉や尖塔を破壊するぐらいでなければならないだろう。
 あるいは、床を全て凍らせるとか……


「おかしい……、こんなはずでは……」

 ウーリヒ先生が副学長に腕を掴まれて去り行くときに、ぽつりと呟いていたそれは、何だったのだろうか。

 

 その後、簡単な聞き取りを終えて、僕たちは魔法騎士団に向かった。

「ローレンツ、ありがとう」
「いえ、ラファエル様、差し出たことをいたしました」
「いや、当事者でない者が説明したのが良かったのだと思います。ローレンツがうまく対応してくれて助かりました」
「……ラファエル様のためですから」
「?」

 僕とビュッセル侯爵令息がそのような話をしている魔法騎士団に向かう馬車の中で、ヴァネルハー辺境伯令息は「いい加減解放されたいです……」と呟いていた。



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