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27.護衛騎士がつくことになりました
しおりを挟むその後、ガウク分隊長は、魔法騎士団から退団することになった。通常であれば、王子の婚約者である侯爵家の人間に問答無用で制裁を加えようとしたのだから、それなりの処分が与えられる。しかし、それは退団とは別の懲戒処分になるはずだ。しかし、ガウク分隊長は、魔法騎士団の退団と同時に、医療院の特別棟に入院したのだ。
精神に障害を負ったとしか思えない状態になったからである。
魔法騎士団からは、ヒムメル侯爵家に対して正式な謝罪があった。
その数日後、僕はオスカー兄上の書斎で、魔法騎士団からヒムメル侯爵家になされた報告を聞いた。ロルバッハ魔法騎士団長とサウベラ魔術師団長のお二人からのお話しだったそうだ。
「父上の代わりにあのお二人から話を聞くなんてね。緊張したよ」と言って笑うオスカー兄上は、おそらく緊張していなかったことと思われる。
「魔法の残滓を手繰った結果、ガウク分隊長の症状は精神汚染魔法によるものではないかということだ」
「精神汚染魔法……禁術ですね」
「うむ。その通りだ。そのうえ、現在、魔道具を使わずに精神汚染魔法を使える者はシュテルン王国にはいない。
魔術師団長のサウベラ伯爵によると、巧妙にその力を隠すというのも、難しいだろうとのことだ。つまり、非合法の魔道具を使われたのだろうと推測されると」
「それは、僕が聞いても良いお話なのでしょうか」
「ああ、各所の許可は得ている。当然、他言は無用だ」
「かしこまりました」
ガウク分隊長が精神汚染魔法にかかったのが、いつからなのかはわからない。直近の勤務の様子に変わった様子はなかったということだけははっきりしているようだ。これまでと違う人物との接触もなかったようであるという。魔法騎士団の同僚や親族、友人などと会っているだけのようだ。
「しかし、何日か前、あるいは何年か前に魔法をかけておいて、きっかけがあればその魔法が発動するようにもできるのでしょう?」
「そう、だから容疑者を絞るのは難しいそうだ。捜査は続けられているがね。
それより、今回の件では、ラファエルが狙われたのではないかという可能性がある」
「僕が、狙われていたと?」
「驚くようなことではない。ラファエルは、ラインハルト殿下の婚約者なのだからね。それに、間接的にラインハルト殿下を狙った可能性もあると、魔法騎士団では考えているそうだ」
「それは……、もしそうであったならば、許せませんね……」
ラインハルト様を害しようと狙うなどとは、不届き千万である。僕がこの身を挺してラインハルト様をお守りせねばならない。人体に氷魔法を使うのは危険だが、ラインハルト様を害する気があるのなら手加減する必要はない。証言をできる程度に凍らせればちょうど良いだろう。
「どうも物騒なことを考えている気配がするけれど、それは置いておきなさい。
今回の件を受けて、ラファエルにも王宮から派遣された護衛騎士がつくことになったからね」
「そのようなものは、不要では……」
表向きには明らかにはされていないが、僕には王宮から影がついていることと思う。
それ以外に護衛騎士がつくなどとは、人の無駄遣いだ。その分、ラインハルト様を手厚く守っていただく方が良いのではないだろうか。
「やれやれ、ラファエルは、王子殿下の伴侶になるのだから、護衛騎士に守られるという体験も必要だと心得なさい。
自分が守られることで、ラインハルト様の御身も守ることができるのだから」
「ラインハルト様の御身をお守りできる……」
「その通りだ。早速明日から配置されることになるようだからね」
「はい。承知いたしました、オスカー兄上。ラインハルト様のためなら……!」
「ふふ。ラファエルは、ラインハルト殿下のことになると、受け入れ幅が広くなるね」
僕が両手を握って、話を了承すると、オスカー兄上は楽し気に微笑まれた。
オスカー兄上は、ヒムメル侯爵家の私兵をつけることも提案してくださったようだ。しかし、王家……特に王妃殿下が、僕に護衛をつけることを強く望んでいらっしゃるとのことだ。そうであれば、お断りをすることはできなかったであろう。
「我が家の護衛では、ラファエルは大人しくしていないだろうしね」オスカー兄上はそうおっしゃるのだが、そのようなことは当然である。
「そういえば、父上からの書簡によると、ヒムメル侯爵領の魔獣の森では、特段、魔獣が増えたり凶暴化したりしているということはないようだ」
「そうですか。そういえば、ヴァネルハー辺境伯令息も、領内で魔物が増えているということはないと言っていましたね」
ヒムメル侯爵領もヴァネルハー辺境伯領も国境沿いであるとともに、魔獣がたくさん生息する地である。両親も現地を確認するために領地に帰っていたが、魔獣の出没はいつもどおりのようだ。それは、ヴァネルハー辺境伯領でも同じで、彼の令息は、「出現数が増えていたり凶暴化したりしていたら、学校を休んで狩りにいかなければならないところです」と言っていた。
「うむ。どちらかというと、今まで魔獣が少なかった王都近辺での報告が増えているようだね。そちらの『狩』ではラファエルも活躍の機会があるかもしれない。心しておくように」
「かしこまりました。オスカー兄上」
翌日の朝から、新しい護衛騎士がヒムメル侯爵邸に赴任した。三人の近衛騎士が交代で一人ずつ護衛をしてくれる。いずれもラインハルト様の護衛を務めたことがある騎士であったため、簡単な挨拶をするだけに終わった。
ヒムメル侯爵邸にはもともと私兵が詰めているため、屋敷の外での護衛ということになるだろう。
護衛が増えたからといっても、さほど生活が変わるわけではない。魔法騎士団と魔術師団が精神汚染魔法の出所を探っているのだから、僕は、学校生活と王宮での伴侶教育に専念すれば良い。
魔獣が多すぎるのであれば、ロルバッハ魔法騎士団長と『狩』に行くときに大量に討伐すれば良い。魔法学校の生徒に過ぎない僕が身の程を知るのも大切なことだ。
オスカー兄上とそう語り合って笑った。
そう思っていたのだけれど、起こる出来事はいつも想定外だ。
それはここが、物語の世界だからなのだろうか。
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