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49.ステイシー伯爵の訪問

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「ステイシー伯爵の訪問がある。ジェラルドがあそこの次男に貸した金子を返しに来るそうだが……」
「ええ? どうしてお兄様にお金を返すのにコートネイのタウンハウスではなく、こちらに来られるのですか?」

 アラステアは、祖父から伝えられたことに疑問を持つ。
 ステイシー伯爵が返しに来るのは、エリオットが複合施設のカフェで現金の持ち合わせがなくて困っていたところをジェラルドが代わりに支払った、あのお金のことだろう。
 確かにジェラルドはラトリッジ侯爵邸に入り浸ってはいるが、借りたお金を返すのに他家の応接室を使うなどということは通常では考えられないことだ。
 そもそも、ジェラルドがラトリッジ侯爵家で毎晩のように夕食をともにしていて、自分の居室もあるなどと、ステイシー伯爵が知っているとは思えない。

「ジェラルドがこの屋敷にいることが多いという話は、ジョナサンから伝わったのだろうな。
 ステイシー伯爵は、ジェラルドに金子を返すことを良い口実にしようとしているのだろう」

 ステイシー伯爵家はラトリッジ侯爵家と『仲直り』をしたいのだ。両家は直接の取り引きはないものの、社交界での立ち位置を考えればエリオットがアラステアに接近禁止命令を出されているのは宜しくないことだ。ましてやアラステアは、クリスティアン殿下の婚約者だ。王子の婚約者の不興を買っているのは望ましいことではない。
 エリオットは、学院卒業後には王都にあるステイシー林業事務所で働くことになっている。
 伯爵家の次男で継承する爵位がないベータのエリオットは、どこかの跡取り娘の婿になるのを望むのが通常だ。しかし、ステイシー伯爵はエリオットの婿入り先を特に探してはいないようだ。何より、エリオットが王立学院在学中に放蕩の限りを尽くしていたため、貴族令嬢でエリオットと婚姻を結びたいという者がいないのである。

「まあ、アラステアがステイシー伯爵と顔を合わせたくないというなら同席しなくて良いぞ。彼はジェラルドに会いに来るのだからな」
「そう……そうですね。ステイシーのおじ様に会いたくないというわけではないのですが」

 ステイシー伯爵に思うところがないわけではない。エリオットによると、彼に幼いアラステアと仲良くしろと強要したのがステイシー伯爵なのだ。それによって、アラステアはエリオットから恨みをぶつけられることになったのだ。
 しかし、ステイシー伯爵はアラステアの父、ジョナサンの友人なのだ。自分の息子に友人の息子と仲良くするように言い聞かせるのは、それほどおかしなことではないだろうとアラステアは考えている。
 今でも、父親同士の交流はある。コートネイ伯爵家は、ステイシー伯爵領の豪雨被害の援助もしているのだ。アラステア自身も、エリオット以外のステイシー伯爵家との付き合いをしたくないわけでもない。

「エリオットが来るのであれば、会いたくはありませんが……」
「ああ、ステイシー伯爵だけが来ると聞いているが」
「では、少しだけなら」
「そうか、これも侯爵家としての社交の一環だと割り切って臨むと良かろう」
「はい、お祖父様」

 ラトリッジの祖父は、アラステアに笑顔を向けると満足気に頷いた。



「大丈夫だよね」

 ステイシー伯爵とのつながりができることによって、エリオットとまた縁ができてしまえば、『コイレボ』の強制力が働くかもしれない。そのようなことを考えて、アラステアは不安になる。
 しかし、エリオットの訪問はないというし、学院を卒業するまでの間だけ会わないでいれば、その後は、以前のように仲良くはならなくとも、険悪な関係を解消しても良いのではないか。
 アラステアは、ノエルと別れてカフェテリアで過ごすエリオットを見かけて、そのようなことを思った。
 クリスティアンがその考えを知ったらどう思うかなどということも、アラステアは想像していない。



 ステイシー伯爵がラトリッジ侯爵家を訪れたのは、それから数日後だった。
 ジェラルドに用事なのであるから、祖父とアラステアは最初に挨拶をしてすぐに退出をする予定だ。一通り挨拶も終わってから、軽く世間話をした。

「いやあ、アラステアは美しくなって、第三王子殿下の婚約者としても申し分ないね」
「恐れ入ります」

 ステイシー伯爵が笑顔で話しかけてくるのを、アラステアは無難にやり過ごす。やはり、第三王子であるクリスティアンの婚約者であるアラステアと仲良くしておきたいという気持ちがあるのだろう。それを隠そうともしないステイシー伯爵の態度に、不満げな表情を見せたのはジェラルドだった。

「ステイシーのおじ様、本日の訪問の主題に入りましょうか。
 お祖父様、アラステア、そろそろ」
「おお、そうだったな、それでは我らはこれで失礼する」
「ステイシーのおじ様、久しぶりにお会いできて懐かしく思いました。これにて、失礼いたします」
「あ、あのっ」

 ステイシー伯爵の呼び止める声を無視して、祖父とアラステアは笑顔で応接室から退出した。



「ステイシーのおじ様は、エリオットのアラステアへの接近禁止命令を解いて欲しいみたいだね」

 ステイシー伯爵が帰った後、ジェラルドはアラステアと祖父、祖母にそう話をした。

「まあ、可愛いステアにあんな酷いことを言ったのに何てこと。やっぱり自分の息子には甘くなるのね」
「うむ、学院を卒業した後に王都の事務所で働くようだから、ラトリッジと険悪なのは良くないと思ったのだろうが。まだ一年もたっておらんからな」
「そう、俺もまだ早いと思いました。ところで、アラステアは、どう思うんだい?」

 祖父母は、ステイシー伯爵の息子に対する甘い態度に怒りを表している。それに賛同しながらも、ジェラルドはアラステアの気持ちを聞いてくれる。

「僕、まだエリオットと話をするのは……
 それに今は王子の婚約者だから、あの時のようなことがあれば、今度は接近禁止命令どころでは済まなくなるでしょう?」
「ああ、そうだな。王エリオットが都の事務所で働いて、真面目な生活を送れるということを見極めてからでも良いのではないか?」
「そうね、まだまだ様子を見ないと」
「わかった。ラトリッジ侯爵家への正式な申し入れではないし、話を聞いた俺からそれを伝えておくよ」
「ありがとうございます」

 アラステアは、自分の気持ちを汲んでくれる皆に感謝した。
 図らずも、皆がエリオットが卒業して落ち着いた様子を見せたならば接近禁止命令を解こうと言ってくれたことで、アラステアは胸を撫で下ろす。
 とにかく、『コイレボ』の物語が終る卒業式まではエリオットに近づきたくないのだ。そしてその後は、彼の態度次第だろう。

 いずれにしても、アラステアとって幼い頃のようにエリオットと仲良くすることは、すでに考えられないことになっているのだ。

 そう、結婚を誓い合ったあの日の気持ちに戻ることはないのだから。
 



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