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47.運命の出会い
しおりを挟むあの子が通った後の廊下には、花の香りが満ちている。
彼は学院の廊下で立ち止まった。
この香りがあの子のものなのか。この芳しい花の香りが。
今までに感じたことのないこの香り。
なんてあの子に相応しい香りなのだろうか。
ああ、本当にこれが。
願いをかなえてくれるというから、恋人のように振舞った。何度も体を重ねた。
冬の祭礼の日は激しく交わった。
「これでレボリューションを起こすことができたはずだよ。
君の願いをかなえてあげたんだから、次は僕に協力してよね」
冬の祭礼の翌朝、ピンク色の睫毛に縁取られた目を細めて、華奢なオメガは笑った。
「いろいろ予定が狂っちゃったけど、僕は僕でかなえたい望みがあるのさ」
オメガの最後の呟きは、彼には聞こえなかった。
彼の願いは、本当にかなったのだろうか?
そしてもう一人の彼の望みは、かなうのだろうか……?
◇◇◇◇◇
アラステアは、冬の祭礼を無事に終えた。アラステアとローランドがしなければならないことは、夏の祭礼と同様だ。冬は捧げる花が百合から白い薔薇に変わるという違いしかない。
ローランドは王室に入るのでいずれは祭礼の儀式に加わることになるが、アラステアはその所作を覚える必要はない。クリスティアンと婚姻を結んだとしても、彼が婿入りするのであってアラステアが王族に加わるわけではないのである。
何事もなく祭礼を終えることができたので、アラステアは清々しい気持ちでラトリッジ侯爵邸での晩餐を堪能した。
冬の祭礼の後の短い休暇の終わりに、ファクツ皇国のヘンリー皇子はオネスト王国に到着した。
未成年の皇族であるということもあり、大規模な夜会などは開催しない。その代わりに、王妃主催で昼間に小規模な歓迎会が開かれた。
「ああ、こんなに魅力的なオメガの方が二人とも王子の婚約者だなんて残念です」
「ふふ、ほめていただいたと思っておきます」
「過分なお言葉、恐れ入ります」
アラステアとローランドは、明らかにお世辞とわかるヘンリーの言葉にも笑顔で無難に答える。しかしヘンリーは、ファクツでも浮名を流しているアルファだ。お相手は、男性、女性、アルファ、オメガ、ベータという区別がないのが特徴だ。そのため、ヘンリーは、すべてに愛を注ぐ博愛主義者だといわれている。
それを博愛主義というのかどうかは、わからないが。
そういう噂のあるヘンリーに笑顔を向けられたのだ。クリスティアンとアルフレッドが思わず自分の婚約者を抱き寄せることになっても仕方がないだろう。
そのようなことがあっても、王妃主催の歓迎会は穏やかに終わり、学院での勉学の日々へ皆は突入していくことになる。
そしてアラステアは、主人公ノエルがどう行動するのかということに不安を抱きつつも、自分が悪役令息として断罪される確率は低くなっていると信じようと考えていた。
そう、エリオットと関わることがないのだから、悪役令息にはなりようがないのだと。
ヘンリーは学院の集会で全体に紹介され、留学生活を始めた。アラステアやクリスティアン、ローランドと同じSクラスへの転入となる。
ヘンリーはすぐにクラスに馴染み、皆と仲良く会話を交わすようになる。博愛主義者といわれるだけあって、ヘンリーは社交性に優れていた。そして、母国での浮名を感じさせない程度には、品行方正に周囲と接している。それは、一国の皇子として当然の振る舞いではあるのだが。
「ああ、アルファとオメガとベータが同じ教室で授業を受けるなんて、俺の国では考えられないよ」
「ファクツ皇国の教育施設は性別で教室を分けているのだったね」
「そう、我が国は考えが古い。今は医療が発展しているし定期健診と薬の投与をすることで、何も問題は起きないはずなのだけれどね」
カフェテリアでのヘンリーとクリスティアンの会話を、アラステアとローランドは黙って聞いていた。
周辺国と比較すると、ファクツ皇国には根強いオメガ差別が残っているといわれている。
ヘンリーが差別主義者であるとは限らないが、性別に関するそもそもの認識が違う可能性はある。
流石に他国の王族の婚約者には失礼を働かないだろうとは思うものの、あまり刺激しない方が良いと考えた二人は、社交儀礼に反しない程度に関わりを薄くするようにしていた。
「そう、我が国の教育機関では、すべてを共学にするために様々な取り組みがされているからね」
「ぜひ、それも学んで帰りたいと思っているのだ。俺は旧弊な我が国で、その学びを生かしたい。」
クリスティアンとヘンリーが笑顔で話す様子は、美麗で見ごたえがある。カフェテリアでランチをとっている学生の注目を集めるのは仕方ないことだ。
更に、ヘンリーは婚約者のいない皇子だ。
あらゆる性別を相手にすることまでは知られていないかもしれないが、女性やオメガの中にはあわよくばと思うものもいるかもしれない。
そういったことに関する『思わぬ事故』を防ぐための護衛も、ヘンリーにはつけられていた。
午後の授業に向かうため、四人は席を立ち、カフェテリアの出口へ向かう。
「きゃあっ!」
甲高い悲鳴とともに、床に何かが叩きつけられるような音がした。
ヘンリーにつけられた護衛は身構え、アラステアとクリスティアン、ローランドにつけられた護衛は主を庇う体勢をとる。
四人の目の前に転がっているのは、ピンク色の髪をした可愛らしい少年。そう、主人公ノエルだ。
「痛あああい。転んじゃったああ」
その声を聞いたヘンリーは、素早くノエルの傍に駆け寄った。
「大丈夫かい。さあ、俺の手につかまると良い」
「あ、ありがとうございます」
頬を染めてヘンリーを見あげるノエルは、それはそれは可愛らしい。
銀色の髪に水色の瞳の大柄なアルファと、ピンク色の髪と瞳を持つ華奢で可憐なオメガ。二人が見つめ合う姿はまるで、演劇の一場面のようだ。
それは、周囲からは運命の出会いに見えるほどに絵になっている。
それを見たアラステアとローランドは呆気に取られていたし、クリスティアンは頭を抱えていたのだけれど。
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