上 下
38 / 85

38.主人公以外もカフェテリアを走る

しおりを挟む

 芸術祭の出し物は、絵画や彫刻などの部門と、アラステアたちが出演する音楽の部門に分かれている。

 王立学院には芸術専門の教育課程はないため、芸術については手習いや貴族の教養程度のレベルであることが多い。
 それに対しての武術祭での剣術や体術の対戦については、将来騎士を希望している者も参加するためレベルが高い。芸術祭での表彰されることと、武術祭で優勝杯を手にすることの間には、歴然とした差があるといえる。

 武術祭も芸術祭も、学生の保護者についても事前に申し込んでいれば観覧することができる。そして、例年であれば、武術の試合や音楽の部門に出場する学生の保護者や、絵画や彫刻を出店している学生の保護者ぐらいしか申し込みがない。
 しかし、今年は音楽部門への観覧申し込みが殺到していた。
 それは、芸術祭の音楽の部門に王族とその婚約者が出演するということで、祭りの前から大層な話題となっていることによる。学生とその保護者の間では、武術祭並みに音楽部門の席取りが大変になるだろうと予想されていた。
 その噂を耳にしたアラステアは、運営する学院と生徒会が大変だろうと思ったが、ローランドは「気にすることはないよ」と涼しい顔をしていた。 
 そう、学院を出て王宮の文官や武官を目指す生徒会メンバーは、これぐらいのことをこなせなければならないのである。むしろ鍛えられる良い機会だと言って、ローランドは微笑んでいた。

 武術と芸術の祭は二日にわたって行われる。二日目の午前中には、音楽の出し物が行われることになっている。そして、一日目の午後から武術の予選、二日目の午後から武術の決勝がある。そして、絵画や彫刻は二日間展示されているので自分の予定に合わせて鑑賞することができるのだ。


 二日目は音楽の出し物があるため、一日目の午前中にアラステアはローランドとともに絵画を鑑賞していた。その間、クリスティアンとアルフレッドは生徒会メンバーに、明日の祭りの来賓として王妃を迎えるための助言をしに行っている。
 クリスティアンとアルフレッドは、自分たちが音楽部門に出場するせいで混乱している生徒会を助けてやろうと思ったのだろう。さらに彼らは、自分たちの母親である王妃が、機嫌よく来賓として過ごした方が自分たちにとっても好都合だと計算していた。それは二人の間の暗黙の了解であって、生徒会メンバーが知る由もないことであるが。

「クリスティアンは、無理矢理連れて行かれたみたいだよね。可哀想に」
「生徒会の人たちは、アルフレッド殿下だけで良い雰囲気だったものね」
「ああ、この夕焼けの描写は素晴らしい……」
「グラデーションが美しく表現されているの、素敵ね」

 アラステアはローランドの意見に同意しながら、学生の絵画や彫刻などの力作を鑑賞していた。

 会場をゆっくりとめぐって、作品を堪能した二人は会場を出た。間もなくクリスティアンとアルフレッドの生徒会メンバーとの話も終わるだろうと考えた二人は、待ち合わせ場所であるカフェテリアへと向かったのだ。

「今日は特別室へお願いいたします」

 護衛騎士が、アラステアとローランドにそう依頼する。
 祭りの間、カフェテリアへは保護者も出入りする。今日は一日目で人が少ないものの、混乱を避けるために王族であるアルフレッドとクリスティアン、そしてその婚約者であるローランドとアラステアは、特別室を使うようにと学院から指示されていた。他の高位貴族も、必要に応じて特別室を使うことになっている。
 ところでレイフは、祭りの間は学院には不在である。ベアトリスの留学先でも秋の祭りが開催されていて、それに合わせて外遊の計画を入れたのだ。ベアトリスは、留学先の祭りで剣舞を披露するそうで、レイフはそれを観覧するのを楽しみにしていた。
 レイフとベアトリスは、仲が良いようで、現在のところ主人公ノエルの付け入る隙はなさそうに見える。

 ノエルに出場申し込みをすると言われていたエリオットも、苦手な武術の祭に出ることはないようだ。したがって、武術祭で優勝杯がノエルに捧げられることはないと考えられる。

「このイベントは、必ずクリアしないといけないものではないからね」

 アルフレッドはそう話していた。

 『コイレボ』の不安要素はなくなった。明日のピアノ演奏を乗り切れば、無事に過ごすことができるだろう。
 アラステアはそう思っていたし、皆と祭りを楽しむ予定でいる。

 アラステアとローランドが特別室へ入ろうとしたところで、クリスティアンとアルフレッドがカフェテリアへやってきた。
 アラステアとローランドは特別室の前で立ち止まり、姿勢を正して二人の王子が近づいてくるのを待つ。


 ぱたぱたぱたぱた


 アラステアとローランドに向かって、落ち着きのない足音が近づいてくる。そう、カフェテリアを走っている足音だ。
 カフェテリアを走る落ち着きのない足音といえば、主人公ノエルが思い出される。

 でもこれは、主人公ノエルのものではないような?

 アラステアがそう考えて足音がする方を見た。

「クリスティアン様! お待ちになって!」

 カフェテリアに相応しくない大きな声が聞こえる。
 その声の主は、アラステアにも見覚えのあるオメガの女学生だ。
 彼女は、護衛騎士に止められない程度の距離を開けてクリスティアンの前に滑り込むようにして立ちはだかる。
 一瞬にしてカフェテリアの空気は凍りつき、護衛騎士は王子二人の前と後ろを固めて殺気立った。

 そのような雰囲気を意にも介さず、彼女は胸の前で両手を組み、上目遣いにクリスティアンを見て声を上げた。

「わたしの方が、あんなオメガよりクリスティアン様に相応しいですわ!」

 ……彼女は何を言っているのだろうか。

 おそらく、カフェテリアにいた彼女以外の人間は皆そう思ったことだろう。

 いやしかし、見たところは可憐なオメガの女学生であるものの、彼女が可憐でない行動をすることをアラステアは知っている。

「ヒューム伯爵令嬢……」
「ああ、あのアラステアに絡んだというご令嬢か」

 アラステアの呟きに、ローランドが頷く。アラステアとローランドを守る騎士たちががっちりと周囲を固めているので、二人が害されることはないだろう。

 ヒューム伯爵令嬢は、あの騒ぎの後に復学したと聞いていたが、接近禁止命令が出されていたためか、アラステアが姿を見かけたことはなかった。

 いったい何が起きようとしているのだろうか。いや、ヒューム伯爵令嬢は何を起こそうとしているのだろうか。


 ヒューム伯爵令嬢の行動を見てアラステアは困惑し、ローランドは面白がっていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大好きな騎士団長様が見ているのは、婚約者の私ではなく姉のようです。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
18歳の誕生日を迎える数日前に、嫁いでいた異母姉妹の姉クラリッサが自国に出戻った。それを出迎えるのは、オレーリアの婚約者である騎士団長のアシュトンだった。その姿を目撃してしまい、王城に自分の居場所がないと再確認する。  魔法塔に認められた魔法使いのオレーリアは末姫として常に悪役のレッテルを貼られてした。魔法術式による功績を重ねても、全ては自分の手柄にしたと言われ誰も守ってくれなかった。  つねに姉クラリッサに意地悪をするように王妃と宰相に仕組まれ、婚約者の心離れを再確認して国を出る覚悟を決めて、婚約者のアシュトンに別れを告げようとするが──? ※R15は保険です。 ※騎士団長ヒーロー企画に参加しています。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

砕けた愛は、戻らない。

豆狸
恋愛
「殿下からお前に伝言がある。もう殿下のことを見るな、とのことだ」 なろう様でも公開中です。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

処理中です...