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38.主人公以外もカフェテリアを走る
しおりを挟む芸術祭の出し物は、絵画や彫刻などの部門と、アラステアたちが出演する音楽の部門に分かれている。
王立学院には芸術専門の教育課程はないため、芸術については手習いや貴族の教養程度のレベルであることが多い。
それに対しての武術祭での剣術や体術の対戦については、将来騎士を希望している者も参加するためレベルが高い。芸術祭での表彰されることと、武術祭で優勝杯を手にすることの間には、歴然とした差があるといえる。
武術祭も芸術祭も、学生の保護者についても事前に申し込んでいれば観覧することができる。そして、例年であれば、武術の試合や音楽の部門に出場する学生の保護者や、絵画や彫刻を出店している学生の保護者ぐらいしか申し込みがない。
しかし、今年は音楽部門への観覧申し込みが殺到していた。
それは、芸術祭の音楽の部門に王族とその婚約者が出演するということで、祭りの前から大層な話題となっていることによる。学生とその保護者の間では、武術祭並みに音楽部門の席取りが大変になるだろうと予想されていた。
その噂を耳にしたアラステアは、運営する学院と生徒会が大変だろうと思ったが、ローランドは「気にすることはないよ」と涼しい顔をしていた。
そう、学院を出て王宮の文官や武官を目指す生徒会メンバーは、これぐらいのことをこなせなければならないのである。むしろ鍛えられる良い機会だと言って、ローランドは微笑んでいた。
武術と芸術の祭は二日にわたって行われる。二日目の午前中には、音楽の出し物が行われることになっている。そして、一日目の午後から武術の予選、二日目の午後から武術の決勝がある。そして、絵画や彫刻は二日間展示されているので自分の予定に合わせて鑑賞することができるのだ。
二日目は音楽の出し物があるため、一日目の午前中にアラステアはローランドとともに絵画を鑑賞していた。その間、クリスティアンとアルフレッドは生徒会メンバーに、明日の祭りの来賓として王妃を迎えるための助言をしに行っている。
クリスティアンとアルフレッドは、自分たちが音楽部門に出場するせいで混乱している生徒会を助けてやろうと思ったのだろう。さらに彼らは、自分たちの母親である王妃が、機嫌よく来賓として過ごした方が自分たちにとっても好都合だと計算していた。それは二人の間の暗黙の了解であって、生徒会メンバーが知る由もないことであるが。
「クリスティアンは、無理矢理連れて行かれたみたいだよね。可哀想に」
「生徒会の人たちは、アルフレッド殿下だけで良い雰囲気だったものね」
「ああ、この夕焼けの描写は素晴らしい……」
「グラデーションが美しく表現されているの、素敵ね」
アラステアはローランドの意見に同意しながら、学生の絵画や彫刻などの力作を鑑賞していた。
会場をゆっくりとめぐって、作品を堪能した二人は会場を出た。間もなくクリスティアンとアルフレッドの生徒会メンバーとの話も終わるだろうと考えた二人は、待ち合わせ場所であるカフェテリアへと向かったのだ。
「今日は特別室へお願いいたします」
護衛騎士が、アラステアとローランドにそう依頼する。
祭りの間、カフェテリアへは保護者も出入りする。今日は一日目で人が少ないものの、混乱を避けるために王族であるアルフレッドとクリスティアン、そしてその婚約者であるローランドとアラステアは、特別室を使うようにと学院から指示されていた。他の高位貴族も、必要に応じて特別室を使うことになっている。
ところでレイフは、祭りの間は学院には不在である。ベアトリスの留学先でも秋の祭りが開催されていて、それに合わせて外遊の計画を入れたのだ。ベアトリスは、留学先の祭りで剣舞を披露するそうで、レイフはそれを観覧するのを楽しみにしていた。
レイフとベアトリスは、仲が良いようで、現在のところ主人公ノエルの付け入る隙はなさそうに見える。
ノエルに出場申し込みをすると言われていたエリオットも、苦手な武術の祭に出ることはないようだ。したがって、武術祭で優勝杯がノエルに捧げられることはないと考えられる。
「このイベントは、必ずクリアしないといけないものではないからね」
アルフレッドはそう話していた。
『コイレボ』の不安要素はなくなった。明日のピアノ演奏を乗り切れば、無事に過ごすことができるだろう。
アラステアはそう思っていたし、皆と祭りを楽しむ予定でいる。
アラステアとローランドが特別室へ入ろうとしたところで、クリスティアンとアルフレッドがカフェテリアへやってきた。
アラステアとローランドは特別室の前で立ち止まり、姿勢を正して二人の王子が近づいてくるのを待つ。
ぱたぱたぱたぱた
アラステアとローランドに向かって、落ち着きのない足音が近づいてくる。そう、カフェテリアを走っている足音だ。
カフェテリアを走る落ち着きのない足音といえば、主人公ノエルが思い出される。
でもこれは、主人公ノエルのものではないような?
アラステアがそう考えて足音がする方を見た。
「クリスティアン様! お待ちになって!」
カフェテリアに相応しくない大きな声が聞こえる。
その声の主は、アラステアにも見覚えのあるオメガの女学生だ。
彼女は、護衛騎士に止められない程度の距離を開けてクリスティアンの前に滑り込むようにして立ちはだかる。
一瞬にしてカフェテリアの空気は凍りつき、護衛騎士は王子二人の前と後ろを固めて殺気立った。
そのような雰囲気を意にも介さず、彼女は胸の前で両手を組み、上目遣いにクリスティアンを見て声を上げた。
「わたしの方が、あんなオメガよりクリスティアン様に相応しいですわ!」
……彼女は何を言っているのだろうか。
おそらく、カフェテリアにいた彼女以外の人間は皆そう思ったことだろう。
いやしかし、見たところは可憐なオメガの女学生であるものの、彼女が可憐でない行動をすることをアラステアは知っている。
「ヒューム伯爵令嬢……」
「ああ、あのアラステアに絡んだというご令嬢か」
アラステアの呟きに、ローランドが頷く。アラステアとローランドを守る騎士たちががっちりと周囲を固めているので、二人が害されることはないだろう。
ヒューム伯爵令嬢は、あの騒ぎの後に復学したと聞いていたが、接近禁止命令が出されていたためか、アラステアが姿を見かけたことはなかった。
いったい何が起きようとしているのだろうか。いや、ヒューム伯爵令嬢は何を起こそうとしているのだろうか。
ヒューム伯爵令嬢の行動を見てアラステアは困惑し、ローランドは面白がっていた。
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