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36.まさか武術祭は

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 四人で芸術祭に出演するための申込も終わり、アラステアはピアノの練習を始めた。しかし、それはなかなか思うようにいかない。

 アラステアはピアノを弾くのが好きだった。コートネイの領地にいる頃は、ピアノを弾くのに夢中になって、疲れて発熱することもあったぐらいだ。

 それは、体が弱かった幼い頃のことであるが。

 成長することで丈夫になったアラステアは、ピアノを弾くのに十分な体力を得た。しかし、年齢が高くなれば他のことで忙しくなってしまう。それに伴って、ピアノを弾く時間が少なくなっていったのだ。
 とくに、王都に出て来てからのアラステアは、ほとんどピアノに触れていない。

「ああ、指が全然動かなくなっている……」

 ピアノに限らず、楽器は毎日の練習を怠ると一気に技術力が落ちるものだ。アラステアは、コートネイの領地でピアノに触れていたときのように演奏できなくなっている自分の状態に焦りを感じた。

 こんなに下手になっている自分が、クリスティアンや、ローランド、アルフレッドと重奏をするわけにはいかない。もっと練習して、少しでも満足のいく演奏ができるようにならなければならない。

 そう決意したアラステアは、エイミに指を、そして肩や背中をマッサージしてもらいながら練習に励んだ。



「武術の授業が、全校合同になるの?」
「秋の芸術と武術の祭のためらしいね。今年からだって」
「まあ、アルフレッド殿下やレイフ殿下の雄姿を目にすることができますのね!」
「王族の方は、武術祭に出場されませんものね。お姿を拝見できる貴重な機会ですわ」


 カフェテリアでは、秋の祭のために授業が組み換えになったことが学生の話題となっていた。
 王立学院において、武術は必須科目である。内容については「剣術」「体術」「護身術」の三つにグループ分けされている。これは、個人の希望によって選択することができる。アラステアとローランドは護身術を選択し、クリスティアンとアルフレッドは剣術を選択している。
 アラステアとローランド、クリスティアンは同じクラスであるため、同じ武術場の中で分かれて授業を受けていた。
 今回、学院で合同となると広い場所が必要になるため、ホールにマットなどを敷いて合同授業を行うことになったようだ。

「アルフレッド様と一緒に授業を受けることができるのでしょうか」
「しかし、グループが違うからな。すぐそばで授業を受けられるということはなかろうな」
「ああ、そうなのですね」

 アルフレッドといられるのかとローランドは声を弾ませた。しかし、グループが違うので一緒に授業を受けることはできない。アルフレッドの答えを聞いたローランドは落ち着いているように見えるが、本当のところは、とても意気消沈しているのだろうとアラステアは思った。
 ローランドは本当にアルフレッドを慕っている。そして、アルフレッドもローランドを溺愛しているのは彼らの近くにいればよくわかることだ。

「そう。わたしもアラステアの近くにいることができなくなってしまうね」

 ホールは広いので、グループごとに分けられてしまえば、アラステアはクリスティアンの姿を確認するのも難しくなるだろう。
 そのようなことを寂しく思う自分に、アラステアは戸惑っていた。
 アラステアとクリスティアンの間には、ローランドとアルフレッドの間にあるような愛情はない。
 そう、仮初の婚約なのだからそのようなものはないのだ。

「アラステア、そんな寂しそうにしなくてもこれから重奏の練習をするから、一緒にいる時間は長くなるからね。大丈夫だよ」
「え? えっと……あの……」

 ローランドからの言葉を聞いたアラステアは、自分の心の内が外に出ていたのだと思うと恥ずかしくなった。ローランドは、仮初の婚約だということを知っているはずなのに。
 そして、クリスティアンは優しい目をしながらアラステアの手を握って来る。
 ローランドとアルフレッドは、アラステアとクリスティアンの様子を微笑まし気に見つめている。
 アラステアは、いたたまれない気持ちになり、どうすれば良いだろうかとぐるぐると考えを巡らせた。


「どうして武術祭に出ないんだよー! 僕のために出てよお!」
「は? 武術祭に出るのがお前のためになるってのが、俺にはさっぱりわかんねえんだけどな」
「出てくれないと、困るよー!」

 カフェテリアに甲高い声が響く。反論している声は低くくぐもっているが、何を言っているのかはわかる程度の大きさだ。
 皆が思わず声のする方を見ると、ピンク色の髪の一年生が、砂色の髪の三年生の胸倉をつかんでいる。
 ノエルとエリオットだ。

 慣れというのは恐ろしいもので、最近はノエルの場違いな行動を皆はやり過ごすようになっていた。ノエルも夜会の後は、懲罰を与えられない程度の傍若無人さを保っている。とくに、エリオットとともにいるときは比較的おとなしくしていたので、少しは落ち着いてきたのかと皆は思っていたのだろう。
 
「もういいっ! 僕が出場の申し込みをしとくから、エリオットは武術祭に出てよね!」
「あ、おい、ちょっと待て」

 ノエルはそう言うと、立ち上がってカフェテリアの中で駆け出した。さすがにエリオットはカフェテリアの中で走ることができないようで、その場に立ち尽くす。

「「まさか、武術祭はイベント……?」」

 その様子を見ていたアラステアとローランドは、同時に声を上げた。
 二人の声を聞いたアルフレッドは額に手を当てて首を左右に振った。そして、クリスティアンの顔からは表情が抜け落ちたのだった。



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