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35.発情期はまだ

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◇◇◇◇◇


「あんっ! ああっ! きもちい……っ」

 甲高い喘ぎ声とともに、肌を打ち付ける音と粘着質な水音が響く。

 ベッドの上には、衣服を脱ぎ捨てて絡み合う二人の姿があった。
 華奢なオメガは、大きく足を広げ、その後孔に陰茎を穿たれて揺さぶられている。
 その上に乗る男は、荒い息を吐きながらその細い体の上で腰を振った。

 ピンク色の髪を揺らしながら悦びの声を上げているオメガからは、得も言われぬ芳香が放たれている。
 果たして、オメガの上で腰をふるその男はその香りに惑わされているのだろうか。

「あああんっ! もっとお! もっとおくついてえ……!」

 オメガは甘えた声でねだり、潤んだピンク色の瞳で男を見あげる。

「くそっ!」

 違う、違う、俺が見たいのはこんな色じゃない……!

 男の心の叫びは、誰にも届かない。

 男は更に激しく、強く腰を振ってオメガの華奢な体を揺さぶった。

 組み敷いた体から与えられる快楽に溺れながら、男は自分の心に蓋をした。



◇◇◇◇◇


「フェロモンの数値はまだ上がっていらっしゃらないので、発情期が訪れるのはまだだと思われます。ただし、普段の服薬と緊急抑制剤の携帯はお忘れにならないように」
「はい、承知しました。ケアリー先生、ありがとうございます」

 診察が終わったアラステアは、ラトリッジ侯爵家の家庭医であるケアリーに笑顔で礼を言う。今日は、オメガであるアラステアにとっては大切な定期健診であった。

「ああでも、婚約者のアルファの方が近くにいらっしゃる時間が長いのであれば、アルファのフェロモンの影響で発情期が早くなるかもしれません。
 いずれにしても、体調の変化には注意なさってください」
「あ、そうですね。注意いたします。学院でも……同じクラスですので……」

 ラトリッジ侯爵家に来てからの短い期間で見違えるように美しくなったアラステアが頬を染めて頷くのを見ながら、ケアリーはその琥珀色の目を細めて微笑んだ。
 ケアリーからは、アラステアは第三王子の婚約者として申し分ない人物に見える


 アラステアには、まだ発情期が来ていない。
 オメガの発情期は、十四歳から十八歳の間に来ることが多い。もちろん、個人の発達によってそれより早いことも遅いこともあるのは言うまでもない。
 良い抑制剤が開発された今では、発情期が来ても生活が制限されることは少ない。しかし、初めての発情期には一週間程度家で過ごすことを推奨されているし、その後も、発情期の際には一日程度は家で過ごすものだ。これは、発情期のオメガのフェロモンに中てられたアルファとの不幸な事故を防ぐことを考慮しての措置だ。
 良い抑制剤が開発された今でも、オメガのほとんどは家庭医や主治医の健診を定期的に受けて発情期の管理をしている。
 オメガの定期健診は、国家事業であり、貧しいオメガであっても無料で健診を受けることができるようになっている。
 また、血縁関係が薄いアルファが近くにいる時間が長いと、オメガの発情期に影響を与えると言われている。昔は、それを理由に学校等ではアルファとオメガのクラスは分かれていた。今では、影響はあるものの、然程問題にしなくて良いとされているため、クラスは混合だ。
 それは、アルファとオメガがお互いに薬と定期健診で管理しているから問題にならないだけであるのだけれど。


「そういえば、ローランドはオメガフェロモンの数値が上がってきたと言っていた……」

 ケアリーが帰った後、アラステアはラトリッジ邸の四阿で一人お茶を飲みながら本を読んでいたのだが、ふと、そんなことを思い出した。

 この国では、発情期を婚約者と過ごすことは認められてはいるものの、それが王子と公爵令息となれば、許されないだろう。
 そして、平民では番を結ばない婚姻も増えてきているが、貴族は正式な伴侶とは必ず番契約を結ぶ。
 とくに王族であれば、その血の継承を重んじる。
 愛し合っているローランドとアルフレッドは、番となるその日を心待ちにしていることだろう。
 しかし、ラトリッジ侯爵家では嫡子がオメガなので番契約をする必要はない。アラステアが産む子どもは確実にラトリッジの血を引いているのだから。

「もしかしたら……、僕は誰とも番にならないのかもしれない」

 アルフレッドの卒業が無事に完了すれば、クリスティアンは本当に好きな人と婚約を結びなおすことだろう。
 そうなれば、アラステアは新たに別のアルファと婚約することになるだろう。ラトリッジ侯爵家の婿になれるのであればというアルファを見つけるのは容易いことだと思われる。

 しかし、ラトリッジの血を引く子孫を残すために婚姻を結ぶアルファと番になれるのか。愛し合うことはできるのだろうか。

 クリスティアンの顔を思い浮かべながら、アラステアは深いため息を吐いた。




 夏季休暇が終わり、アラステアたちが王立学院で学習する日々が再び始まった。
 アラステアとローランドがイベントのことを気にしなくて済むように、クリスティアンとアルフレッドは『コイレボ』の話題を避けるようにしている。
 もちろん、クリスティアンは自分の手駒を使って主人公とその周辺の情報を掴んではいるのだが。

「秋には、芸術と武術の祭がある」
「ああ、武術には王族は出てはいけないことになっていますから、芸術の方で何かに参加しましょうか」

 放課後のカフェテリアでアルフレッドが話を始めた。
 そのときには、祭というとまたイベントがあるのではないだろうか。そう考えたアラステアは少しばかり身を強張らせた。しかし、そういう話題ではなかったようだ。

「そうだね、アラステアは得意な楽器はある?」
「あ、ピアノなら……」
「それでは、我らで四重奏をしようか」
「そうですね、兄上がチェロでローランドがヴァイオリン、アラステアがピアノ、そしてわたしがヴィオラを弾く。ということでよろしいでしょうか」
「うむ。演奏する楽曲は我が決めるぞ。楽しみだな」
 
 あっという間に、芸術祭に四重奏で参加することが決まる。

 楽しそうに計画を進めるクリスティアンとアルフレッド。そして、アラステアとローランドはそんな二人を見ながら、音楽家の話などをしていた。


 実のところ、楽器演奏で芸術祭に出演するというのは、イベントを成立させないためにクリスティアンとアルフレッドが計画したことだ。

 アラステアとローランドは、後にそれを知ることになる。




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