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25.イベント達成の条件

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 レイフは、ホールから飛び出して行くノエルの後ろ姿を見てほっとした。とにかくこの場では関わらずに済んだのだ。
 ノエルは、誰かを探すように周囲を見回していた。自分のことを探しているのではないかと思ったレイフは、ひっそりとノエルから見えない場所へと移動した。
 その位置にいると、レイフからもノエルの姿は見えないが、言葉のやり取りは聞こえてくる。

 またカフェテリアで起きたようなことに巻き込まれるのは、御免被る。

 そう考えたレイフは、静かに息を潜めた。第二王子の自分が、このように物陰に隠れるようなふるまいをすることについては、若干の抵抗があったけれども仕方ない。

 カフェテリアでノエルが転倒したときは、アラステアがわざとぶつかったのだというノエルの言葉を信じてしまった。そのためにとんだ赤恥をかいたのだ。
 あのときのレイフは、アラステアが何者であるかをまったく気にしていなかった。自分の弟であるクリスティアンや、アルフレッドの婚約者であるローランドが親しくしているということも、実は知らなかったのだ。

そういう情報管理の甘さが、レイフの至らぬ点だといわれているところであるが。

 そう、アルフレッドもクリスティアンもあの場にたまたま居合わせただけだと。ノエルがぶつかったのは、ただのローランドの学友なのだと思っていたのがレイフの躓きのもとであった。
 カフェテリアでのもめ事があってから間もなく、クリスティアンの婚約が決まった。相手は、ラトリッジ侯爵の嫡子だ。王位継承権をいずれ手放す予定の第三王子の婿入り先としては、適切な相手だ。そこでレイフは思い出した。
 ラトリッジ侯爵家の紫色の瞳。
 カフェテリアでクリスティアンが寄り添うようにしていたあのオメガの学生は、紫色の瞳をしていた。アルフレッドの性格を考えれば、もしアラステアに非があればそれを指摘したであろうし、クリスティアンも庇ったりはしなかっただろう。

「おそらく兄上はあの時、俺の顔を立ててくれたのだな」

 ホールの中でローランドはノエルにまったく触れていない。それなのに転倒させられたと騒ぐノエルを見て、カフェテリアでもこういう状況だったのだろうと予想する。あの時のアルフレッドは、それを事故ということにしてアラステアを黙らせたということなのだ。自分がノエルを庇わなければ、彼に非を認めさせて、今回のような騒ぎを再び引き起こすことを防ぐことができたかもしれないのに。
 レイフは、カフェテリアで自分を見ていたクリスティアンの冷たい眼差しを思い出して、身震いした。

 あの美しい弟は、自分が婚約する予定の人物に対するレイフの行いを見て、何を考えていたのだろうか。

「僕があなたをこの国の王様にしてあげる!」

 あの無邪気な言葉に惹かれたのが間違いだったのか。
 レイフは、深いため息を吐いてから、ダンスの授業に意識を戻した。





 主人公がダンス授業のイベントを達成するには、条件がある。悪役令息ローランドに転倒させられたという主人公が、アルフレッドから庇ってもらうか、レイフにもめ事の仲裁をしてもらうか、どちらかの出来事が起こらなければならないのだ。
 アルフレッドが主人公を庇えば、そのままアルフレッドのルートに入る。そして、レイフに仲裁をしてもらえれば、レイフ、エリオット、そしてジェラルドのルートに入り、アルフレッドの攻略は可能性がゼロになるわけではないが困難になる。

 しかしながら、今回のイベントを主人公が達成するのは困難であると考えられる状況があった。

 そもそも、王子のどちらかの側近となるサミュエルとティモシーの好感度が上がっていないのだ。それがなければ、アルフレッドとレイフの攻略ができる条件は整っていないといえる。今回のダンス授業のイベントは既に達成が難しかったのだ。

「物語の記憶があるとすれば、その状態でどうしてイベント達成を強行しようとしたのかな……?」

 クリスティアンはウォルトン公爵邸のお茶会で疑問を口にする。
 ノエルの口からこの世界では一般的でない『悪役令息』という言葉が出たのだから、彼はこの物語のことを知っていると考えても良いであろう。

「レイフと仲良くなっているようであるから、仲裁をしてもらえると思ったのではないかな?」
「それはそうでしょうけれど、サミュエル・ロッドフォードとティモシー・ダルトンとは話もしていないはずです。物語では、二人を味方につけなければイベントは達成できない」

 アルフレッドの予想にクリスティアンは、この物語がイベント達成するための前提の話をした。そして、アルフレッドルートを意識した行動を取ったことにも疑問がある。あの場で、アルフレッドが主人公を庇ってローランドを責めるなどとは、考えられないからだ。

「前提条件を満たしていなかったから、イベントは達成できなかったのかもしれないね」

 ローランドが、スパイスを効かせたミルクティーを飲みながらそう言って微笑んだ。いつもと変わらず凛として美しい。
 ローランドは、ノエルに絡まれたというのに堂々としていた。

 アラステアから見れば、あのような態度の人物に冤罪をかけるなど難しいことだと思われる。物語では、本当に主人公に意地悪を仕掛けるらしいのだが、現実のローランドは、物語のようにダンスの授業で転倒させるなどというような小さな嫌がらせをすることはなさそうだ。
 本当にアルフレッドが心を移したとなれば、ローランドはもっと凄まじいことをするだろう。
 アラステアはそう考えながら、チーズ風味の甘くないクッキーを口に入れた。

 ダンスの実技試験は既に終わっている。エリオットは、助手をパートナーとして試験を受け、ノエルは別室でこれもまた助手をパートナーとして試験を受けている。ダンス教師にしても、王族やその婚約者がこれ以上巻き込まれるのは避けたいところだったのだろう。
 これで、ダンス授業のイベントは達成されないままで終わったことになる。
 アラステアはイベントとやらが達成されなければ、これ以上の心配はしなくても良いように思う。しかし、クリスティアンもアルフレッドも、そしてローランドも、そう考えてはいないらしい。

「主人公の行動は読みづらいようであるが、注意していこう」

 アルフレッドの言葉を聞いて、三人は黙って頷いた。


 次のイベントは、デビュタントの夜会だ。


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