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22.香油の効果

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 ダンスの授業では、皆が踊れるようになってくると、婚約者のいない者たちも試験のためのパートナーが固定されていく。
 これは、あくまでも試験のためのパートナーである。しかし、これをきっかけとして付き合い始める者たちもいるため、一部の学生にとっては重要な授業となっていた。

「主人公のパートナーは、エリオット・ステイシーになったようだね。おかしな話だけれど、これも強制力かな」

 ラトリッジ侯爵邸の四阿で、クリスティアンがそう呟いてから茉莉花茶を口にした。
 クリスティアンはアラステアと婚約をしてから、ラトリッジ侯爵家を定期的に訪れている。今日はラトリッジ侯爵と領地経営の話をし、その後でアラステアと婚約者としての交流のための茶会をしているのだ。実際のところは、『コイレボ』の話をしているのだが、ラトリッジ侯爵家の侍従や侍女からは、美しい婚約者同士が仲睦まじく会話をしているようにしか見えていない。

「おかしな話……ですか?」
「だって、あの二人はまったくお似合いではないだろう?」
「そうですね。確かに、息が合っていないという気がします」

 アラステアは疑問に対するクリスティアンの答えを聞いて、二人の様子を思い浮かべた。
 どちらも、見映えのする外見ではある。しかし主人公ノエルとエリオットとでは、身長に大きな差がある。小柄なノエルと長身のエリオット。身長差があっても、二人が歩幅とリズムを合わせて踊ることができれば問題はない。しかし、ノエルはダンスに慣れていないし、エリオットも上手な踊り手ではないため、あまりうまくいっているようには見えない。むしろ、周囲の人の行く手を阻んだり、ぶつかったりして、迷惑をかけているというのが、アラステアの見立てである。
 二人のダンスを思い出しながら話をしているアラステアの顔を、クリスティアンは微笑を浮かべながら眺めている。
 アラステアの大きく見開かれた長い睫毛に縁取られた目も、薄っすらと開かれた桃色の唇もとても可愛らしい。
 本来、高位貴族の令息が、こんなに気を抜いた表情をしていてはいけない。しかしクリスティアンは、自分の前で無防備でいてくれるアラステアを見ていると嬉しくなってしまうのだ。

 アラステアは、クリスティアンがそのようなことを考えて自分を見ているなどとは思っていないだろうが。

「これで主人公は、エリ……ステイシー伯爵令息と結ばれることになるのでしょうか?」
「いや、まだ決定ではないね。ダンスの授業でエリオット・ステイシーとパートナーになっても、まだレイフ兄上と結ばれる可能性は低くはない。
 物語の流れだけでいえば、アルフレッド兄上とジェラルド・コートネイが攻略対象であることも変わらない。ただ、そちらの可能性は現実では限りなく低いだろうけれどね」
「……どちらにしても僕が悪役令息であるのは変わらないのでしょうね」
「それは、わたしの婚約者になったのだから、流れは変わるはずだよ」

 クリスティアンは不安気に俯くアラステアの手を握る。クリスティアンの赤い瞳が優し気に細められるのを見ていたアラステアは、自分の顔に熱が集まってくるのを感じた。

「あ、そういえば、先日依頼のあった香油を、兄から預かっているのです」

 なんとなくいたたまれなくなったアラステアは、急いで話題を変えた。
 アラステアは、侍従に小さなテーブルを運ばせて、香油といくつかの精油と小さなガラス容器をその上に並べた。

「クリスティアン様のお好みをお聞きして、調合師が作ったのが、この香油です。後はご気分に合わせて、ガラス容器の目盛りのところまで注いだ香油に、この精油のどれかを一滴だけ入れてください」
「うむ、試してみよう」

 クリスティアンが香油をガラス容器に注ぐと、ふわりと香油が香り立つ。ムスクの香りがベースとなったその香油の香りを楽しんだ後、ベルガモットの精油を一滴注ぐと、たちまち香りが変わる。

「良い香りだ。気に入った」
「よろしゅうございました」

 喜んでいる様子を見せるクリスティアンに、アラステアもほっとした様子を見せる。

「効果についてはまた、お知らせくださいませ。結果によっては、まだ改良しなければなりません」
「そうだな。いや、効果がわかるようなことは無い方が良いのだが」

 クリスティアンは、アラステアの言葉を聞いて、やはりコートネイの血は争えぬと密かに思った。

 ジェラルドが考案したその香油は、アルファとオメガのフェロモンを感じにくくする効果があるものだ。
たとえば、オメガがつけていれば、そのフェロモンをアルファが感知しにくくなるといったものである。もちろん、まったくわからなくなるわけではない。
 現在は試作段階で、アラステアとジェラルドが使っているだけである。もともとは、弟が可愛くてしかたないジェラルドが、アラステアが学院でできるだけ安全に過ごせるようにと研究したものであった。
 ところが、アラステアの香油の香りを好ましく思ったクリスティアンがその話を聞いて、自分も実験台になると申し出たのだ。
 それを聞いたアラステアは、オメガの自分がアルファのクリスティアンに好ましいと思われたのでは、効果がないのではないかと考えた。
 しかし、王族が使っているとなれば、それだけで宣伝になり、コートネイ商会にとっては良いことになる。たとえ効果が薄くても、自分専用の香油を調合してもらえるというだけでも、喜ぶ顧客はいるはずだ。
 そこで、ジェラルドは、アラステアにクリスティアンの好みについて聞き取りをさせて、香油の調合を手配した。しかしながら、アラステアのような不安をジェラルドは抱いてはいない。ジェラルドは、香油に効果がないわけではなく、アラステアの存在がクリスティアンにそのような申し出をさせたのだと理解している。

 もちろん、そのようなことをアラステアに知らせたりはしていないけれども。

「アラステアの香油も良い香りだけれどね……」

 いつの間にか椅子を寄せたクリスティアンは、アラステアを抱き寄せると、その髪の香りを確かめるように顔を寄せた。

「クリスティアン様……」

 気恥ずかしさに再び赤くなるアラステアを見て、クリスティアンは満足気に微笑んだ。



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