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15.第一王子の提案
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「アリーという名前の伯爵令息は、学院には在籍していない」
クリスティアンはお茶を一口飲んでから、そう言った。
定期的に開かれるようになったウォルトン公爵家でのお茶会に招かれているのは、アラステアとアルフレッド、クリスティアンだ。ホストであるローランドと四人でテーブルを囲んでいる。
伯爵令息だけでなく、アリーという名の生徒はいないし、アリーという愛称で呼ぶことのできる名前を持つ生徒は子爵家や平民出身の生徒であるとクリスティアンは話した。
「そうですか。では、アルフレッド殿下のおっしゃるように噂の出所がエリオットであるのか、クリスティアン殿下のおっしゃる『強制力』なのかはわかりませんが、他の方に迷惑はかからないのですね」
「うん、そうなるね」
クリスティアンの同意を得ることができて、アラステアはほっと胸を撫で下ろす。
「アラステアはお人よしだね。自分が冤罪をかけられていて、それで『断罪』されるかもしれないのに」
「その、『断罪』というのはどういうことになるのですか? 警察騎士団につかまって裁判にかけられるのでしょうか」
ローランドは、アラステアの善人過ぎる考えに少しばかり呆れていた。ただし、そこが可愛らしいとも思うので、悩ましいところではある。
ところで、アラステアには冤罪をかけられて『断罪』されるということがよくわからない。そもそも『断罪』というのがわからないのだ。
クリスティアンの夢の話からの情報は、機会を見つけては追加してその内容を聞かされる。しかし、その話については、詳しく確認していく必要があるのだ。
一度にすべてのことを聞いても何のことやらわからなかったであろうから、配慮されているのだろうとアラステアは思っているけれども。
「そうだね、軽いものは国外追放で、あとは、地下牢に閉じ込められて……暴行されたり、強制労働のようなことをさせられたりといったようなものかな」
「ええ? 持ち物を隠したり、壊したり、池へ突き落したりといった幼稚な虐めで、そのように厳しい刑を下されるのですか?」
「うん。まあ、物語を面白くするためにそうなっていたのだろうね。それに、正式な裁判にかけられるわけではなくて、パーティー会場でアルフレッド兄上かレイフ兄上が、王族権限によって罪を断ずるというのが物語の流れになっている」
「そのようなことが……」
物語の中では地下牢で輪姦されたり、強制労働という名の娼館行きだったりするのだが、アラステアには刺激が強すぎると思ったクリスティアンは、詳しく話しはしなかった。
そして、アラステアもクリスティアンが話に含みを持たせていることに気づいてはいるが、今は明らかにしない方が良いのだと思っている。
そして、断罪内容については、疑問符がつく。王族権限で実際にそのような断罪ができる可能性は低いのであるが、重い冤罪をでっち上げて緊急性があると判断したと言えば、地下牢への軟禁はできるかもしれない。しかし、現在のオネスト王国で、国外追放や強制労働といった刑を科すのは、裁判にかけなければ難しいことだろう。
「まあ、物語の世界のことだから、悪者が厳しく断罪されるのが娯楽だったのだろうね」
「クリスティアンの夢の話は、現実的な脅威につながる部分と荒唐無稽な部分が入り混じっているからな。現実と合致している部分がある以上、その脅威には備えねばならぬだろう」
断罪する側のアルフレッドが、ローランドの指を撫でながらクリスティアンの話を受ける。アルフレッドを見ている限り、ローランドを断罪などしないであろうしさせないであろうとアラステアは考える。むしろ、レイフがそのような暴挙に出たら、ローランドを助けるために何をするかわからない人物であるようにしか見えない。
そして、クリスティアンは物語を変えたがっているし、アルフレッドもそれに賛同して動いているのだから、『断罪』もその通りにはならないはずだ。
だが、ローランドは守られてもアラステアは守られないかもしれない。
アラステアはそのようなことを考えながら、薔薇の香りのするお茶を口にした。
カフェテリアで主人公に言いがかりをつけられたのも、学院内で主人公に卑劣な攻撃をしていると噂されているのもアラステアだ。
ローランドも悪役令息だけれど、主人公絡みのいざこざには今のところ巻き込まれてはいない。もちろん、アラステアはローランドと一緒にいることでかなり庇われているとは思う。だけど、アルフレッドの婚約者である公爵令息と、侯爵嫡子になったばかりの田舎者とでは周囲の目も違うだろう。
主人公を害しているのは、「アリーという伯爵令息」と現在は言われているが、それがアラステアのことだとはっきり名指しされるようになれば、どうなるのかわからない。
「……ステア、アラステア? 聞いている?」
「ああローランド、ごめんなさい……」
「気にしないでいいよ。変な噂を流されて、断罪の話など聞いたら考え込んでしまうよね。可哀想なアラステア。何とかならないのかな」
アラステアは、少しばかり呆けていたようだ。ローランドに名前を呼ばれていたのに、気づかなかった。お茶会の席でとても失礼なことをしたのであるが、ローランドは笑って許してくれる。それどころか、アラステアの心の負担を考えてくれるのだ。もちろん、王子二人もまったく怒った様子はなく、むしろ心配してくれているぐらいだ。
それなのに、自分のことばかりを考えてしまった。この三人が親密にしてくれているから助けられていることがたくさんあるのに。アラステアはそう思いなおして、反省をした。
「それでね、アルフレッド様が良いことを考えたとおっしゃるの。お伺いしましょう」
「うむ。物語の中のアリーは、エリオット・ステイシーに執着して婚約者として振舞うことで悪役令息となるのだろう? だから、さっさと別の婚約者を作ってしまえば良いと思わないか?」
「兄上? それは……」
「ああ、そういうことですね」
「其方らは、思いついたことを口に出すのではないぞ」
アラステアは、アルフレッドの急な提案に声も出ないが、クリスティアンとローランドは、何か思うところがあるらしい。クリスティアンは表情を隠しているが、ローランドは笑顔になっている。
「そうだ、適任者がいる。それに、物語を変えるためだけでなく、我の考えではそのまま伴侶になってしまっても良いと思うぐらいであるよ」
「あの、アルフレッド殿下が紹介してくださるのですか?」
「紹介……、そうだな、紹介ということにはならぬか。提案だな」
アルフレッドの言葉に戸惑いながらもアラステアはようやく言葉を返した。そんなアラステアを見たアルフレッドはその赤い瞳を煌めかせながら、端正な顔に悪そうな微笑を浮かべて言葉を続けた
「アラステアは、クリスティアンと婚約すれば良いと我は思うのだが、どうだ?」
クリスティアンはお茶を一口飲んでから、そう言った。
定期的に開かれるようになったウォルトン公爵家でのお茶会に招かれているのは、アラステアとアルフレッド、クリスティアンだ。ホストであるローランドと四人でテーブルを囲んでいる。
伯爵令息だけでなく、アリーという名の生徒はいないし、アリーという愛称で呼ぶことのできる名前を持つ生徒は子爵家や平民出身の生徒であるとクリスティアンは話した。
「そうですか。では、アルフレッド殿下のおっしゃるように噂の出所がエリオットであるのか、クリスティアン殿下のおっしゃる『強制力』なのかはわかりませんが、他の方に迷惑はかからないのですね」
「うん、そうなるね」
クリスティアンの同意を得ることができて、アラステアはほっと胸を撫で下ろす。
「アラステアはお人よしだね。自分が冤罪をかけられていて、それで『断罪』されるかもしれないのに」
「その、『断罪』というのはどういうことになるのですか? 警察騎士団につかまって裁判にかけられるのでしょうか」
ローランドは、アラステアの善人過ぎる考えに少しばかり呆れていた。ただし、そこが可愛らしいとも思うので、悩ましいところではある。
ところで、アラステアには冤罪をかけられて『断罪』されるということがよくわからない。そもそも『断罪』というのがわからないのだ。
クリスティアンの夢の話からの情報は、機会を見つけては追加してその内容を聞かされる。しかし、その話については、詳しく確認していく必要があるのだ。
一度にすべてのことを聞いても何のことやらわからなかったであろうから、配慮されているのだろうとアラステアは思っているけれども。
「そうだね、軽いものは国外追放で、あとは、地下牢に閉じ込められて……暴行されたり、強制労働のようなことをさせられたりといったようなものかな」
「ええ? 持ち物を隠したり、壊したり、池へ突き落したりといった幼稚な虐めで、そのように厳しい刑を下されるのですか?」
「うん。まあ、物語を面白くするためにそうなっていたのだろうね。それに、正式な裁判にかけられるわけではなくて、パーティー会場でアルフレッド兄上かレイフ兄上が、王族権限によって罪を断ずるというのが物語の流れになっている」
「そのようなことが……」
物語の中では地下牢で輪姦されたり、強制労働という名の娼館行きだったりするのだが、アラステアには刺激が強すぎると思ったクリスティアンは、詳しく話しはしなかった。
そして、アラステアもクリスティアンが話に含みを持たせていることに気づいてはいるが、今は明らかにしない方が良いのだと思っている。
そして、断罪内容については、疑問符がつく。王族権限で実際にそのような断罪ができる可能性は低いのであるが、重い冤罪をでっち上げて緊急性があると判断したと言えば、地下牢への軟禁はできるかもしれない。しかし、現在のオネスト王国で、国外追放や強制労働といった刑を科すのは、裁判にかけなければ難しいことだろう。
「まあ、物語の世界のことだから、悪者が厳しく断罪されるのが娯楽だったのだろうね」
「クリスティアンの夢の話は、現実的な脅威につながる部分と荒唐無稽な部分が入り混じっているからな。現実と合致している部分がある以上、その脅威には備えねばならぬだろう」
断罪する側のアルフレッドが、ローランドの指を撫でながらクリスティアンの話を受ける。アルフレッドを見ている限り、ローランドを断罪などしないであろうしさせないであろうとアラステアは考える。むしろ、レイフがそのような暴挙に出たら、ローランドを助けるために何をするかわからない人物であるようにしか見えない。
そして、クリスティアンは物語を変えたがっているし、アルフレッドもそれに賛同して動いているのだから、『断罪』もその通りにはならないはずだ。
だが、ローランドは守られてもアラステアは守られないかもしれない。
アラステアはそのようなことを考えながら、薔薇の香りのするお茶を口にした。
カフェテリアで主人公に言いがかりをつけられたのも、学院内で主人公に卑劣な攻撃をしていると噂されているのもアラステアだ。
ローランドも悪役令息だけれど、主人公絡みのいざこざには今のところ巻き込まれてはいない。もちろん、アラステアはローランドと一緒にいることでかなり庇われているとは思う。だけど、アルフレッドの婚約者である公爵令息と、侯爵嫡子になったばかりの田舎者とでは周囲の目も違うだろう。
主人公を害しているのは、「アリーという伯爵令息」と現在は言われているが、それがアラステアのことだとはっきり名指しされるようになれば、どうなるのかわからない。
「……ステア、アラステア? 聞いている?」
「ああローランド、ごめんなさい……」
「気にしないでいいよ。変な噂を流されて、断罪の話など聞いたら考え込んでしまうよね。可哀想なアラステア。何とかならないのかな」
アラステアは、少しばかり呆けていたようだ。ローランドに名前を呼ばれていたのに、気づかなかった。お茶会の席でとても失礼なことをしたのであるが、ローランドは笑って許してくれる。それどころか、アラステアの心の負担を考えてくれるのだ。もちろん、王子二人もまったく怒った様子はなく、むしろ心配してくれているぐらいだ。
それなのに、自分のことばかりを考えてしまった。この三人が親密にしてくれているから助けられていることがたくさんあるのに。アラステアはそう思いなおして、反省をした。
「それでね、アルフレッド様が良いことを考えたとおっしゃるの。お伺いしましょう」
「うむ。物語の中のアリーは、エリオット・ステイシーに執着して婚約者として振舞うことで悪役令息となるのだろう? だから、さっさと別の婚約者を作ってしまえば良いと思わないか?」
「兄上? それは……」
「ああ、そういうことですね」
「其方らは、思いついたことを口に出すのではないぞ」
アラステアは、アルフレッドの急な提案に声も出ないが、クリスティアンとローランドは、何か思うところがあるらしい。クリスティアンは表情を隠しているが、ローランドは笑顔になっている。
「そうだ、適任者がいる。それに、物語を変えるためだけでなく、我の考えではそのまま伴侶になってしまっても良いと思うぐらいであるよ」
「あの、アルフレッド殿下が紹介してくださるのですか?」
「紹介……、そうだな、紹介ということにはならぬか。提案だな」
アルフレッドの言葉に戸惑いながらもアラステアはようやく言葉を返した。そんなアラステアを見たアルフレッドはその赤い瞳を煌めかせながら、端正な顔に悪そうな微笑を浮かべて言葉を続けた
「アラステアは、クリスティアンと婚約すれば良いと我は思うのだが、どうだ?」
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