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11.強制力というもの
しおりを挟む「……アラステアの瞳はラドリッジ侯爵と同じ色だね。アメジストのように綺麗な紫色だ。ふふっ」
「あ、あの?」
「クリスティアン、早く本題に入ってあげないと。アラステアが何を言われているかわからなくて戸惑っているじゃないか」
「ああ、そうだったね」
「よろしくお願いします」
アラステアはクリスティアンの脈絡がないように思える態度に、少しばかり戸惑ってしまった。しかし、ローランドが介入してくれたため、話の続きを聞くことができそうだ。
「物語の中のアラステアは、アリー・コートネイ伯爵令息という名前で登場する。つまり、物語上は、王立学院に入学する時点でのアラステアは、まだラトリッジ侯爵家の嫡子とはなっていなかったのだろうね。従って、今は登場する悪役令息と違う名前になってしまっている」
「アリー・コートネイですか?
でも、僕のことをアリーと呼んでいたのは、エリオット……、ステイシー伯爵令息だけだったのですけれど」
物語の中での悪役令息としては、アラステアという名は出てこない。プラチナブロンドで紫色の瞳の悪役令息は、『ジェラルドの弟のアリー』として登場する。そしてアリーは、幼いころの口約束を盾に取ってエリオットの婚約者として振舞うという役どころだ。
アラステアが王立学院入学時にラトリッジ侯爵家の嫡子になったのは、ジェラルドがそうなるように企てて、それに成功したからだ。
もともとのラトリッジ侯爵家とコートネイ伯爵家は、アラステアの成人後に両家の跡継ぎを決めるという予定になっていた。もしそうであれば、アラステアはコートネイ伯爵家の子息として王立学院に入学していただろう。
しかし、ジェラルドは自分がコートネイ商会で活躍したいと言って、自分の成人と同時に跡継ぎを決めるよう両家を説得したのだ。
「俺が早く跡継ぎとして商会の仕事に関わる方が、コートネイ伯爵家のためになる。アラステアも王立学院に入学する時点からラトリッジ侯爵家の人間になっていた方が、立場に相応しい人脈を広げることができる。家のためにも俺たちのためにも、その方が都合が良いと思わないか」
ジェラルドのその言葉は、祖父のラトリッジ侯爵と父のコートネイ伯爵を動かした。流石ジェラルドは先見の明がある、優秀なアルファだと二人は彼を誉めそやしたのだ。
ここでの話を聞いたアラステアは、もしかしたらアルフレッドが知恵をつけたのではないかと考えた。アルフレッドがその件については発言していないので、証拠はないけれども。
「なるほど。我がジェラルド・コートネイにアリーという弟がいるかと聞いたときに、すぐに認めなかったのはそれでなのか。彼はステイシー伯爵令息に好意を持っておらぬからな。
『コイレボ』とやらは、主人公と攻略対象からの視点を重視した構成の物語なのか?」
「いや、アリー・コートネイはジェラルド・コートネイが攻略対象のときも悪役令息ですから、一概には言えないのではないでしょうか。でも、ジェラルド・コートネイがアラステアをアリーと呼ばない時点で、物語が変わっているのかな? アルフレッド兄上がジェラルドに接触する前からアリーと呼んだことはないようですから。
そう考えてみれば、悪役令息側の視点を攻略対象者であるアルフレッド兄上やジェラルド・コートネイが持っているというのは、『コイレボ』の構成要素を壊しているといえますね」
また、アラステアにはわからない『コイレボ』という言葉が出てきた。そして、物語の概要しかまだ聞いていないアラステアには、自分の愛称から派生したアルフレッドとクリスティアンの話も皆目わからない。
しかし、とにかく自分の名前も、自分の兄の態度も、自分が悪役になる物語からは外れてきているようだとアラステアは思った。
「どうしてアルフレッド様とクリスティアンの間で話が盛り上がって、アラステアを置き去りにしているの。アラステアには『コイレボ』はわからないよ」
「そうか、それも説明しないとわからないね」
またもやローランドが介入してくれたおかげで、話の説明をしてもらえることになり、アラステアはほっとした。
「この物語の題名が『恋のレボリューション~ボクがキミの人生を変えてみせる~』というものだったから略して『コイレボ』と呼ばれていた」
レボリューションとは、夢の中の世界の母国語ではなく外国の言葉で「革命」という意味らしい。
とにかく悪役令息のローランドとアリーは、自分の大切な人や王族に無遠慮に近づく主人公のことが気に入らず、持ち物を隠したり壊したり池に突き落としたりするらしい。
「あの、そのように幼稚なことを僕たちがするのですか?」
「ああ、物語ではそうなっていたけれど……」
「ねえ、心外でしょう。このわたしが、公爵家の影の手の者を使って毒を盛ったり、夜中に暗殺者を手配したりという方法はとらないのだよ。現実味がないよね」
「うん、確かにこの世界にいればわたしもそう思う。それに、わたしの夢の中の世界でも物語の内容として表現されていることで、現実のことではなかったからね」
アラステアの疑問にクリスティアンとローランドは同意の言葉をくれたし、皆の話を聞いてアルフレッドも頷いている。
しかし、クリスティアンが夢の中の世界で得た知識によると、物語として紡がれているものと同じ場所に行ってしまったときには『強制力』というものが働いて、常なら考えられないようなことが現実になってしまうことがあるという。
アルフレッドとクリスティアンは、その『強制力』に負けないように丁寧に設定から物語を壊していっているのだそうだ。
「我も手を尽くしてはいるが、『強制力』としか思えないことも現実には起きているな。我が関わりにくい場所であるから仕方ないのだが」
アルフレッドが苦笑交じりに話すそれは、アラステアにも心当たりがあることだった。
「そう、ノエル・レイトンは、レイフ兄上とエリオット・ステイシーに近づいている」
まるでため息を吐くように、クリスティアンはそう言葉を漏らした。
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