上 下
11 / 85

11.強制力というもの

しおりを挟む


「……アラステアの瞳はラドリッジ侯爵と同じ色だね。アメジストのように綺麗な紫色だ。ふふっ」
「あ、あの?」
「クリスティアン、早く本題に入ってあげないと。アラステアが何を言われているかわからなくて戸惑っているじゃないか」
「ああ、そうだったね」
「よろしくお願いします」

 アラステアはクリスティアンの脈絡がないように思える態度に、少しばかり戸惑ってしまった。しかし、ローランドが介入してくれたため、話の続きを聞くことができそうだ。

「物語の中のアラステアは、アリー・コートネイ伯爵令息という名前で登場する。つまり、物語上は、王立学院に入学する時点でのアラステアは、まだラトリッジ侯爵家の嫡子とはなっていなかったのだろうね。従って、今は登場する悪役令息と違う名前になってしまっている」
「アリー・コートネイですか? 
 でも、僕のことをアリーと呼んでいたのは、エリオット……、ステイシー伯爵令息だけだったのですけれど」

 物語の中での悪役令息としては、アラステアという名は出てこない。プラチナブロンドで紫色の瞳の悪役令息は、『ジェラルドの弟のアリー』として登場する。そしてアリーは、幼いころの口約束を盾に取ってエリオットの婚約者として振舞うという役どころだ。

 アラステアが王立学院入学時にラトリッジ侯爵家の嫡子になったのは、ジェラルドがそうなるように企てて、それに成功したからだ。

 もともとのラトリッジ侯爵家とコートネイ伯爵家は、アラステアの成人後に両家の跡継ぎを決めるという予定になっていた。もしそうであれば、アラステアはコートネイ伯爵家の子息として王立学院に入学していただろう。

 しかし、ジェラルドは自分がコートネイ商会で活躍したいと言って、自分の成人と同時に跡継ぎを決めるよう両家を説得したのだ。

「俺が早く跡継ぎとして商会の仕事に関わる方が、コートネイ伯爵家のためになる。アラステアも王立学院に入学する時点からラトリッジ侯爵家の人間になっていた方が、立場に相応しい人脈を広げることができる。家のためにも俺たちのためにも、その方が都合が良いと思わないか」

 ジェラルドのその言葉は、祖父のラトリッジ侯爵と父のコートネイ伯爵を動かした。流石ジェラルドは先見の明がある、優秀なアルファだと二人は彼を誉めそやしたのだ。

 ここでの話を聞いたアラステアは、もしかしたらアルフレッドが知恵をつけたのではないかと考えた。アルフレッドがその件については発言していないので、証拠はないけれども。


「なるほど。我がジェラルド・コートネイにアリーという弟がいるかと聞いたときに、すぐに認めなかったのはそれでなのか。彼はステイシー伯爵令息に好意を持っておらぬからな。
 『コイレボ』とやらは、主人公と攻略対象からの視点を重視した構成の物語なのか?」
「いや、アリー・コートネイはジェラルド・コートネイが攻略対象のときも悪役令息ですから、一概には言えないのではないでしょうか。でも、ジェラルド・コートネイがアラステアをアリーと呼ばない時点で、物語が変わっているのかな? アルフレッド兄上がジェラルドに接触する前からアリーと呼んだことはないようですから。
 そう考えてみれば、悪役令息側の視点を攻略対象者であるアルフレッド兄上やジェラルド・コートネイが持っているというのは、『コイレボ』の構成要素を壊しているといえますね」

 また、アラステアにはわからない『コイレボ』という言葉が出てきた。そして、物語の概要しかまだ聞いていないアラステアには、自分の愛称から派生したアルフレッドとクリスティアンの話も皆目わからない。
 しかし、とにかく自分の名前も、自分の兄の態度も、自分が悪役になる物語からは外れてきているようだとアラステアは思った。

「どうしてアルフレッド様とクリスティアンの間で話が盛り上がって、アラステアを置き去りにしているの。アラステアには『コイレボ』はわからないよ」
「そうか、それも説明しないとわからないね」

 またもやローランドが介入してくれたおかげで、話の説明をしてもらえることになり、アラステアはほっとした。

「この物語の題名が『恋のレボリューション~ボクがキミの人生を変えてみせる~』というものだったから略して『コイレボ』と呼ばれていた」

 レボリューションとは、夢の中の世界の母国語ではなく外国の言葉で「革命」という意味らしい。

 とにかく悪役令息のローランドとアリーは、自分の大切な人や王族に無遠慮に近づく主人公のことが気に入らず、持ち物を隠したり壊したり池に突き落としたりするらしい。

「あの、そのように幼稚なことを僕たちがするのですか?」
「ああ、物語ではそうなっていたけれど……」
「ねえ、心外でしょう。このわたしが、公爵家の影の手の者を使って毒を盛ったり、夜中に暗殺者を手配したりという方法はとらないのだよ。現実味がないよね」
「うん、確かにこの世界にいればわたしもそう思う。それに、わたしの夢の中の世界でも物語の内容として表現されていることで、現実のことではなかったからね」

 アラステアの疑問にクリスティアンとローランドは同意の言葉をくれたし、皆の話を聞いてアルフレッドも頷いている。
 しかし、クリスティアンが夢の中の世界で得た知識によると、物語として紡がれているものと同じ場所に行ってしまったときには『強制力』というものが働いて、常なら考えられないようなことが現実になってしまうことがあるという。

 アルフレッドとクリスティアンは、その『強制力』に負けないように丁寧に設定から物語を壊していっているのだそうだ。

「我も手を尽くしてはいるが、『強制力』としか思えないことも現実には起きているな。我が関わりにくい場所であるから仕方ないのだが」

 アルフレッドが苦笑交じりに話すそれは、アラステアにも心当たりがあることだった。

「そう、ノエル・レイトンは、レイフ兄上とエリオット・ステイシーに近づいている」

 まるでため息を吐くように、クリスティアンはそう言葉を漏らした。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大好きな騎士団長様が見ているのは、婚約者の私ではなく姉のようです。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
18歳の誕生日を迎える数日前に、嫁いでいた異母姉妹の姉クラリッサが自国に出戻った。それを出迎えるのは、オレーリアの婚約者である騎士団長のアシュトンだった。その姿を目撃してしまい、王城に自分の居場所がないと再確認する。  魔法塔に認められた魔法使いのオレーリアは末姫として常に悪役のレッテルを貼られてした。魔法術式による功績を重ねても、全ては自分の手柄にしたと言われ誰も守ってくれなかった。  つねに姉クラリッサに意地悪をするように王妃と宰相に仕組まれ、婚約者の心離れを再確認して国を出る覚悟を決めて、婚約者のアシュトンに別れを告げようとするが──? ※R15は保険です。 ※騎士団長ヒーロー企画に参加しています。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結済】病弱な姉に婚約者を寝取られたので、我慢するのをやめる事にしました。

夜乃トバリ
恋愛
 シシュリカ・レーンには姉がいる。儚げで美しい姉――病弱で、家族に愛される姉、使用人に慕われる聖女のような姉がいる――。    優しい優しいエウリカは、私が家族に可愛がられそうになるとすぐに体調を崩す。  今までは、気のせいだと思っていた。あんな場面を見るまでは……。      ※他の作品と書き方が違います※  『メリヌの結末』と言う、おまけの話(補足)を追加しました。この後、当日中に『レウリオ』を投稿予定です。一時的に完結から外れますが、本日中に完結設定に戻します。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

処理中です...