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第二十三話

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「・・・クロリス・・・君がエリザを襲った犯人だったんだな?」
 ヒロキはクロリスの要求どおりに脱出用の水晶球を彼女に転がすと、エリザからも離れて問い掛ける。
 その質問を口にするまでヒロキの頭は急激に思考を開始し、次々と考えを浮かび上がらせていた。意識を失って倒れてはいるが、イサリアは無事らしいこと。エリザが伝えようとした言葉の意味。クロリスの表情から彼女のこれまでの朗らかで争いを好まない性格はこの時のための演技であり、エリザ誘拐は彼女の自作自演であるに違いないこと。そして最終的に、今は下手に逆らうよりも大人しくするべきだと判断を下した。
 それでも、ヒロキは離れ際にエリザの手に短剣を渡すのを忘れない。彼女が自由を取り戻せば状況を変えられる可能性があるからだ。杖については指摘されるまでもなかった。
 この世界において杖は魔法を扱うための重要な補助器具らしいが、ヒロキに魔法を扱う才能はない。危険を冒してまで拾う意味はなかった。
「もちろんそう・・・ラ・・・イクス・・・」
 水晶球を拾い上げたクロリスはヒロキの問いに答えると、呪文を唱えて杖を床に倒れるエリザに向ける。それを受けたエリザは急に力が切れたように頭を垂れた。
「エリザさん!」
「大丈夫、殺していないわ・・・今はね・・・」
 驚くヒロキの心中を覗いたようにクロリスは笑みを浮かべて呟く。微かに聞こえる寝息からエリザが殺されたわけではないことは彼にも確認出来たが、これで早くもエリザによる助けは期待出来なくなり、唯一の武器である短剣も手元から失った。

「・・・なんで、イサリアまで巻き込んだ!?エリザさ・・・エリザをバルゲン家の当主にさせないだけならイサリアは関係ないだろう?!」
「それはあなた達の推測でしょう?もっとも、そう思わせるように私が仕組んだのだけど・・・。私の狙いはエリザだけでなく、イサリアを含めた二人の身柄よ!あなたも十五年前の帝国を二つに別けた内乱については知っているでしょう?!その結果、当時皇位にあったルキノス家と同盟関係にあったメディル家は弾劾され、主だった一族の者は命を落とし、辛うじて生き残った者達も帝国から追われて西の辺境に逃げるしかなかった。あの戦いで反ルキノスの中心となったのはリゼート家とバルゲン家、彼らに復讐を行うのは私の正当な権利なのよ!」
「・・・なんだって!」
 自分の問い掛けに告白にも似た情念で語るクロリスに、ヒロキは驚きだけでなく居心地の悪さも感じる。おそらく彼女の語る内乱とその顛末は帝国の人間なら誰でも知っている事実なのだろうが、異世界の人間である彼には断片的に聞かされているに過ぎない。
 いきなり、何とか家と言われても因果関係を理解することが出来なかった。わかったのは彼女が内乱で敗けた側の人間らしいということだけだ。
「理解出来たかしら?・・・あなたの家は最近リゼート家が後援者となったらしいわね?いずれこの国には再びルキノス家の新しい皇帝が現れるわ。・・・乗り換えるなら今の内だと思わない?」
「俺・・・いや、俺の家に仲間になれと?」
 完全な理解は出来ていないが、それが遠回しな誘いであることに気付くとヒロキは会話のきっかけとして問い掛ける。クロリスの背景を知るにはもっと情報が必要だった。彼女はイサリアと学院長がでっち上げたヒロキが地方有力者の子弟であるという設定を信じているのだろう。彼はそれを利用した。
「ええ、そう。・・・私達はこの国に再び内乱を起こさせる。リゼートとバルゲンとの戦いをね。エリザがイサリアにとって殺害されたらバルゲン家はどうすると思う?連中は必ずリゼート家に報復をするでしょう。この二家が争いはそれだけで収まるはずはなく大きな戦、内乱になるのは必至よ。それによって、この国の民も大貴族による合議制がもはや時代遅れの統治方法であることを思い知ることになるでしょう。そして辺境で力を蓄えているルキノス家が再びベルゼート帝国の絶対君主として返り咲くの!肥大化したこの国には中央集権化した統治体系が必要なのよ・・・どう?今の段階で私達に付いた方が利口な判断ではなくて?」
「なるほど・・・そういうことか・・・クロリス、君はそのルキノス家の者だったんだな?」
 熱を帯びるクロリスの説明にヒロキは納得を示す。彼女の話は前提が多いものの計画としてはそれなりに筋が通っていた。少なくてもイサリアとエリザに敵意を持つ理由が判明した。
「ヒロキ君は・・・もっと歴史の勉強をするべきね。ルキノスの一族で死を逃れたのは三男のゼルストンだけ。私はそのゼルストンの生まれついての許嫁だったメディル家の次女よ。あの内乱でルキノス家が敗れていなければ、今頃私は皇族として何不自由なく暮らしていたでしょうね!」
「むう・・・」
 クロリスの指摘にヒロキは呻き声を漏らす。もちろん勉強不足を指摘されたからではない。彼女の強烈な悪意もしくは負の感情に当てられたからだ。彼女をここまで駆り立てた要因の本流は間違いなくこの国の権力争いにあると思われたが、最後の説明にはイサリアとエリザに対する私怨が含まれていると思われた。
 かつては大貴族の家柄だった彼女は内乱の敗北で全てを失ったに違いない。詳しくは知る由もないが、おそらくは正体を隠して細々と暮らしていたのだろう。同じ大貴族に生まれながらも勝利者として何不自由なく育ったイサリアとエリザ、かたや敗者として生きて来たクロリスである。
 彼女はイサリアとエルザに対して家系への恨みだけでなく、個人的な嫉妬かそれ以上の敵意を胸に抱いているのだ。

「どう?このままリゼートに付いても破滅するだけよ。悪いようにはしない・・・返事を聞かせてくれるかしら?」
「それは・・・」
 選択を突きつけられたヒロキは言葉に詰まる。彼にはこの国のイデオロギーや政権争いへの関心はない。元々この世界の人間でもないし、そうでなくとも政治情勢に首を突っ込もうなどと言う大それた考えも能力もなかった。
 思いがけない展開に状況を把握するのがやっとである。クロリスも彼の正体を知っていたら、こんな勧誘はしなかっただろう。
 正直に告白すれば、ヒロキにとって最大の関心事は自分の命である。その本能的な欲求に従うならば、切り札の水晶球も手放した以上、クロリスの軍門の下るのが最も合理的のはずだった。
 だが、ヒロキは冷たい床に倒れるイサリアとエリザの姿に、彼はこの世界に召喚された一週間の出来事を思い出した。それは彼女に振り回された自分の姿であったが、何かが満たされる楽しくも甘酸っぱい記憶だった。
「・・・俺にも家に対する責任がある・・・そんな重大なことをあっさりとは決められない。それにリゼート家とバルゲン家が本気で対立するとは限らないだろう?」
「ふふふ、私達はこの日のために準備をしてきたのよ。数々の偽情報を流して揺さぶりを掛けていた・・・」
 自分の身の安全と、イサリア達の安否、そして男としてのプライドの狭間で揺れ動きながらも、ヒロキはイサリアを絶対に裏切らないと決意する。とは言え、自分にクロリスに対抗する力や手段がないのも理解している。彼はその素振り見せることで時間稼ぎを試みた。
 そして幸いにもクロリスはその誘いに乗る。絶対的有利な立場による奢りか、またはこれまで被り続けていた仮面を脱いだことによる解放感からかもしれなかった。
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