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第二十二話

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「これは・・・」
 イサリアが口澱んだ意味をヒロキは理解した。何しろその横穴の先は、これまで磨き上げられた石材によって構成されていた地下通路とは違い、岩盤を削ったような荒々しい岩肌が剥き出しの天然洞窟となっていたからだ。
「エリザはこの先に・・・」
 導き役の本人のクロリスも部屋に開いた穴から洞窟の先を見つめながら声を細める。この中に足を踏み入れるには本能的な抵抗を覚えたのだろう。
 同じ地下とはいえ、人間の手が加えられた石壁の空間と天然の洞窟とでは心理的な圧迫感がまるで違う。洞窟の先を照らし出しているヒロキも天井が崩れるのではないかと、不安から上ばかりを見つめてしまう。
「・・・外側に向かって石壁が崩されている。誰かが意図的に洞窟側への入口を作ったようだな。それも最近だ」
 ヒロキ達が洞窟に対して嫌悪を覚えている間にイサリアは自身の見聞を口にする。彼女の言う通り、石壁の残骸と思われる石材が洞窟に向かって散らばっていた。その状態から、この横穴が最近になって作られたことが確認出来る。
「ここから、エリザさんを攫った犯人が入って来たってこと?」
「いや、違う。いつものヒロキらしくないな。・・・外から壁を開けようとして、外側に残骸が崩れるわけがない。崩れるなら反対側だ。これはこちら側から開けたのだ。おそらくは学院が管理している地下迷宮の範囲から逃れるためだろう。ここから先は学院にとって想定外の空間だ。何かをするにはその方が都合良い。これを開けた者は予め地下に隣接する洞窟のことを知っていたのだろう」
「なるほど・・・。その何かって何?」
 勘違いを指摘されたヒロキだが、納得しながら話を促す。話の主軸を見抜くのは彼の長所だ。
「・・・例えば魔法儀式よ。この迷宮内は学院の管理化にあるから、あまりに強力な魔力を行使すれば上で控えている導師達に気付かれてしまう。ミーレが使うには過分な魔力を感じれば、導師達も不審に思うに決まっている・・・ここまでして行う魔法儀式・・・エリザを代償に・・・ああ!彼女の身が心配だわ!」
「それって・・・まさか・・・生贄の儀式ってこと?!」

 イサリアに代わってややヒステリー気味に答えるクロリスの言葉に、ヒロキは具体的な脅威を告げる。この世界では個人が持つ魔力で賄えない魔法を行使する際に、身代わりとも言える代償を用意する場合があると彼は聞かされている。
 実際、自分がイサリアにこの世界に呼び出された召喚魔法もその方法を使って実施されていた。この場合は高価な魔鉱石と呼ばれる魔力を帯びた鉱石が大量に使われたらしいが、もっと安価な代償も存在する。それが生贄だ。
 生きた動物を儀式に則って殺害することで、その生命力を魔力に変換することが可能らしい。更に人間を使えばその生贄にされる人間が持つ魔力と生命力が合わさって膨大な魔力を捻出できるとのことだった。以前、学院長がイサリアをきつく問い詰めたのもこういった事情があったからだ。
「そうだ。その可能性は否定できない・・・エリザの才能からすれば代償としての価値は非常に高い。まさかとは思うが・・・」
「わかった!急ごう!」
 最悪の可能性をイサリアも認めたことで、ヒロキはと率先して洞窟内に歩み出す。未知の場所への恐怖はあったが、親友の安否に怯えるクロリスの強張った顔を見ると、自分が男であることを自覚せざるを得なかった。

 洞窟内部に侵入したヒロキ達はしばらくして、小川のように流れる地下水脈に遭遇する。そこで改めて確認を行い、エリザの反応を示す下流に進路を取る。おそらくはこの洞窟は地下水脈が長い年月を掛けて作り上げた空間なのだろう。
 水は極めて清潔でそのまま飲料水としても利用出来そうだが、洞窟内の肌寒い気温からすると水温はかなり低いと思われた。そのため彼らは洞窟の中央を流れる水脈を避けて、足を濡らさないよう細心の注意を心掛けた。
「前方に光が見える」
 先頭を歩くヒロキはイサリア達に報告を行う。青白く輝く点は彼が照らしている魔法の光とは間違いなく別の光源だ。
「そのようだ・・・それにここより先は人の手が加えられた跡がある」
 イサリアの指摘どおり光に続く通路は地下水脈とは別の方向に続いていた。どうやったか知れないが表面が粘土のように滑らかになっている。
「・・・泥状に変換した後に再硬化させたのだ。前方からは殆ど魔力を感じない、罠等はないはずだ。この機会に一気に突入しよう。クロリスもいいな?!」
「ああ!」
「うん・・・」
 イサリアの提案にヒロキとクロリスは承諾を返す。魔法を使った土木作業技術はともかく、前方の光源にエリザが捕らわれているか、少なくても何らかの手掛かりがあるのは間違いないと思われた。
 敵の存在は不明だが、魔法の脅威を感じないのならばこちらから不意を突くのは有効な作戦だろう。ヒロキは先鋒として早足気味に光源へと接近を開始した。

 ヒロキ達の予測は直ぐに確証に変った。前方の光源、広間と思わしき空間に突入した彼らは地面に横たわっている銀髪の女性を発見したからだ。敵の存在も想定していたが、幸いにしてエリザと思われる女性以外の人影は見られない。
「エリザか!」
 おそらくはエリザの物なのだろう。床に投げ出された杖を光源とする淡い光の中でイサリアは銀髪の女性に呼び掛ける。
 その声に反応して女性は顔を上げるが、銀色の髪に隠された顔には猿轡が噛まされていて、手足は縄で自由が奪われていることがわかった。それでも整った顔付きとサファイアのように青い瞳からエリザ本人であることが確認出来る。
「待て、今それを外してやる!そんなに叫んでも意味がないぞ!涎を垂らすだけだ!ヒロキも手伝ってくれ!」
 イサリアの姿を認識したエリザは激しく声を上げようとするが、当然のことながら猿轡によってその声は醜い呻き声にしか聞こえない。
 状況としては酷い有様だがライバルの滑稽な様子にイサリアは苦笑を漏らす。もっとも、エリザには暴れるだけの体力があるという証拠でもあった。
 助けを頼まれたヒロキはエリザの後ろに回り込んで彼女の猿轡を外そうと結び目を解こうとするが、その間にも彼女はイサリアとヒロキに血走った視線を送って狂ったように喚き立てている。
 彼は何とか湿り気を帯びた猿轡を外してエリザの顔を露わにさせた。次は手足の縛めだが、こちらは腰の短剣で切断した方が早いと思われた。本来は儀礼的な装飾品であり、滅多なことで抜くなと言われた短剣だが、この状況で文句を言う者はいないだろう。
「ク・・・ゲホッ!クロリ・・・クロリスよ!彼女に!」
「大丈夫だ、心配ない。クロリスもここに来ている」
 咳と涎を撒き散らしながらエリザが必死に訴え掛けるので、ヒロキは彼女の手足の縛めを切るのに手間取る。手元を誤ると彼女の身体を傷つけてしまうからだ。この時彼はイサリアと同様にエリザが親友の安否を気に掛けているのだろうと思っていた。
「違う!クロリスに・・・」
 再度訴え掛けようとするエリザだが、イサリアがその場に崩れ落ちるように倒れると言葉を飲み込んだ。
 ヒロキも倒れる物音を聞くと縄を切る作業を中断し、何事かと顔を上げる。その視界に力なく倒れているイサリアの姿を捉えるが、何が起きたのかは理解出来なかった。それでも一瞬の驚きを乗り越えるとイサリアを助けるべく立ち上がろうとした。
「イサリア!」
「ヒロキ君・・・エリザから離れて!それと例の水晶球は下に置いて転がし成さない!杖に手を掛けたらイサリアの命はないわよ!」
 これまで暗闇の奥にいたクロリスが姿を現しながらヒロキに警告を発する。光源を宿している杖は作業の邪魔にならないように床に置いており、手から放していた。
 エリザの物と合わせて下から放たれる光の影響ためだろうか、クロリスの顔は冷たく険しく見える。杖を構えてこちらを静かに見つめる姿はまるで初めて見る人物のようだった。
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