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第六話

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「お入り!」
 想定したよりもずっと気さくな声が返って来る。反応も早く、まるで遊びに来た孫を招き入れるかのようだ。許可を得たイサリアは最後の確認としてヒロキの顔に視線を送ると黒檀の扉を両手で開いた。
「学院長殿、ミーレ六回生イサリアです。今回は報告したいことがあり、参りました」
 部屋に入ったイサリアは扉の前で直立不動の姿勢を取り名乗りを上げる。ヒロキも事前の申し合わせに従い無言で彼女の隣に立つ。

 内部は書庫と実験室を合わせたような作りだった。左右の壁には扉と同じく黒檀で作られた本棚が立ち並び、この部屋が知識の宝庫であることを物語っている。正面の壁の右側には更に奥に繋がる扉があり、その他に空いている壁を埋めるように多くの絵画が飾れていた。
 そして、それらを背にして優雅な椅子に腰を降ろした学院長が二人を静かに見つめていた。彼の白髪の混じった薄茶色の髪から覗く灰色の瞳にヒロキは緊張する。不快さはないが、例えるならスポーツの試合で敵側の監督から向けられる視線のようだった。
 学院長とヒロキ達と間にはかなり大きめの机が存在し、その上には読みかけの書籍を筆頭に奇妙な形の金属の塊、宝石の原石らしき鉱物、鋭い牙を持った判別不明の大型動物の頭蓋骨などが無造作に置かれている。
 驚かされるのは、まるでイサリアとヒロキの入室を予見していたかのように、対面する位置に木製の椅子が二脚用意されていたことだ。いや入室時での返事を早さからすると、彼は二人を待っていたに違いない。

「うむ、私も今朝の朝食で君からそんな報告を受けるような気がしていた。昨夜は満月だったしな。とりあえず、二人とも椅子に座りたまえ」
「感謝致します。学院長殿!」
 堅い口調で礼を告げるイサリアに続いて、ヒロキも軽くお辞儀をして空いている椅子に腰を降ろした。二人の落ち着いた様子から、学院長はヒロキの正体を先程の朝食時にはそれとなく把握しており、イサリアもそれを前提にしているようだ。
「優れた審美眼を持つ学院長からすれば既にご存じかもしれませんが、隣に座る彼、ヒロキはこの世界の人間ではありません。私がこの世界に召喚した異世界の学生です。我々とは異なる文明社会で育ったために魔法力を備えていませんが、概念への理解と洞察力はミーレの水準を満たしていると思われます。特異な存在である彼の保護も兼ねて、彼に学院への短期留学許可を与えるようお願いに上がりました。学院長はその権限をお持ちのはずです!」
「まあ、待て!そんなに急ぐでないミーレ・リゼート。まずは挨拶としよう。ヒロキ君、私のこの学院の院長を務めるナバート・ヴィシス・オグレンと申す者だ。君がこの世界に召喚された経緯についてはこれから改めて問うが、危害を与える気はないので安心して欲しい」
「・・・ヒロキ・タチカワです。あ、ありがとうございます」
 ナバートの言葉にヒロキは軽く緊張を解く。さすがに学院長という要職を務めているだけあって、食堂でいち早く彼の正体に気付きながらも、大事にならないよう当事者達がやって来るのを待っていたということなのだろう。道理が通じる相手と判明したことで、ヒロキも挨拶を返した。

「では、ミーレ・リゼート、幾つかの問い掛けに答えてもらおう。君は異世界の人間をこの世界に召喚する魔法をどうやって習得した?この手の魔法はミゴールでもそう簡単には扱えぬ最高峰の召喚魔法のはずだぞ。それに代償は何を使ったのだ?!」
 ナバートはヒロキには軽い微笑を見せたが、イサリアに視線を移すと厳しい顔で詰問を開始した。落ち着いた声ではあるが、返答次第ではただでは済まさないという意気込みが含まれている。
「四大精霊を呼びだす中級召喚魔法を自分なりの解読とアレンジを加えて、多元世界に干渉出来るレベルまでに再構成しました。代償は純度の高い魔鉱石です」
「中級召喚魔法には詠唱制限が掛けられていたはずだが?」
「初級召喚魔法も同じシステムを使った制限でしたので、両者を比べればどの部分が詠唱制限であるのかは明白です。もしミーレに中級以上の召喚魔法を使わせたくないのであれば、このような手抜きの処置はされない方がよろしいでしょう」
「・・・その事実に気付けるミーレなど数年に一人の逸材だろう。ましてや中級召喚魔法を再構築して独自に最高レベルの召喚魔法を作り上げるなど、十年・・・いや二十年に一人出れば良いくらいだ!」
「お褒めに与り恐縮です」
「褒めたわけではないが、優秀すぎるのも考え物だな・・・。しかし、魔鉱石はどうやって手に入れたのだ?これだけはいくら優秀でも資金がなければ無理であろう?」
「幸いにして私の実家はある程度裕福でありますので、工面することができました」
「むむ・・・いくら掛かった?最高純度の魔鉱石を用意したとしてもヒロキ氏の質量からすればかなりの量を使用したはずだぞ」
「約二千五百セルほどです」
「なんと!二千五百セルとな!・・・これだからリゼート家の者は!そんな大金、嫁入り時の持参金とすれば良いものを!」
「お言葉ですが、金銭の使い方は人それぞれであります。私はヒロキを召喚したことについては成功だと確信し、彼に出会えたことは金銭に換えられない体験であったと思っております」

 詳しい内容は理解出来なかったが、ヒロキは最後のイサリアの言葉を聞くと照れ臭い気持ちになる。学院長への意地も含まれていたようだが、その淀みのない声に脚色を感じなかったからだ。
「・・・そうか。では学院に属するミーレとして違反行為はなかったというのだな?」
「その通りであります」
「わかった。その言葉を信じようミーレ・リゼート。君がつまらない嘘を吐くとは思えんし、調べればすぐわかることだ。だが、留学許可については既定がある。確かに当学院は帝国内の他校生の留学や転入も認めているが、異世界の人間については前例がない。そもそも、異世界の住人が学生として学院に溶け込んでいるという事態が想定外なのだ」
「では、学院長はヒロキを学生として認めぬと?!」
「・・・いや、魔法は混沌から生まれ、混沌を唯一制御する可能性を秘めた技術だ。可能性を否定することは、我々の存在を否定するのと同じである故に、ヒロキ氏が当学院の学生となる可能性を頭ごなしに否定することはない。・・・だが、短期とは言え正式に当学院の留学生とするにはミーレに相応しい学力と魔法力を備わっていることを示し、推薦人を用意して貰わねばならない。これは絶対に曲げられぬ最低限の規則だ」
「推薦人については私が実家に掛け合って直ぐに用意したします。ですが・・・ヒロキの魔法力については特例を頂きたい。彼は我々とは異なる文明世界の住人です。その世界には魔法が存在せず、カガクとデンキと呼ばれる力と理を魔法の代わりに発達させた世界なのであります。それでいてヒロキはこの世界に順応できるほどの適応力と文化水準を持ち合わせています。彼の習慣や知識は必ずや我々に何かしらの恩恵を齎すことでしょう。これは魔法力に匹敵するかそれ以上の価値があるはずです」
「うむ、ヒロキ氏の持つ価値については私も重視している。だからこそ、穏便に済ませようと君達を待っていたのだ。そもそも異世界の住人を召喚する行為自体が成功例の少ない博打のような所業であるし、呼び出した者が意志の疎通が可能な人間となれば、学院の導師達も色めき立つだろう。特にシャルレーが知ったら何を始めるか考えたくもない。私としては彼をミーレにはせず、内密に保護して送還に相応しい月齢、すなわち次の新月に元の世界に送り届けるのが妥当と判断している」
「学院長殿、私はヒロキとは既に次の新月には元の世界に帰すと指を交えて約束しております。そして彼も私のミゴールへの昇格試験に共に参加すると指を交えて約束してくれました」
「なんと!イサリア!お主はそんなことまでしたのか!・・・ヒロキ君、それは本当か?」

 これまでは学院長として威厳を持ってイサリアに接していたナバートだが、昨夜交わした約束に話が及ぶと血相を変えながら慌てた声でヒロキに確認を求める。
「ええ、確かに約束しましたが・・・」
 ヒロキも只事ではないと感じたのか、肯定しながらも説明を求めるようにナバートの次の言葉を待つ。
「あれは、約束を違えば命を差し出すという呪いの行為だ!実現が危ういことに対して気軽に行うべき儀式ではない!いや・・・君にそれを言っても仕方あるまい・・・。これでは試験に参加させ・・・その前には正式なミーレの留学生として認めなくては・・・イサリア!お主は彼の命を使って私が譲歩するように画策したのだな?!」
「私も次の新月には必ずヒロキを元の世界に送り届けると約束しましたから、私とヒロキは対等の契約を結んだと信じております!」
「むむ、・・・ヒロキ君。君には実感がないだろうが、君がイサリアと交わした約束は破れば命を失う程の危険な契約だったのだ。それでも約束を守る気はあるかね?君が望むなら、私がその契約を反故にすることも可能だ。実施には準備を含めて多少の時間が掛かるが・・・。どうする?」
 ナバートに問われたヒロキは隣に座るイサリアを見つめる。展開の早さと新たな事実に彼の思考は遅れ気味であったが、自分が約束を守らなければイサリアによって生命の危険に迫られていたらしいとは理解出来た。
 騙されたと憤るべきか、裏切られたと悲しむべきか一瞬悩むが、彼の視線を受ける当のイサリアは悪びれる様子もなくこちらに微笑を向ける。その表情にはヒロキがナバートの出した提案を望むわけがないという自信に溢れていた。
 どうやら彼女にとっては自分達が交わした約束は、双方に有益で対等の条件であると疑いの余地がないようだ。そしてヒロキはイサリアの先程言葉を思い出す。彼女は自分との出会いを大金と思われる金銭にも勝ると言い切ったのだった。

「・・・イサリアの出した条件は試験の合格ではなく、試験の参加でした。ですから学院側が俺・・・私の参加を正式に認めてくれれば、約束を果たせるはずです。その試験に私が参加出来るならこのまま契約を残して、イサリアにも僕側の約束を守ってもらおうと思います」
「そうか・・・ならば、君を短期留学生として正式な立場で彼女とミゴールへの昇格試験に臨めるように私がなんとかしよう。労力的には〝破呪〟の儀式魔法を執り行うことに比べれば、留学生を学院に紛れ込ませることの方が容易いのだ。・・・では、ミーレ・ヒロキは帝国北部に暮らすスエン族の出身としよう。彼らは三年程前に帝国に編入されたばかりであるし、それまで独自の文化を築いていた。帝国中央のしきたりや魔法体系に疎いのもそのためだと説明できるだろう。そしてミーレ・リゼートは家の後援者として彼の案内役を自ら志願した・・・」
「ありがとうございます。学院長!後は自分達でなんとか致します」
 それで充分とばかりに、イサリアは軽い笑みを浮かべながら会釈を行う。
「ミーレ・リゼート、君の思惑どおりにことが進んでいるようだが、私は独裁者ではないから、導師達の全てを掌握しているわけではないぞ・・・くれぐれもミーレ・ヒロキの正体は内密にな!」
 挨拶を終えて部屋を出ようとする二人に向けてナバートは溜息を吐くように告げるのだった。
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