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その34

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 その〝スマッシャー〟はジェダと対峙する今現在、ミリアの手に存在しない。彼女はサージ達と離れ、宿屋の納屋に潜んでいるところを敵の手に落ちたのである。圧倒的な数で襲い来る眷属に対して激しく抵抗したが、町の住人を人質に捕られた隙に毒で眠らされていた。よって、その後の得物の行方を知る由はない。
 ジェダと戦うために戦斧による戦闘スタイルを確立させ〝錬体術〟を始めとする数々の戦闘術を研鑚してきた彼女にとっては悔やんでも悔やみきれない事実だった。

「滅ぼす? 面白くない冗談だ・・・全く・・・現実が見えてない!!」
 ミリアの返答にジェダは怒りを露わにすると床を蹴って襲い掛かった。
「ぐっ!!」
 またも正面からの攻撃だったが、瞬間移動のように間合いを詰めたジェダによってミリアは吹き飛ばされる。狙われた頭部を避けて左肩で受けるのが精一杯だった。明らかに先程よりも速さが増している。
 彼女は悲鳴を噛み殺しながら受身を取るが、勢いを完全に殺すことなく直ぐに飛び起きる。その直後、寸前までミリアがいた床がジェダの拳によって穿たれた。
 バンパイアの一撃よって毛足の長い絨毯ごと足元が大きく陥没する。身体が沈下した僅かな隙を付いてミリアはジェダの側頭部を狙って回し蹴りを放つが、彼は片手だけで〝錬体術〟で強化された蹴りを防ぐ。そしてそのまま彼女の足首を掴もうとするが、これはミリアも予期していたのだろう。防がれたと同時に奥へと逃げた。

「人間にしてはやるじゃないか!」
 一連の攻防を終えたジェダは距離を取ったミリアを褒める。もっとも、それは釣り人が思いがけず大きな引きを見せた魚に対する感想にも似ていた。絶対的な立場からの評価だ。
「く・・・」
 ジェダの尊大な態度にミリアは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。現在の時点では一進一退の攻防を繰り広げているが、ある程度の手練れともなると敵が隠している実力を経験から推測することが出来る。そしてミリアはその水準を充分に満たしていた。
〝錬体術〟を使って身体能力を最大限に強化している自分に対して、ジェダはまだ半分程度しか実力を出していないと、ミリアには分かってしまったのである。おまけにバンパイアである弟には力の源の〝墓所〟があった。仮にこの場で肉体を破壊出来たとしても、この〝墓所〟の在り処を突き止めて破壊しない限り、何度でも蘇るのだ。

「・・・サージ・・・」
 圧倒的に不利な立場であることを再確認させられたミリアは唯一の希望を口にする。ジェダの部下はサージの死を報告していたが、脱出の切っ掛けとなった先程の地震は彼が原因と見るのが合理的だ。
 具体的にサージが何をしたのかは解からないが、この地下施設全体をあれ程激しく震わせられる者が、この世界にほいほいと存在してたまるかである。彼が無事なのは間違いないはずだった。
「ジェダ・・・三年前、あなたから逃げた私は・・・」
 ならばと、ミリアはサージが参戦を果たすまでの時間稼ぎを画策する。出来る事ならジェダの、弟の引導は自分の力だけで渡したかったが、今はとして生き延びることを第一目標としたのである
「・・・今更、思い出話を? ああ! 仲間が来るまでの時間稼ぎかな?!」
「そ、そんなことはないわ! あ、あなたを、弟を滅ぼす前に、この三年間、私がどんな思いで過ごしていたか教えて上げようと思っただけよ!!」
「ふふふ、あいかわらず嘘が下手だね・・・まあ、夜は短いようで永い・・・聞いてあげよう!」
 意図を見抜かれたミリアは必至に否定するが、その狼狽える様子が逆にジェダが持つ自尊心を擽ったのだろう。彼は子供の他愛のない悪戯を見つけた親のような笑みを浮かべると、姉の対して続きを促すのだった。
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