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その30

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「くそ!!」
 司令塔であるヘリオを一気に片付けようと接敵したサージだったが、フレッシュゴーレム達がタックルの構えを見せたので、それを横に跳ねて避ける。如何に彼でも大量の肉塊に圧し潰されては無傷では済まないし、なによりも不快だった。
 標的であるサージが回避したにも関わらずゴーレム達はそのままの勢いで、まるでかつての本体を慕うかのようにヘリオに覆い被さる。自滅と思われた攻撃だが、サージが受身から体勢を整える頃にはゴーレム達は融合して一つの肉塊の山となっていた。分離した肉体が再統合したのである。
 さすがにこれだけの質量となると剣による斬撃で有効打を与えるのは難しい。どうするべきかとサージが一瞬だけ逡巡していると肉塊の中からヘリオの頭が現れた。
「よくも〝そんなもの〟等と言ってくれたな! この圧倒的な質量の前には貴様の剣も無力だ。死ね!!」
 先程の嫌味を気にしていたのか、ヘリオは反論を口にしながら肉塊を収束、変形させて一体の巨大な人型と化す。広間の天井は三尋ほどの高さがあったが、ヘリオの顔はその天井を擦るほど近かった。

「そうでなくてはな! やれば出来るではないか!」
 自分目掛けて振り下ろされた酒樽ほどもある拳を後ろに回避しながら、サージは満足気に納得する。おそらく、この形態こそがヘリオの切り札なのだろう。小細工をせずに圧倒的な質量とパワーでゴリ押しする戦闘スタイルは、まさしくサージ好みだった。
「よし! こっちも本気を少しだけ見せてやる!」
 間合いを取ったサージは嬉々とした声で長剣を床に突き刺して手放すと、左半身に身構える。そして〝錬体術〟を使って身体、特に右拳に己の持つ魔力を集中させた。ヘリオの物理的パワーに対して、それを上回るパワーで答えるつもりなのだ。
「・・・な!! 待て!! なんだそれは!! じょ、冗談ではない!!」
 追撃を仕掛けようとしていたヘリオだったが、魔力によって拳だけでなく身体まで発光し始めたサージの状態を見て取ると、それまでの威勢を失い狼狽する。
 ここにおいて彼はサージがこれまで隠していた圧倒的な魔力の総量と圧力に気付いたのである。いかなる魔法を繰り出すのかは知れなかったが、何があっても無事いられるわけがないと、本能的に悟らされてしまった。
「あばよ!」
 そう告げるとサージはヘリオの巨体目掛けて〝力〟を解放した。

 サージが動いた瞬間、足場となっていた広間の石畳に放射線状の亀裂が走る。その圧倒的な力を運動エネルギーとして、彼の身体は放たれたクロスボウの矢の如くヘリオの胴体部を目掛けて突き進む。そして、ぶつかる瞬間、魔力を凝縮させて白色化した右の拳を肉の塊に叩きつけた。
「ふっとべ!!」
 その一撃の衝撃はヘリオの胸郭に背中まで届く大穴を開け、更にはサージの言葉通り、その巨体を引きちぎりながら天井へと吹き飛ばす。舞い上がった質量が衝撃となって地下全体を揺らし、広間はかつてヘリオだった肉片によって埋め尽くされた。

「あ、あが・・・」
「まだ、意識があるのか・・・死にぞこないは本当にしぶといな・・・」
 肉と血の海の中から呻き声を上げるヘリオの頭部を見つけ出したサージは呆れたように呟く。本来なら身体に吹き飛ばした時点で勝負が着いているはずなのだが、どうやらこの眷属は特別にタフらしい。
「そ、その力・・・き、貴様は・・・な、何者・・・」
「さあな・・・俺にもよくわからん!」
 ヘリオの問いに答えながらもサージは残った頭部を無慈悲に踏み潰す。彼にとって自分の正体はそれほど重要ではない。強さの理由よりも、それを使って敵と戦い勝利することがサージの命題である。倒した敵の戯言に付き合っている暇はなかった。
 こうして、レッサーバンパイアでありながら魔術師でもあるヘリオも、頭部を破壊されたことで完全にその存在を終了させたのだった。

「こっちか・・・」
 突き刺していた長剣を引き抜くと、サージはヘリオが現れた扉に向う。お互いに名乗りはしなかったが、今倒した異形の男こそが、これまでの話に出て来たヘリオだろうと彼も察している。側近が出て来たとならば、本来の標的であるジェダまで相当に近付いているはずである。
「ふふふ、もう直ぐだな・・・」
 込み上げてくる興奮を胸にサージは扉を蹴り開けるのだった。
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