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その26

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 やがてサージは真っ直ぐと伸びた通路の終点である扉に到着する。これまでは扉を発見する度に蹴り開けて来た彼だが、妙な気配を感じ取ったことでその行動を躊躇する。それは単純な殺気や敵意とは似て異なる、これまで感じたことのない嫌な感覚だった。
「・・・どこだ! さっさと出て来い! 仕掛ける気があるならさっさとやれ!」
 扉だけでなく周囲を探りながらサージは挑発の言葉を掛ける。ここは隠し扉の先に存在する区画である。敵が何かしらのギミックを使って襲撃の機会を窺っていると判断したのだ。だが、サージの声に答える存在はなく、再び辺りは沈黙が支配する。
「・・・なら、奥へ進むまでだ!」
 敵が動かないのならこっちが動くだけと、サージは片足を上げて蹴りの体勢に入る。扉の先に潜んでいるなら纏めて吹き飛ばすつもりだった。

「・・・うお?!」
 だが、まさに蹴りを放とうとする瞬間、軸足としていた左足がまるで泥濘を踏み付けたように沈み込む。そのため彼は蹴りどころではく、盛大に転ぶのを防ぐため両手を上下にさせてバランスを取らねばならなかった。危うく尻もちを付きそうになったところを立て直したサージは、原因となった足元を確認する。
「なっ!」
 自分の左足を視認したサージは驚きの声を上げる。何しろ足首まで床に沈み込んでいたからだ。これではバランスを崩すのも無理もない。真っ直ぐ立つのさえ困難だった。
「クソが!」
 原因は不明だったが、サージの本能はこの場からの離脱を決断し、残った右足を支点に抜け出そうと床を蹴る。しかし、そのブーツの底が床に到達する瞬間、固い石材のはずの床が凹み足を絡め取る。
「なんだ?! く?!」
 床が自分の意図を読み取る動きを見せたことで、石畳自体が敵だと判断したサージは床に向って剣を突き立てようとするが、それは周囲から生えた複数の鞭上の触手に絡め取られることで阻まれ、そのまま床へと組み伏せられる。
「ぬあぁぁ!!」
 怒号を上ながらサージは〝錬体術〟を使って触手に抵抗するが、力の支点となる足元自体が沈んでいるのである。彼の身体は抵抗虚しく石畳の中に飲み込まれていく。

 サージが感じていた嫌な感覚とは通路一画に擬態していた〝ミミック〟の気配だった。魔法生物であるこの怪物は正体を現わすまでは擬態としている宝箱や家具、今回は石造りの通路へと完全の成りきる能力を備えている。
 不用意に近づいた標的に不意打ちを仕掛けるのだが、この個体に関しては足元をとなる床を含めた周囲全体がミミックの身体であり、扉に近付いた時点でその胃袋の中に入っていたと言える。
 身に迫っていた危機を違和感として直前に捉えた彼ではあったが、自身の戦闘力を過信したことで逃げる機会を失ったのである。あるいは城内で戦ったシェイプチェンジャーの知識があれば、近類種である〝ミミック〟の存在も想定出来たかもしれない。

 灰色の泥沼となった石畳から突き出たサージの左腕が、何かも掴もうともがき暴れる。しかし、不定形となったミミックの身体を掴めるはずもなく。却って沈む速度を増して下へと沈んで行く。
 彼の身体を完全に取りこんだ怪物はもう充分と判断したのだろう。再び表面を堅い石造りの通路へと変化させる。合言葉を知らぬ新たな犠牲者が現れるまで静かに、そして姑息に待ち続けるために。
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