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その9

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「吸血鬼・・・なるほど、それでは首を刎ねて終了ってわけにはいかんな・・・」
 ミリアの言葉にさすがのサージも顔を曇らせる。二ヶ月前に記憶の大部分を失っている彼だが、習慣等の知識については問題無く思い出すことが可能で、怪物に関する知識もその中に含まれていた。特にバンパイアは吸血鬼とも呼ばれる怪物であり、名前と大まかな生態に関しては子供でも知っている程だった。

 バンパイアの知名度が高いのはその特殊な生い立ちにある。彼らは人間でありながら〝混沌の神々〟の寵愛を受けた者達で、一旦人としての生を終える事で亡者として転生あるいは変化するのである。バンパイアと生まれ変わった彼らは死者故に不死であり、極めて高い魔法耐性と肉体再生能力、更には人間など容易く引き裂いてしまうほどの怪力を誇る、霊的にも肉体的にも強靭な種族となる。そして、その存在を維持するために彼らバンパイアは生きた人間の生血や精気を必要とし、罪なき人々を襲うのだった。
 特に恐ろしいのは血や精気を吸われて絶命した者もバンパイアと変化し、いわば親に当たるバンパイアに忠誠を尽くす怪物に成り果ててしまうことだった。これによりバンパイアは急激に勢力を拡大することが可能であり、単体としても強力なバンパイアがより畏怖される理由でもあった。
 もっとも、怪物としては上位に位置するバンパイアではあるが、人間の身で〝混沌の神々〟の寵愛を受けた代償は高かった。彼らは陽の光りには極めて脆弱で、陽光を受ければ強酸を浴びたようにその身が焼き爛れてしまう。太陽の下では決して存在出来ぬ、闇の住人なのだ。

「そう、高位のバンパイアは単純に肉体を破壊したくらいでは完全に倒せない。〝混沌の神々〟との繋がりを断って、力の源を封じた状態で倒さないと、完全に消滅させられないわ!」
「繋がり? それを断てば普通に殺せるってことか?!」
 ミリアの返答にサージは改めて問い掛ける。厄介と思われたバンパイア討伐だが、段階を踏めば不可能ではないらしい。
「ええ、バンパイアは〝混沌の神々〟から地霊を通じて加護を受けているの。具体的に言うとバンパイアに変化した場所の土を奴らは聖地として保管している。肉体が完全に破壊されても、その聖地が無事なら復活してしまう」
「では、そのバンパイアの聖地をなんとかすれば良いのだな!」
「ええ。私達は墓所と呼んでいるけど。まずはその墓所を突きとめて、破壊するなり〝混沌の神々〟との繋がりを断つ必要がある。だからジェダを暗殺して終りってわけにはいかないし、奴も力の源である墓所の場所を巧妙に隠しているはず、最初に支部の総力を挙げてと言ったのはそんな理由があったから、まずは墓所の位置を掴まないと話にならないのよ!」
「なんだ! その程度のことだったのか・・・しかしミリア、お前は随分とバンパイアについて詳しいな!」
 打倒バンパイアへの道筋が見えたことで、サージは喜色を浮かべてミリアの知識に賛辞を送る。彼からすれば〝混沌の神々〟の加護を受けなければ不死を保てないなど、真の不死ではないのである。
「・・・その程度・・・いえ、実は私は・・・ジェダをいつの日か必ず倒すと誓いを立てていたからね・・・」
「それで、以前から個人的に調べていたというわけか」
 サージは納得したとばかりに頷く。彼もバンパイアに対して一通りの知識は持っていたが、墓所については初耳だった。このような貴重な情報が入手出来るのも怪物退治を組織として活動する〝スレイヤー・ギルド〟ならではだろう。

「で、あの婆さんはそれを知っていて、俺達に押し付けたってわけか?」
「いえ、それはないわ。私がジェダを狙っているのは支部長には話していない。この支部に配属を希望したのも本音は隠していたし・・・」
「ほう・・・それは何かしらの私怨がありそうだな」
「・・・」
 サージの指摘にミリアは図星とばかりに顔を強張らせる。
「まあ、俺にはどうでも良いことだ。だからこそミリア、お前も俺に告げたのだろう?」
「ええ、そう。・・・君ならそんなこと気にしないだろうし、他言するはずがないからね」
「ははは、そう言われてしまうと、うっかり口を滑らせない様にしないとな! もしかして俺を勧誘したのもジェダ討伐に利用するためか?」
 白状したミリアにサージは笑い掛けると更に疑問をぶつける。絶世とも言える美貌を持ちながら〝スレイヤー・ギルド〟で活動している彼女の秘密を垣間見たのだった。
「それは・・・明言を避けるわ! でも、仮にそうだったとして君は気にする?」
「しないな!」
 ミリアの問い掛けにサージは、一瞬の迷いさえ見せず即答した。
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