魔女の落とし子

月暈シボ

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第二章 いにしえの巫女

第二章 第二十五話

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「カーシル!にげ・・」
 グリフと同じく吹き飛ばされたカーシルだが、彼の存在が盾となり衝撃力を緩和したことで身体に受けたダメージは軽いものとなった。それでも、金槌で殴られたような痛みが背中に響き、カーシルは試しに〝癒し〟を自分に施した。
 期待通りに背中の痛みは消え去り、彼女の体調は衝撃を受ける前の状態に戻る。これにより巫女の攻撃全てが、傷や怪我を回復不可能とする呪いを発生させるわけではなく、あの黒い武器でのみ生じさせていることが判明した。
 この事実を知るとカーシルは、悲鳴を口にするグリフを癒すために急いで駆けつけようとするが、それをさせまいと巫女が再度、不可可視の力を放った。
 攻撃に備えて本能的な防御体勢を取るカーシルの身体を、微かな風が包み込むようにして後ろに流れていった。深く伏せていた目を開けると、自分達の前に輝く紋様を浮かべる壁が半実体となって出現している。
「カーシルさん、今です!」
 ディエッタの声を聞いたカーシルはこれが彼女からの援護と知ると、グリフに触れて怪我を回復させる。効果は顕著に現れ、彼の手を取って助け起こそうとしたカーシルは逆にグリフに抱えられることとなった。
「またしても!」
 ヴァルニアは自分の放出した〝衝撃〟を防いだディエッタの〝魔法障壁〟に癇癪を起した。〝魔法障壁〟は〝火球〟等の殺傷力の高い攻撃魔法に対抗するべく開発された魔法であり、特定の空間に特別な力を付与させた壁を作り出し、内側の範囲内に存在する空間や人物を敵対的な魔法から守る効果を持っている。
 付与魔法を得意するとディエッタにとって、現在使用出来る最も高度な魔法だった。性質上、物理的な攻撃は防げないものの、巫女の放った〝衝撃〟はディエッタの〝魔法障壁〟によってカーシルの肌を優しく撫でるそよ風にまで弱められた。
 また〝衝撃〟はその名のとおり掌から発生する膨大な量の衝撃波を対象にぶつける攻撃魔法だ。この魔法はダージェグに使える巫女の特別な能力というわけではなく、神に仕える高位の司祭や神官達が神から授けられる神聖魔法と知られていた。光の神々を崇める神官の間では、見過ごせぬ悪と戦うための奥義と目させる魔法であり奇跡であった。
「ええい!寄せ集めの分際で!」
 怒号を発しながらヴァルニアは〝魔法障壁〟に守られたグリフ達に向けて、再度〝衝撃〟を放出する。その力は凄まじく〝魔法障壁〟が効力を発揮していない周囲の地面を深く抉り、震わせほどだ。
 だが、半実体化する壁の内側は、本来ならば人間の身体など易々と砕く圧倒的な力が霧散する。自分が繰り出す切り札をことごとく打ち破るグリフ達に対してヴァルニアは、完全に冷静さを失いつつあった。
「そんなもの!まるごと打ち砕いてくれるわ!」
 ヴァルニアは目を大きく見開くと、これまでにない気合を込めて〝衝撃〟を放った。

 一方〝魔法障壁〟を作り出し維持するディエッタは、激しく消耗する魔力に自分の限界を感じ始めていた。魔法の効果を遮断する〝魔法障壁〟は極めて優れた防御魔法ではあるが、当然と言うべきかその分、高度な魔法理解と大量の魔力を消費する。
 彼女の技量では長時間〝魔法障壁〟を維持することは困難で、特に今回ディエッタは魔法の発動と効果を補助する自身の杖を失った状態での行使であり、通常よりも不利な状況だった。
「・・・もう、限界!」
 三発の〝衝撃〟を防いだディエッタだが、身体全身を襲う激しい痛みに耐えきれなくなり悲鳴を上げた。魔力の限界まで〝魔法障壁〟の維持を続けた彼女だが、費えた魔力の代わりに自身の命を削り段階になって、とうとう魔法を維持しきれなくなったのだ。それに伴いカーシル達を守っていた半透明の壁は痕跡を残さずに消え失せた。
「はははは!」
 ディエッタの魔力の枯渇により解除された〝魔法障壁〟だが、ヴァルニアは自身の力で吹き飛ばしたと勘違いし、狂ったような高笑いを上げる。そして無防備となったグリフ達に止めの一撃を放とうと、改めて掌をグリフ達に向けた。
「滅せよ!」
 絶叫とともに〝衝撃〟を放出しようとしたヴァルニアだが、突然身体のバランスを崩してよろける。体勢を整えようとするが、奇妙な浮遊感から自分が下に向かって落ち始めていることを知った。
 今や周囲の地面には多数の亀裂が入り、彼女が立つ地点は広範囲ですり鉢状に陥没しようとする中心地点だった。鉱山街であるカルコムは商業区の地下にも過去に掘削された廃坑が広がっていたのだが、ヴァルニアが何度も放った〝衝撃〟の余波を受けて崩落を始めたのだ。
「やばい!」
 ディエッタの援護を失ったグリフは、自らが盾となってカーシルを守る覚悟でいたが、地面の崩落が始まると胸に抱いていた彼女をそのまま担ぎ上げて、巫女と陥没しつつある地面から逃れようとひたすら後ろを目指して走り出した。
「逃がさん!」
 敵が逃げ出す様を見たヴァルニアは、陥没への危機感を忘れて〝衝撃〟を放つが、その瞬間に彼女の身体を支える地面そのものが空虚な暗闇に飲み込まれるように下へと崩落する。
 それによりヴァルニアの〝衝撃〟は狙いが外れ、崩れつつある岩盤を直接叩きつける形となった。これまで徐々に崩れていた周囲の地面は、この一撃に耐えきれず一気に崩壊を開始する。
「くそったれが!」
「うわああ!」
 内臓を引っ張られるような不快感を得ながらグリフとカーシルは、悲鳴を上げて深淵に至るがごとく暗闇へと落ちていった。
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